第一話 廃校舎にて
こんにちは/こんばんは。
初めまして、夕顔と申します。
駄文ですが、皆さんを少しでも楽しませることができればなと思います。
いろいろ至らない点があると思いますが、どうぞよろしくお願いします。
生温かい目で見守っていただけたらなあと思います。
では、第一話をどうぞ。
ひたり、ひたり、ひたり、ひたり。
ここはとある廃校舎。長年放置された校舎の外壁はひび割れ、月明かりに照らされて不気味にその姿を浮かび上がらせている。
外も外なら、中も中である。
長年積もった埃が廊下の隅に溜まり、天井に目を向ければ、蜘蛛が至る所に巣を張っていた。学び舎としての責務を果たした教室は、黒板を除いて何も無く、何処となく寂寥感と、そして不気味な雰囲気を感じさせる。
その本来なら誰もいないはずの教室に、学生らしき2人の人間の姿があった。
1人は、その高い背丈をセーラー服に身を包んでいる。跳びぬけて美人というわけではないが、何か引き付けるような顔つきで、人を圧倒するような、姐御肌に近い空気の少女だ。こんな状況にも臆すことなく周囲をきょろきょろと見回していた。
もう1人はまるで中学生の様な背丈だが、高校の制服を身に着けている。優男と言ってしまえばそれまでだが、なんとなく頼り無さげで、頼れると言うよりは守ってあげたいと感じさせる。その雰囲気通り、その少年は少女にくっ付くようにして離れようとせず、表情も半泣きに近かった。
少女は、少年がくっ付いてくるのを嫌がる様子もない。姉弟なのだろうか、2人は、目や口もとが何処か似通っていて、雰囲気は恋人同士というよりも、家族に接するものに近かった。
「ねえ、やっぱり帰ろうよ……。なんか変だよ……」
少年が、その容姿に違わず、やや高い声を震わせて少女に言う。
「はあ、男のくせして情けないな勇樹は。勇っていう字が入ってるんだからしっかりしろよ……」
と呆れ声の少女。その男口調が妙にしっくりきていて、違和感が無い。
「うう……。だって怖いものは怖いんだもん。姉ちゃんこそ優未って名前なのに優しくないし……」
後半はボソッと、少女に――姉に聞こえないように言ったつもりだったのだろうが、ばっちり聞こえていたらしく、
「何か言ったか? 勇樹?」
と、凄みのある笑みでそう返された。
勇樹と呼ばれた少年は、にっぎた拳を鳴らしながら、笑顔で尋ねる姉の姿を見て慌てて眼をそらす。
「べ、別に何もい、言ってないからね……」
「そうか、あたしの名前がどうとかいってた気がしたが、何もしゃべってないんだよな?」
姉が――優未がグイッと顔を近づけながら、笑顔で尋ねる。
「そ、そうだよ。空耳なんじゃないのかな。は、ははは……」
取り敢えず笑ってごまかす勇樹。
「全く……」
はあ、とため息をついて拳を納める優未。
「でも、ホントに幽霊とか出そうだね……。嫌だなあ……。イタッ! もう何するんだよ……。暴力反対ー」
しかし、その拳が再び形作られ、勇樹の脳天に直撃した。
勇樹は迷惑そうな顔をして、殴られた頭をさすりながらいう。優未のげんこつは恐ろしく痛い。多分、同世代の男でも悶絶するだろう。それを痛いと言うだけで済ましてしまうのだから、慣れとは、げに恐ろしきものである。
「あたしたちの目的は、その幽霊が実際に居るのか確かめることだろうが。あんたはオカルト研究会の部員だろう」
「だって……」
そのオカルト研究会と言う部は、2人の通っている霧原高校の数ある部の一つである。部員は5名。部長は長瀬優未。恐ろしく胡散臭いが、霧原高校の創立からある由緒正しい(?)部なのである。
「霧原さんとか文弥君とか天音先輩はどうしたのさ」
「ああ、あいつらなら、多分、東校舎のほうに居ると思うぞ。0時にこの学校の正門に待ち合わせているから、あと45分ぐらい余裕があるな。ついでに南校舎まで足をのばしとくか……」
「ええ~。嫌だよう、あっち変も感じがするもん」
「はいはい。つべこべ言わずさっさと行くよ!」
「あ、ちょっと置いてかないでよお……」
教室をでる姉の姿を追いかけて、勇樹も慌てて廊下へ出る。こんな所、大人数でも来たくない勇樹にとっては、地獄でしかないのだ。
わざと、走って勇樹を1人にさせようとする優未を、勇樹は必死に追いかけた。
姉ちゃんは絶対僕をからかって楽しんでる。勇樹は内心ため息を吐きながら走った。途中、寒気がして後ろに誰かいるような気がしたが、振り返っても誰もいなかった。気のせいだろう。そう思うことにした。
しかし2人は知らない。そのあとをつける、不気味な影があることを……。
ひたり、ひたり、ひたり、ひたり………。
――――――――
