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「はぁ」
俺は軽いため息をつきながら、朝日が照らす住宅街の中を歩いていた。
この通い慣れた道を歩き続ければ、俺が平日の殆どの時間を費やし、勉学に勤しむ場所へと辿り着く。
無論好き好んで通っている訳ではない。
不思議だ、、、。
通い慣れたはずの道なのに、いつもより少しばかり目的地点まで遠く、そして一歩一歩が重く感じるのはなぜだろうか?
まあ、そんな理由はわかっている。
人は誰でも嫌な事、辛い過去を思い出した時、一時的にこんなような感じになる事があるだろう。
俺なんて絶好調気分からの転落だ、尚更だ。
ただこんな気持ちでダラダラ過ごすのはあまり好きじゃない。だからこそこんな時に俺は、とことん落ち込むって決めている。
半端に目を背けても解決にはならない。
受け入れるところは認めて、そして向かい合う事が大事だと思ってる。
もちろんたまには友達とかに相談して、不安を解放しようともするし、他人を頼ろうとする事だってある。
ただ今回のケースは、後述の方法は採用不可なんだ。
言えるはずない、、、、
ドンッ
その時、俺の体が吹き飛ばされた。
「純おはよー!」
衝撃と共に、聞き覚えのあるお気楽な声が聞こえた。
「バカ!痛てーな真人!」
塀にこすれた右肩を払いながら、
その声に対して、相手の顔を確認する前にその名を呼んでいた。
「何ボーッとしてんだよ、悩みか?恋か!?恋の悩みか!?」
少しおちょくる様に話しかけてくる。
「何でもねーよ、、、、良いから早く学校行くぞ」
今さっきにとことん落ち込むと決意をした所だったが、なんだかリズムを崩された俺は早くもどうでも良くなっていた。
真人とは家も近く、中学からそこそこ遊んでいた仲である。
今も高校が同じなので、たまにこうやって登校時間が被ると、くだらない話をしながらだが、一緒に学校へ向かう事が多々ある。
俺と真人は学校へ向かい歩きだす。
昨日放送されたドラマの話やら、誰が昨日馬鹿やっただの、そんな話をしながら歩いた。
少し歩くと公園が見えてきた。
ちょうど俺の家から学校までの中間地点くらいの場所にその公園はある。
特別広くはないが、砂場、ブランコやベンチ、そして滑り台、いや、、、滑り台は確か何年か前に撤去されたんだった。
とりあえず一通りの設備は整っている公園だ。昔は良くこの公園でも遊んだもんだ。
ちょうど公園脇を通過するところだった。
「でもお前、さっきは本当に元気なさそうだったな、なんかあったら言えよな、、、、、10分1000円で話は聞いてやるからよ」
真人は優しく笑いながら、公園で無邪気に遊ぶ子供達を目で追いかけながら俺に言った。
冗談混じりでこんな事を言ってるが、俺の事を少し心配してくれてるんだと思う。
こいつはいざという時に力になろうとしてくれるし、友達想いで、いい奴だって事を俺は知っている。
なんだか少し気を使わせた様な気分になり、若干申し訳なさを感じてきた。
正直笑い話にもなる内容でもあり、
ほんの少しの罪悪感もあった事で、俺は今日の自分を不調にさせた過去の出来事について、真人に話してみる事にした。まあ気まぐれだ。
「なぁ真人、殴り合いとかの喧嘩ってした事あるか?」
「ん?まあ数回くらいあるけど、なんで?」
「そっか、どんな相手だった?」
「そーだな、確か1度だけ友達の兄貴なんだけど、柔道の関東大会ベスト8に入った事のある人で、体格も俺より全然デカくて、ささいな事で喧嘩してさ、あん時はボコボコにされたな」
真人は誇らしげに語っている。
確かに自分よりも強い相手に挑んだ勝負は、負けてもそれは誇れるものになるんだと思う。
「俺も昔に酷くやられて、小学生の時の話なんだけどさ、今朝それを思い出しちゃって、凄くブルーな気持ちになったんだよな」
「ほー、そんな落ち込むんじゃ、余程酷くボコボコにされたんだな?どんな相手よ?」
