境界を越えて
ゆくべき場所はおろか、帰るべき居場所もない俺は亡霊と変わりがない。
持て余した自由がやがて虚無へと沈むのは分かり切っていた。
だからその前に、何かを成そうとしたかっただけなんだ。
何か、おかしい。
目的の宿はかなり大きいと聞く、それが本当なら宿泊客も多数いると思われるし、人が多い場所では物資の搬入が相応の頻度で行われる、つまり馬車などを多用するはず、となれば山道とはいえある程度の広さは必要だろうから、少なくともこんなに細い道を通っていないということになる。
ここはそう、いっそ獣道といえるだろう。実際ところどころ獣の糞が落ちているし、俺はいったいどうしてこんなところを歩いているんだ……?
……空が赤くなってきている、夜の到来が予言されている。野宿をするならばすぐにも準備を始めなければならないが……地図からして宿はこの近くのはずなんだよな……。
どうしよう、野宿にするか? いや、でも、この辺りの生態系は極めて特殊だと聞く、驚異的な獣が多いと、夜間にそんなものに襲来されてみろ、ひとたまりもないぞ……。
やばいな、こうしている間にも赤みが深くなっていく、バックパックの重さも堪えてきた、やはり休んだ方がいい……か?
どうしようか、どうしよう?
どうしようと考えつつもどんどん進んでいるけれど……。
どうしたものか……。
どう……いやっ?
……今、わずかに光った、ような? 反射光か、樹木の陰から……って、おおっ、何かあるぞ! 人工物のような……ああっ、どうにも看板らしいっ……?
森の中にある看板なら警告か案内の類と決まっている、そしてこれは……案内板だ! かなり色褪せているが、かろうじて〝ボーダーランドへようこそ!〟と読めるぞ……!
よかった、道はともかく方向は間違っていなかったか……! よしよし、この勢いのままにさっさと宿を見つけちまおう……とかいってる間に建造物がっ? あるじゃねーか! 遠目だがかなり巨大だ、こんな山中にいきなり、これまで目に入らなかったはずだ、ここから急激な下り坂、盆地のような地形の中心に要塞のような……というかマジで要塞じゃないだろうな? なんだあの堅牢そうな外壁は、目測だが高さはゆうに十メートル? だとするなら横幅は百メートル以上あるか、こんな山奥になんと立派なものをこさえたものだ、資材の運搬だけでもかなりの費用となるはず、それでもなおというのなら、ここは噂どおり宝の山なんだろうな……!
……って、ヤバいな、いよいよ空が真っ赤だ、完全に没してしまう前に到着しなければ、ああ、心身ともにかなり疲弊していたが、明白な目標があればまだがんばれるぞ……! がんばれ、はあ、思えば山道を半日か、疲れた……いやがんばれ、ここからは下り坂だ、転倒に気を付けて、あと少し……大丈夫だ、ちゃんと近づいている……よし、正門までもう少し、あと少しだ……というか、ああ! やはりだ! ならされた大きな道が近くに通っている! 古びた看板があったところからしてあの獣道は旧道か何かだったんだろう、そうか、地図は間違ってはいなかった、だがいかんせん情報が古いものだったんだ、屋敷の屋根裏にあったものだからな……。
まあいい、ともかく無事に到着できたんだ、しかし……正門の付近にはひと気がないな? いや、その横の格子窓から気配を感じるような?
