爆弾魔の聖夜
俺はボンバーマンが大好きだ。
好きな理由は数え切れないほどあげられるが、やはりそこはなんといっても爆弾をホイホイ投げられること。今の御時世、というか昔ですら河川敷での花火がためらわれるのだから。爆弾大好きな奴らにとっては世の中狭すぎるとつくづく思うわけだよ。
「故にそんな世の中に終わりを告げるべく、我が友であるところの爆弾魔にして狂人、煎麻 曝は世がクリスマスまっただ中なのにもかかわらず、お手製C4爆弾を製作中なのだと」
「そういうコトさ! いやはや、東大志望の令嬢は理解が早くて助かるよ」
せっせと汗水垂らしながら俺が爆弾をこしらえる横で、ひたすらケーキをむさぼり食っている美人。俺の数少ない友人である(というよりかコイツだけ)、名を霧崎 沙羅。
社長から社員まで日本人なのに、世界的なシェアを誇る軍事企業の次期跡取りだ。因みに、目下製造中のC4爆弾に使う材料は自分で調達しました。男、煎麻曝。女の手を借りるほど柔に出来ちゃいないぜ。
「で、どこにコイツを投下するんだ? やはり人通りで言えば新宿あたりがいいけど」
「あ、お前は怖い奴だな! そんな事したら死人が出るだろうがっ!」
「…………は?」
こ、こいつ何て間の抜けた顔してやがるんだ。いや相変わらずの美人なんだけどね。
「は? じゃねぇよ。そんなのはただの快楽殺人狂だっ! 俺はだな、ただ純粋に爆弾を愛で、爆発をこよなく崇拝し、爆風吹き荒ぶのに心躍る草食系男子だ。一緒にされては困る!」
「あ〜……じゃあどうしたいの?」
「どうするもこうするも人のいない場所でするに決まってるだろ?」
「山とか?」
コイツ、本当にお馬鹿さんらしいな。 思うやいなや、俺は思い切り頭を叩いた。従って、涙目ジト目の上目使いで睨まれる結果となったわけだが、美人なのでむしろ目の保養となった。いや眼福、眼福。
「あのねえ、沙羅ちゃん? そんなことをすれば山の木々さん達が根絶やしにされ、可愛い小動物君たちが苦しむでしょ? 頭使おうね」
子供をあやしつけるように頭をなでてやると、すぐにおとなしくなった。普段クールなくせに偶にこういうとこみせてくるからこまるんだよな。
「……わかった。なら、今ここで爆発させてやる」
…………はい?
「え、ちょっ!? 沙羅さん? 今何とおっしゃいました?」
「ごちゃごちゃとわけのわからない理屈を延々聞くくらいなら、今ここであなたもろとも爆発するわ。……あぁ、大好きなバクと一緒に死ねるなんて、サラ嬉しい!」
「まさかのヤンデレ!? すいませんごめんなさい許して下さい!」
「二人ともグチャグチャになってね、肉と血が重なり合って一緒くたになるの!」
満面の笑みで非常に瞳に優しいのだけれど、目が完全にイってますよ沙羅さん。正直言ってヒジョーニコワイデス。
「っとまぁ、冗談はさておいて。実際どうするつもりなの?」
「……いきなり素にもどるなよ、うん。そこでそうだんなんだけど霧崎ビルディングの実験場を、ちょちょいと権力行使で貸してく「フッ、断る」
クッ! 今鼻で笑ったぞ。つか人の話は最後で聞けってんだ。
「いや、何も特殊な兵器実験するわけじゃないんだし、べつによかないか?」
「C4を普通とみなしてるだけで十分あなたの思考がよかないことがわかったわ。というより! あなた、軍事実験場を私用目的で使うつもりなの?」
ふむ、それもそうか。なら、奥の手だ。
「近所の河原を使えないか?」
「なるほど、そこだったら人払いすればいいだけだな。良い考えだ。――というか、最初に気づけ」
◆
「さて、ギャラリーの少なさには如何ともし難いけどまぁ良しとするか。夜だし、爆発にはもってこいのステージだな」
「私の演出だ。なかなかのモノだろう? とりあえず私一人で百人分はしゃいでやるから安心しろ」
沙羅よ。それはもはや発狂というのではないか?
ともあれ俺は量産していた爆弾の導火線に火を付けて、投げた。――思いっきり願いを込めて。
爆弾は見事に爆発した。そして、彩り鮮やかな色彩が幻想的な空間を演出した。上空で四散した火花は、たがいに体をぶつけ合いながらさまざまな色を生み出していく。水面では爆風が飛沫と波紋を呼び、楽しげに舞い踊る。寿命尽きた花火は、水面へと落下していき、また新しい火花が咲き誇った。
爆弾のすべてが、俺を応援してくれているように見えた。
「……これは、何だ?」
沙羅は面食らった様子で問いかけてきた。そうこなくっちゃ、話にならない。
俺は爆弾から沙羅のほうに体を向き直し、まだ状況が把握できていない瞳をまっすぐに見つめた。改まった雰囲気に沙羅は、柄にもなく動揺している。とはいえ俺のほうも、胸が小型ダイナマイトが爆発してんじゃないかと疑ってしまうほどに高鳴っているわけなんだが――沙羅に聞かれていないか心配だ。
俺は、一言だけ、言葉を投げた。
「付き合ってくれ」
沙羅は目を見開き、俯いてしまった。怒らしてしまったかな、なんて思ってよくよくみてみると耳が仄かに赤く染まっている。
「……バカ。よりによってなんで今日なんだよ」
「クリスマスが記念日になるとか結構ロマンチックだなと思っただけ。いや、我ながらめっさ単純だからさ。俺ってばまったく振られること考えてなかったんだよなあ」
言った後で自分のセリフがやたらと臭いことに気づいて、そっぽを向いた。顔が熱いが、火照っていたりしないだろうか。
しばしの静寂の後、黒々とした水面に、光が乱反射する中でどちらからともなく視線が合わさった。いつになく彼女は、やさしくてやわらかくて穏やかな表情をしている。
「……私、ヤキモチ焼きだから。爆弾にばっかり構ってるとそのうち爆死させるわよ」
相変わらず気丈な態度をとる彼女のことがとても可愛く、愛おしく感じられて思わず俺は抱き寄せてしまっていた。一瞬、小さい悲鳴をあげて体を強張らせたけど、時間が経つにつれて徐々に力が抜けていき、終いには彼女のほうからも力強く応えてきた。それから、耳元で好きだと呟いてみた。彼女は黙ったままだったけれどかすかに頷いたと思う。
爆弾みたいに衝撃はないけれど、いつまでの瞳の奥に残滓を残すようないい夜だった。
以前書いた作品をクリスマス用に改定しました。少々荒いところもありますが、個人的に納得の出来になったつもりです。感想お待ちしております。