南校舎は先ほどの西校舎と殆ど変わりはなかった。ただ、理科室や音楽室など、怪談話に事欠かない教室が多い。優実にようやく追いついた勇樹は、姉に連れられ、理科室へと歩みを進めていた。
「南校舎には理科室も音楽室もあるからな。きっと楽しめるだろう……。ぐふふふ……」
優実は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「気持ち悪っ。変な笑い方しないでよ……どうせ、僕が怖がるのを見たいだけなんだろ、姉さんは」
迷惑そうな目で姉を見る勇樹。
「なに、心外だな。あたしは幽霊が見たいだけなのに……。うわあああ! あ、あそこに何かいる……!」
しらを切る優実だが、急に、指を教室の方に向けると、わざとらしく勇樹の方を見ながら叫ぶ。
「ぎゃあああああああ! た、助けて……」
勇樹は夢中になって姉の後ろに隠れた。そして、そおっとその方向を見る……が何もなかった。あるのは、教室の壁に掛けられている、古びた黒板だけだ。
「もう、騙したね……! そんなに笑わなくてもいいじゃんか」
「だ、だって……。くくく、あはははは、ひー、ふふふふふ、はーはー、げほっ、げほっ」
静寂が支配する廃校舎に、陽気な笑い声が響き渡った。
一人で大爆笑して、むせている姉の姿を尻目に勇樹はため息をついた。ふと、後ろに振り返ったとき、彼は見てはいけないものを見てしまった。白いワンピースを着た、髪の長い女性。軽くうつむいているせいで長い髪が邪魔をして、顔は見えなかった。
「え……。だ、誰……?」
こんなところに、人がいるわけがない。しかも、女性なんて。だって、部の女子は部長である姉を除いて、全員東校舎に居るはずなのだから。それに、白いワンピースなんて誰も着ていなかった。それの意味することに気付いた勇樹は、腰が抜けてしまった。
「ね、姉ちゃん。あ、あれ……!」
思わず、へたり込むのを防ごうとして、優未の方へもたれかかる。急に喉がからからに乾いて、上手く声が出ない。
「んー? なんだよ。あたしを驚かせようとしたって無…………! 誰だよ!」
弟が芝居を打っているのだと勘違いして、緩慢な動作で振り返る優未。しかし、勇樹が指さす女の姿を見て、流石に表情が変わった。
硬い表情で怒鳴る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
女が奇声を発する。その声はまるで、喉が焼け付き、声が掠れてしまったかのようだった。地の底を這うような声。大して低くもないはずなのに、腹の底に響く太鼓のように、全身を震わせた。
鈍い動作で此方へ向かってくる。動いたときに髪が揺れ、その長い髪に隠れた双眸がチラリと覗いた。それを見てしまった優未は、全身を寒気が覆い、歯の根が合わなくなった。
これはヤバイ。普段感じたことの無いような猛烈な危機感が襲う。本音を言えば、勇樹もここにおいて自分だけでも逃げ出したかった。
「ひっ」
勇樹も、あの瞳を覗いてしまったのか、小さく息をのむ声が聞こえてくる。
その間にも、謎の女がまたも奇声を発しながら、おぼつかない足取りで向かってきた。
「ね、姉ちゃん、ヤバいよ。早く逃げようよ……」
「あ、ああ。そ、そうだな。逃げないと……」
だが、彼らの足は一向に動く気配を見せなかった。否、動かないのではない、動かせないのだ。足が石のように固まっていて、ピクリとも動かない。
「な、なんだよこれ! う、動かねえ……」
見ると、弟の勇樹もまた、足を動かせないようだ。
その間にも、女は刻一刻と近づいてくる。もう後、6メートルを切った。
ひたり、ひたり、ひたり、ひたり。
「勇樹! 手だけで這って行くぞ!」
幸いにも、手は動く。優未は這っていくことにした。
「う、うん……」
手だけで這って行くが、女のほうがわずかに早い。少しずつだが、着実に差は縮まっていた。
ひたり、ひたり、ひたり、ひたり………。
もう、差は4メートルを切った。
「くそ……! どうすりゃいいんだ……」
その時、突如謎の女が奇声をあげて苦しみだした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ー!! ぎゃあ゛ー!!」
「えっ……」
微かにいい匂いがした……と思った次の瞬間、彼らの視界が暗転した。
――――――――
突然、勇樹達の後ろから、人影が飛び出した。背丈からして、勇樹達と同年代の少年だろうか。黒い学生服に身を包んでいる。
少年は、一瞬で女に肉薄すると、額に手に持った長方形の紙の様な物を張り付けた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ー!! ぎゃあ゛-!!」
