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WRECKTHERION(仮題)  作者: montana
100/149

貪婪の女帝ルクセブラ

 狂宴はいまだ終わらない。きっと中毒者たちが死に絶えるまで終わらないだろう。ああ、外の静けさが恋しい……。

『……ダッガはまだか?』

『焦るな。すぐに姿を現わす』

 ……すぐとはどのくらいだ、とにかく我慢できない、さっさと終わらせたい……!

『なんだと?』ふと、ゼ・フォーが俺を見やる『想定外の事態が起こった。君のお仲間が暴れ出したそうだ』

『なんだと? なにがあった?』

『破廉恥さに堪えられなくなったらしい。黒服の女が手当たり次第に破壊し始めた』

 黒エリか……! あいつもまた、こういう空気は好きじゃなさそうだし……気持ちはすげぇわかるが、タイミングが悪いな……!

『だが、いち早く管理室の制圧に成功したようだ。ギリギリだったな、奴はまだ事態に気づいていない、依然としてこちらに向かっている』

 とにかくバレていないようだな、追いかけっこなんかしている余裕はない、さっさと捕まえて終わりにしたい……!

 ゼ・フォーは立ち上がり、幕が垂れ下がっているステージの方へと進んでいく。そしてその側にある柱の陰に身を潜めたので、俺もそれにならった。

『よし、ここで待ち構える』

『……それはいいが、ダッガはルクセブラの弟子らしい、捕縛は容易なのか?』

『危険度評価はDだな。奴はいわば器用貧乏らしい、多くの魔術をそつなくこなすが、強力なものはさして使えないとの報告がある。ただ、常に取り巻きが同行しているのでやや注意が必要だ』

『……俺は魔術の素人だ、対応力を過度に期待しないでくれ』

『もとより不意打ちで仕留めるつもりだ。君は適当に取り巻きを相手取ってくれればいい。先読みできるのだろう?』

『……電撃をくらえばな』

『なに? それは知らなかったな。必要な時はいってくれ』

 ……そして待つこと数分、たしかに人の気配が近づいてきているようだな。それがダッガのものかはわからないが……。

『そろそろだ、準備はいいか?』

『ああ……!』

 気配は三つ、ステージの奥の方からやってくる……!

 そして現れたのは痩せ顔の男、テールコートにシルクハット、そしてステッキという出で立ちだ。ゴーグルが反応を見せ、ザヘル・ダッガと断定する。両隣には上半身裸の少年がいるな、護衛には見えないが……?

 ダッガはおそらく主催者の立場なのだろうが、正気を失った中毒者たちは誰も注目しない。しかし奴はハットを脱いで一礼し、声をあげた。

『ありとあらゆる快楽を貪り、破滅に身を捧げし者たちよ! 喜べ、今宵は天の宮殿より美の化身が舞い降りる!』

 奴は仰々しくステージを歩き回り、

『美は視線を奪い、美は心を奪い、美は命を奪う……』

 そしてステッキを回して、掲げた……。

『さあ糧なる愚者たちよ、その身を差し出すがいい! 黄金の髪がその首を吊るし、深紅の爪がその体を切り裂き、露となった臓腑に純白の歯が立てられることだろう!』

 中毒者のなかより数名がダッガに襲いかかった! しかし奴は指を鳴らし、彼らを火だるまにする……!

『おお麗しき女帝、ルクセブラよ……。すべてはあなたさまのお望みのままに……』

 ルクセブラ……! ここにいるのか? ダッガと少年たちはうやうやしく膝をつく……が、すぐに周囲を見回し始めた。

『下の騒動に気づいたな。動くしかあるまい』

 次の刹那には、四本の光線が正確にダッガの四肢、その関節を射抜いていたっ……!

『なっ、貴様はっ……?』

 ダッガは少年たちに支えられ、奥へと消えようとする! しかし、すでにゼ・フォーが駆けている、そして呪文らしき言葉を発していた少年たちを素早く蹴飛ばし、ダッガの襟を掴んで持ち上げ……床に叩きつけたっ!

