里中君
彼女の横顔を思い出しながら、ウダウダと重たい足や体を引きずりバイト先へ向かう。
いつものバス停から数メートル離れた所にコンビニがあり、
そこでオヤツを買い、食べながら歩く。デブにはオヤツがないと生きていけない・・・って僕は思う。
だって、『腹が減っては戦は出来ぬ』から。癒しにはならないけれど。
「お~、デブのお通りだ」
朝早くから嫌な声。嫌味な台詞。背後から聞こえてきたのは、やはり里中君・・・最悪だ。
「里中君、今日は早い・・・」
「お前、歩くの遅いから そこの小学生に追い抜かれるぞ。無理も無いけどな、デブだし。もしもし亀よ、亀さんよ~ってか?わははは。」
僕の言葉に話を被せてくる里中君は、大口を開けて笑い、朝からデリカシーの無い嫌味を言っている。
傍を通り抜けた小学生が不思議そうに里中君を見上げている。
・・・ごめんよ、こんな人間になるなよ・・・僕は小学生の将来を願いつつ 里中君を無視しようとした。
そんな僕の横でまだ、もしもし亀よ・・・て歌っている里中君。こいつ・・・本物の馬鹿だ。
バイト先に到着するまで ずっと喋っていた里中君の話は僕にとって、どうでもいいことばかりで
実際、何の話だったかは覚えていない。
今日もいつものように一番のりだと思っていたのに よりによって里中君と同時出社になってしまった。
「最悪だ・・・」小さい声で呟く僕の前で里中君は、まだ誰も来ていない静まり返った部屋で走り回っている。
そして一度立ち止まったかと思うと急に「うおぉ~!!」と僕に向かってきた。
「うわぁ~!やめてよぉ~」
僕は里中君に『襲われる』と思った瞬間、反射的に踵を返した。
デブが瞬発力など高度な技などなく『グギっ』と聞きなれない音と共に、急激な痛みを感じ右足首に手を当てたら尻餅をついてしまった。
「・・・? ひねった?どんくせぇな。」
「・・・いたい。」
「ひねった時は冷やせ。」
「・・・うん。」
立ち上がろうとしても今の僕には、いつも以上の負担が掛かる。
悔しいけど里中君の肩を貸してもらおうと見上げたら、そこに里中君の姿はなく後ろの方のドアがバタンッと閉まっただけだった。
「・・・最悪だ。最悪だ。里中君は一番、最悪だ。」
呪文のように言いながら近くの丸椅子に手をかけ、懇親の力で体を持ち上げ どうにかもう一つの丸椅子に腰をかけた。
汗だくだ。ほんの数分間の作業でもうシャツの首周りは濡れている。
ひねった足首を冷やしたいが、立つことが苦痛だ。
ここは、しばらく辛抱だ。
誰か出社してきた人に頼もう。
激痛が背中に伝わるのを奥歯で噛み締めながら座って待つことにした。
10分くらいしてドアに人影。
「そうなんですよぉ~、あいつ鈍くさいから~、あははは。」里中君だ。誰かに僕の事を言っているんだ。
ドアが開けられて入ってきたのは主任と里中君。
里中君は、主任の後ろから口元を緩ませながら「ば~か」と口パクしてきた。・・・本物の馬鹿だ。
自分の背後の馬鹿に気付いていない主任が
「大丈夫か? 冷やしたか? 病院まで送っていこうか?」と本気で心配してくれているのか、僕の足首をさすりながら
「少し腫れているな・・・病院にいこ・・・お前、携帯あったろ?」
「デブだから腫れているのは元々ですよぉ」またもや人の話に言葉を重ねた里中君。
そんな里中君を無視しながら主任は「車を用意する。」と電話をかけ始めた。
「あ、ありがとうございます・・・」聞こえていないかもしれない小声で僕がいったら
「いいよ。」
その一言で僕が思っていた主任の印象が180度変わった。
振り向くと、相変わらず里中君は丸椅子に座りクルクルと回ってふざけている。
『あいつには、労わりとか優しさなんて無縁なんだろうな。』