第三話 師匠と弟子2
お待たせしました。
今回はいつもより文字数が少なめです。
それでは、第三話 師匠と弟子2 どうぞ!
よう、元気にやっとるか?
お前がわしの元から独り立ちした時からもう3年になる。
わしのところに居たのはほんの1年足らずじゃった。
が、わしの教えはきっと伝わっておるはずじゃ。
さらに飛躍することを願っておるぞ!
さて、幸の奴に話は聞いておると思うが、よろしく頼んだぞ。
お前はきっと『教えるのなんて柄じゃない』とか言って、断るじゃろう。
じゃが、幸には断られてもしつこく言えば了解してくれると言ってあるからの。
幸は、わしの言うことを盲目的に信じておるから、きっとしつこく言うじゃろう。
紫音よ、もうそろそろ自分を許したらどうじゃ。
あれは事故だった。お前は何も悪くない。最善を尽くしたんじゃ。それに、お前は未熟ではないぞ。
きっと、日向も恨んではおるまいて。
いつまでも過去に囚われていてはならん。日向はもういないのじゃ。前を向け、紫音。きっと日向もそれを望んでおる。
お前には、人を教える才能がある。だから、この子を弟子にしてほしいのじゃ。
この子はまだまだ伸び白がある。うまく伸ばせばきっとSランクも夢じゃないはずじゃ。
それに、お前にとっても悪い話ではなかろう?
他人にものを教える事は決してマイナスにはならぬはずじゃ。
あと、人との接し方を幸から学ぶがよい。あやつは純粋だからの。まだ、退魔師の表しか知らないんじゃよ。
いつか、裏を知る時がやって来る。きっと幸は悩むはずじゃ。
その時は、お前がそばにいてやって、道を踏み外さんように支えてやってくれ。
お前の師匠、哀川潤也より。
PS、養育費は幸の報酬から引いておいてくれ。必要な分だけ引いておいてくれればいい。
手紙を読み終えた紫音は悪態をついた。
「あのくそジジイ……。余計なことしやがって……。事情は分かった。だが、お引き取り願おうか」
「だ、駄目ですか……?」
若干涙目の幸が聞き返す。
「ああ。そもそも、俺は教えるなんて柄じゃねえ。だが心配すんな。引き受けてくれるような奴に心当たりはある。そいつに聞いてやろう。それぐらいはしてやるよ」
手紙に書いてある通りの返答に、紫音は何だか悔しくなる。
「そう言う問題じゃないでしょう。師匠の頼みなんでしょう。断るってどういうことよ」
早苗がやや怒ったように言う。
だが、早苗は知らないのだ。潤也が修行の一環と称して、紫音に料理、洗濯、掃除など家事全般をやらせていたことを。この当時、紫音は14歳。このころは学校に通っていなかった。ある事情により、心を閉ざした紫音にとっては頭を使わずに済む作業はありがたかったものの、毎晩、酒に酔いつぶれてそのまま寝てしまう師匠の後で、一人黙々と片づけをしていた紫音の身にもなってほしい。
だが、それでも、紫音は今の自分は師匠なしではありえなかったであろうと思っている。彼の暖かい心があったからこそ、紫音はまた立ち直れた。
独り立ちした後、紫音は弟子を一人取った。名前を戸宮日向と言う。だが、ある事件が起きた。その事件で日向は帰らぬ人となった。それ以来、紫音は弟子をとっていない。
「俺は人に教えるにはまだまだ未熟です。いくら師匠の頼みでも、こればかりは譲れません」
紫音はあくまでも頑なに拒む。
その頑なな姿勢に幸はとうとう折れたようで、
「分かりました……。でも今晩、泊るところがないんです」
と困ったように言った。
「家に泊めてやるよ。それぐらいは当たり前だ」
「あ、ありがとうございます」
紫音の、冷たいのか、優しいのかわからない態度にしどろもどろになりながらも、幸は礼を言った。
「それじゃあ、帰らせてもらいますね。さようなら」
「ええ。明日、楽しみにしてるわよ」
早苗に別れを告げると、紫音は幸を連れて階段を下りる。
「そう言えば、お前、ここまでどうやってきたんだ?」
「走ってきました。師匠はどうやって?」
「師匠じゃねえよ。自転車で来た。俺の家はここから4、5分のところにあるからな」
「へえ、そうなんですか。ところで、師匠は適性はなんだったんですか?」
幸が紫音の後ろから尋ねる。
「だから師匠じゃねえって……。魔力の全属性だよ」
「すごいですね師匠! 僕も同じ魔力に適性がありましたけど、火と風と土しかないのに」
適性とは、その退魔師が使える力のことで、魔力、霊力、氣、妖力、神力がある。魔力は7つの属性があり、霊力には五行―――すなわち金、水、木、火、土の5つがある。ほかの力には属性の様なものはないが、それぞれ特徴を持っている。
「師匠じゃねえ言ってるだろう! ったく……。いいじゃねえか、それだと、お前の分素は炎と鉄だろう。理想的な組み合わせだよ」
「えへへ、そうですか? でも、まだ分素を発生させられないんですよ……」
ほめられてちょっと嬉しそうな幸が言う。
「当たり前だ。お前ぐらいの歳で分素を発生させることができたら苦労しねえよ」
紫音でさえ、分素を発生させられるようになったのは14歳の時だったのだ。
階段を下りて、置いてある自転車をとる。
「お前、走ってきたんだったな。じゃあ、歩くか。どうせ10分ぐらいで着くだろう」
