婚約解消された公爵令嬢は、感情を解放して領地で幸せになりますわ ~王太子の後悔なんて知りませんのよ~
「ジェトリシア・アセル公爵令嬢。そなたとの婚約を解消する」
「何故ですの?ヴァルト王太子殿下」
「そなたから愛を感じないからだ」
最近、セルド王国ではおかしな劇が流行っていた。
愛こそ全て。愛こそ最高の夫婦や恋人の形なのだと。
国民にその流行の劇が大きな影響を与えて、愛がない結婚なんてという風潮が世に流行り出したのだ。
ヴァルト王太子も劇の影響を受けたのだろう。
ジェトリシアは、
「かしこまりました。婚約解消を受け入れますわ」
「お前のそんな所が気に食わない。私を愛しているなら縋るだろう」
ジェトリシアは何も感じなかった。現在ジェトリシアはヴァルト王太子殿下と同い年の18歳。
幼い頃から父アセル公爵に、厳しく教育されて育ったのだ。
感情を持つことは許されない。
「お前は名門アセル公爵家の娘だ。
お前の婚約者はヴァルト王太子殿下に決まっている。
お前はこのセルド王国の王妃になる為に、日々精進するがいい」
幼い頃から言われてきたのだ。
だから10歳の時に、ヴァルト王太子と会って、婚約が結ばれた時に、にこやかに笑って、ヴァルト王太子が、
「私がヴァルトだ。仲良くしよう」
と言った時に、教わった通りにカーテシーをし、
「わたくしがジェトリシア・アセルでございます。よろしくお願いします」
と挨拶した。
どんな時も品を崩さず、どんな時も未来の王妃にふさわしい行動を。
だから、ヴァルト王太子とはずっと他人行儀で過ごして来た。
ヴァルト王太子が綺麗な首飾りをプレゼントしてくれた。
なんでも、隣国から王妃へと貰ったのだが、王妃が、
「これはちょっとわたくしには子供っぽいわ。ヴァルト。婚約者の令嬢にあげなさい」
ヴァルト王太子は自慢げに、ジェトリシアに箱を差し出して、
「かなり高い首飾りだ。桃色の石がはまっていて、豪華な金で飾られている。隣国から母上が貰ったんだが、お前にやれと言われて持って来た」
それをプレゼントしてくれた。
ジェトリシアは、箱を開けずに
「素敵な首飾りを有難うございます」
ヴァルト王太子は、
「本当に喜んでいる?」
「とても嬉しく思います」
感情を表に出してはならない。
そう教わって来たから。
だから綺麗な首飾りを貰っても、ただただ礼を言った。
それが嫌だったらしく、ヴァルト王太子は不機嫌に帰って行った。
貰った首飾りは箱にはいったまま、テーブルの上においたまま。
なんの感情も湧かない。
はしたなく喜んではいけないのだ。
わたくしは未来の王妃なのだから。
だから、婚約解消を言われた時も平然と受け入れた。
父であるアセル公爵に叱られた。
「なんの為に今までお前を厳しく教育してきたと思っているんだ。まったく王太子も王太子だ。うちの娘以上の女はいないぞ。まぁいい。王太子に捨てられたお前なんぞ貰ってくれる家があるかどうか」
母である公爵夫人も、
「そうね。教育を間違えたのかしら。まったく王太子殿下に嫌われてしまうだなんて」
兄のロランと兄嫁のフェリアが、
「父上母上。ジェトリシアは私が預かってよいでしょうか。優秀ですから領地経営の手伝いをさせたいと」
「お義父様。お願いです。私達で預からせて下さい」
父は冷たく、
「まぁ領地経営の手伝い位は出来るだろう。お前達で預かるがいい」
「有難うございます」
「さぁ、ジェトリシア。一緒に参りましょう」
アセル公爵家の領地の方へ、兄と兄嫁と一緒にジェトリシアは行くことになった。
領地の屋敷でジェトリシアはのんびりさせてもらった。
兄ロランは、
「お前はしばらくゆっくりしろ。護衛でも連れて、街を見に行ってもいいし、今まで苦労をかけたから」
兄嫁のフェリアは、
「そうよ。そうだわ。市場へ買い物に行きましょう。わたくしが連れて行ってあげるわ」
ジェトリシアは兄と兄嫁のお陰で、色々な経験をすることが出来た。
市場に行って、果物を見たり、公爵領をあちこち見て回ったり。
楽しい事、嬉しい事が沢山増えた。
フェリアがジェトリシアを抱き締めて、
「笑っていいのよ。泣いていいのよ。今まで我慢していた感情を出していいのよ」
そう言われた時、ジェトリシアは初めて涙が零れた。
泣いていいの?笑っていいの?楽しんでいいの?喜んでいいの?