『魔術師は不意打ちに弱い』

 俺の出る幕なんかまるで……って、ダッガの手が光ったっ? しかし威力の痕跡はない、目くらましかっ?

『ゆえに、瞬間的に発動できる魔術をいくつかもっているものだが……』

 次に奴は指を鳴らし、ゼ・フォーが炎に包まれる!

『お前の場合はその目くらましと、ちんけな火遊びか?』

 ゴーグルのおかげで大して眩しくはない、そしてまた数発、光線で奴は体を撃ち抜かれ……うめき声を上げた……!

『さて、ルクセブラはどこだ? あれに比べればお前など小物にすぎん。素直に吐けば捕縛後も優遇してやるぞ』

『と、特高か……』

 ダッガは苦痛に顔を歪ませながらも、乾いた笑声をあげる。

『わ、私があの方を売るとでも? まさかまさか、あり得ない……!』

『そうか。シィー、ダッガを制圧した。ここまで来てくれ』

『誰を、だとっ?』

 ダッガが放電したっ……! が、ゼ・フォーは意に介さず、奴の足を掴んで顔より床に叩きつける……!

『ば、馬鹿なっ……』

 ダッガの高い鼻は無残に折れ曲り、血まみれの顔を持ち上げる……。

『いくら私の魔術が一級に値しないとはいえ、ここまで無力なんて……』

『しょせんは魔術、効く効かんは心持ち次第だ』

 いや、そんな馬鹿な……。

 しかし、俺も電撃は効かない……。だったら炎だって同様……なのか?

『冗談だ』

 ゼ・フォーは屈み、鼻血にまみれたダッガの顔を覗き込む。そして、襲いかかってきた中毒者の両膝をまるで見ずに撃ち抜いた……。

『その無知蒙昧、ルクセブラの弟子ならではだな』

 ダッガは顔を歪ませ、

『私はしもべさ、あの方の玩具だ……。すべてを知っているのはあの方だけでいい……』

『無知なのはあの女も同様だ。どれほど生きているのか知らんが、時は英知を約束してはくれないようだな』

 ……その言葉、デヌメクも似たようなことをいっていたな。

『お前の出した炎がお前の支配下にあると思っているのか?』

 ダッガは眉をひそめ『……なにをいっている?』

 ダッガの問いかけをよそに、ゼ・フォーは俺を見やる……。

 なんだ、どういうことなんだ? まるで俺に聞かせたいかのような……。

 ……と、そこにガスマスク……とやらを装備した女が現れる。彼女も特高の隊員だろう。

『退路は封鎖しました。ザヘル・ダッガの制圧を確認、捕縛に移行します』

『ぬかせ!』

 ダッガが床を殴った……と同時に黒い影が俺に飛びついてきたっ……?

 倒れる、気づくと特高の女性隊員が抱きついており、床からは鋭利な棘が突き出ている……! 庇ってくれたのか……!

『あ、ありがとう……』

 女性隊員は恐ろしく機敏な動作で俺から離れた。そしてなにやら小刻みに震え始める……。

 それにしても、あんな魔術もあるのか、危うく串刺しになるところだったぜ……って、ゼ・フォーが棘の先端に立っている……!

 ダッガは目を見開き、

『……なんなのだ、お前は?』

 女性隊員は背負っていた大きな銃を奴に向けて構え、それを発射……すると、細かい網のようなものに奴は包まれた……。

『よし、運べ』

『了解』

 彼女は中毒者を蹴散らしながらそのまま引きずっていく……。というか、ダッガが懲りずになにかを唱えている……側から中毒者たちに襲われ始めたっ……?

『待て、シィー。目標が襲われている』

 シィーと呼ばれた女性隊員はダッガを振り回しっ……! 周囲の中毒者を吹っ飛ばした!

