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先生に憧れて先生になったら告白されました

作者: 雨宮雨霧
掲載日:2026/03/24

 早瀬叶、ついに中学校の先生になりました。

 先生、恋人になりませんか?!なんて言い放ってから約八年。なんということでしょう。

 今では恋人になった綾音様こと今瀬先生に憧れて目指した先生の道。

 何のやる気もなく過ごしていた中学生の頃から、今瀬先生に刺激をもらって勉学と家事に励んでいた高校生の頃から。

 やっとの思いで受かった教育学部。大変なことのほうが多かったけれど。

 ついにスタート地点に立つことができた……はずったのです。


 とある冬の日。

 早いものでもう三学期。

 目まぐるしく過ぎていく日々に圧倒されながらなんとか耐え凌いでいるまである。

 教壇に立つというのも最初は不思議で仕方なかった。

 私、空気になりたがってた生徒だったよな。なんでここに立っているんだろう、と。当たり前のことさえ疑問に思っていた。

「はやせん!元気?」

「早瀬です。いい加減その呼び方やめなさい。空野さんは元気?」

 いつも私に絡んでくれる空野葵。

 元気に決まってんじゃんと気前よく教えてくれた。

 私の苦手な陽キャではあるが。彼女の抱えているものを知ってからは色眼鏡を捨てた。

 無理に明るく振る舞っているときも見ていれば分かるようになった。

 そういうときは声をかけて書類運びでも手伝ってもらったりしている。それがいいのか悪いか分からないけど。

 無理して繕うよりはいいだろう、と。

「先生っていつも長袖だよね。そりゃ今は冬だからあれだけど。体育祭のときだってクソ暑かったのに上着を脱ごうともしなかったじゃん」

「あなたにも事情があるように先生にも事情ってものがあるんです。あと敬語を使いなさい」

 めんどくさいとぼやきながら友達のもとへ駆けていく生徒。

 なんでこんなに懐いてくれているのか、本当に疑問だ。

 入学した当初からずっとこんな調子。これが陽キャのなせる技なのか、と納得さえした。

 提出されていく日誌を見ながら授業を考える。

 頭がいくつあっても足りないと思う。手も足りなければ足も足りない。

 出勤する前からもう疲れているという最近の日常。

 綾音様に背中を叩いてもらって気合いを無理矢理入れないと道端で倒れそうになる。

 そこまでタフなわけではないし要領がいいわけじゃない。

 いつでも限界突破。キャパシティは容量オーバー。

「先生ー、国語一式忘れました!」

「あれだけ言ったのに。次はもうないから気を付けて」

 君は何回目だ、国語の教科書からノートやらワークやら忘れてくるのは。

 もういっそのこと置き勉してくれ。家で勉強するからって持ち帰るのはいいことだけど。なんだけど。持ってきてくれ。

 基本怒ることはない。怒り方も分からないし。

 ただ最近は同僚がブチギレたんだと生徒が口々に教えてくれたりで。

 英語の課題をクラスの半分以上の生徒が忘れたのが原因なんだと聞いた。

 それはそれは。そりゃ怒るわ。自分のクラスじゃなくてよかったと思う。思ったら駄目か。

 なにが正解なんだか分からない日々の中、教師になって一番の事件が起きた。


「はやせん、部活の前にちょっといいですか」

「分かった。学習室で大丈夫?すぐ行くから待ってて」

 帰りのホームルームも終わり、一息つく暇もなく掃除の時間。

 空野さんからの相談事は珍しくもない。今では、だが。

 家庭環境という私からすればなんと答えればよいものか、な相談をしてくれた子。

 これには一緒に悩んだし綾音様の意見も交えつつなんとか。なんとかできたんだろうか。できなかったから今話をしたいと言いに来てくれたのか。

 掃除が終われば諸々の荷物を持って学習室に向かう。

 手にあるバインダーは今瀬先生からのお下がり。駄々をこねて使っていないものをもらった。

 なんで学校嫌いが学校に勤めているのか、自分でも疑問に思う。不思議すぎる。

 自分は先生に相談をする、ということもできない小心者で。相談をしてくれるというのはありがたい話だ。自分自身の成長にも繋がる。

 大人になったと言っても。全くどこも大人ではない。

 何なら子どもたちのほうが大人な気がする。敗北。

 深呼吸をして、戸を三回ノックする。ゆっくりと開けてゆっくり閉める。

 そして教室を見る。

 今瀬先生の所作にひたすら好感を持っていただけあって真似る。

「おまたせ」

「待たせすぎだよー、先生」

 端っこに寄せられている椅子に腰をかけている空野さんに手招きされる。

 なんでこうも扱いがなんというか。先生だと思われていない気がする。経験不足だ、やはり。

「どうした、今日は。なにかまたあったならいつでも言ってくれていいから」

「今日はそういう話じゃなくてさー、なんていうかな」

 椅子から立ち上がって窓際に歩いていく姿を目で追う。

 想像していた話とは違うのか。まあそうか、悩み事なんて星の数より多いよな。それはないか。

 じゃあ何の話なんだろう。教室じゃないほうが話しやすい事柄だと踏んだのは間違いだったか。恋バナを聞かされるのだけは避けたい。

「どうしたの。そんなにうろちょろして」

 窓際に行ってグラウンドの様子を眺めていると思えば黒板の方へ歩いて。かと思えば掃除用ロッカーにへばりついて。

 へばりつくのだけはやめてほしいな。衛生的によろしくない。

「早瀬先生。……私、先生のこと好きなんだよね」

 急に足を止めたと思えば。

 え?

