05 丹沢、退職願を提出 編
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【あらまし】
美浦市役所住民課の丹沢純也は、ボートレーサー速水爽香の転入届を受理した。
数日後、市役所から爽香宛に郵便を送付すると『あて所に尋ねあたりません』と戻ってきた。
住民課長「虚偽の転入届を受付した責任を取って退職願を出せ!」
丹沢「速水爽香が住んで居なかったら、退職願を出します」
丹沢は速水爽香が住所登録した共同住宅『ハッピーハイツ203号室』へ現地調査をしに行くが、表札も無ければ本人の姿も無かった。
丹沢の運命は……
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【主な登場人物】
速水爽香(はやみ・さやか) 20歳女 新人ボートレーサー 福島県から引っ越して来た
若石元気(わかいし・げんき) 26歳男 戸籍担当、若手職員 若さがあり強気の青年
丹沢純也(たんざわ・じゅんや)30歳男 窓口担当、中堅職員 主人公、単純な人間
宮入芽衣(みやいり・ めい) 22歳女 窓口担当、新人職員 丹沢と現地調査に行く
明石春菜(あかし・ はるな) 34歳女 窓口担当、中堅職員 面白い所がある
天満稔江(てんま・ としえ) 37歳女 庶務担当、ベテラン 天然の所がある
戸部考一(とべ ・こういち) 40歳男 戸籍担当、ベテラン 経験豊富で思慮深い
君本早苗(きみもと・さなえ) 40歳女 郵送担当、ベテラン 仕事に精通している
井手五郎(いで ・ ごろう) 50歳男 国民年金課長 面白いおじさん
鬼塚厳司(おにづか・げんじ) 55歳男 住民課長 恐いおじさん
水口秀靖(みずぐち・ひでやす)35歳男 水道課の職員、鬼塚課長と親しい
市原和子(いちはら・かずこ) 70歳女 ハッピーハイツ202号室の住人
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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【01】 本当に住んでいるの?
課長はぷいっと住民課を出て行った。丹沢純也は自席に戻った。
稔江「ねぇ、大丈夫?」
丹沢「大丈夫だよ」
若石「虚偽の届出なんてしょっちゅうありますからね。虚偽かどうかなんて受付時点で見分けることが出来ないし、受付した職員のせいじゃないですよ」
春菜「それを受付した職員のせいにされたんじゃたまらないわ」
早苗「要するに、課長は自分の責任じゃないってことを上に言いたいのよ」
戸部「あんな奴の言うことを気にするな」
丹沢「はい。まったく気にしてないです」
戸部「気にするだけ自分の時間を人生の中で無駄遣いすることになるからな」
丹沢「同感です。怒られても、すぐに忘れるようにしてますから。ははははは」
稔江「現地に行って、もし空き室だったら本当に市役所を辞めちゃうの?」
丹沢「ええ、そのつもりです」
若石「それでいいんですか?」
丹沢「たいしたことないですよ。命まで取られる訳じゃないし。辞めて済むことなら命令に従います」
戸部「私になんでも言ってくれ。私たちに出来ることなら、なんでも手伝うからな」
若石「手分けして速水爽香を探してもいいし、」
春菜「あたしたちみんな仲間なんだから」
丹沢「ありがとう。みんなにはいつも感謝してます」
若石「よしっ、じゃぁ早速調査に行かれますか?」
丹沢「そうだな」
課長が戻ってきた。課長の所へ丹沢が行った。
丹沢「課長、では今から調査に行って参ります」
課長「馬鹿かお前。午前中は窓口が混み合うことぐらい知ってるだろう」
丹沢「……」
課長「なんとか言ったらどうなんだ。お前、何年窓口の業務をやっているんだ」
丹沢「3年です。週明け月曜日の午前中なら窓口が混むのもわかるのですが、今日は金曜日ですし、そんなに混むとは、」
課長「言い訳するな! もう一度聞くが、窓口は午前中と午後とならどっちが混むと思う」
丹沢「午前中です」
課長「わかっているじゃないか。まんざら馬鹿でもなさそうだな」
丹沢「わかりました。午後から調査に出ます」
課長「よし。もう席に戻れ」
丹沢は席に戻った。
戸部「課長は今週が調査の期限だと言いながら、調査させない気だな」
早苗「あいつのやりそうなことよ」
