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「二人ともおはよー」
「真人、純おはよっ」
教室に入ると、俺と真人に対して何処からか複数の声が掛かる。
「おはよー」
俺は誰か1人に向けてではなく、周辺に居る奴ら全員に対してなんとなくの挨拶をしておいた。
そして、そのまままっすぐ教室の一番窓側、後ろから二番目の自分の席へ向かった。
真人は俺の一つ前の席だが、俺が席に着いてもまだ教室の出入口付近に居た。
「へーい!おはよっ!」パンッ
弾けたような音に目を向けると、
真人はクラスメイトと挨拶の掛け声と共にハイタッチのような行為をしていた。
パンッ パンッ
良く周りの音に意識を向けてみると、教室のそこら中からその音は奏でられている。
そうだった、何故かここ最近この挨拶の仕方が流行っているんだ。
朝の挨拶の時、別れ際に、街中で偶然知り合いに出会った時にもこの行為をする事があるらしい。
何ら深い意味はないらしく、言ってしまえばとてもくだらない行為だ。
昔から流行りというのは良くわからない。
何が面白いのかわからないギャグが全国的に流行ったり、そんなものが流行語大賞に選ばれたりする。
まあ別に他人がどうはしゃごうが俺には関係ないし、そんなものは自由だし構わないと思っている。
ただどうしても許せないのが、そういった事を強要してくる奴だ。
「純おはよう!イェーイ」
こんな感じに。
突如目の前に現れたそいつは、片手を大きく挙げながら掌をこちらに向けて、なにやら手を前後に動かしている。
挙げた腕から少し見えた手首は白く、そして細く綺麗だ。
髪はセミロングというのだろうか、肩までは届くか届かないかくらいの長さをしていて、腕の振りと共に、その綺麗な髪も靡いていた。
「ほれほれっ♪」
満面の笑みを浮かばせながら、何かを待ち望んでるようだった。
「脇汗、かいてるぞ」
「えっ?ちょ、ちょっと嫌だ、、、、、、、って別に何もなってないじゃない!純のアホ!」ドンッ
少し頬を染めた彼女の掌は、俺の頭部に衝撃を与えた。
「もう!相変わらず純はノリが悪いんだからなー」
「へいへい、悪かったな」
彼女の名前は斎藤茜、
部活はバスケ部に所属している。
整った顔立ちにスタイルも大分良い方だ。スカートから覗く足は、全体的にはスラッとしているが、その割に何やら力を秘めているような、メリハリのある形をした健康的な肉付きをしている。
茜とは一年の時から同じクラスで、そこそこ仲は良いと思う。
まあ俺とだけではなく、その明るくて、誰とでも隔たりなく接する事が出来る性格から、同性、異性共に友達の多いやつだ。
「あんたそんなんだとモテないわよー、ほらっ、彼を見てご覧よ」
言われるがままに指を差された方向に目を移した。
「ねえー、真人君昨日のドラマ見た?」
「またカラオケ行こうよ真人君」
数人の女性が真人の周りを囲んでいた。
「彼は相変わらずモテモテだねー」
茜は関心した表情で頷いている。
無理もないだろう。
真人は陽気で馬鹿みたいにおちゃらけているが、顔はシュッとしていて、まつ毛も長く、中々の男前である。おまけに身長は180cm近くある。そりゃモテるだろ。
ただ恐らくモテるのは容姿だけのものじゃない。
一見抜けてそうで、だらし無い感じもするが、結構気を使えたり出来るタイプの人間で、そんな内面も影響しているのだろう。
「あんなテンションで人生過ごしてたら俺は一週間で疲労で死ぬ自信があるよ」
「協調性の欠片もない純ならあり得るかもね」
ニコっと笑いながら言う。
「でもさ、時には相手に合わせたり、ノリ良くしないとさ、彼女だっていつまでもたっても出来ないよー」
「まー多少はな。ただ俺なんて真人とは違って特に平凡で、特別話上手って訳でもないしな、まず俺に好意を寄せてくれる人が現れる気がしないな」
「そんな事ないと思うけどな、、、、、、、、、そこそこあんただって、、、かっこぃぃ、、ところあると、、、、」
「ん?最後の方なんて言った?」
「なっ!なんでもないよ!」
急に大きな声を出し、胸の前で左右に大きく手を動かしてる。
「と、とにかく!がっ頑張りなさいよ!」
そう吐き捨てて、彼女は他の女生徒の元へ駆け足で去っていった。
頑張れって何を頑張るんだ?
考えても答えは出そうもないので、考えるのは直ぐにやめてしまった。
本当に慌ただしいやつだ。
改めて感じたのはそんな事だった。
「よっ、純」
女生徒から解放されたのか、真人が声をかけてきた。
「今茜ちゃんと話してたみたいだな、お前ら本当に仲良いよな、お前の親友として俺は嫉妬しちゃうんだが」
「気持ち悪い事言ってないでお前も早く席け」
少し目元を緩ましながら、真人に言った。
真人は席に座り、そのまま振り返りながら俺に質問を投げかける。
「ところで純、お前さ二年四組のお姫様見たか?」
お姫様?真人の言ってる意味が正直わからなかった。
「お姫様ってなんの事?」
「お前知らないの?こないだ4月の頭の方に転校してきた女の子の事だよ、お姫様ってのはあだ名だよ」
その言葉に俺は噂を思いだした。
「あっ、そういえばなんか凄い美少女が転校してきてたんだっけか?」
「いや、美少女どころじゃないぞ、天使だぞあれは」
胸元に両手を当て、天井を見上げながら真人が言った。
「1時間目の授業が終わったら見に行こうぜ」
「いや今日はいいよ」
真人の誘いに対し、とりあえず俺は即答した。
「なんでだ?」
「今日昼までに提出のレポートまだやってないんだよ、お前は終わってんの?」
少しの間が空く、、、、
「ぎゃあぁぁぁ」
真人の悲鳴が教室に響いた。
その歪んだ姿に、特にそれ以上宿題について聞かずとも、真人の状況は察しが着く。
「まだ休み時間があるから頑張れよ」
「今回のレポートって確か結構な量あっただろ、、、無理だ、、」
既に諦めモードのようだった。
「はぁ、、、、、しょうがないな、俺はもうほとんど終わってるし、写させてやるよ」
その救いの声に、世界が終わったようなオーラを醸し出し、机に伏せていた真人は顔を起こした。
ちなみに俺は捨てられている子犬を見捨てられないタイプだ。
「よしっ利害は一致したなっ」
「してねーだろ!」
しっかりツッコミは入れておいた。
「純サンキューな」
真人はそう言いながら、片手を挙げて掌を俺に向ける。
「丸ごとパクるのは無しな」
パンッ
先程までにそこら中で鳴っていた音とは違い、力強く太い音色が教室中に響き渡った。