超危険個体
読み終えた本は、きちんと元の場所に戻しましょう。
さあて読んでみるか……って、左脇からアリャの頭が出てきて邪魔だなぁ……!
「ホホー、ケモノ、ホン」
「そうだな、頭でよく見えないぞ」
「ヨメナイ、セツメイ!」
「だから見えないっての」
「ニェエッ」
なになに、なんか回転し始めた、都合のいい姿勢を模索しているんだろうが、その……俺の胡座に顎を乗せるという形は姿勢的に楽なのか? けっこう重たいんだが……っと、今度はエリが近い!
「あっ……すみません、少し気になってしまって……。これはどこの言葉なのでしょう?」
「あ、ああ……多分、エシュタリオン方面の構成かな?」
「やはり、読めるのですか?」
「おそらくは……」
「すごいです! 私は語学に疎くて……」
いやまあ、俺はえらく勉強させられたからな。あの屋敷には様々なところから客が来ていたようだし……。
「ヨメナイ、ハヤーク!」
「はいはい、分かったってのよ」
ええっと……序文とかはいいか、またアリャが騒ぎそうだし、それで……おおっと、最初に載っているのは先に襲いかかってきた獣人くさいな、名前もグラトニーズ、か……。
「ホホー? コイツ、シラン」
アリャの感想も当然か、挿絵では顔がほぼ豚のものになっている、これが奴らのことを指しているとするならかなり作為的だろう。実際にはもっと愛嬌のある風貌だった……と思う。あまりの事態によく覚えてはいないが……。
しかしこうなると……内容の確度が高いとはいえないかもな、少なくとも鵜呑みにはできない感じ……。
「ニェエ……!」
アリャが急かしてくる、まあいい、読み進めてみよう。
「……ええっと、ハイロードにおいて印象強く、やがては馴染み深くなるであろう彼らは獣人の一種でグラトニーズと呼ばれている。好戦的か否かは個体差が激しいが、白い衣装に身を包んだ集団は例外なく凶悪と聞く。とりわけ注意しよう」
これは……まさに奴らのことだろうな。
「個体差が……激しいのですね」
「そうらしいね。えっと、その戦闘力もまた個体差が激しく、鈍器を携え闇雲に戦うだけの者もいれば武芸に秀でている者、なかには魔術を扱う者や、遺物らしき武器を駆使する者もいるらしい。ここの判断を誤ると即、死に繋がり兼ねないので特に注意したい……」
「先の戦いにも手練れがおったな」
おっとワルドも聞いていたようだな。
「とはいえ、高確率で脅威を退ける方法があるらしい。その鍵となるのは食べ物だ。グラトニー、暴食の名をつけられている所以もそこにあり、彼らはとにかく食い意地が張っており、食べ物を投げ捨てれば安全に逃げられることも多いと聞く。手詰まりになったときには一か八か試してみるといい……だってさ」
「そのようなことであの戦いを避けられたかもしれないと……?」
エリはかなり懐疑的らしいな。
「不可能だった、と?」
「……ええ、あの方たちには強固な意志がありました、恐るべき殺意と決意、喜びと畏れ……複雑ですが、いずれにせよ並大抵のものではなかった……」
なに? そこまで観察できていた、と……?
あの喧騒のなか……?