「……や、やあ、誰かいるかい……?」
「お、いらっしゃい!」おっと唐突に顔が現れた「そっちのドアから入ってくれ!」
たしかに、門の側にそれらしいものがあるな。一見して石壁とそっくりの装いなので気づかなかった。カチリと金具まわりが稼働した音、ずいぶん重そうなドアだが……実際、重いなぁ……! それに開いた先は真っ暗……いや、夕日が差し込み人影が、通路は十メートルほど、つまりそれがこの壁の厚さってことだろう。
「ようこそ冒険者の宿、ニワトコの木陰へ!」
屈強そうな男の出迎えだ、灰色の軍服、ライフルを背負い、腰には拳銃か。どこかで見た軍装だな、どこの国のものだったか……。
「男はみんな、功名を求める小さな王さ! あんたも今日からその一人となったってわけだ! パチパチパチ!」
一見、堅物そうだが陽気だなぁ。迎えてくれたんだし悪い気はしないけれども。
「旅の疲れもあるだろうが、まずは登録を済ませちまいな!」
宿は……やや意外な風体だな、外壁のところどころに草花の象形、観音開きのドアの上には手を繋いだ人々のアーキトレーブ、冒険者のための宿泊施設にしては豪華すぎるような? 右手には馬屋、左手には円柱状の塔、どちらも立派なもののようだ。
「……それで、もう行っていいのかい?」
「もちろん! 俺たちは魔物の襲来を見張ってるだけなんだ、人間は基本的に大歓迎さ!」
「魔物か……魔物っ?」
「ああ、とんでもない怪物がいるんだ、この先にはわんさかな。でもここまでは滅多に来ないよ」
「怪物って、死体が蘇ったやつとか?」
「俺がいってるのはすごい獣のことだけど、まあ、たいていのものはいると思うよ」
「そ、そうか……」
「では健闘を祈る!」
男は敬礼し、壁の中に戻っていってしまった。そういやどこの所属なのか聞きそびれたけれど……まあいいか、今は宿だ。長旅の上に登山でへとへとだしな……。
というか、正面ドア前の階段に人がいるな。つば広帽の男、煙草をぼんやりとふかしている、一応、挨拶でもしておいた方がいいかな……。
「やあ」
男は煙を噴出し「……ああ」
「……調子はどうだい?」
「まあな……」
愛想がないね……。商売敵だとでも思っているのかな。まあ俺もさして人懐っこいタチではないからお互い様か。
そして観音開きのドアを……開けた途端に喧噪が襲いかかってきた! 入って右手すぐにラウンジ、冒険者らしき者たちでいっぱいだ、左手には通路……あれは、へえ、商店の並ぶ一角となっているのか。そして正面突き当たりには上階に続く階段があると。
……しかし、思った以上の人数だな、視認できるだけでもざっと二百人はいるぞ、みな決して身綺麗とはいえない身なりばかり、いかにも冒険してますって風体だな。
「よお、見ねえ顔だな、新入りか?」
赤いバンダナを巻いた痩せ顔の男、柱を背にでかい鞄を広げている、内容を見るに武器商人か。ここ最近、各国でこの類の商売をしている個人が増えつつあると聞く、不穏な時代の前触れとも囁かれているが……こんなところにもいるとは。
「見ての通り、良質な武器が揃ってるぜ。これなんかつい先日入荷した新商品、あんたラッキーだよ」
リボルバー式のライフル銃……? なるほどあまり見ない型だが……客がこれだけいる中で売れ残っているんだ、あまりラッキーとは思えないな。それに……。
「いや、俺にはこの得物がある。不格好だが威力はかなりのものだと自負しているんだ」
火薬によってV字型の刃を射出する、名付けてブレイドシューターだ! 熊でも倒せる威力があるはず、この地の魔物にだってきっと通じるに違いない。
武器商人はへへっと笑って肩をすくめてみせる。どう評価していいか分からないといったところか。
「……それで、俺はお察しの通り新入りなんだけれど、まずはどこへ向かえばいいのかな?」
親指で指された先にはなるほど、ラウンジの奥にカウンターがあるな、あそこが窓口か。
「ありがとう、武器に困ったらまた来るよ」
「おうよ、待ってるぜ」
ラウンジには多数のテーブルがあるがどこも満席くさいな。窓口に着くまで視線の集中砲火を浴びるが……新人がそんなに珍しいか?