紙が貼られた瞬間、女が何故か苦しみ出す。
と、その叫び声に交じって、ドサッ! と言う人が崩れおちる音がした。少年が振り返ると、2人は固く瞳を閉じて、すやすやと寝息を立てている。
「ふう……あぶねえ。あと少し遅れてたらどうなってたことか……」
危機的状況に登場した、ヒーローはそうつぶやいた。
「私のおかげね。感謝しなさいよ紫音」
その呟きに、答えるようにして、明らかに少年の声ではない、女性の声がした。見ると、寝ている2人の上に、何やら小さな人型の生き物がいる。何か着物の様なものを着ていて、身長があまりにも小さすぎるのを除けば、まさしく大和撫子のようである。
少年は、その生き物の傍によると、言った。
「ああ、今回はマジで助かったよ。おかげで、同級生を救うことができた。サクラ、ありがとな」
学生服に身を包んだ背の高い少年は、天音紫音。その隣に居る、ヒトと呼ぶには小さすぎる着物を着たモノはサクラと言う、精霊だ。彼女は紫音が使役する精霊の中の一柱である。探知能力、妖術――特に幻術に長けている。おそらく、彼女がいなければ間に合わなかっただろう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!」
見ると、優未達を寝かせるときに女に貼った護符が焼き切れたところだった。
怒り狂った女は、ギロリと自分の動きを奪った張本人を睨むと、怒りの咆哮を上げた。
「ちいっ! もう動けるのか……! 厄介な……。上級の護符だぞこれは! 高かったってのに……」
厄介と言う割には、それほど焦っている様子ではなく、何処かハタ迷惑そうな、面倒事に巻き込まれたような口調である。
「こいつ、相当霊力が高いわよ!気をつけてっ」
それだけ言うと、サクラは何やらぶつぶつと何かを唱え始めた。
女は、それを無視し、紫音に跳びかかる。
「ああ。分かってるさ……! よっと」
紫音は女が繰り出したひっかく様な一撃をバックステップでかわす。だが、女はそのまま倒れこむようにして突っ込んできた。
紫音はそれを横に体を捻り、紙一重で回避する。
「うおおっ! あ、あぶねえ……」
勢い余って突っ込んできた女はさらに跳躍し無防備なサクラに襲いかかる。
「きゃああ!」
「さ、サクラ大丈夫か!?」
女がサクラに馬乗りになろうとした瞬間、その姿がふっと掻き消え、吹っ飛ばされた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「馬鹿が。もうお前は幻術にはまってんだよ。一度はまったら、もう抜けだせないぜ。退魔師舐めんなよ!」
そう、サクラは女が紫音に突撃した時点で、幻術を完成させていたのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
激昂した女が紫音に突撃するも、またもや姿が掻き消えてしまう。そして次の瞬間、銃声が響いた。
女の額に穴が開く。
紫音の手にあるのは一丁のリボルバー式拳銃。銃身が月明かりに照らされ、鈍い銀色に輝いている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……あ゛あ゛……あ゛」
驚愕に染まった顔で、後ろへ後ずさりする女。
「安らかに逝きな……。穢れた魂に救済を。浄化」
しかし、紫音が口を開いた瞬間、まばゆい光が女を包み込み、そして跡形もなく消し去った。
――――――――
紫音は、光の粒子となって消え去った女を見届けると、サクラに振り返って言った。
「ふう……。終わったな……。一瞬ひやりとさせられたが、無事浄化できたし帰るとするか。こいつらを起こすから、じゃあな」
「ええ、分かったわ。じゃあ、また今度ね」
そういうとサクラは消えてしまった―――否、帰ったのだ、精霊界に。通常、精霊たちは精霊界に住んでいる。術者は、契約した精霊を精霊界から呼び出し使役する。これが一般的に言われる精霊術である。
「おい、こら、起きろ。じゃないと置いてくぞ」
優未をゆすって起こそうとするが、全く起きる気配がない。
「おい、起きろって! ……仕方がない、アレを使うとするか」
紫音はどこから取り出したのか、置時計を取り出した。見た目は普通の置時計だが、中を改造してあり、ベルが鳴ると鼓膜が破れるぐらいにけたたましい音が鳴り響くのだ。だが、音が大きすぎてつかった方が気絶するという恐ろしいブツである。
「くくく……。今回は、こんなことがあろうと、耳栓を持ってきたのだ。その音、じっくり味わえよ……」
悪そうな笑みでそう呟くと、現在の時刻の一分後にセットし、耳栓をつけて待つ。
ジリリリリリリリリリリリ!!!!!!