その日の午後、丹沢は市役所の公用車を借り、若石元気ではなく、新人職員宮入芽衣と一緒に爽香の住所登録してある部屋に向かった。課長が若石の外出を許さなかったからだ。課長は新人を付けることで、少しでも調査の妨害を図った。
15分ほどして、丹沢と宮入芽衣は、速水爽香が住所登録した建物に着いた。丹沢と芽衣の二人が車から降りた。 二人は2階建ての共同住宅『ハッピーハイツ』の階段を上った。『203号室』が爽香の借りている部屋だった。しかし、表札は無い。
二人は部屋の前に立つと、最初に電力のメーターを見た。電力メーターのアルミニウムの円盤が非常にゆっくりと回っていた。丹沢は、何百回と調査している経験から、それは冷蔵庫の電気量ぐらいで回る速さだと判断した。
芽衣「ノックしますか」
丹沢「うん」
芽衣がゆっくりとドアをノックした。
『トントン』
しかし返事はなかった。しばらくしてもう一度、
『トントン』
返事が無い。
丹沢「人の気配がないな」
芽衣「そうですね」
そのとき突然、隣の部屋のドアが開いた。部屋から70歳ぐらいの女性、市原和子が出てきた。和子がチラッと2人の方を見た。
丹沢「あ、すみません。私、美浦市役所の者なのですが、こちらに住んでいる方、ご存知でしょうか?」
和子「さぁ」
丹沢「見たことがないですか?」
和子「ないね」
丹沢「過去に一度も見たことがないですか?」
和子「ないね」
丹沢「住んではいますよね?」
和子「どうだかねぇ? 少なくともここ数日間は夜、明かりがついたのさえ見たことがないね。それ以前は覚えてないわ」
そう言うと、さっさと階段を降りて行ってしまった。
芽衣「ありがとうございました」
芽衣が下りていく和子の背中越しに御礼を言った。だが、和子はそれに応えることもなく行ってしまった。
丹沢と芽衣は『ハッピーハイツ』の近くに車を止め、車内から203号室を見張ることにした。
【02】 水道メーターが不在の決め手?
午後4時、住民課。
鬼塚課長の所に、水道課の水口秀靖(みずぐち・ひでやす・35歳)が来ていた。
水口「丹沢は戻ってきましたか?」
課長「いや、戻って来ない」
水口「やっぱり速水とかいう女性が、住んでなかったってことですね」
課長「だろうな」
水口「昨日、私が課長に話したとおりでしょ」
課長「ああ、貴重な情報をありがとよ」
水口「一ヶ月の水道使用量が0.5立米(りゅうべい=立方メートル)じゃぁ住んでる訳がないですよ。ひとり暮らしの平均水道使用量が8立米ですからね。蛇口の閉めが甘くて、ポタポタ垂れていたんだと思いますよ」
【昨日の出来事】
昨日、住民課長鬼塚は水道課に行き、水口に調査依頼をしていた。
課長「今、『ハッピーハイツ203号室』に速水爽香という女性が住んで居るかどうか調べているんだ。そこで、203号室の水道使用量を教えて欲しいんだが」
水口「わかりました。調べて後ほど電話します」
課長「忙しいところ悪いな。ひとつ頼むよ」
水口「はい、大丈夫です」
水口は、今年3月まで住民課に居た職員だった。なんでも課長の言うことをきくので、課長のお気に入りであった。
鬼塚は住民課へ戻って行った。それから数十分後、水口から鬼塚へ電話が入った。
課長「はい、鬼塚です」
水口「水口ですが、先ほどのご依頼の件、わかりました」
課長「おお、そうか」
課長が嬉しそうに声を上げた。
水口「直近一ヶ月の水道使用量ですが、検針員の女性に聞いたところ、ほとんどメーターが動いてなかったそうです。回っていても0.5立米までは行ってないとのことでした。とても住んでいるとは思えません」
課長「それは、1立米の半分以下ってことだな?」
水口「はい」
課長「0.5立米って、なんリットルだ?」
水口「500リットルです」
課長「なにか、ピンと来ないなぁ」
水口「お風呂でも1回180リットルの水を使いますから。風呂で言えば、3回分まで行かないってことですね。」
課長「それじゃ毎日風呂も入れないな」
水口「そうですね。若い女性が風呂を、月に2、3回というのはありえないでしょう。住んでいるとはとても考えられません」
課長「これで、証拠はそろったな。ありがとう」
そう言って、満足げに受話器を置いた。
【昨日の出来事終わり】
【現在にもどる】
課長「今、4時だから、残りあと1時間ちょっと。これでついに、丹沢も退職願を出すことになるな」
住民課長席の所に来ていた水口が、