「新顔かな」
受付に立つのは眉間の険しい男、髪を油で固め、小綺麗な白いシャツに青のベスト、胸元についている名札は銀製だな、アズラ・オマーとある。
「ああ、さっき着いたばかりなんだ」
「冒険者の宿へようこそ。節度さえ守れば好きに羽を伸ばしてくれて構わない。まあ、節度の範囲はお国柄によって様々だろうが、職員に注意された場合は素直に従っていただきたい。反発が甚だしい場合はご利用をお断りすることもある。そして清掃には積極的なご協力を」
……後ろでは大勢が飲み食いしており、どこのテーブルも汚い。みな冒険者なんだろうし、礼節への興味は薄いんだろうが、それにしてもおもちゃ箱だな……。
「……ああ、了解した」
「我々は基本、冒険者同士の悶着には干渉しない。過度な暴行や殺人にでもなれば話は別だが、ささいな揉め事は当事者同士で解決してもらいたい。さて、この書類に記入を、最低でも名前と好きな動物を記入してくれ。それと死亡時の通知先もな」
「動物……?」
「少なくとも二種類だ」
なぜに動物……? ええっと名前を書いて……あとは好きな動物か。そうだな、猫……それも黒猫が好きかな。あとは犬……いや、狐にしておこうか。いつかの冬に見かけた銀色の毛並みをもつそれはとても綺麗だった。黒猫と銀狐にしよう。
「しかし、この動物ってのはなんだい?」
「なりすましや誤認の防止策さ。極端に素性を隠したがる者が多くてね。念のためだよ」
うーん、なるほど……。
「書いた動物の順番も覚えておいてくれ」
必要事項を記入し職員へと返すと、彼は眉間のしわを一層に深めた。
「レクテリオル・ローミューン……。立派な名前じゃないか」
「名前だけだよ……って、由来を知っているのかい?」
「ああ、まあ」
ということはあの叙事詩を知っているのか? 同郷なのかもしれない。
「じゃあ、あんたも……」
「いや、生まれはエシュタリオンだ」
ずいぶんと西の方だな。あそこは芸術の国として特異な発展をしていると聞く。
「あの、疋の伝承にまつわる話だよね? そっちでも伝わっているとは驚いた」
「いや、向こうではない、この地で有名なんだ」
この地で……?
「君はあの内容を信じているのかな?」
いやぁ、あまりに荒唐無稽だし……。とはいえ、この地ではときおり、現代の水準をはるかに超えた遺物が出土するという。画期的な発見や発明はそれの分析によって得た知識だとも……。
「まあ……そうだな、まるで信じていないといえば嘘になるかな……」
「そうか」
男は小馬鹿にするそぶりをかけらも見せない。
「私が知る限り、レクテリオン系の名を持つ冒険者は三人、この地を踏んだようだ。そしてその内の二人は帰ってこず、一人は目的を果たして生還した」
「そ、そうかい……?」
「君はなぜここに? 金か、名誉か、遺物か……あるいはそのすべてかな?」
「……まあ、金儲けだよ。その遺物ってやつが高く売れるんだろう?」
「ああ。それを持って帰れば一攫千金も夢ではない。だが儲ける手段はそればかりではないぞ、あまり欲張らないことだ」
「なんだ、遺物の収集や中心への到達を望まれるって聞いたけれど?」
「それはそうだが、軽薄に背を押して死なれても夢見が悪いからな。君に失うものがあるならばなおさらだ」
失うもの、か……。
「そういうものは、ないさ」
「……なるほど、通知先が記載されていないな。肉親は?」
「故郷に戻るつもりはなくてね」
「そうか、では本題に入ろう。人づてにある程度の話は聞いてきたのかもしれないし、話の重複は退屈かもしれないが、いま一度、私の説明をよく聞いて確認をしてほしい」
「ああ」
「ここより先は広大な森林や山脈が広がる、通称ボーダーランドと呼ばれる土地だ。土地といってもその面積はかなり広大で、おおよそ五百万平方キロメートル以上もある。生態系は極めて独特、他では類を見ない異質な生物がひしめいている。まあ控えめにいって怪物の巣窟だ」