「ま、まあ……ちょっと違うかなとは思うよな」
とはいえ、読み進めよう。
「……余談だが、彼らには変わった習性があるともいわれる。ある噂によれば食事を囲んでいるとさも当然のように輪に加わろうとすることがあるというのだ。食べ終わると襲いかかってくる場合もあるのでそこは注意したいが、その奇怪な体験は危険を考慮しても価値を見出すことができる……とされている、だとさ……」
「……あるいは食事中にお話ができるかもしれないと?」エリはうなる「……だとするなら、その真意を聞かせていただきたいものですね……」
「うーん、どうなんだろうね……」
にわかには信じ難いよなぁ。というか食った後に襲いかかってくるっていったいどういうことだよ……。
次のページをめくる……と、あのでかい甲虫か。
「樹木にとまっているのだから樹液をすすっているに違いない……などという先入観は捨ててしまおう。強襲に遭い、頭をかじられてからでは遅いのだから。彼らはカニヴァービートルと呼ばれている巨大な甲虫だ。その名の通り肉食でその鎧はなかなかに頑丈、とりわけ打撃に高い耐性があるので倒したいならば鋭利な刃物を突き立てるやり方が有効だろう……」
「オオー、アノ、デカイムシ! ブチコロス!」
「……形状はカブト虫のように角を生やしたもの、クワガタ虫のようにアゴが発達したもの、またそういった突起物がまったく生えてないもの、あるいは擬態効果のある文様を鎧に浮かべているものもおり、多種多様な亜種が存在する。それらの特徴はそのまま戦利品としての質に通じるので、もし美麗な形状の角や鎧が手に入ったときには持ち帰ってみるといいかもしれない。高額で売却できることもあるだろう……だとさ」
「ツノ、ウル、モウカル」
「なんだ狩っていたのか? どのくらいで売れた?」
「オカシ、タクサン」
「お菓子かぁ」
「クイマクッタ」
食いまくったか……。さて次は……。
「……樹木が襲いかかってきた! なんてことはハイロードでは日常茶飯事だ。特にマッドツリーの被害は多いとされている。彼らは樹木に擬態しており、無警戒な獲物を触手で捕らえては引きずり込んで捕食する恐ろしい魔物だ。木陰で休むときは充分に注意しよう」
こいつ、あの戦いのときのあいつか……!
「……とはいえ、実は簡単な見極め方がある。それは生っている木の実だ。マッドツリーの木の実は目玉で、よく見るとキョロキョロ辺りを見回している。それが確認できたら速やかにその場を離れよう。ちなみに目玉は生臭く、食用には不向きなのでそういった目的で手を出す必要はない。下手に狙うと激しく暴れだし、事態が混乱するだけだ……って、実際に食おうとした奴がいるのか……」
「マッドツリーの目玉は塩水にしばらく浸したあと、じっくり煮込めばそこそこ美味らしい。見た目はとてもひどくて食す気にはなれんとも聞くがな」
「なぜにそこまでして食べようとするんだ……」
「食べられるだけありがたいことですよ」
おっと、エリにいわれちゃ敵わないな……次はあの突撃してきた赤い怪鳥だ。
「ケッケケッケッケ! という鳴き声が聞こえたら赤い鳥に警戒しよう。それはランサーバードの鳴き声かもしれない。彼らは大きく鋭利なくちばしをこちらに向けて強襲してくる危険な大鳥だ。しかしその強力な突撃も諸刃の剣、落ち着いてかわせばそのまま地面や樹木などに突き刺さり、無防備をさらすことになるだろう。そこをじっくり料理してやればいい。ちなみに鳥類らしく肉は美味であり、栄養価も高いとされている。食料に乏しいのなら積極的に探すのもいいかもしれない。また羽毛は温かく、くちばしは鋼なみの強度を誇る。双方とも高値で売れるので倒した際には回収しよう……か。へえ、脅威には違いないが、見返りは申し分のない感じだな」
「内臓がこれまた美味なのだ。酒の肴によく合う……」
「よだれが出ているよ」
ワルドが口を拭うような仕草をするが……いや冗談だけどな。
……さて、次は見たことないやつだ。
「甲虫の魔物がいるのなら蜘蛛のそれもいるだろう。その予想は大当たりだ、その名は灼熱蜘蛛。灼熱といっても火を噴くわけではない。粘着性の高い糸には毒があり、触れた相手に焼けるような痛みを与えるところにその名の由来がある。糸は痛みでもがくほどに絡まり獲物は地獄を見ることになるが、救いの手もとい牙にはその痛みを消し去る麻酔成分が含まれている。そのため噛まれた獲物はひとときの安らぎを得ることだろうが、それは体液を吸われるという代償があってのものだ。もし糸に触れて激痛が走っても諦めてはいけない。どうせ痛いなら糸に着火し、自分ごと燃やしてしまおう。糸に包まれてからでは遅いのだから……とか、おいおい、自分ごとってなぁ……」
「コイツ、キバ、イタミケス」
「ああ、鎮痛剤として利用できるのか」
「デモ、イッパイ、キケン」
「麻酔薬は副作用の強いものが多いからなぁ」
「フラフラ、ケタケタ、ブキミ」
セルフィンにも麻薬に溺れる奴がいるのかね……?
