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視線  作者: ますざわ
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後編

 その三日後、隆一は葬儀に出ていた。彰が亡くなったのだ。マンションであの女を見た翌日の夜、圭の電話に彰の母親から電話が着たのだ。隆一が自宅で心不全が原因で急死したとの電話だった。あまりに突然な出来事で隆一も、圭も悲しむ暇すらなく、彰の葬儀を終えた。これが、事故や病気が原因なら純粋に悲しむ事が出来た筈だ。しかし、葬儀の最中に現れたあの女の存在が二人に悲しむ事さえもさせなかった。

 それは彰の遺体の出棺前に隆一と圭がトイレに行った時だった。この日は雨が強い日で、夏の割りには少し冷える日だった。特に言葉を交わす事のない二人がトイレから出て、火葬場へ向かおうとしていた時だった。二階の窓からふと外を見ると、傘もささずに雨の中、立ち尽くしている女を隆一が見つけたのだ。女は圭のマンションで見て以来、今日まで隆一の前に姿を現す事はなかった。


「圭!!」


 圭がその女を見たのは今回が初めてだ。窓の下は来場者用の駐車場になっている。女との距離は今回が一番近い。窓が雨に濡れているので、少し見辛いが表情が見える。青白い肌、無表情というよりも凍りついた表情、そして真正面を向いているのにも関わらず目だけを上に向け、やはり隆一を見ている。怖い。本当に怖い。体が硬直している。誰かその女に気付いてくれ。誰かその女を捕まえてくれ。圭は恐怖の余り、その場に座り込んでしまった。


「おい、大丈夫か?」


 そうする事で隆一は何とか理性を保っていられる。圭を支えて立たせ、もう一度窓を覗くと、女の姿はもうそこにはなかった。


「隆一・・・あいつはやばい。あいつはやばいぞ」


 圭が声を絞り出すようにして言った。やばいのは分かっている。だが、あの女の正体も分からなければ、対処の仕方も分からないのだ。


「俺の知り合いにああいう奴を専門にしてる除霊師がいる。すぐに行こう」


「除霊?」


「取り憑かれてるんだよ。あのバケモノに」


 圭がそう言ったからという訳ではないだろうが、彰の出棺の時も、遺族が遺骨を拾っている時も、隆一はずっと何かの視線を感じていた。その度に周りを見渡すが、あの女の姿は無い。だが、確実に見られている。その気配が何とも言えない不快さで、隆一は気分が悪くなっていた。

 彰の葬儀が終わり、圭はそのまま車で圭の言う除霊師の所へ行くと言った。半ば無理矢理隆一は乗せられ、有無を言わさず圭は車を走らせた。車に乗っても隆一は視線を感じている。もはや周りを見渡す気力も無い。三十分程車を走らせると、ようやく圭が口を開いた。


「小学生の頃の友達にさ、オカルトオタクって言うのかな。そういうのがいたんだよ。そいつさ、都市伝説だとか怪談とかにやたら興味があって、現実的、非現実的な話に限らず色んな話知っててさ。高校の時も仲良かったんだよ」


 何故いきなりそんな話を始めたのか分からないが、隆一にはそれを聞く余裕も無くなっていた。前方から視線を感じると思えば、ふと次の瞬間には後方から感じる。気分が悪く、いつ吐いてもいいようにビニール袋を手に持った。