「怪物……か」
「そしてその中心部には何かがあるという。何があるかは諸説あるが、特異な文明の残り香というのが有力だ。そしてその根拠は物証として実在しており、それは遺物と呼ばれている加工物のことをいう。その中には驚くほど高値で取引される代物もあり、先にもいったが一攫千金も夢ではない」
「ああ、そう聞いてきた」
「最終目標は中央、そのさらに中心部への到達だが、気球や飛行船などで向かうことはできない。撃ち落とされてしまうからな」
「撃ち落と……される?」
「それは火の玉や謎の光線であったり、怪物の体当たりかもしれない。まあとにかく、不安定な空では勝ち目が薄いわけだ。ゆえに下からじっくり進むルートを我々は模索している」
「ここへくる前に聞いたよ、ハイロードってやつだな」
「そうだ。先人の勇気と尊い犠牲により、いわゆる王道ともいえる道筋が確立されており、それはハイロードと呼ばれている。とはいえかなり険しい道程とされているがな」
「まあ、楽観はしていないさ……」
「ハイロードの道順を示した地図は図書館で購入できる」
「……道筋はその地図でしか分からないのかい?」
「いや、多くの冒険者が歩んでいるゆえ、それは明瞭に道となって続いている。しかし、先へと進むほどに道は荒れてゆくだろうからな、地図は必要になってくるだろう」
「なるほど……」
「そういった事情も含めて、我々は遺物だけでなくハイロードの情報をも欲している。もちろん、入り口から近い道ほどそれは多く集まっており、そのぶん、値段のつくネタは仕入れ難いと思っておいてくれ」
「そうだろうな」
「こうした情報網は基本的に信用で成り立っている。つまり、虚偽の情報を我々に伝えて小金をせしめることは可能だということだ」
「なにぃ? いいのか、そんなことで……」
「無論、我々も他の情報と照らし合わせて調査はするが、何が起こったとしてもおかしくないのがこの地だからな、完璧なるそれは不可能に近いだろう。だからこそ我々はこうして警告をする。情報を売るということは、後続の死の責任を背負うことになるのだとな」
たしかに、その通りだな……。
「そしてもちろん、君に与えられる情報にも間違いや騙りがあるかもしれない。そこは留意してくれ」
「分かった……」
「我々は過ちを責めない。人とはそういうものであるからだ。だがそれが当たり前だとは思わないでもらいたい。他者の死は君の生の一部なのだから。死者に敬意を」
職員の表情は厳粛だ。なんだか神妙な気持ちになってくるな……。
「ああ、了解したよ……」
「よし、ハイロードの情報は図書館にて確認できる。閲覧は自由だが、持ち出しは厳禁だ。どうしても必要ならば複写サービスを利用してくれ。ちなみに図書館はこの建物の隣にある塔だ。正門から入って、左手に見えたろう?」
「ああ、確認している」
「さあ、君で五万と三千五十八人目だ。これは記念のコイン。なにかと入り用になるからなくすなよ。君以外の者がこれを手にし持ち帰ったとき、君の死を我々が記録し冥福を祈るだろう。それとくれぐれも落とさないように。死者が蘇ってくることは微笑ましいことだが、遺族への通知が済んだ後ではいろいろと混乱するからな。まあ、君には関係のないことらしいが」
男の眼差しは何か言いたげだが……答えは同じだ。
「……それと、もし旅先で他の冒険者のコインを見つけたときにはやはり持ち帰ってもらいたい。ささやかだが謝礼はする。加えて、死者の持ち物は発見者のものだ。だからといって殺すなよ、そして殺されないように」
「……もちろんだ」
「さらにだ、向こうで特殊な人種と出会うこともあるかもしれない。あえて詳しくは説明しないが、最適な対応を心がけてほしい」
特殊……? 未開人とか?
「説明がないのに最適とは……?」
「先入観は危うさに繋がるからな。外では怪物として伝わっている存在が実在する」
怪物というならばそれはつまり危険な存在なのでは……?