さて次も目新しい。ガンフラワーという植物だ。
「ガンフラワーは非常に硬質な材質でできている巨大な単性花だ。雄花は花粉を内蔵した弾丸を雌花に向けて乱射し、受粉を狙うという。いうまでもないが、その前に立てばあなたに風穴が空くことは必至、神聖なる性交の儀に立ち入る不躾な輩には死の制裁が下されるというわけだ。ちなみに花粉弾の射出や着弾の音は決して小さくない、気をつけて進めばそれほどの脅威にはならないだろう。それと余談だが雄花を引きちぎってはいけない。花粉弾が暴発する可能性が高いからだ。あなたが男性ならばその苦しみもよく理解できるだろう……か。まあ、分かるというか……想像したくないな……」
「オトコ、マタケル、ヤバイ」
「そうだよ、ヤバいよ、やるなよ!」
「ウヒヒ……」
何だ、なんだよ……!
つ、次はスラッシャースリム……。
「物陰でじっと待ち、獲物がきたら鋭利な腕で襲いかかる。ボーダーランドの通り魔、スラッシャースリムの紹介だ。ようは巨大なカマキリなのだが甘く見てはいけない。普通のそれとは違い、彼らの腕は本当に鎌のようになっているからだ。ふと気づいたときには仲間の首が地面に転がっていた……などということにならないよう、物陰には充分に注意したい……ね。これ、お前が苦戦してたやつだな」
「クセン?」
「危うく負けそうになってたってことだよ」
「チガウ! デンラ、フクヒッパル、ジャマ!」
「はいはい」
あいてて! アリャが頬を引っ張ってくる!
「わ、分かったわかった、悪かったよ!」
マジでいってぇー! 頬をつねられるって思いのほか痛いんだよなぁ……!
……あいたた、気を取り直して次は……岩の巨人か。
「断続的な地鳴りが聞こえたら気をつけよう、近くに岩の巨人がいるかもしれない。彼らはその名の通り岩に覆われた巨人で、歩き回るだけならばまだしも、走ったり転げ回るので危険極まりない。見かけたらさっさとその場を離れるのが得策だろう。とはいえ、かなり危険であるものの彼らの肩に乗って移動するという荒技も可能ではある。もし身のこなしに自信があるのなら挑戦してみてはどうだろうか……ときたもんだ」
「敵意はないのですよね? でしたら肩に乗せて頂きたいです」
おっと意外に積極的だな。
「まあ……上手くやれば危険地帯を安全に越えられるかもしれないね」
「やってみましょう!」
「な、なんでそんなに乗り気なんだ……」
するとエリはくすりと笑い、
「お上手ですね」
え、何が上手……? ああ……乗り気のくだりが? いや、冗談をいったつもりはないんだけれどね……。
次は無間鼠……。
「たかが鼠、されど鼠、度重なる苦難を乗り越えた強者たちも大軍勢には分が悪い。無間鼠はまるで大蛇のようにこの地を駆け回り、巻き込まれた生き物を容赦なく食い散らかす恐怖の群体だ。そのありようが異様だからといって闇雲に攻撃してはいけない。混乱がさらなる混乱を招き、収拾のつかない事態になってしまうだろう……か」
「無間鼠は焼いて食すとなかなか美味であったな」
「そういえば塩とか持っていかないとなぁ」
「うむ、冒険に塩は欠かせんな。出発前に補充すべきであろう」
人は動けば汗をかく。汗をかけば塩分が消費され、欠乏すると行動不能になってしまう。補給のためには獣の血を飲んだりすることもあるそうだからな、それはなるべく避けたいところだ。
次は……ボムビーとやらか。
「昆虫の中でも蜂はとりわけ危険だが、この地には輪にかけて危険なものがいる。ボムビーはなんと爆発する蜂だ。可燃性の体液に口元で着火、自爆し周囲を炎で包むというのだからとんでもない。巣を守るためなら自己犠牲をも問わない彼らの献身には敬服するが、我々にとっては災難以外の何物でもない、攻撃をする際には充分に気をつけよう。巣は巨大な黒い塊で、複数の樹木を支えに形成されていることが多い。もし見かけたら迅速にその場を離れよう……か。危険だが面白い生態だ、こいつとっ捕まえて爆弾にでもできないかな」
「デキル」
「おっ、できるのか?」
「タブン、デキル」
「たぶん……」
「タブン……」
「いや、やっぱいいや……」
「デキル!」
「やっぱいいや!」
「デキール!」
「失敗したら吹っ飛ぶぞ!」
「シナイ! ……タブン」
信用できない! 次は沼の住人……。
「沼からながーい手が伸びてくる! それは間違いなく沼の住人のものだろう。彼らは沼に住み、冒険者を引きずり込んでは食らう怪人だ。一体ならまだしも複数同時に掴まれてしまうと即座に行動不能となってしまう、さっさとその腕を切り落として脱出しよう。間違っても引っ張り合いなどをしてはいけない。彼らは引っ張ることを生き甲斐としているので、膂力で抵抗をするとかえって強い力で引き込まれてしまうだろう……だってさ」
つーか、怪人の生き甲斐とか分かるのか?