水口「課長の足を引っ張る奴は当然の報いです」
課長「ははははは」
その後、しばらく世間話をして水口は水道課へと戻って行った。
少し離れたところに座っている早苗、稔江、戸部、若石の耳にその会話が自然と入ってきていた。
『ハッピーハイツ』の前。
丹沢と芽衣が車の中に居た。二人は、速水爽香が現れるかどうか見張っていた。
芽衣「もうすぐ4時半ですね」
丹沢「もうそんな時間か」
芽衣「速水爽香は現れませんでしたね」
丹沢「うん」
そのとき、丹沢の携帯電話が鳴った。
丹沢「はい、丹沢です」
早苗「私、君本です」
丹沢「何かありました?」
早苗「今、課長が席を外したから電話しているんだけれど、」
丹沢「はい、」
早苗「速水爽香に会えた?」
丹沢「いいえ」
早苗「近所の聴き取りはしてないの?」
丹沢「隣のおばちゃんの話では『過去に一度も見てない』って」
早苗「そうなんだ」
丹沢「他に何か?」
早苗「実は10分ぐらい前に課長の所に水道課の水口さんが来てね」
丹沢「ええ、」
早苗「『ハッピーハイツ203号室』の一ヶ月の水道使用量がお風呂2、3回分なんですって」
丹沢「ふーん」
早苗「だから、課長と水口さんが絶対に住んでいる訳がないって言うのよ」
そのとき君本早苗の隣から戸部考一の声が電話越しに聞こえてきた。
戸部「そんなのわざわざ伝えることはないだろう」
早苗「だって、情報は情報でしょ」
電話の前で揉めていた。
丹沢「君本さん、ありがとう。でも、やっぱり絶対に住んでいますね」
早苗「ほら、丹沢さんが『絶対に住んでいる』って言ってるわよ」
戸部考一が君本早苗から電話を取り上げ、電話口を代わった。
戸部「丹沢さん、速水爽香に会えたのかい?」
丹沢「いいえ」
戸部「『絶対に住んでいる』ってどうして言えるんだい?」
丹沢「私の経験上、窓口であれだけ揉めたのだから、絶対に虚偽ではありません!」
力強い言葉だった。
戸部「それ、どういう意味だい?」
丹沢「私、これまでに3年間窓口業務をやって来ました。虚偽の届け出も何度か受けました」
戸部「そうなんだ」
丹沢「虚偽の届け出人に共通した特徴は、顔を覚えられないように職員との会話を最低限に済ませること。それと届け書を出したら、市役所の出入口に最も近い所で待つことです。それは、いつでも逃げられる態勢を整えておくために」
戸部「それはすごい情報だなぁ。まったく知らなかったよ」
丹沢「そして『絶対に住んでいる』理由の二つ目がお風呂2、3回分の水です」
戸部「たったそれだけだぞ」
丹沢「それだけでも、使用量があれば部屋の中へ入った立派な証拠です」
戸部「そんなものなのかい?」
丹沢「はい。ついでに言えば、電力メーターのアルミニウムの円盤も、かすかではありますが、回っていました」
戸部「そこも見るんだ」
丹沢「冷蔵庫を使っている証拠です。だから絶対に住んでいます」
戸部「でも、その部屋の住人が、速水爽香かどうかは、わからないだろう?」
丹沢「そうなんです。問題はそこなんです」
戸部「すまん、課長が戻って来た」
戸部が電話を切った。
時間は閉庁時間の午後5時15分になろうとしていた。
そしてチャイムが鳴った。
♪キンコーンカンコーン、♪キンコーンカンコーン
チャイムと同時に丹沢と芽衣が住民課に戻ってきた。
課長「丹沢、どうだ、例の女性に会えたかね?」
丹沢「いいえ、会えませんでした」
課長「ということは、お前は虚偽の転入届を受付した。そのうえ今日は、無駄な出張をしたってことだな」
丹沢「無駄とは、思っておりませんが、」
課長「無駄な出張と言うことは、税金の無駄使いをしているんだよ。まったく馬鹿な奴だ。今までも何度も騙されて、虚偽の受付をしたよな」
丹沢「それは認めます」
課長「それでも懲りないのか」
丹沢「気を付けてはいるつもりです」
課長「お前には、学習能力がないんだよ。だから、二度も三度も騙されるんだよ」
丹沢「……」
課長「今日、現地に行って、その女性と会えなかった。つまり、退職願を提出する、ってことだな」
丹沢「いいえ、その女性に会えなかっただけで、住んでないと決まった訳ではありません」
周りで住民課職員が、この先どうなるのか気をもみながら、みんなその様子を見入っていた。
周りでひそひそ話が始まった。
「大丈夫かしら丹沢さん」
「丹沢さんの言い訳は苦しいな」
「そうよね、会えなかったんだものね」
【03】 丹沢、ついに退職願を提出!