「そいつ、現場調査とか言って実際に怪事件があった場所とかを見に行ったりする事があってさ、よく俺もそれに付き合ったりしてたんだよ」


「ちょっと待ってくれ。悪いが、話を聞いてる余裕が無い。吐きそうだ」


「いや、聞け。重要な事だ」


 圭の強い口調は珍しい。隆一は話を聞いて、視線から注意を逸らせないかを考えた。


「ある日、現場調査に一緒に行った一人が誰かに追われてるかもしれないと言い出した。真っ白なワンピースを着た、長い黒髪の女に」


「え!?」


「そう。さっきの女さ」


 話が掴めない。隆一の目の前に現れるのは赤いワンピースの女だ。しかし、圭は白のワンピースだと言う。しかも、それを同一人物だと。


「お前や彰の話を聞いた時、まさかとは思った。全てはそれが間違いだった。彰が死んだのは俺のせいかもしれない」


「ちょっと待て。言ってる意味が全くわからねえ」


「高校時代、誰かに追われてたのは俺なんだよ。つまり、あの女に取り憑かれてるのは俺なのさ」


「取り憑かれてるってさっきから何なんだ」


「俺もその手の話は詳しくないからよく分からないんだが、俺は高校時代にそのオカルトオタクと怪事件現場を歩き回ってた際に、変な女の呪いに取り憑かれたらしいんだ。結構な数の現場に行ったから、場所も原因も特定出来なかった。毎日夢にその女が出てきて、いっつも後ろから見られてる気分だった」


「俺とは、少し違うな」


「ああ。だから、お前達の話を聞いた時もすぐにピンと来なかった。ワンピースの色は違うし、俺の場合は夢にこそ出てきたが現実にその女を見た事はなかったから」


「今もまだ夢に出てくるのか?」


「今はない。解決したんだ。いや、今となっては解決したと思っていた、と言った方が正しいか。そのオカルトオタクが、オカルトネタを仕入れるのに親しくしていた住職がいてさ。オカルトオタクを通じてその住職を紹介して貰って、除霊して貰ったんだ」


「それ以来平気なのか?」


「ああ。だから俺ももうあの頃の恐怖は忘れかけてた。記憶から封印したいくらいの出来事だったからな」


「そうか・・・じゃあ、圭に取り憑いていた女の呪いがまだ実は解けていなくて、俺や彰に飛び火したって事なのか」


「本当にすまない。お前にも、彰にも謝って済む事じゃないっていうのは重々承知してる。ただ、とにかく今はお前に取り憑いた霊を除霊する事が最優先だ。その後、俺が二人にどう償えばいいか、話をさせてくれ」


 気にするな。友達として、親友としてはそう言うべきだったのかもしれないが、どうしても隆一はそれを口にする事が出来なかった。今も感じる悪意のある視線、そして命までを落とした彰。圭のせいではない事は勿論分かっているのだが。


「そのオカルトオタクってのにその女の原因を聞いたり出来ないのか?」


 親友として圭を気遣えない罪悪感が、強引に話を逸らす事に繋がった。


「出来ない。いなくなっちまったんだ」


「え?」


「俺が住職に除霊して貰った翌日、そいつは姿を消した」


 まさか、その女の呪いは対象を一時的に圭からそのオカルトオタクに変えたってだけじゃないのか?やはりそれも口にする事は出来なかった。圭の表情はそれを言わずとも認めていたような気がしていたからだ。


「着いた」


 そんな話をしてる内に車は小さな寺の駐車場に止まった。未だに視線を感じながら駐車場から寺に向かう。ふと後ろを振り返ると、圭の車の隣にあの女が立っている。


「け、圭・・・」


「分かってる。見るな。もうちょっとの辛抱だ」


 女との距離は三十メートルも無い。はっきりと女の姿が見れる。走って殴りかかる事も可能な距離だが、これ以上一歩たりとも女に近付きたくない。それだけの雰囲気がこの女にある。


「早く入れ!」


 寺から声がした。寺の方を見ると、住職がこちらを見て叫んでいる。あれが例の住職だろうか。圭に腕を引っ張られ、何とか寺の中に入った。


「無駄な話をしてる時間はない。すぐに除霊に入るぞ」


 年齢は六十歳前後であろうが、がっちりとした体つきで頼もしい住職だ。住職はすぐに準備をすると言って部屋を後にし、隆一は圭に連れられてある小部屋へ通された。


「恐らく、俺が一度ここで除霊された経験があるのを、あの女も分かってるんだろう。俺が最初に取り憑かれた時は今の隆一みたいな状況になるまで二ヶ月近くはかかってた。今度は邪魔をされないようにと、以前よりもっと強い呪いでお前を苦しめてるんだと思う」