「ああ……まあ、分かった」
「よし、遺物と情報、そして長生きを期待する」
「ありがとう」
「そうそう、遺物ではなくとも、有用であったり珍しいものはこちらで買い取ろう。それらしいものがあったら持って帰ってくるといい。たとえば魔物の角とかな」
「うん、そうするよ」
「同行者を求めるなら君から見て右手の受付へ。条件に見合った冒険者を探す手助けをしてくれるだろう。もちろん自分で好きに声をかけてもいい。それとここで使用できる通貨はオンリーで統一されている。あの端の受付で換金できるので、先に済ませておくといい。説明は以上だ、幸運を祈る」
オンリー・オンリーってやつか。
俺の故郷の通貨もオンリーだ、換金をする必要はないな。
「ああ、それではまた」
「待った、最後に写真を撮る。こちらへ」
おっとそうだったな。カウンター脇に小さな部屋、そこで三分間、じっとした後に解放される……。
さて、同行者……か。いうまでもなく単独行動は危険だろう。しかし信頼できる仲間なんてそうそう見つけられるものではないだろうし、ここはじっくり観察でもして、ましそうな集団がいたら混ぜてもらう、なんて方針がいいかもしれない。
でも、俺ってけっこう人見知りなんだよな……。ごく短時間の付き合いには抵抗がないが、ずっと一緒に行動するとなると……いや、わがままをいっている場合じゃないか、ものは試しだ、話を聞いてみよう。
受付には細顔の青年職員、黒いシャツに茶色いベスト、名札にはケリオス・ホーメイトとある。
「こんにちは、お仲間をお探しですか?」
「ああ。いきなりだけれど、同行者に襲われることってよくあるのかい?」
「ありますよ。ひと月に数件ほど報告されてきます。もちろん分かっているだけで、ですが」
「それは……けっこう稀ってことだよね?」
返答はなく、彼は肩をすくめる……。
「上手くやっているのでしょう、いろいろな意味でね。とはいえ総数もそう多くはないと考えられています。当初の思惑はどうあれ、ともに死線をくぐった仲間は愛おしくなるのかもしれませんね」
もちろん、いろいろと共有した仲なら信頼が芽生えるだろうさ。
……そうだよな?
「また、策謀を練っている余裕もないと聞きます。向こうではどうしても協力し合わないとならないそうですから。なので、裏切りに関して最も危険なのがこの宿の周辺と聞きます」
安全圏に入った途端に後ろからグサリ、か……。
まあ、気をつけるに越したことはないだろうが……。
「それで、同行者をお探しになりますか?」
「ああ……まあ、まともそうな人を……」
「そういった点に関しては保証できかねます。身なりや評判がよくとも、その人物があなたにとってよい仲間となるかは分からないものですしね」
「それは、たしかにな」
「どうせならば技能で判断すべきでしょう。自分と異なる得意分野をもつ戦力などですね。あなたのご自慢は何ですか?」
「うーん、強いていえば簡単な修理とか改造かな。これなんかそうさ、手作りでね、刃物を飛ばす銃なんだ」
このブレイドシューターの評価はいかなるものか……。
「なるほど、これは強力そうだ」
おお、けっこう高評価……いや?
こいつの顔、なんとなく小馬鹿にしていないか……?