自転車を引きながら紫音は言う。
「師匠は武器は何を使っているんですか?」
「だから……。はあ、もういい。師匠でいいよ……。銃だよ。ジジイに教えてもらわなかったのか?」
いくら訂正しても、聞かない幸に紫音もとうとう折れたようだ。
「はい。特に何も。あ、ちなみに僕は刀です」
そう言うものの、紫音には幸が帯刀しているようには見えない。
「どこに隠してるんだ?」
「五月雨よ来い」
幸がそう呟くと、何もなかった手に一本の鞘に収まった刀が握られていた。
「ほお、転移術式を鞘に組み込んであるのか。かなり貴重な品だな」
「母さんの形見なんです。銘は『五月雨』。死ぬ前に僕に残してくれた」
幸が愛おしげに鞘を見つめる。『五月雨』……。紫音の記憶の底で何かかが囁く。
「ちょっと刃を見せてもらってもいいか?」
そんな幸に紫音が聞いた。やはりその刀、どこかで見覚えが……。
「いいですけど……」
幸の了承をとると、紫音は『五月雨』を抜いた。
わずかに反りが入り、独特の刃紋がある。
刃渡りは2尺(約60センチ)ほど。
間違いない。これはあの人の持ち物だ。
「なあ、お前の母親の名前は橘伊織か?」
ある程度の確信を持って尋ねる。
「えっ! な、なんでそれを……」
「やはりそうか……。お前の母親は、俺の恩人なんだよ」
慌てる幸に紫音は告げる。そして、自らの銃『コンビクション』を取り出した。
「この銃は、俺の愛銃だが、これは、お前の母親にもらったものだよ」
「そう、だったんですか……」
「もう、亡くなってしまったんだな……」
紫音は考え込むそぶりを見せた。しばらくしてこう切り出した。
「お前の弟子入りの件について考えてやってもいい。橘さんへの恩は返し切れてないからな」
「えっ! ホントですか!?」
喜ぶ幸に紫音は釘を刺す。
「ただし、俺と一度戦え。その結果次第だ」
「し、師匠とですか……?」
驚く幸に紫音はにやりと嗤った。
「全力でぶつかってこい。場所は……そうだな、マンションの屋上だ。日時は、これから帰ってすぐ。分かったな?」
その獰猛な笑みに思わずといったふうに幸が後ずさる。
「言っておくが、俺を失望させるなよ?」
「は、はいっ!」
そうこうしているうちにマンションに着いたようだ。
無人のエントランス―――今時高級マンションには珍しく、オートロックではない―――を通り抜け、エレベーターに乗る。
グンとGで体が引っ張られるのを感じる。このマンションは20階建てで、エレベーターもかなり速い。
やがて、最上階の20階に着く。
「うわっ。すごいですね師匠。高級マンションの最上階なんて……」
「退魔師の報酬は税金で賄われてるんだぞ。だから、それを世の中を潤すために使わなくてどうする」
「え、そうなんですか? 知らなかった……」
驚く幸に、紫音が呆れた声で続ける。
「いいか、俺たちは非公式だが、国家公務員なんだぞ。いわば、警察と一緒の公僕だ。だから、一般人の安全を第一に考えろ……というのが、建前というやつだな」
「建前ってことは、本音は別にあるってことですよね?」
どうやら、無知ではあるものの、馬鹿ではないらしい。紫音は幸にそんな評価を下す。
「ああ。それはまた別の機会に話すとしよう。ほら、中に入れ」
「あ、はい。おじゃまします……」
紫音は家に幸をあげる。
「部屋を用意するから、ちょっとリビングでくつろいでてくれ」
「あ、ありがとうございます」
紫音はそう言うと、物置と化している部屋に向かった。
物置と化していると言っても、紫音の掃除スキルが幸いして、埃一つ落ちていない。そのため、幸の寝泊まりする部屋が埃っぽいという事態は避けられそうだった。
部屋の大半を占めている、弾丸の材料を他の部屋へ運び込み、押し入れから簡易式ベットを取り出し、組み立てる。しばらくはこれで我慢してもらうほかないだろう。
最後に、念のため掃除機で部屋を掃除する。これで完了である。
「おーい、出来たぞ」
「はーい。今行きます」
廊下走って幸がやって来る。そんな幸を紫音は注意した。
「おい、今は夜中だ。足音が下に響くだろ。走るな」
「は、はい。すいません」
近所付き合いとは大切なのである。まさに<遠くの親戚より近くの他人>なのだ。
「10分後までに用意を済ませとけよ」
「了解しました」
紫音は扉を閉めた。
10分後、2人は屋上で向かい合っていた。
むろん、周囲には転落防止と、見られるのを防ぐための結界が張ってある。
紫音は、私服の上からコートを羽織り、もうすでに銃に手をかけている。
幸はと言うと、先ほどの服装とは違い、動きやすいTシャツと半ズボンだ。その手も、同じく刀―――『五月雨』にかけられてはいるものの、鞘から出さず、鯉口を切っている。恐らく、居合を使うつもりだろう。
辺りに、ぴんと張り詰めた空気が漂う。
「では、始めるぞ」
「はい」
やはり、緊張しているのか、幸の声は固い。
「いざ、尋常に、勝負!」
紫音の掛け声を合図に、2人は激突した。
いかがでしたでしょうか。
次回には、バトルが控えているので、少なめにしました。
次話をお楽しみに!
誤字、脱字報告、感想待ってます。