「そういえば、その書物の著者は何者なのかね?」
ええっと……表紙を見やると、
「ダンピュール・ウィッカード……だって」
「ほう、賢者ダンピュールの著書か」
「すごい人なの?」
「うむ、高名な魔術師として知れ渡っておるな」
「賢者とかいうわりに文体がなんだかお気楽? だけれど……」
「その辞典は古いものではないかね? 巻数が若いのなら若い時分に書かれたものであろう」
「ああ、一巻目だ……」
「その賢者さまは」エリだ「今だご存命なのですか?」
「どうであろうか……消息を絶って長いと聞くしな」
「そう、ですか……」
それにしてもいろんな生き物がいるもんだ。最初の方だけで胃もたれがしそうだぜ……。
「ところで」エリだ「巻末近くのページが何やら奇妙ではありませんか?」
うん? あれ……確かに、本の小口側から見てなんか黒い感じになっているな?
「ちょっと先に見てみようか?」
……でもなんか、いきなりとんでもない奴が載っているがっ……?
「雷雲のあるところサンダーコールあり。それはネコ科によく似た巨獣であり、なんと電気を吸収する性質があるらしい。雷雲の下に集まり、落雷をその身に受けようと巨獣が高く跳び上がる様は神々しさすら覚えるという。帯電した後はただでさえ高い身体能力が更に激増し、手がつけられない雷獣へと変貌するとされ、もちろん敵対など以ての外であろう。圧倒的な戦力をもつ獣は神にも等しい。たかが人間が敵う道理などないのだ……」
……こいつはデヌメクネンネスの本にもあったな。
「もはや逃げ隠れるより他はあるまい」
「そうだな、こんなのどうしようもないよ」
そして次は……ドッ、ドラゴンだっ……?
噂というか伝説としてはよく聞くが、マジかよ、この地にいるっていうのかっ……?
「幼少のドラゴンは環境への適応能力が低く、その時期に大半が死亡してしまうという。しかし、持ち前の再生能力で少数の個体は順応してゆき、その姿を変えつつ強大に成長していくとされている。多様な環境を内包する彼の地の中心部にはやはり多様な種類のドラゴンが存在していると考えられ、なかでも様々な環境を渡り歩いた竜はロードドラゴンと呼ばれ、絶大なる畏怖をもってあらゆる魔物を平伏させるという。その姿を目にした者は幸運だろう。例え命を失ったとしても……か。へええ、幼少期はか弱いんだなぁ……。いや、生命力は高いのか……?」
「竜の血は極めて高価らしい。万病に効くというからな。とはいえ成竜には手が出せないので必然的に子竜が狙われることとなる」
「へええ……血が、ね……」
「小さい……子供を?」エリだ「襲いかかるものを退けようと戦うならばまだしも、いたいけな子をさらうのはいかがなものかと思います……!」
おっと、なんだかご立腹な様子だな……! エリは子供なら獣にも優しいのか。
ええっと次は……あいつだ、あいつに似ている……! あの騎士のような巨人に……!