 確かに圭の車に乗ってから、気分は悪くなる一方で、今の圭の話も半ば虚ろ状態で聞いていた。住職や圭のあの焦り。今の状況は相当良くないのだろう。


「始めるぞ」


 住職が入ってきた。隆一は五体並ぶ仏像の前に座らされた。仏像はどれも不気味だ。特に一番右側の仏像は首から上が無く、その隣の仏像は胸の辺りに大きな穴が空いている。住職はその仏像を跨いでその奥に座り、隆一の目を見た。


「あの女の霊を一度除霊した事は聞いたか?」


 圭の事だろう。隆一は頷いた。というより、もはや声を出す気力も無く、頷くのが精一杯だった。


「今、私は除霊と言ったが、実の所過去に施したのは除霊ではない。封印だ。あの女の怨念は凄まじく強く、一度で完全に除霊出来るようなものではなかった」


 そんな説明はいいから早く除霊をしてくれ。今にも隆一は気を失いそうになっていた。


「今、お前はこの怨念に生気を奪われている状況にある。あと一時間もすればお前は命を落とす。それ程強力な呪いがかけられているのだ。その強力な怨念からお前がこれまで耐えてこれたのは、皮肉かもしれないがその恐怖心だ。お前があの女に恐怖するその感情が、あの女の怨念から逃れられる唯一の方法なんだ」


 そうか。彰はあの女を最後まで人間だと思っていたし、怒りの感情はあったものの決して恐れてはいなかった。だから殺されたと言うのか。


「お前がこれまで絶えず恐怖心を持って女の怨念と戦ってきた故か、女の呪いは今、弱っている。安心しろ。お前が目を覚ました時、全てから解放されるだろう。水でも飲んで落ち着きなさい」










 隆一が目を覚ました時、そこは見慣れた場所だった。そう、ここは自宅だ。


「隆一!」


 隣には圭がいた。圭の後ろには窓から光が差し込んで来ており、半日以上眠っていたんだと気付いた。


「気分はどうだ?」


 圭の車に乗ってから、寺で気を失うまでずっとあの女の視線を感じ、時にその姿を目にし、目を閉じてもあの女の残像が浮かんでいたが、今は何も感じない。除霊が成功したのだろうか。そう考えると、すっかり気分がいい。


「ああ。何も感じない、っていうのが凄い久しぶりの気分だよ」


「良かった・・・」


 圭が俯いてそう言うと、手や肩が震えているのに気付いた。


「圭?」


「ごめんな・・・隆一。俺のせいで」


 圭は泣いていた。幸いにも自分は除霊がうまくいって助かったが、住職の話が事実なら、つい先ほどまでは死にかけていた訳だし、彰に関しては命を落としてしまった。その事実が、一段落した今、二人に重くのしかかってきた。


「お前が悪い訳じゃない」


 車で、言う事の出来なかったこの言葉。今でも、今回の事件に圭が責められるべき要因は一つもないと言ったらそれは嘘になる。ただ、悪いのはあの女のバケモノであり、圭ではない。圭自身も過去に取り憑かれた事のある被害者だ。ここで圭を責めても何も生まれない。亡くなってしまった彰もきっと圭を責めてはいないだろうから。


「彰の事は・・・俺も何も言えない。正直、自分の事で目一杯だったし、きっと親友のあいつを失った悲しみはこれから来るんだと思う。でも、いつまでも圭が自分を責めても彰は帰って来ないし、彰もそれを望んでないんじゃないかな」


 不思議と頭が冷静で、ドラマの様な言葉を圭に投げかけた事を恥ずかしく思ったが、それが隆一の嘘偽りのない本音だった。彰の納骨の時には、また二人で行こうと約束をし、圭は自宅へ帰って行った。

 久しぶりに隆一は自由な気になって、家族や彼女に電話をして、一人でも心から楽しい時間を過ごした。夕方になると、冷蔵庫に入ったビールを久しぶりに飲んで、そのまま寝てしまった。圭や彰と酒を飲んでそのまま寝てしまう事は良くあったが、一人で酒を飲んで寝てしまう事は初めてだった。それだけ疲れていたのだろう。

 酔い潰れて寝てしまった時は、明け方に大体トイレで起きる。この日もそうだった。トイレで用を足して、ベッドに戻ろうとすると、テレビの上にある窓に人影が立っているような気がした。一瞬、昨日までの恐怖が頭を過ぎったが、すぐにそれは消えた。除霊は成功したんだ、そんな筈ないじゃないか。

 そう考えた時、あの時住職に言われた言葉を思い出した。


<お前があの女に恐怖するその感情が、あの女の怨念から逃れられる唯一の方法なんだ>


 嘘・・・だろ?