けたたましいというか、もう凄まじいとしか言いようがない音に2人とも目を覚ました。
「のわあああああ!! う、うるさいからやめろ! 耳がおかしくなる!」
「うわあああああ!! び、びっくりした……。う、うるさいから天音先輩止めてください!」
殆ど同時に跳び起きる2人。流石姉弟だ。見事なシンクロ率である。
「えー、なんだって? 耳栓してるからよく聞こえないなー」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら聞き返す紫音。
「このくそ天音……」
「ふーん、女の子がくそとか言っちゃ駄目だねえ」
「ばっちり聞こえてるじゃねえか!」
思わず怒鳴り返す優未だったが、そのせいで頭が痛くなったようだ。
「はて、何のことやら……」
そんな様子を笑いながら見て、とぼける紫音。
「しらばっくれやがって……。もういい、頼むから早く止めてくれ!」
「お、お願いします……。ほ、ホント……も、もう無理」
そう言うと勇樹はバタリと倒れてしまった。
「おお!? だ、大丈夫か!」
慌ててスイッチを切るがもう遅い。もう勇樹は永遠の眠りに着いたようだ。
「おお……。なんということをしてしまったんだ俺は。勇樹を殺してしまうなんて……」
がっくりと、芝居がかった動作で膝をつく紫音。
「はいはい、ふざけるのはここまでにして、なんで、こんなところで寝てたんだ? というか、寝る前のの記憶が全くねえ」
不思議そうに尋ねる優未。
良かった。ちゃんとサクラの幻術は効いているようだと、紫音は心の中で胸を撫で下ろした。
「いや、俺に聞かれても。俺はただお前らをおどかそうとしてここに来ただけだから。こんなとこで寝てるなんて反則だぜ。俺のほうが驚いちまった」
紫音は真顔でそう返す。
もちろん、嘘である。自分たち退魔師の存在は決して公にしてはならない。常に、歴史の闇の部分に身を置く退魔師たちのルールだ。
「取り敢えず、もう時間だから正門のところに戻ろうぜ」
「そうだな。勇樹はお前が背負って行けよ。あたしは知らねえからな」
無駄に冷たい優未。ちょっと怒っていらっしゃるようだ。
「え、ちょ、ちょっと待てよ! なんで俺が……」
「お前が気絶させたんだろ。なら、責任持て」
そう言って優未は紫音に勇樹を押し付けさっさと行ってしまった。
「普通は自分が背負って行くって言うんじゃないか……? 俺がいなかったらどうなっていたと思っていやがる……」
ぶつくさ文句をたれながらも、結局は背負って行った紫音だった。
――――――――
「遅いですよ天音先輩。いいとこなんて一つもないんですから、時間にだけはきちっとしてください」
校門に着いた紫音に、きつい一言を浴びせかける少女が1人。
今のはちょっと傷つくなぁ~と紫音は心の中で呟いた。
「ちょ、ちょっと霧原!? 言いすぎだって……! 先輩もいいとこなしじゃないですよ! きっと探せば見つかるはずです!」
と、慌ててフォローしたものの、フォローになっているかどうかあやしい少年が1人。
「要は、今のとこ天音いいとこは見当たらないってことだろ」
と、的確な突っ込みを入れる少女――改め優未が1人。
「あ、い、いやべ、別にそんな意味で言ったんじゃ……」
「へえ、じゃあどういう意味だよ。ほかの解釈があるなら言ってみな」
Sっ気を全開にして、少年を追い詰める優未。
「え、ええっと、そ、それは……」
答えに窮する少年。
見かねた紫音が、少年と優未の間に割って入った。
「おい、そのぐらいにしといてやれよ。優未」
「へいへい、相変わらず蓮にはあまいねえ……」
勇樹を背負って正門まで来た紫音に、きつい一言を浴びせかけたのは霧原舞。髪を腰まで垂らしており、吊り目でややきつい印象を受けるが、それを差し引いても十分整った容姿をしている。しかし、その毒舌のせいで、ごく一部の特殊な性癖を持つ男子以外には敬遠されがちだそうだ。
そして、それをフォローしようとして、結局自爆しているのが文弥蓮。肩のあたりまで髪があり、自身の女顔と背の低さも相まって、女子にしか見えない。2人ともオカルト研究会に入っている。2人の立ち位置的には、蓮がマスコット、舞が……舞は……舞ってどんな立ち位置だろう。割と本気で悩む紫音を舞が毒舌で遮った。