「うん、同じクラスだったツインテールの女の子」
「、、、、、、、ブッ、、ハハハハッ」
真人は腹を抱えて笑いだした。
その姿を見たと同時に、安易にこの話を語った事を大きく後悔することとなった。
後悔の気持ちと少し遅れて、恥ずかしさが俺の中にこみ上げてきた。
「そんな笑うんじゃねーよ!俺にとっては、相当ショックだったんだからな」
「アハハッ、、わ、わかった、、、もっ、もう笑わないから、、、、フフッ、、」
顔を俺から背けるが、小刻みに揺れ動く背中
は、間違いなく俺を馬鹿にしてるように見えた。
もういい、ここまで言ってしまったら全部言ってしまおう。
後悔、羞恥心、色々な感情が俺のストッパーを外したようだ。
「お前そうやって笑うけどな、その後が大変だったんだからな!」
「え、、、フフッ、、何々?」
「その喧嘩で俺がやられたのが小学2年生の時だ、もちろん俺が女の子にボコボコにされた噂はすぐ広まったよ。お前みたいな反応する奴も沢山居たよ」
「ほー、それで」
「まあ百歩譲って、周りにからかわれるのはしょうがないとは思ったさ。でも喧嘩の次の日からだ、徐々にその女子は俺を扱き使うようになってきた。」
「、、、あー、、そりゃキツイな」
真人は少し眉間にシワを寄せながら言った。
「その女子が授業の教科書を忘れた時は、俺が教科書を貸して代わりに怒られた。給食の時間、デザートは大体奪い取られてたな、、、、体育の時間なんか、、、」
次々と出てくる、胸元辺りに沁みるエピソードをまるで武勇伝を自慢するかのように、時折過去の思い出を懐かしむように熱く語った。
「おい!お前何浸ってんだよ、それはもはや半分以上いじめみたいなもんだぞ、相当恨み買ったんだなお前は」
今の真人の言葉に引っ掛かりを覚えた。
熱く語り過ぎた事に多少引いた所は別に構わないが、その後の言葉の方だ。
「いや、多分恨まれてたり、嫌われてる事はなかったと思う。俺とその子は喧嘩の後も仲良く遊んでたからな」
「なんだそれ?」
意表を突かれたからなのか、真人は足を止めた。
気にせず俺は歩き続けた。
「自分でも良くわからないけどさ、そこそこ波長が合ってたような感じが合ってさ。まあ小学2年生の頃の話だけどな」
真人はあまり納得していないような顔をしている。
「そこそこ仲良いのに、なんでお前は言いなりになってた訳?」
「なんだろな、決闘に負けた男のプライドがそうさせたのかな」
「何少しかっこ良く纏めようとしてんだよ!」
目元を少し緩ませながら、真人からのツッコミが入った。
「ばれたか!」
俺もつられて笑顔になった。
「結局、奴隷として快感を得たお前は楽しかったって事だろ」
「人をドM変態みたいに言うな」
真人の肩を軽く押しながら言い放った。
俺達の周りを取り巻く空気は、若干先程とは変わっていた。
「ふーん、そんでなんでまた急にその出来事を思い出した訳?」
「今日母親から聞いたんだけど、最近近所に引っ越して来たみたいでさ、まあ別に向こうも覚えてないだろうし、もう接点もないから実際どうでも良いんだけどさ。」
「ずっと会ってないんだ?」
「そうそう、小学3年生の時にその女子は引越して他の学校に転校したからさ、それからは一切ね。」
「一年間の地獄だったわけか」
「そう、短い期間だけど本当にトラウマになったよ。純粋で傷付きやすいお年頃の出来事だったからな」
「なるほど、初めてそっちの快感を覚えたのか、、、」
「アホか!」ドンッ
今度は真人の鳩尾に一発入れておいた。
「うっ、、そ、、そこまでするか、、」
「おはようございます!!」
気付けばもう校門の前まで来ており、生徒会の生徒だろうか、眠気を覚ますような元気な声を発していた。
活力余る若人達で騒々しい朝の校門、その中の一人が、数分前には下を向いて歩いた事など、恐らくもう誰気付かない。
「「おはようございます」」
いちだんと清々しい二人の男子学生の声が、校門から学校中へと高らかに響いた。