 窓に映る人影はさっきよりもはっきりしている。目を覚ましてから、隆一は女への恐怖心が一切無くなっていた事を今更になって気付いた。鍵をかけた筈の窓はゆっくりと開き、隆一の目には黒く長い髪、そして真っ赤なワンピースが入ってきた。今更の恐怖心は遅いのだろうか。女はゆっくりと窓枠に手をかけ、部屋に入ってこようとしている。手には、古びた鎌が握られていた。
















「まだあと二人も必要なのか」

 

 首のない仏像、胸に穴の空いた仏像、そして首や手足がバラバラに切断された仏像、それぞれ別々の壊れ方をしている仏像を眺めて住職は言った。


「仕方ないよ。俺が生きる為には五人、あの女に生贄として捧げなきゃならないんだろ?あのオカルトバカにも、彰にも、そして隆一にも悪いとは思ってるけどね」


 圭は住職に背を向け、煙草を吸いながら言った。住職は圭の目を見る事が出来ない。同じ人間とは思えない悪魔のような男の目を見ると、自分が四人目の犠牲者になるのではないかと恐れているからだ。

 全てはあの日、未熟な力で中途半端な除霊をしてしまった事が原因だった。当時の住職には圭に取り憑いたあの女を完全に除霊する力は無かった。一時的に圭から女を遠ざけ、五体の仏像を使って、何とか女の呪いの暴走を食い止める事がやっとだった。

 あの日、涙を流して住職に命を請うたあの少年が、その恩人である自分すらを脅迫している。それは、あの女の呪いの弊害なのか、それともこの悪魔が元々持ち合わせていたものなのか、住職には分からなかった。


「まぁあんたも心苦しいとは思うけどあと二人頼むよ。難しい話じゃないでしょ?除霊するフリして薬飲ませて寝かせるだけなんだからさ。首を切断されたオタク、心不全の彰、そしてバラバラにされた隆一。あんなむごい死に方したくないだろ?」



この作品、本当はもう少し長編にする予定だったのですが、長編モノは企画にそぐわないと思い、大分省いた構成に急遽変更しました。

マンションで隆一と彰が女を見てから彰が死ぬまで、もう少し隆一が女の呪いに苦しむ描写、女の呪いについてのもう少し詳しい描写、オカルトオタクの圭の描写、圭と住職の描写など構成として予め練っていたものはありました。

ただ、一方でホラーは読者の方に自由に想像して頂く部分があるからこそ、怖いと感じる部分もあるので、ストーリー上、肝となる場面を最低限表現するということは出来ました。


ホラー好きの私としては、今回一番大事にしたのはオチの部分です。

実際に書籍を読んでいても、オチの部分で、

「え、あの伏線はどうしたの?」

「それ言ったら何でもありじゃん」

「非現実的過ぎるな」

という感想を抱いてしまう作品は非常にがっかりしてしまいます。

非現実的という部分に関しては、霊的な要素を入れるとほとんどがそうなってしまうのですが、それは作品上前提の様な要素として置いた上で、一本の筋に関してはブレない、後出しの強引な設定を付け加えない、というテーマを元に書いたつもりです。


ただ、やはりホラーは難しいですね。

活動報告にも書きましたが、ネタにしやすい恐怖の原因は霊的な存在か、人間そのものという2パターンが定番なので何を書いてもマンネリになりそうでした。

本作はオチに霊的現象、そして読者の方へのトラップとして仕掛けた最後の人気そのものの恐怖の二本立てで書きましたが、少し欲張った形になってしまったかな、とも思います。


色々と反省点は尽きませんが、

この作品を機に、また新たなネタを探せたらと思っています。

最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございました。

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