「この地を飛び回る武装した巨人たち、それはシン・ガードと呼ばれている。圧倒的な戦力を保有する彼らを打ち倒すことは不可能だ、回避に専念しよう。もっとも、それすら可能かは怪しいものだが……。彼らは決まった法則に従って見回りをしているとの噂で、一定の条件を満たさなければこちらを敵とは認識しないらしい。その条件にひとつに要所への侵入があるが、具体的にどこへ入り込むことが禁止されているのか、それは分からない。突如として彼らが飛来してきた場合はすぐさまその場を離れよう。運がよければ見逃してくれることもあるかもしれない」
倒せないどころか、逃げられもしない相手……か。まあ、俺たちが生き残ったのもたまたま、だろうな……。
「……あのときのあれだな」
「うむ」
「……えっ、もしかして、出会ったのですか?」
「ああ、たまたまね……。あの戦いの帰り道、大きく抉れている場所があったろう? あれはこういう巨人のせいさ……」
「なんということでしょう……」
だが忘れよう、対策なんかしても無意味だろうしな。それより本の続き……と、何だ? なにやら不吉な文字が並んでいるが……。
「超……危険個体……? これは……?」
「超危険固体か……」ワルドだ「魔物はどれも危険なものであるが、多くは猛獣の延長にあるもので避けようと思えば避けられることも多い。しかし、そう呼ばれておる輩は悪意か敵意か、ともかく冒険者に興味を抱き積極的に干渉してくる恐ろしい存在を指す」
「そ、そんなものが……?」
「この地へ逃げ込んでおる重犯罪者も多いと聞く。そういった輩の成れの果てだろうか」
なるほど、国から追われての……ある意味絶好の隠れ家ってわけか、この地は……。
まあいい、読み進めてみよう。最初は、蒐集者……。
「……超危険個体の筆頭に挙げられるのが蒐集者だ。この謎の怪人は罠を巧みに用いて冒険者を狩っており、その目的はあなたたちが所有するコインだと噂されている。ハイロードの随所に出没するとの話なので、奇怪な罠を発見することができた場合は迅速かつ冷静な対処が必要となるだろう。すでに膨大な数の冒険者が蒐集者の餌食になっていると推察されており、実力者による排除が待たれている……だと? こんな奴がいるのか……!」
「それは古い書物のようだが、蒐集者の噂はいまだによく聞く。出会わずに済めばよいがな……」
「なぜコインを集めるのでしょう……?」
「まさかここへやって来て換金するわけでもないだろうし、趣味なんだろうさ……」
「蒐集はときに人を狂わせる。魔物めいた存在ならばなおさらなのかもしれんな」
次は、暗黒城の住人たち……。
「宙に浮かぶ黒い城には稀有な美貌をもつ聖女がいるという。彼女は人界の救済のため悪の研究をしているらしい。いま現在、世界各地で起こっている紛争のいくつかは彼女が起こしたものだと聞く。おびただしい犠牲を経て、彼女は何かを得たのだろうか……? いうまでもなく、暗黒城に近づいてはならない。研究材料として彼女に狙われた者は肥大化させられた自身の悪意に押し潰されることとなるだろう……って、宙に浮かんでいる……?」
「うむ、たまにそれらしいものを見かけると聞くな……」
見かけるのか……。
ふとエリを見やると、難しい顔をしている……。
「人の悪意、ですか……」
「救済のため紛争を起こしているって矛盾しているなぁ」
「ええ、そう思いますが……」
「これ古い本みたいだけれど、まだその悪意の研究ってやつは行われているのかね……?」
「どうなのでしょうね……」
次は大巨人か……。
「大きい、とにかく大きい! それは巨人たちの親玉、大巨人だ。いつもハイロードとは逆の方向に寝転んでいるのでほとんどの冒険者はその姿を見ることもないだろうか。しかし、寝返りによる地震の影響はこちらにも届いてくるので一応は気をつけたい。……などと書くと大した脅威ではないように思えるが、超危険個体に選ばれていることには理由がある。なんでも、極々稀に彼? より話しかけられることがあるというのだ。そしてその場合、その人物は発狂してしまうという。もし仲間のひとりが突如としておかしくなった場合は、あるいは大巨人の仕業なのかもしれない……ってさ。寝返りが地震になるなんて相当なものじゃないか?」
「うむ、これのものかは分からぬが、ときおり揺れるな」
「普段は見ることができないのですか……」
エリはなんだか残念そうだ。まあ、俺も一目でいいから見てみたい気はするな。
「しかし、話しかけられ発狂する……って何だ?」
「さてな……。魔物の恐怖で精神を病む者は少なくないが、そういった話は聞かんな」
うーん、なんだか怖い話だなぁ……。
さて次は……栄光の騎士、か……。