 おいおい、淡々と荒っぽいな……! そして蹴散らし終わると、とどめにまたダッガを床に叩きつけ、彼女はそのまま俺たちが入ってきた入り口に消えていく……。

『さて、これで目的は達成したが……ルクセブラがいるかもしれんとなるとまだ気は抜けんな。捜索を開始する』

 そういってゼ・フォーがステージの方へ進んでいくので、俺も後に続くしかなく……上手の方へと入っていくと、その先は楽屋らしかった。鏡台が並び、ソファ、クローゼットなどもある。ここからはあの激しい音楽やドギツイ照明もないようだ……。

『気配がある。感じるか?』

『ああ……』

 奥から……強い気配をひとつ感じるな、その周囲にも複数……。そして、階下の方からも慌ただしい流れを感じる。みんなが戦っているんだろうか……。

『急いだ方がいい、下も騒がしいみたいだ……!』

『そのようだな。そしてこの気配、いるな』

 いる、やはりあの大きいのはルクセブラのものか……?

 俺たちは走る……! なにかと金に縁取られた廊下を進み、居合わせた警備員らしき男を打ち倒し、気配の方へと向かう……! そして高価そうな両開きのドアを蹴破ると、そこは真紅のカーテンに覆われた部屋……。気配は近いぞ、すぐ先にある……!

 部屋の先には趣味の悪い黄金のドアが待ち構えている。それをまたも蹴破ると……そこは寝室……? 王族が使いそうな巨大かつ絢爛なベッドが中央に、そこには女らしき肢体が横たわっている。そしてその前には膝をついた少年たちが二列に並び、侵入者を前にしても微動だにしていない……。

 ……少年たちを横目にベッドに近づいていくと……肢体の上半身がゆっくりと持ち上がる……!

 黄金に輝く長い髪、艶かしくも透き通った青い瞳、若い女だ……?

『おやおや、ここは子豚ちゃんが出入りしていい場所ではないのよ。とってもいかがわしいところなのだから……』

 妖艶に微笑む唇、しわのひとつもない陶器のような肌、長く伸びた手足に、豊満な胸……。金色のネグリジェは透き通っており、裸体も同然だ……。

 絶世なる美女……官能の体現のような容姿……。

 ……しかしなぜだ、これほどまでの容姿をしているのに……。

 なぜ、おぞましく感じるんだ……!

『あら、あなたはどなた?』ルクセブラは俺を見やる『……いいじゃない、こちらへおいで……』

 ルクセブラは手を差し出してくるが……近づきたいとは思わない……。むしろ、近寄りたくない……。

 ……だが、あの女はクルセリアやダイモニカスを巡る事情に詳しいに違いない、これは好機でもある……。

 俺はゼ・フォーを見やり、

『……彼女に聞きたいことがある、少し時間をくれ』

『いいだろう』

『それと、始める合図に電撃をくれ……』

『了解』

 そして俺は……ゆっくりとルクセブラに近づいていく……。ほぼ裸体の女はそっと自身の唇を撫でた……。

『……あんたに聞きたいことがある』

 ルクセブラは足を組み、興味がありそうに俺を覗き込む……。

『なあに? ぼくちゃん』

『……クルセリアはあれを用いてなにをしようとしている?』

 すさまじい女の匂いが、香水の匂いと相まっている……。

『もっときて』

 ……さらに寄ると、ルクセブラは鼻を近づけてくる……。

『あら……森の匂いが深いわね……』

 ルクセブラはベッドに寝そべり、俺を見つめる……。

『モノにならないオトコ……でしょうね。おしいわ』

 ……ああ。自分でも不思議だが、あんたにはそういう気持ちがわいてこない……。

『……質問には答えてくれないのか?』

 ルクセブラは微笑み、

『あの子に渡してよかったと思っているわよ。ゴッディアを消し去るなんて、本当に楽しい子ね』

 案の定だが……まともな女ではないようだな……。

『……ダイモニカスとはなんなんだ?』

『あれ自体はただの器にすぎないわね』

『……器? ……雨の?』

 なんとなく発した言葉だが、ルクセブラは僅かに目を大きくする……!

『……おや、雨のことを知っているの?』

『いいや、雨とはなんだ? 火の雨か、それとも毒の雨……?』

『絶望の雨、かしら』ルクセブラは笑う『答えは自分で見つけるのね。苦労して、死ぬような目に遭って、事実を知って絶望するがいいわ』

 ……ある種の兵器というニュアンスではない?

