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「それではホームルームは以上です。気を付けて帰るように」
担任の大橋がそういうと、大勢が一斉に席を立った。
「よーし、じゃあさっそく行こうぜ純」
わくわくした雰囲気を振り撒きながら真人が言った。
こいつは今から彼女にでも逢いに行く気か?
とりあえず真人が急かすので、適当に鞄の中に荷物を詰め準備を整え、二年四組の教室へ向かった。
二年四組の教室はこの教室と同じ並びの三つ隣の教室だ。
このクラスを出て廊下を左へ真っ直ぐ進むと左手にある。
このフロアには二学年の四つのクラスの教室と他諸々の特別教室があり、通常階段が二つと非常階段一つが存在する。
通常階段の一つは一組の前に、もう一方の通常階段は三組の前辺りに存在する。
なのでだいたいそれぞれのクラスは自分の教室と近い階段を使用する事が多く、普段はあまり三組と四組の生徒とはあまりすれ違わない。
まあ仲が良い知り合い何かが居れば話は別だが、俺にはそっちのクラスに用はない。
「よう真人」
「おう達也じゃねーか」 パンッ
二年四組に向かう途中にも、真人の奴は数名と例の挨拶をしていた。
「真人じゃーん、お?今日は純も一緒?イェーイ」
こいつはえーと、、、正敏だったっけな。
そいつは俺に向け掌を向けてきた。
俺はそれを華麗にスルーする。
「おっ、おっとー、まあじゃーなー」
スルーした事はあまり気にする素振りは見せず去って行った。
すれ違い様にハイタッチじゃなく、鳩尾に一発入れたらさぞ面白い事になるだろうに、なんて事を頭の中じゃ考えていた。
「着いたな」
四組の扉は空いたままになっており、容易に中を覗ける状態となっている。
鞄を持った何人もの生徒が教室から出てきている。
「まだ居るかなお姫様ー」
人の流れがだいたい落ちついた所で、真人は中を覗く。
それにに続き、俺も教室内を覗きこんだ。
「居た居た!あそこあそこ」
真人の指先の延長上、窓から2列目、一番後ろの席に目を向けた。
•••風が吹き抜ける。
大きく空いた窓から、活気のある声と共に。
髪が靡く、太陽の光を浴びて光沢を帯びながら。
その姿は美しいと言うより神秘的とも言える。
その女生徒は凛としていて、綺麗な姿勢で席に座っていた。
「あ•••」
止まっていた時間が動き出した。
忘れていた瞬きをし、冷静に女生徒の姿を捉える。
まつ毛が長く、とても大きく可愛らしい目をしている。
整った顔立ちに、若干幼さを感じさせるのはきっとこの瞳のせいだ。
小さな顔を包むように、胸元まで伸びた髪の毛は艶があり、またお上品にゆったりとしたウェーブが掛かっている。
身長は座っている為わかりにくいが、高い方ではないだろう。むしろどっちかと言えば小柄な方に入るかもしれない。
「おーいじゅん、純ってば」
「はっ!な、なんだ?」
「何じゃないだろ、お前が邪魔だから教室から出れないってよ」
ふと視線を少し下ろすと、二人組の女生徒が俺を睨んでいた。
「わ、悪いな」
すぐに脇へ移動し通り道を開けた。
「まーた他のクラスの男子かよ」
「見物料とれば結構儲かるんじゃね?」
そんな事を言いながら二人組は去っていく。
「純さんよー、いくらなんでも見とれ過ぎじゃねーですか?」
半笑いの顔とそのふざけた声のトーンは、直接俺の脳に命令を下す。
ノーモーション、狙うは鳩尾!
パシッ
強く握られた拳と腹部の間には、しっかりと真人の右手が配置されていた。
「まだまだ甘いな純」
くそっ、流石に一日に三発目は入らないか。
「もう行くぞ真人」
なんだかここに居るのが妙に嫌になり、真人を引っ張りながら階段の方へ向かう。
去りながらも最後に教室内に目を向けた。
一瞬だったがその女生徒が微笑んでいるように見えた。