課長「丹沢!」
大声で叫んだ。
課長は机の上にあった書類を丸め棒状にした。次にその紙の棒を、丹沢顔に当たる寸前で振り回しながら、
課長「今すぐここで退職願を書け!」
再び叫んだ。
丹沢(オレはトンボか? トンボじゃ字が書けないぞ)
丹沢は、漫才の『例えボケ』を考えていた。
課長「お前にはこの仕事は向いてないんだよ! 今回のことでわかっただろ!」
丹沢「……」
課長「お前のお情けだけで仕事は出来ないんだよ。周りの職員は、みーんな迷惑しているんだ」
近くで聞いていた早苗は思った。
早苗(迷惑してないわよ。迷惑してるのはお前、鬼塚だよ!)
丹沢「……」
課長「いいな、わかったな。私がここで見ているから退職願をすぐ書け!」
怒鳴り散らした。
仕方なく丹沢はパソコンで退職願を打ち始めた。横から課長が丸めた紙の棒を持ち、丹沢の頭をポンポン叩いていた。
丹沢(オレの頭はスイカ割りのスイカか? オレがスイカならあんたを目隠しして、グルグル回して海パンの中にサンオイルをドボドボ入れてやるぞ)
丹沢は、ここでも『例えボケ』を考えたが、
丹沢
周りに集まった職員の人数が増えていた。そして、その全員が、ことの成り行きをじっと見ていた。
丹沢は、今月末をもって退職したい旨をパソコンに打ち込み、プリントアウトした。
『カタカタカタカタ』プリンターから音がした。
プリンターから退職願が打ち出されてきた。
丹沢「よーし、完成した! いい出来だ! あとは署名捺印して終わりだぞ!」
丹沢は、周りの職員を暗くさせないために、無理して明るく言った。
周り「えーっ!!!」
丹沢は、打ち出された退職願に署名捺印し、退職願を完成させた。
課長は、丹沢が印鑑を押すや否や、その退職願を強引に取り上げた。
丹沢(そんなもん慌てて取るなって。バーゲンの売り物でもあるまいし)
課長「丹沢、これをもらうよ。これでお前と、来月から会うこともなくなるな。ははははは」
丹沢(こっちも会いたくないよ)
周りがどよめいた。各々がばらばらに何かを話し始めた。課長はその人込みをかき分けるようにして自席に戻り、机の引出しに退職願をしまい込んだ。そして引出しにしっかりと鍵を掛け、鍵を上着のポケットに入れた。
周りの職員は、ただそれを見ているしかなかった。課長は、タイムカードラックから、自分のタイムカードを取り出すと、いつものように住民課を去って行った。
丹沢も、それから少し遅れてタイムカードを手にした。帰る前に、庁舎内のトイレに寄った。
丹沢は、小便器の前に立ち、チャックを空けてモノをつまみだしていると、ちょうど国民年金課長(井手五郎)が入って来て、丹沢の横に立った。
国民年金課長がチラッと丹沢のモノを見て、
課長「小さいね」
丹沢「生まれつきです」
課長「若いのにな」
丹沢「大きなお世話です」
課長「でも、大きさじゃないからな」
丹沢「そうです。大事なのは硬さですから」
課長「そのとおり」
丹沢「課長、勢いがないですね」
課長「そうなんだよ」
丹沢「歳ですね」
課長「大きなお世話だ」
丹沢「でも、ゆっくりでも出ればいいんです」
課長「そうそう。出なくなったらおしまいだ」
丹沢「そのとおりです」
課長「実は、前立腺肥大なんだ」
丹沢「それは、いけませんね」
課長「前立腺の肥大が、尿道を圧迫しているんだろうな」
丹沢「他には?」
課長「残量感があるんだ」
丹沢「それ『残量感』でなく『残尿感』です」
課長「ははははは、いいツッコミだな。そうか、『尿』に詳しいんだな」
丹沢「他には?」
課長「尿もれも」
丹沢「他には?」
課長「切れも悪いな。丹沢君のツッコミの方がキレがいいね」
丹沢「ありがとうございます。でもたまたまです」
丹沢はいつまでも自分のモノに両手をあてがっていた。
課長「そんなところだ。ところで、丹沢君は、自分のモノを手で持たないとモノが持ち上がらないのかい? 若いのに?」