「まあ、こういった技能は喜ばれますよ。本施設には制作や修理、改造などを行える工房がいくつもあります。ぜひご活用を」
「……へえ、そんな設備が?」
「はい。詳細はあちらに」
……なるほど、受付の端に案内板らしきものがあるな。
「それにしても、こんな山奥にこれほどの施設があるとはね」
「各国から支援金が出ていますからね」
「支援金、それほどの旨味があると?」
「はい、どこの国も遺物を欲しがっているのです。それとまあ報復でしょうね」
「報復……?」
「ボーダーランドは古くから魔物の巣窟と知られておりまして、危険視される傍ら、軍事力の箔づけには好適だとも考えられていたのです。ゆえに各国が攻略のために乗り出したそうですが……」
肩をすくめるところからして、結果はお察しってところか……。
「まあ、時が過ぎてもここの魔物が外へ飛び出すことはほとんどなかったそうですし、被害が甚大になりやすいわりには旨味がないとかで、民間への委託に舵を切ったというわけですね」
つまり俺たちは勝手にわいてくる使い捨ての駒ってことか。まあその支援金を出している国こそが持ち帰ったものを金に換えてくれる相手なんだろうし、この施設の後援でもあるんだ、なんら文句なんてないさ……。
「とはいえ、こちらの事情はどうでもよいことです。ご自身の都合を優先すべきかと」
「……君らはずいぶんと俺たちを心配してくれるんだね」
「もちろんです。生きてものや情報を持ち帰っていただけないと困りますから」
「ああ、そりゃそうか」
「さて、あなたに合っていそうな方は……」
「あ、いや、実はまだ真剣には探そうとしていないんだ。赤の他人といきなりってのはちょっと、ね……。今は少し話を聞きに来ただけなんだ」
「お気持ちは分かりますが、あまり心配性なのも機会の喪失に繋がりますよ。たしかに信頼できる仲間を得ることは困難だと思いますが、おひとりで進むなどそれこそ無謀というものです」
うーん、やはりそうだよなぁ……。
「ではこう言い換えましょう、食料の調達には自信がおありですか?」
「うっ……」
まあ、知識はないこともないが……胸を張って得意とは言い難い……。
「たとえば狩人、彼らは心強いですよ。野草など、食用か否かの判別に長けている場合が多いですからね」
「そうだな……」
彼のいう通り、食料の確保は死活問題だな。その知識に富む仲間はどうしても必要になってくるだろう。
「狩りといえば、ここの周辺地域に点在するセルフィン族はとても有能と聞きますね。なんでも彼らは狩りに関する知識、技術ともに比類なく、身体能力もかなりのものと聞きます」
セルフィン……? 狩猟で生活をしているのか?
「へえ……いい、かもね……」
「ですが、彼らはなかなか心を開かないそうで、ここへの来訪も少ないのです。我々としても冒険者のみなさまと協力して欲しいと考えているのですが……食中毒が原因での死亡は思いのほか多いそうですしね」
うーん、考えてみれば仲間になり辛いということは、こちらをカモにしている可能性も低いとも見なせる……か? なるほど、そう考えると悪くないかもな。
まあ、そもそも俺なんかの仲間になってくれるのかという問題があるが……あたってみる価値はあるかもしれない。
「いいね、そのセルフィンさんたちにはどうやったら会えるんだい?」
「ここからそう遠くない場所に里があるという噂はありますが、詳細な位置までは分かっていません。ですので基本、待つしかありませんね。もし来訪があればお知らせしますよ。なるべくそこのラウンジにいてください」
「ああ、分かった。どのくらいの頻度でやってくるものなんだい?」
「それはなんともいえません。すぐとはお約束できませんね」
「待ちぼうけもありえるってわけか……」
「はい。ですが、無根拠に提案をしたわけではありませんよ。というのも、最近、彼らの姿をよく見かけるようになったのです。なんでも長老のお孫さんがやんちゃをしているそうで、連れ帰ろうと、けっこうな数の戦士が集まっているらしいのです。ですので、あるいはここを利用することもあるかもしれません」
「なるほど……」
「まあ、ただ待っているのもお辛いでしょう、まずは図書館にてボーダーランドないしハイロードの予習をしてはいかがですか?」
「ああ……それはもちろん」
「無知なまま向かうのは自殺行為ですからね。たとえ、ここの近隣のみで活動するにしても予備知識は必要です」
「……近場でも、危ないの?」
「かなり安全といっていいはずですが、それはこの地の基準ですので……」
「そ、そうかい……肝に銘じておくよ。じゃあ、さっそく図書館に向かうとするかな。なにかとありがとう」
「なによりの謝辞はあなたの生還ですよ」
そこまで忠告されてしまっては仕方がない、予習とやらをしてみようか。図書館は正面から左手だったな、ついでにあの商店が並ぶ通路を通っていこう。