『おいで』ルクセブラは手を広げる『お姉さんがいい子いい子してあげる』

 ……俺はむしろ、後退する。

『あんたはホーさんを苦しませた』

 そのとき……ルクセブラの表情が消える……! そして、ゆっくりと上体を持ち上げた……。

『ああ、おまえもそっちなの』

 ぞっとするほどに声音が凍っている……! そして手のひらを艶かしく動かすと、少年のひとりが赤い液体の入ったグラスを差し出し、もうひとりが銀の器を持ってきた……って、そのなかには……! まさか、あれは人間の……男の……!

『あんなつまらない小娘のどこがいいのかしら。男を知らない、美酒も知らない、美食にすら興味を抱かない、着飾らない、踊らない、笑いすらしない……』

『あんたがそうしたんじゃないのか?』

 ルクセブラはグラスを傾ける。あれもまさか……血なのか?

『……一抹すらも愛情がなかったといえば嘘になる。まがりなりにもあのひとの子供だもの』

 ……なんだと?

『けっきょく、あの子が興味をもったのは苦しみだけだった。苦痛に満ちた世界への探究心があの子を黒い聖女にしたのよ』

『あんたの思惑ではないのか?』

 ルクセブラは妖しく笑い、

『あの子を育てたのは私ではない。運命のあるがままにそうなっただけのことよ。なぜなら、悪の研究はもとよりあのひとが始めたことなのだから……』

 あのひと……。

『デヌメク、ネンネス……』

 ……それは当てずっぽうだったが、ルクセブラはなんら否定をしなかった。ということは彼はホーさんの父親、なのか……。

『そして気づけば、あの子の周りには同じような気質をもつ女たちが集まっていた。なんと不気味な引力か……』

『あんたが集めたんだろう』

『そうかしら? 操られていたのかもしれないわ。あのダイモニカスだって、私が盗んだものでも、奪ったものでもない。自然にこの手中に収まった。きっとルナよ、あれの手引きに違いない』

 な、なんだと……?

 いや……たしかにルナはあれについて妙に詳しかった……。

『不気味な献上品を手放すことを不思議と思うの? このルクセブラがあの力に溺れると?』

『……あんたが黒幕じゃないのか?』

 ルクセブラは少年をひとり呼び、その体を抱く……。

『そうよ、このルクセブラは裏社会の女帝、悪いことが大好きなお姉さん……』

 女帝は少年の手足を人形のように動かし、クスクスと笑う……。少年は幸せそうだ……。

『それでも、行動理念は素直だと思わない? 私は素直ないい女よ……そうでしょう? ぼくちゃん?』

『はい、ルクセブラさま……』

 少年は恍惚としているが、悪影響にしか思えない……!

『さて、そろそろいいかな』ゼ・フォーだ『ルクセブラ・リガリス。危険薬物の製造、販売および人身売買および殺人ないし殺人教唆など、数多の容疑で……』

『まあ、逮捕しちゃう?』

『処刑する』

 始めるのか……っと、電撃が体をはしるっ! よし、いまいち弱いが活性はしたぞ……!

 ゼ・フォーは光線銃を幾度も放つ、しかし小さな光の壁ですべて防がれた!

『かわいいかわいい子豚ちゃん……』

 そして! なんだこのビジョンは、空間が分断されるっ?

 甲高い異音! カーテンが斜め直線に消滅したっ! しかし、ゼ・フォーは身をそらしかわしている、見えるのかっ?

『お逃げなさい、かわいいぼくちゃんたち』

 少年たちが姿を消していく、またくるか……って、この辺り一帯が消滅するだとっ?

『球状範囲、消し飛ぶぞっ!』

 俺は跳ぶっ! また異音がし、球状にカーテン、床や天井が消滅している! ゼ・フォーも跳びかわしている! また光線が放たれるが、今度は反射されたっ! しかしコートがそれを弾くっ!

『もっと激しくしてもいいのよ』ルクセブラがベッドから降りた『熱くなりましょうよ』

 ゼ・フォーが炎に包まれる……! しかし、効いていないっ……? そしてまた光線を撃つ!