丹沢「いえ、モノを手で押さえておかないと、元気すぎて尿が自分の顔にかかっちゃうんです」
課長「ははははは。負けたよ! ナイスだな。ははははは」
豪快に笑った。そして、
課長「やっぱり、君は、この役所で一番頭がいいな!!!」
その日(金曜日)の夜。
丹沢は仕事を終えて家へ帰ると、食事と風呂を済ませ自分の車に乗り込んだ。そして爽香の住民登録のある『ハッピーハイツ』へと向かった。もちろん爽香の部屋に明かりがつくかどうか確かめるためである。
丹沢は、『ハッピーハイツ』の前の道路に自家用車を止めた。明かりはついていなかった。
丹沢「ダメか。ふーっ」
丹沢が、ため息をもらした。
結局、丹沢は朝までそこにいた。しかし、爽香の部屋に明かりがつくことはなかった。
丹沢(彼女『お水関係』って言ってたけれど、『お水関係』ってことは、バー、スナック、キャバクラか? でも、いくら『お水関係』の仕事と言っても毎日泊まってくるなんてあり得ないしな。終夜営業の店かな?)
丹沢は、爽香が転入手続きの時に言った『(仕事は)水に関係あり』をてっきり『水商売』だと思い込んでいたのだった。
【04】 丹沢「別の仕事見つけるから」
翌日、土曜日。
丹沢は自宅にいた。
丹沢「役所人生の8年間が、長かったのか、短かったのか、まぁいいか。とにかく精一杯やったんだから。悔いはないさ」
自分自身の気持ちに整理をつけようとしていた。
そんなところに
♪ピンポーン、ピンポーン、
チャイムが鳴った。
丹沢「誰かな?」
丹沢がドアの所に行くと、戸部、若石、早苗、稔江の4人が立っていた。
戸部「よおっ!」
丹沢「心配して、来てくれたんですか?」
稔江「まぁね」
丹沢「大丈夫ですよ。別の仕事見つけますから」
早苗「そうよね。役所だけが仕事じゃないし。あんな上司となら、他の仕事をした方がマシかも知れないわ」
丹沢「そうですよね。それに役所は、私には向いてなかったのかも?」
若石「いえ、それは違います。丹沢さんは、お客様に対していつも熱心で、僕は尊敬していました。丹沢さんをお手本にして、いつかは仕事したいと思っています」
丹沢「『いつかは』?」
若石「今の課長がいるうちは無理です」
丹沢「そうだよな。あの課長じゃ、働く気になれないよね。今回のことは、私が課長に対して反抗的だったんでしょうね。もうちょっと私に協調性と忍耐力があれば、退職しないで済んだのかも。ははははは」
稔江「でも、素敵でしたよ。課長にちゃんと物事が言えて」
丹沢「そうですか? うれしいな。あれっ、ところで明石さんは来てないの?」
戸部「今、速水爽香の部屋の前で見張ってる」
丹沢「えっ!」
若石「僕たちはみんな、まだあきらめてないんです。丹沢さんが帰った後、我々5人で、交代で彼女の部屋を見張ることに決めたんです」
丹沢「そうかぁ。なんだか悪いな、私のために」
稔江「悪くなんかないわよ。私たちだって、あきらめてないんだからね」
早苗「私たちは、みんな仲間なんだから、当たり前よ!」
若石「河津先輩も言ってました。このケースは絶対住んでいるって。『長年の感でわかるんだ』って言ってましたよ」
河津次郎(かわづ・じろう・52歳)は、住民課の超ベテラン職員である。
丹沢「そう、あの河津先輩までが。それは、心強いな」
稔江「課長だけよ、わかってないのは」
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【後書き】
たくさんの作品の中から本編を選び、そしてここまで読んでいただきありがとうございました。m(__)m
まだまだ未熟ではありますが、皆様に愛される作品となりますよう努力を重ねていく所存です。m(__)m
読んでくださった方々には「感謝、感謝」です。「本当にありがとうございました」m(__)m
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