「ちょっと先輩(笑)、早く勇樹様を下してください。穢れます」
「おい!(笑)ってなんだよ! (笑)って!」
妙なニュアンスを感じた紫音は、思わず声を荒げる。
「おお、流石先輩(笑)。言葉の裏まで読むとは……」
おちょくっているかの様に、大げさに返す舞。別に否定はしないらしい。
「否定しろよ! なあ! そこは否定するか、しらばっくれるかのどっちかだろう!」
「いえいえ、偉大なる先輩(笑)には隠し事などできませんから」
「はあ……もういい、それより勇樹様っていうのやめろ。俺らが変な眼で見られる」
紫音は、この不毛なコントに終止符を打つべく、話題を変えた。
「まさか、変な眼で見られるのは先輩のせいでしょう。私には何の非もありません」
馬鹿なのこいつ? みたいな目で見られる紫音。
本気で、自分に非は無い思っているらしい。
舞は勇樹に傾倒していると言えば分かりやすいだろうか。まあ、勇樹は怖がりな奴だが根はしっかりしているやつなので、惚れるのも分からないわけじゃないが、こいつの場合は少々度が過ぎる。ほっておいたら、何をしだすかわからない。要注意人物である。
「さっさと降ろしてくださいって言ってるんです。とうとう、耳までおかしくなりましたか?」
「分かってるって……。おい、起きろー」
紫音が背中の勇樹の頬をペチペチ叩くと
「ううん……。ここどこ……?」
起きたようだ。
「正門だよ。大丈夫か?」
「あ、天音先輩!? は、はい。大丈夫です」
紫音は勇樹を降ろすと、前触れもなく繰り出された飛び蹴りをかわした。
「あぶねえなあ……。俺じゃなかったら今のもろに食らってたぞ」
呆れたように呟く紫音。
「さっさと離れろって言ってんですよ。それに、別に当たるとも思ってませんでしたから」
けんか腰な舞に、紫音は若干顔を顰めながらも、立ち上がった。
「さて、諸君。どうだった? なにかいたか?」
場を仕切り直すように優未が言った。おかげで、やや険悪な空気になりつつあったのが解消された。彼女の声には力がある。こういうところに関しては、紫音も素直に尊敬する。決して自分にはできないことだ。
「ううん。なにもいませんでした。この校舎に『恐子さん』がいるって噂、本当だったんですかね」
蓮が訝しげに言う。
『恐子さん』……さっき紫音が倒した怨霊のことだ。詳しい話は割愛するが、鏡子という女性の怨念があのような形になって現れたようだ。
「あたしらも何も見なかったよ。なにかあったとすれば、いつの間にか寝てたってことぐらいかね」
ちなみに余談だが、実は『恐子さん』の発する瘴気に誘われて、かなりの量の怨霊や妖怪がいたのだが、すべて紫音の涙ぐましい努力により、浄化され蓮たちの目に付くことはなかった。
「今回もダメだったねえ。今度こそはと思ったんだけど。じゃあ、帰ろうか」
「じゃあね~。バイバイ霧原!」
そう言うと蓮は急ぎ足で帰ってしまった。
「それでは勇樹様。私も失礼しますね。では」
舞も蓮とは反対方向に帰っていく。
「勇樹帰るよ」
「うん。さようなら天音先輩。また明日」
「おう。じゃあな」
もう12時過ぎだ。明日も学校がある。早く帰らなければ寝不足になってしまう。紫音は職業上、一日、二日徹夜したぐらいではびくともしないが、民間人である彼らは違う。こういうときに、何とも言えない寂しさを覚えてしまう。退魔師の連中は素手で人を殺せるだけの力がある。民間人から見れば化け物に見えるだろう。自分では気付かないが、やはり、自分もまた化け物だろう。もし、自分の正体が皆にばれたら……。蓮や舞、勇樹や優未は受け入れてくれるだろうか。それとも、化け物と恐れられるだろうか……。かつての両親の様に。
「ふう……。駄目だな。感傷的になりすぎる。もう4年も前のことなのに……。帰ろう……」
そうつぶやいた紫音は自分の家がある方向へと歩いて行った。
読んでくださりありがとうございました。
大体、これぐらいの分量で続けていきたいと思います。
ちなみに、警告タグについてですが、今はまだ関係ありませんが今後、そう言った描写を出すつもりなのでつけておきました。
誤字、脱字の報告がございましたら、御手数ですが知らせていただきたいと思います。