『単調なプレイはダメよ』

 ゼ・フォーを包む炎がさらに強くなるっ! しかし、苦しそうに見えない……! なんなんだ、そこまで熱に強いのか……? 味方ながらいささか異様だぞ……!

 ……そして俺はどうする? あの女は敵として認識していいんだよなっ? 実弾を装填、アサルトを構える!

『くらえ……!』

 撃ってはみたものの、案の定か、光の壁で止められた……!

『おまえ、あの子のためにこの私と戦うつもりなの?』

『質問に答えてもらって悪いが……立場上、な!』

『そんなに好きなら、押し倒しちゃいなさいよ』

『そういった間柄ではないっ!』

 バスターを構えた瞬間、ルクセブラの首元を光線が通り過ぎるっ! そしてそのままいく本も体を貫通したっ!

『……あっ、いいわね。先に私が燃えてきちゃう!』

 やばいっ! 周囲一帯が、吹き飛ぶっ?

『爆風がくる、伏せろっ!』

 猛烈な威力が頭上で炸裂するっ! 周囲の家具やその破片が飛び散り……! そして、いつの間にかルクセブラが六人に増えている!

 次はなんだ、巨大な光が奔るだとっ? 急いで跳ぶ、背後に光……! そして振り返ると……!

 えっ、抉れているっ! 頭上には大穴、その威力ははるか下層にまで届いている……! すさまじい破壊力をもった超巨大なミミズが通ったかのように……!

 おいおい、みんなは巻き込まれていないよなっ……?

『もっと太いのがいい?』

 ルクセブラが可愛こぶった瞬間、その体からいく本もの刃物が飛び出たっ! 背後にはゼ・フォー……!

『どれほど火力があろうとも、気配が読めんのではな』

『……もっとなぶるようにやってよ』

 手を振るうと、衝撃波が周囲を奔るっ! しかしまるで蛇のようにゼ・ファーはルクセブラの周囲を這い回り、同時に切り裂いていく……! だが、ほぼ同時に傷が塞がりつつある! なんだあの再生力はっ……!

『そうっ! そうよ……! イキそう……!』

『すさまじい治癒力だ。しかし限界はあるだろう』

 え、えげつない……! ルクセブラの頭に幾度も……ナイフが振り下ろされる……! 黄金の髪が血に染まっていく……!

 そのとき悪寒がはしる! ゼ・フォーも離れたっ!

『こんなに犯されたのはひさしぶり……!』

 ……やばい! かつてない規模の一撃がくるっ……!

 そのとき、ゼ・フォーが俺にタックルしてくる、なんだと思った瞬間、俺ごと跳んだっ……? そして上に向けてなにかを発射、おおっと飛行機……らしきものが飛んでいる? これはまさか……と、やはり! 猛烈な力で引っ張られるぅううううっ……って、気づくと上空にっ……? あの飛行機と俺たちが鋼線で繋がっている形になっている!

 ……下を見ると台地が、しかし、とんでもない規模の範囲が消し飛び、形が変わっている……! 嘘だろ、いくら凄腕だからって……数百メートル四方は吹っ飛んでいるんじゃないかっ……? ちくしょう、みんな、無事でいてくれ……!

『やはり万能者は粗暴で美意識に欠けるな。いざとなれば周囲を吹き飛ばすなど、戦術もなにもあったものではない』

 しかも、ルクセブラの気配が急速接近してくるっ!

『おいっ、くるぞっ!』

 すごい速さだ、一直線に飛んでくる! そして突如として暴風が、いつの間にか竜巻に周囲を囲まれている……! こちらを挟み撃ちにしようとしているんだっ!

『シィー、落とせ』

 ルクセブラがよろめいた、狙撃したのかっ? 光線ではなかった、実弾でこの風のなかっ? だが防御されていたようだ、下方に太い光線を照射するっ!

 くそっ、ロッキー……! あの火力をどうにかしなければ! しかし、こんな状況でなにができるっ? 撃ち墜とそうにも、まず当たらんぞっ……?

