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愛したいのに・・・  作者: 安 和
1/7

日課

あくまでも作者本人の描写・創造物であり、特定の方を批判・差別したものでは

ありません。

「もう・・・朝かよ・・・」

残暑が残る9月の朝が、僕は嫌い。

眠る時間には少しばかり涼しいのに・・・朝にはベトっと背中に汗をかいている。

だけど、シャワーを浴びるのが面倒だ。


 「よいしょっ」と身体を起こし、机にある携帯を手に1階へ。

一段づつ、ゆっくりと降りる。

 前に一度、寝ぼけたまま降りたら途中で足を踏み外し捻挫してしまった。

あれは不覚どころの話ではなかった。

 あの捻挫のせいで、何処に行くのも不便だったし、歩くのもままならないから

重たい荷物なんて持てずバイト先とか色々な人にも迷惑をかけてしまった。

親切に助けてくれた人もいたけど・・・

・・・あぁ・・・

嫌なことを思い出した。

「デブが捻挫したら役に立たないなぁ。」

バイト先の同僚でも1番嫌いな里中君が嫌味を言った事。

僕が、「ごめん・・・。」と言ったら 里中君は自分の耳に手のひらを当て

「はぁ? 聞こえませんけどぉ? 声帯も捻挫ですかぁ?」

わざと回りに聞こえるように大きな声で言ってた・・・何が声帯も捻挫だよ

・・・嫌味も姿も同い年のくせにジジィ化している。

センスが無さ過ぎる。

服も何処で売っているのか、不思議な色合いのTシャツだし。

あいつは人の欠点を見つけるしか能がない馬鹿だ。


ハァ・・・朝から最悪だ・・・。

この世で嫌いなものを思い出す時は気が滅入る。

それが一日の始まりなら、なおさら。

今日は良い日にしたい、と願うのが『希望』と言うのに

・・・僕の今日は『希望』がないのかなぁ・・・。


 「かおるちゃぁん~、おきたのぉ~? 御飯できてるわよぉ」

あぁ・・・もう一人いたっけ。

 甲高い声に甘ったるい話し方をするママ。

今年で19になる人間に対し、『ちゃん』付けで呼ぶ。

それに『かおる』って名前もママが強引に付けたらしいから後味が悪い。

デブで汗かきで髪がボサボサの僕に 「今日も一日、頑張りましょうね。」と毎朝言う。

何を頑張れと言うのか・・・。

 「ママにとって可愛い一人っ子だから仕方ない」と、ダイニングテーブルで新聞を

広げながら呟くパパは、ママに頭が上がらない。

何が、仕方ないだ・・・パパが注意してくれたら ママだって気付いてくれるのでは? 

あんな似合いもしないヒラヒラのエプロン着て、

ニコニコしながら、僕の食べている姿を楽しそうに見てくるママ。何がそんなに楽しいんだろ? 

見られている側の気持ちに気付かない馬鹿と

新聞やニュースを見ているくせに、『仕方ない』と何事にも無関心な馬鹿。・・・今日は最悪だ。


 「ごちそうさま。」僕は食べ終えるとシャワーを浴びに脱衣所に向かう。

早く用意しなきゃバイトに間に合わない。

 ・・・違う、バイトに間に合わないじゃない。

僕にはバイトより何より優先していることがある。その時間に間に合いたいだけなのだ。 

だから、二人には1時間早く出勤すると嘘をついている。

 僕の密かな楽しみ・・・それだけで、この最悪な朝も最高な一日の始まりになる。


 「かおるちゃぁん、早くしなきゃぁ」と何も知らないママは僕を急きたてる。

 「パパも早くね。」

パパにかける声色と、僕にかける声色が違うのは昔からだから 気にはしていない。

興味がないから、無視する。パパも僕と同じように無視をする。

 ママの顔を見ず出て行くパパの後に、僕も出るのだが、

ママは玄関先まで着いてきて 「かおるちゃん、気をつけてね。」とハグをしてくる。

デブにハグをするのはママぐらいだろうな、と思いながら

「いってきます」をママの耳元で呟くのが日課。

嫌々ハグをされ、ママが離れてくれるまで待つ。待たなくて無理やり離れたりしたら 

「かおるちゃん、ママが嫌い?」とえんえん泣く。・・・子供でも えんえんとは泣かないのにな。

 しかも、御近所さんが行きかう朝の路上で。

そのせいで一度、学校に遅刻したことがあった。

その事をママに伝えたら 「じっとしていれば時間はかからないのにねぇ。」と反省の色無し。

面倒くさいからママに付き合う事にした。

人は、それを『妥協』というらしい。


 今日も日課を遣り遂げた僕は、急ぎ足でバス停に。 

走れば余裕で間に合うのだが デブが走れるわけもなく、

しかも残暑の残る朝日が容赦なく降り注ぐから 絶対、汗をかいてしまう。そんなの最悪だ。

普段から汗かきなのに、走った為に尋常じゃないくらいシャツが濡れていると 周りの人間はひく。

それに臭い(におい)。体臭を強めてしまう。最悪だ。

臭いで敵に気付かれるなんて、動物には失態どころの話ではなく、捕食される側には致命的だ。

今の僕には同じことだ。・・・絶対に汗をかくものか、絶対に気付かれてたまるもんか・・・。


 狙い時刻のバスが、まだ来ていない事を確認した僕は『応急処置』として

ナップサックに入れてあるタオルを取り出し 顔や首筋、腕の汗を拭き取った。

実は、ちょっとした『御洒落』としてタオルには あらかじめ好きな香水を染み込ませてある。

体を拭く度に香りが着くように。

コレは、以前に本屋で立ち読みした雑誌で勉強した。

『不愉快を与えないように・・・何とか特集』。

すれ違ったときに臭いよりは イイ匂いで居たいからだ。

決して気付かせる為じゃない。気付かれても良い事が無いのは解っているから。

相手に不愉快を与えない為の自己防衛みたいなもんだ。


 定時刻にバスが近づいてくる。 

まだ100メートル位も離れているけど、僕の心臓は踊っている。

・・・新しい汗が頬をつたうのが判る。

いよいよだ・・・。毎朝の楽しみ。僕の唯一の癒し。

 バス停に並んでいる人数は毎朝決まっている。

 僕は、良いポジションで乗車できるよう幾度となく計算してきた。

だから、たまに寝坊か何かで乗り遅れてくる馬鹿がいるが1人、2人分は余裕をみていている。

 今日も1人遅れてきたが大丈夫。乗り込んだポジションはベストな場所。

彼女の横顔が見える場所。

バスの良い所は後車側から乗車するから先に乗り込んだ人間は、

おのずと運転手側の出口付近前方にずれていく。先に乗車した客が前へ前へと押し出される感じ。

だから、満員になる前に彼女の半径50cm前後を確保する。

近すぎると僕の腹が彼女に当たり、不愉快な思いをさせてしまうし、遠すぎると彼女の横顔さえも伺えなくなる。

そうなると最悪だ。

 毎朝の楽しい時間(とき)が僕の日課なのに・・・。


 





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