 思考が追いつかない。理解もできない。

 綾音様も私があんな馬鹿げていて超本気なあの文面を投げかけられたときこんな気持ちだったのかな。

 いやそんなことどうでもよくて。よくはないけど。

「先生のことからかうのも程々にしなさいよ。そういう冗談が問題になることもあるんだし」

「からかってなんかないよ。早瀬先生」

 うん。え?そうですか。

 冗談でもなく。からかわれてもいないとなると。本当に言っているのか、この子は。

 本気で言ってくれているのか。

 嬉しくないわけではないし。ありがたいことなんだろうけど。立場が立場だし私にも好きな人が居るし。

 あの日のことを思い出す。

 恋人になりませんか?!と言った私に微笑んで「それは無理だね。恋人にはなれないかなー、流石に年の差が」と話を終わらせようとしてくれた今瀬先生を。

 結構困ること言ったんだな自分。今になって分かった。申し訳ない。

「気持ちは嬉しいよ。でもその、言いづらいんだけど。先生結婚してるよ?」

 しどろもどろになりながら伝えてみる。

 こんなことになるとは思ってもみなかった。それも女子生徒に告白されるとは。

 職員室にもよく話に来てくれる子だし授業中もそれ以外も率先してまとめ役になってくれるようなすげー子だけど。

 私よりいい人いっぱい居るからね、と思う。あなたにはもっと素晴らしい人が居るよ。

 なんて思考をぐるぐるさせているとガタン、と物音を立てて転んだ姿が見えた。

「ちょっと大丈夫?怪我してない?」

 手を取って椅子に座らせる。

 そんなに動揺しなくてもいいのでは。

 目を見開いて見つめられるなんてことがあるんですねこの人生で。なんか私まで動揺が感染りそう。

「結婚って。先生まだ二十三ですよね」

「正確にはまだ二十二だけどね」

 信じられない、とでも言いたげな表情。

 そうなるか。そうだよな。彼氏居るの?とは訊かれても彼女居るの?とは訊かれないから。居ないで済ませてきた。

 結婚したいとかないの?と訊かれても現状ではできないから諦めるしかなくて。ないで済ませてきて。

 あれ、これ私が悪いのかな。

 嘘はついてない。事実を言ってきただけであって。

「まだ若いじゃないですか。ていうかそんなこと一言も言ってなかったじゃないですか!」

 なんか怒られてる。腰抜かしたまま怒らないでよ。

 私が悪いのでしょうか今瀬先生。そんなことないですよね。

 結婚はできなくても結婚しているも同然で。法が許してくれるなら秒で入籍しますけど。

 なんて考えるのはもやもやしてどうにもこうにも。

「気持ちは受け取るよ。ありがとう」

「……先生のバカ!」

 勢いよく椅子から飛び起きてドアを開け放って行ってしまった。

 ああ。なんかやってしまいましたか私。

 それにしても生徒にバカと言われるとは。なかなか心にずしっとくるものが。

 学習室に一人ぽつんと残されていることに気がつき、急いで部活に向かう。

 いやー、でも。バレー部なんだよなあ、彼女は。私は顧問なんだよな、なぜか。バレーなんてできやしないししたくも見たくもないのに。ボール嫌いなんだけどなまず。

 拒否するわけにもいかないしやってるけれど。正直言ってしまえばボールが飛んでくるたびにビビっている。

 というか合わせる顔ある?私。資格もないのでは。

 悶々と考えながら体育館まで向かう。

 それにしても好きと言われるとは。もちろん軽い気持ちではなかっただろうし、申し訳ないけど仕方もない。

 ぼーっと階段を下っていると思った通りに踏み外した。

「はやせん!」

「え、空野さん。部活行ったんじゃなかったの」

 ボールを手に持っているということは部活に行ったということだろう。なんでまたここに。

 散らばった書類を拾い集め、バインダーとファイルに戻す。

「先生大丈夫ですか。どこか怪我してたり」

「大丈夫だよ、三段踏み外しただけだし。ほら、行こう。部活遅れてるから」

 告白もなにもなかったようにいつも通りの少女が居た。

 まるで夢を見ていたようだ。妄想だったのかもしれない。

 本当に現実であったことだとまだ認識することができていない。

 部活は部活で飛んできたボールが顔面にクリティカルヒットして散々だった。

 何かあるたびに心配してくれた少女。

 告白を受け取ることはできずとも、彼女の優しさと思いはこれからもきっと忘れることはないだろう。

 いい未来が待っていることを願っている。

 そして私よりも素敵な人を見つけてほしい。

 世界は思っている以上に広いから。

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