『突っ込むぞ』

 なにっ? 上の飛行機がルクセブラめがけていく、その直後、俺たちも引っ張られるぅうううううっ! なにを考えているんだっ! 光線で飛行機が撃墜されたっ、おいおいおいっ! 俺たちもやられる……って、ルクセブラが吹っ飛んだ? いやっ、上下に両断されたっ……! 見えない、いや、視認しづらいなにかが飛んでいる!

『こんなにまわされるのも久しぶりね……!』

 ルクセブラは……笑っている! 下半身がないのに……!

『特にあなたはイイわ……。ギマにやられるのも屈辱だし……』

『逃がさんよ』

『ごほうびに下半身はあげるわ。いっぱい楽しんでね』

 なんだ……あれはっ? ミ、ミサイルッ? 大量に飛んでくるぞ! しかし狙撃でかどんどん撃墜されていく……が、撃ち漏らしたひとつとともにルクセブラの姿が消え、気配はものすごい速さで遠ざかっていく……!

 なんなんだあれは……。火力もそうだが、あの生命力……!

『やれやれ、予定外の獲物を狙うものではないな』

 それより落下してるぅううう……ところに飛行機が現れたっ? V字型のそれは俺たちと並んで飛んでいる、そして、さして強い衝撃もなく、俺たちは捕まることができた……。

 こっ、こんなこともできるのかよ、どんな技術だ……!

『ともかく目標は達成した。作戦は成功だ』

 飛行機はそのまま台地のふもとに向けて降りていき……やがて滑るように着地する……。

 ああ……! 生身で空中戦とか、いかれているんじゃないか、この男……!

『さて』ゼ・フォーはコートをはらう『残党狩りには多少、時間がかかるだろう』

 どこからやってきたのか、周囲には大きな黒いギャロップが十数台ほども並んでいる。そして制服を着た大勢のギマがダッガの手下であろう連中を連行している……。

 ……しかし、どこからか銃撃音がとめどなく聞こえてくるな。まだ抵抗してる奴らがいるのだろう。

『君は少し休んでいてくれ。ご協力に感謝する』

『あ、ああ……』

 協力ってなんにも役に立たなかったがな……。少しとはいえ情報を得られたのはいいが……。

 いや、そんなことよりみんなの安否だ、気配は……と、こっちに走ってくる姿があるっ……!

『レクさん!』

 エリが鳥を身にまとい、アリャは飛び跳ねている!

『レクゥー! イキテタ!』

 ワルドと黒エリ、そしてロッキーも無事かっ!

