彼女
彼女は今時珍しく、黒髪でサラサラのストレート。
肩まで伸びたその髪に時折、バスの天井から流れてくる送風機の風がまとう。
フワッと踊った髪からは仄かに甘い香りがした。
僕にとって夢を見ているかのような瞬間になる。
キリッとした顔立ちには安っぽい化粧なんていらない。
スッピンのままでも周りの男どもは振り向く位、『綺麗な子』。
毎朝、見ていてハァ~っとタメ息が出そうになる。
私服のせいもあって彼女の年齢が判るまで、色々な想像・想定をしてきた。
「どこに住んでるのか? 何が好きなのか? 家族は何人? 姉妹は? それとも兄弟かな? 花だったらチューリップとか、パンジーとかが似合う」とね。
つい2日前に、彼女と横並びにいる女の子が話している内容が聞こえてきて
初めて高校生だと知った時は少し興奮した。綺麗な高校生・・・。
それにしても長い足。均整のとれた足。身長は160cmない位で、細くもなく僕みたいにデブでもない。形の良さそうな胸にくびれのある腰。「スポーツでもしているのかな?」と思ってしまう程、
僕には憧れの身体。
よく人は「自分に無いものを相手に求めたり、憧れを抱くもの」と言うけれど、
まさしく今の僕に当てはまる。僕は彼女に憧れている。
あの細い指でデコピンされても怒れない。っていうか、
されてみたい・・・。
・・・って、その前に彼女に話しかけることさえ出来ないから それはないな。
バスの中の20分は僕のオアシスだ。誰にも邪魔されたくない時間だ。
たまにフザケた野郎が、僕と彼女の間に立ちふさがる。
イラッするが、顔には出さず わざと汗を拭く格好になる。
そうすればデブの左腕が宙にあがるので 誰しもが体を仰け反る形になり少しばかり隙間が空く。
そこにデブの足を一歩出し、体を少し前進させる形に持っていく。
これは効果抜群だ。おかげでまた、彼女の半径50cm圏内を確保できる。
周りの目なんて気にしない。
しかし、毎朝の癒し、オアシスから現実に戻される時・・・
この瞬間は憂鬱な気持ちになると同時に、体の奥から沸々と煮える思いと
ボワァ~っと煙みたいな重たい空気が溢れてくる。だるい。本当にだるい。
いっそのこと、このままバイトを休みにしたい。
そして愛しの彼女の後をつけて1日を見たい・・・と別れる時は 毎回この倦怠感に襲われる。
しかしながら世の中は『無情』で、僕は後ろにいたサラリーマンに押されながら降車しなきゃいけ無い状況。
次々と降車の人が出口に集まってくるもんだから 僕は流れに逆らわず順番に従う。
時々、「邪魔なんだけど。」と小声で言う輩もいる。
デブは邪魔らしい・・・。
残念なのは、僕の方が彼女より先に降車するもんだから彼女がどこの高校に通ってるのか まだ知らない。
もどかしさが残る毎朝だが、降車するときに
振り向き見る彼女の横顔は、朝日に照らされてキラキラ眩しかった。
彼女は、僕のすべてだ。
僕と彼女が出遭ったのは 『偶然』ではなく『必然』だと思っている。