「金色に輝く鎧に身を包んだ騎士風の男に出会ったときは注意が必要だ。もし彼が栄光の騎士であったときには当たり障りのない応対をし、すぐに別れよう。彼は百年以上も前に死したはずの恐るべき裏切り者である。その名誉を守るためならば手段を選ばず、執拗に、延々とあなたを追ってくることだろう。彼がどれほどおかしな言動をしようがその内容の矛盾を突いてはならない。彼は栄光の騎士なのだから……って、こいつは……? 百年以上前って……」
「狂った騎士の噂はたまに聞くな。何者かは分からんが……」
「ともかく、テキトーに対応してさっさと離れるのがいいだろうな……」
次は乱妨と放棄の魔女……か。
「最近、この地に魔女が現れるという噂を耳にしたことがあるだろうか? 彼女は希有な美貌をきらびやかな衣装で装飾し、冒険者をからかっては恐ろしい目に遭わせるのだという。彼女は乱妨と放棄の魔女。欲しいものを手に入れるためならばどのような手段をも行使し、そして手に入れた途端に投げ捨ててしまうのだ……か。この魔女って……」
「書かれた時期を考えればクルセリアではなかろうがな……」
「魔女って、でも人間なんだろう?」
「どうかな、あやつがそうといえるかどうか……」
「そ、そうか……」
魔女との衝突は避けられないかもしれない……か。
次は……またあいつらか、グラトニー7……!
「グラトニー7はグラトニーズの中でもとりわけ優秀な七体といわれている。とはいえその地位にある個体がいつでも七体であると見なすのは難しく、多少は増減するという意見もある。彼らは極めて高い知能をもつとされ、各々、非常に高度な技能を習得していることが確認されている……か。へえ、あいつらの親玉みたいなもんなのかね?」
「可能ならば……敵対より和解が望ましいでしょう。なぜならこの地の事はこの地に住まう方々に聞くのがもっとも正確だからです」
「ああ……まあ、話せるものなら話してみたいね。こっちは最初から戦いたくなんかないんだし……」
次は離隔の王、か……。
「離隔の王は地上最強をうたう孤独な王だ。王族とはいえ元はただの人間だったそうだが、竜の力を得て超人となったらしい。一度怒ると手がつけられず、従者は死ぬか去るばかり。外界に敵なしとみて今ではこの地をさまよい、魔物相手に剣を振り回しているという。戦いを避けたいのならば弱者を装うといい。彼は強者にしか興味がないのだから……ね。でも超人だって……?」
「竜の血で人体実験が行われていたという噂は聞いたことがある。被験者はみな死亡したとされておるが成功例があったのやもしれんな」
「どこがそんなことを」
「あるいはホーリーンという話だったが……」
「ホーリーン……!」
また奴らか……! だがワルドの口ぶりからして各国が狙っている可能性もありそうだな。
そして……最後のページだ。
「禁忌を冒すことに意義を見出すのは超越者か狂人と相場は決まっている。彼がどちらに属するのかは分からないが、とてつもなく恐ろしい存在とだけは断じておこう。彼は罪を喰らう男。あなたがどれほどの強者でも戦いを挑んではならない。膂力や武器、魔術だけが脅威とは限らないのだから……」
「その名は耳にしたことがあるが……実際にどうこうあったという話は知らぬな」
「そうか……さて、残りはまた後にしようか、腹も減ったし」
脅威の話ばかりしても肩が凝っちまうしな。アリャは猫みたいに伸びをし、
「ハラヘッター」
「むう……言い忘れておって済まぬが、今日のところは食事ができぬであろう。軍の補給のため、各食堂や店舗は店じまいをするはずだ」
「ああ、そうなのか……。アリャ、飯はないってよ」
「ニエッ?」
「晩飯は抜きだ。お店、閉まっているってさ」
「ニェエッ?」
「ワルド、明日は食べられるのかな?」
「うむ、彼奴らの半数は明日、出発するらしいからな」
「明日は大丈夫そうだし、朝食を腹一杯食おう」
「ニェッ、ニェ、ニェー……!」
どこかへ行っちゃったが……まあ確認したいんだろうな。あるいは一旦、里へと戻るのか。
さて、それなら今日はさっさと寝てしまおうか、図書館の片隅だが……起きていても腹が疼くだけだしな……。
……あれ? あーあ、なんだもう朝か……。……館内にうっすらと朝日が差し込んでいる、ちょっと肌寒いな……。
「レクさん、一応ですが席が空きましたよ」
見上げるとエリ……。
「ああ……いま行くよ」
空いたテーブル席は昨夜あの偉そうな女がいたところか……。
「おはよう……白や灰色の奴らはまだいるの……?」
「イル、マダイル、ハラヘッタ」
「そうか……」昨夜はやはり食えなかったか「食堂はまだ開いていないだろうな」
「ツィンジィの先行部隊はすでに出発したようだ。灰色の部隊もそろそろであろう」
なるほど……そういや灰色の方はどこの軍なんだろう……って、あれ? 目の前を……台車を押しながら、あの司書が通っていくが……?