『ああ、なんなのだ、まったく!』

『無事のようであるなっ……!』

『テリー! さっきのヤバかったねー!』

 みんな無事だったかぁー! よかった! 特高の隊員であろう女性も続いてやってくる。

『みんな! 無事のよう……』

 ……うーん、黒エリの服がボロボロだ、暴れたからだな……。それに、ロッキーも砂煙を浴びたのか、薄汚れている。

 というかゴーグルやこの耳栓はもう不要だな、取り外そう。

「……それで黒エリ、お前、暴れたんだって?」

 黒エリはうなり「我慢できなかった……」

「……まあ、気持ちはわかる。上も相当ひどかったしな。それに当初の目的は達成した」

「そうか……」

「というかさぁ、マジでなんなんだよ、あの惨状! みんな中毒者でトチ狂ってんじゃねーか!」

「まったくだっ!」黒エリはプリプリ怒る!「ふしだら、ふしだら、ふしだらだっ! エリたちをなかに入れないでよかった!」

「……なので」エリは苦笑いする「私たちはお役に立てていません……」

「ヒマダッタ!」

「いやあ、入らなくて正解だよ! あんなひどい光景、見ちゃダメだ!」

「……それほどまで、なのですか?」

「ひどいもんだ!」

「ヤバイ!」

「チョーヤバイよ!」

「……はあ」黒エリはため息をつく「私も入らなければよかった……」

「私は反響でしか把握しておらんが」ワルドだ「相当な有様であったようであるな」

「なんかさ、苦痛を快楽にする、ブラッド・ヘヴンって薬のせいだってさ! それで互いに傷つけ合っていたんだ、最悪だよ!」

「まあ……」エリは眉をひそめる「そのような薬、外傷のみならず、心にだって……」

「おそらく、元の生活には戻れんだろうな……」

 エリは悲しい顔をする……。

「ナーナー」おっとアリャが袖を引っ張ってくる「レキサルト、フェリクスハ?」

「そういえば」黒エリは周囲を見回す「ヴォールの姿もないな」

「そっちこそヘキオンやボイジルの姿がないな?」

「なかで戦っている」

「ああ、そうなの」

 そして俺は沈黙都市の話をする。レクテリオラのことは話す必要もないだろう、黒エリがいるし、万一またニプリャだかが出てきたら大変だ……。

「なに?」黒エリはうなる「長引いているのか? しかし、皇帝を匿い続けるわけにもいかんだろう」

「仕方ないだろ、フェリクスが守りたいっていうんだからさ」

「まあ、それはいいとしても、実際問題あれは弱いだろう。なので、あれを守る戦力が新たに必要になるではないか。事実、お前はあのフィンを同行させている」

「まあそうなんだが……意外とそうでもない面もあるにはあるし……」

 薔薇将校化の話をすると、黒エリはまたうなる……。

「ぬう……成長しているのならまあ……一考に値しなくはないがな……。あれに命令してもろくなことにならんし、好きにさせておいて戦力増強となるなら……私としても楽ではあるが……うーむ……」

 たしかに、あいつは命令とか真面目に聞きそうにないわな……と、ギマの女性隊員が近づいてきたな? 箱を傍らに抱えている。ガスマスクをつけていないが、気配からしておそらくシィーと呼ばれた隊員か?

 というか、密着したからこそ判別がついたが……少しでも距離があると異様に薄っぺらく感じる気配だな……。それに素顔がどことなくニューに似ている……。

「お約束のオンリーコインです」

 ……コイン? ああ、そうだ、そうだったな……。

「うん……ありがとう」

 これで……ワルドがクルセリアと戦える……のか。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか……?

「それでは」

 シィー隊員が去ろうとするので……呼び止める。そして駆け寄り、ゴーグルと耳栓を手渡した。

「これ、ゼ・フォーに返しておいてくれ。それと、さっきは助けてくれてありがとうな!」

 そういうと彼女はパチパチと猫みたいな目を瞬かせ、なぜかまた小刻みに震え始める……。

 ……あ、もしや、潔癖症の隊員って彼女のことなのでは……? 助けられた際にいろいろ触ったような気もするし……いまも手に触れてしまった……。

「だ、大丈夫?」

「ハイ」

 そしてシィー隊員は震えながら去っていった……。悪いことをしちゃったか……? そして俺はみんなの元へ戻る……。

「……さて、ヘキオンたちが戻り次第……どうしようか?」

「……考えたのだが」黒エリだ「やはりフェリクスの件を先に片付けた方がよいのではないか? 皇帝を守るにはあの男を倒さんとならんのだろう? 成長が見込めるというのならばあれに任せておくのもいいかもしれんが……無闇に事態が長引く懸念もある」

「そうだなぁ……。じゃあ、いっそ皇帝を同行させるとか……?」

「しかし、あの女は戦力になるのか?」

 いや、男だし……。いちいち訂正するのも面倒くさいな……。

「まあ、ならんな」

「ならばやはりあの男の排除が優先だな。あの魔女を相手にし、セルフィンのふたりを奪還するのだ、余計な不安材料は早めに潰しておきたい」

「……ということだが、ワルド?」

 ワルドはふと、空を見上げる。

「……いまは晴れているのかね?」

「あ、ああ……」

「そうか……」

 ……決戦は近い。ワルドも思うことがあるのだろう。

「レク、少し周囲を歩かないかね?」

 ……うん? なんだいそれは?

「話でも?」

「うむ、少々、懸念があってな」

「どんな……?」

 ワルドは黙って歩き始める。みんなも怪訝な様子だが……とにかく話を聞いてみよう。

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