フェリアに抱き着いて、ワンワン泣いた。涙が止まらない。
フェリアは優しくジェトリシアの背をさすりながら。
「一緒に沢山、経験していきましょう」
「有難うございます。お義姉様」
ヴァルト王太子はジェトリシア・アセル公爵令嬢を婚約解消して、実際に夜会で他の令嬢達に声をかけてみることにした。ヴァルト王太子は18歳。目ぼしい家の令嬢達はもう、他の令息と婚約を結んでいて、伯爵家の問題のありそうな女性とか、更に男爵家の女性とか、未来の王妃になるにふさわしい女性が残っていなかった。
母である王妃から叱られた。
「なぜ、ジェトリシアと婚約解消したのです。王妃になる為にはある程度、身分は必要なのよ。ジェトリシアに謝りなさい。再び婚約を結びなさい」
嫌だった。あんな面白味のない女、大嫌いだ。
他の令嬢達を婚約者にと探してみた。
やはり、王妃になるにふさわしい身分を持った令嬢は残っていない。
仕方ないので、一月後、ジェトリシアを迎えにいくことにした。
彼女も反省しただろう。
なんだかんだ言ったって、王妃になるのを嫌がる女性はいないはずだ。
特にアセル公爵家は名門。私が迎えに行けば、喜んで再び婚約を結んでくれるだろう。
私に愛を示してくれるかもしれない。
反省しているはずだ。
領地にいるというので、直接、馬車でアセル公爵家に迎えに行った。
何日もかかって、やっとアセル公爵屋敷に着いた。
馬車で玄関に向かっていると、庭で楽しそうに笑いながら、子供達と走り回っている女性を見かけた。
ジェトリシアだ。
あんなに笑う女だったか?
金の髪がキラキラ輝いて、とても綺麗で。
馬車から降りて、思わず傍に駆け寄った。
「ジェトリシア。私だ。お前、こんなに笑う女だったか?」
「これは王太子殿下。お久しぶりです」
見事なカーテシーで挨拶したジェトリシアの顔は、いつもの見慣れた貼り付けたような笑顔のジェトリシア。
ヴァルト王太子はジェトリシアに、
「何故、こんな顔で笑う?さっきまでは楽しそうに笑っていたではないか?」
「貴方が王太子殿下だからですわ」
「私はジェトリシアに愛されたい。愛されたいのだ」
ジェトリシアは首を振って、
「貴方は感情豊かな女性が好きなのでしょう。でも、将来、王妃になる女性は感情を激しく出してはいけないと父に教わりました。わたくしがさっき笑っていたのは、もう、王妃になる必要がないからですわ。貴方が王太子殿下だから、それなりに今、接しているだけでございます」
「ジェトリシア。悪かった。私はそなたを」
「王太子殿下、以前、首飾りをプレゼントして下さいましたね。高価な物だと言って。わたくしだって、本当は箱を開けて、首飾りをその場で着けて喜びたかった。でも、感情を表に出してはいけないと、箱を開ける事も出来なかった。礼状は書きました。でも、首飾りは箱から出しておりません。この首飾りは王都の屋敷にあります。父に言えば返して貰えるでしょう。どうかお帰りを」
子供達と遊んでいた庭の奥から、兄ロランとフェリアが現れた。
ロランは「王太子殿下。妹はここで生きる道を選びました。どうかお帰り下さい」
フェリアも頷いて、
「それにもう遅いですわ。ほら、ジェトリシアは‥‥‥」
一人の青年が駆け寄って来た。
ジェトリシアが満面の笑顔で青年に抱き着く。
領地で恋に落ちた、身分の低い騎士の青年だ。
ジェトリシアは青年と共にヴァルト王太子の方を見つめて、
「わたくしに必要なのは、ここで笑って生きる事。王妃?そんなもの、いりませんわ」
ヴァルト王太子はがっくりと膝をついた。
もう、ジェトリシアは戻らない。
あの笑顔はこちらに向く事はないのだ。
失意の中、王都に戻ったヴァルト王太子。
10歳年上の、隣国の王女と結局、結婚した。
愛?そんなものはない。
彼女との間に愛を感じられない。
ただただ、義務で子作りをし、淡々と日が過ぎていく。
妻である王太子妃は気が強い。
毎日が、気が休まらない地獄だ。
でも仕方が無い。
後悔してももう遅い。
ジェトリシアの事を思いながら、今日も妻の機嫌を取り、過ごすヴァルト王太子であった。




