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1.奏園の主・久慈の部屋――夜

王のことならば知っている。


 自国の王を知らない人間はいないだろう。そういった意味でだ。祭でもあれば、透見することもあるかもしれない。千璃のような舞子であれば、宮中で舞うことも、あるいは。


 しかし平時国民は、王が座しておられることを知り、それだけで良い。王が何をしているのかなど、民たちは知らずとも生きていける。


 日々の暮らしが無事であれば、王について考えはしないものだ。城で何かをしている――国を治めているらしい、どうやら。そのくらいのもので。


 その生の間に直接に関わりを持つ。そんなことが起ころうはずはなかった。



 王都栄楽の南の最端。奏園は百年そこに在った。通りに面して大門があり、舘の入り口まで中門、小門と名のままの大きさで続く。堅固な造りは創園当時から変わらない。


 高くめぐらされた塀といい、深く掘られた堀といい、知らぬ者が見れば砦にも見えるこの仰々しい建物は、守衛の役を負うという意味では、内包するものこそが国にとっては砦であった。


 それがあるから国は護られている。と、言える。巨漢の警士が睨みを利かせる素っ気無い石の大門を通過し、荘厳な樫木の中門までは石庭を横切る小路、そこからが建物の内部となるが、小門までは履のまま薄暗い土間を進む。


 沈むような冷たい空気に圧され、まるで禊のような感覚を覚えながら、端麗に彫り込まれ朱に塗られた花梨材の小門をくぐれば、様相は一変、綺羅らかな大広間、輝かしい奏園の内廓である。


 様式は装飾的。壁一面に描かれた華やかな天上神明図、一室を巡って施された大振りの彫刻は、やはり天上界に姿ありと伝えられている四霊獣の姿である。


 天井は格に仕切られ、それぞれに花繪が填まっている。百八の花々。十二月二十四気七十二侯。気を配し、気に流るる奏園の思想象徴を表したものだ。


 回廊に進んでも様式は変わらない。朱塗りの窓枠、やはり花の描かれた格天井、柱からは幻獣が見下ろしている霊獣の僕の姿。

 生き生きと表情豊かに彫られたそれらは、目を離した隙に動きだしていたとしても、さほど不思議と思わず受け入れられそうな出来栄えだ。


 渡殿に立てば水音に気付く。下を走る細い川は、清流。底の砂一粒まで見通せるほどに清澄なその川は、潅木の間を縫って広大な内苑を流れてきた。

 沿って上っていけば、やがて澄んだ泉と、その向こうには、見上げ切れないほど巨大な、一枚岩にと行き当たる。


 背後は天然の守。更には呪の施された箇所もあるといい、なまじの城より余程のこと守りに関しては徹底していた。くどいほどに守るものがある。


 奏園。警士を除けば、中には女しか住まない。男も客となれば入るのは可能だが、普通の店に訪なうのとはわけが違う。訪ねる理由を持つ人物が厳しく検められて、はじめて可能。


 それも夕刻から月刻までの短い刻のみのことだ。月刻を過ぎて門より内側にあることは、失命を意味する。月刻から暁刻、日刻を経て夕刻まで、奏園は奏園の者のみにてその役割を果たすのだ。


 奏とは楽、伴う舞。人知根の霊触によって為すべきことをする。悪場を浄め、荒地を清め、苦魂を鎮め、邪気を静める。変事があれば国家の安泰を妨げるものに相対し、平時は平穏を祈願する。


 国治に纏わるそういった業の一方で、民の暮らしに深く関わってもいた。豊作を願う、病の平癒を願う、子宝を長寿を幸福を願う場。民にとっては奏園は聖所だった。生きるうえで拠りどころとする場所だ。


 国と民の祭事、神事を司る、それが役割の園。百年の昔、各地方でそれぞれに機能していた類するものを、当時の王が組織に布いた。土地によっての差が出ぬよう、あるいは能力者の実力による差のなきように。


 民は常に等しく恵みを受けるべきと、その思想から始まった統一は結果として、力の精選をも推進することとなった。祈所、舞処、楽堂、奏舎など、まちまちに呼ばれていたものを一括し、奏園の名も王によるもの。国の史も人の生も旋律に乗せ、そうして百年。綻びを見ずに過ぎてきた。安泰である。


 その歴史の半分以上を身の体験で知っている久蒔(くじ)と言う名の女が、現在の総園主だった。

 

 今、自室に座る彼女の姿は常とは少々異なっている。常ならばぴんと伸ばされ年齢を感じさせないその背が撓み、縮んだ印象を受ける。居るだけで他を圧する気は消え、千璃(ちり)はそれが落ち着かない。


 千璃は舞子。久蒔の弟子の一人である。


 奏園に来たのは七つのとき、やっと十年を知ろうというところ。まだ園史に名を刻むほどの働きはなく、その予定も未知数の大勢口の舞手だ。


 今年十七にしてはやや小柄、そのためもあろうか、娘らしさよりもまだ少女の印象の方が勝つ。真っ直ぐに伸びた飴色の髪が美しく、丁寧に編みこんであるのも好ましい。


 夏に控えた婚姻までは子結いで通す。見られなくなることが残念なほどに、千璃の雰囲気によく合っていた。薄若苗の瞳がいつもの半分程の大きさとなり、おどおどと時折久蒔を見る。幾度目かにその弱い視線を受け、久蒔はため息を落とした。


 奏園の娘たちは、皆それぞれに事情を持つ。その中でも千璃は珍しい経緯で、それも特にと久蒔自身の手に預けられた娘であったために存分に目はかけてきた。


 だから息を吐く。だから、と特にと、良い縁を整えたというのに。

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