「お、おい……あれって例の……?」
司書は、こちらを、見やった……!
「そう、私が……」
うっ! 光線が司書に放たれっ……? しかし本が飛び、開いて受け止めた、魔術を吸い込んだだとっ……?
「……件の魔女さまよ」
さらに本たちが飛んだっ? きっ、牙が生えているっ? というかいきなり、こんなところで戦うのかよっ……? 光の鳥が舞い、襲いかかってくる本を弾いていく……!
し、仕方がない! シューターを構えろ、だが魔女とはいえ人間に対して撃つのかっ……? しかも場所がよくない、周囲にも人がいるんだ、かわされたり、あるいは弾かれたり、周りが危険じゃないかっ……?
「あら、撃たないの? 面白そうな武器なのに」
うっ、上方から矢っ? 飛ぶ本を一気に複数、射抜いた! いつの間にかアリャ、二階にいる!
「それにセルフィン……。今度のお仲間は優秀そうね」
周囲の本が集まり魔女を守らんと旋回している、だがそこに輝く鳥たちが多数……エリの鳥か! 真っ向から突っ込んでいく!
「これは……あなたの?」
魔女はふわりと後方に跳び、そのまま宙に浮かぶだとっ?
「しかもこの量、やるわね……! ここまでできる子は珍しい」
しかも魔女が、四人に増えたっ……?
「ご褒美よ、大魔術を見せてあげる!」
魔女たちが別々の呪文を唱え始める! これは……とんでもなくヤバい気がするがっ……?
「いかんっ!」
周囲に輝く六面体が現れたっ、ワルド、そこへ向けて光線を撃つっ……と反射したっ? 複雑な光の軌跡が魔女たちを貫く! やったかっ……?
いや、どこからか笑い声が聞こえてくる……!
「冗談よ、ここを吹き飛ばしちゃいけないし、本は大切にしないとね」
「待てっ、クルセリアッ!」
「楽しかったわ。また遊びましょうね、ワルド……」
魔女は……消えた? 突如として館内に静寂が戻る……が、終わった、のか……?
「おいこら、危ねぇーじゃねーかっ!」
「朝っぱらから何やってんだっ!」
「外でやれ、外でっ!」
終わった……みたいだな。だが周囲から怒りの声が、ケンカだとでも思われたかな、職員までもが駆けつけてしまった……。
「済まぬ、やむを得ぬ事情があったのだ」
ここは顔の効くワルドに任せるのがいいだろう。というか先に仕掛けたのは彼の方だし……。
……そう、あの聡明なワルドが後先考えずに動くとはな、遺恨は相当なものらしいが……。
でも俺、攻撃できなかったな……。あの強さだ、撃ったとておそらく通じなかったろうが、人を撃つには……。
「撃たずにおいてよかったと思います」エリだ?「抵抗があるのは当然です。相手も人なのですから」
しかし……いや、そう……ワルドの敵だとしても俺にとってはよく知らん人間だしな……。
だがまあ、向こうがやる気なら話は別だろう、応戦はするさ、もちろん……!
本当にやる気ならば、だが……。