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女子ボートレーサー と市役所職員  作者: 池井 けい
第4章 予想屋、穴吹六郎
39/40

09 ◎二人の予想屋を好きになった女性は今?

【10】 来客女性の正体と過去


 後ろで、

美南「えーっ? 訳わかんない」

千歳「頭が混乱してきたわ」


金塚「でも、あの勝負、六さんは負けたんですよね?」

客女「そう、負けたわ。その後すぐにあたしは、勝った予想屋『光太郎』さんと結婚した」

金塚「……」

客女「でも、性格が悪く、1年で離婚した」

金塚「……」

客女「『六さん』は、それでも、何も言わずあたしの面倒を見てくれたのよ。『行く所、ないんだろう?』って」

金塚「……」

金塚はずうっと黙って、何度も小さく頷きながら聞いていた。

客女「それから15年は、い~い人生だったぁ~」

 しみじみと言った。

客女「天涯孤独同士が一緒になるっていいもんよ。お互い親とか兄弟とか、なんのしがらみも無くて」

金塚「……」

客女「籍も入れないから、気楽だった~」

金塚(だから住民票はひとりだったんだ。世帯も別々で住民登録したんだ。謎が解けた)

客女「あの人、とにかく『他人ひと思い』だった」

金塚「……」

客女「自分はどうでもいいから、他人を優先していた。どこから来ているんでしょうね、あのやさしさは?」

金塚「そうですね」

客女「ほんとうよぉ」

金塚「六さんの話で、いまだによくわからないところがあるんですけれど、」

客女「なぁに?」

金塚「最終レースで、6号艇はなぜ突然スロットルレバーを緩めたのでしょう? いまだに不思議でなりません」

客女「あらっ、あの人言ってませんでしたか? 鯉です、鯉が邪魔をしたのよ」

金塚「恋? 恋が邪魔をした? すみません、意味が分からなくて、」


 後ろで。

美南「こい?」

千歳「こい?」


客女「『こい』って『恋愛』の恋ではなくて、魚の『鯉』よ」

金塚「魚の鯉ってどういうことなんですか? 私にはさっぱりわかりません、魚の鯉と、ボートレースと、どういう関係があるのですか?」

客女「ごめんなさい、あたしの説明が下手で、ふふふふふ」

金塚「いいえ、私がボートレース場に近い市役所に勤めていながらボートレースに詳しくないことがいけないんです」

客女「細かく説明をしますね」

金塚「はい、お願いします」


客女「周回の3周目、年配選手の6号艇は、全速でターンをしたのね。そのスピードから艇が水面を横滑りし、ボートはかなり岸寄りを走っていたのよ、」

金塚「なるほどよくわかります、光景が目に浮かびます」

客女「その時、水面下には相当大きな鯉、魚の鯉がいたのよ。おそらく、その大きさは1メーターを超えていたんじゃないかしら?」

金塚「1メーター!!! そんなに大きな鯉が?」

客女「鯉は水中で、大きなエンジン音を聞いて慌てて逃げたと思うのよ、ただ、逃げた方向が悪かったわ。コース中央から岸沿いにまっすぐ逃げたのでしょうね」

金塚「ふむふむ」

客女「つまり、6号艇が進行する方向と合致しちゃったのよ」

金塚「ほぉー」

客女「そして、バックストレッチ中央で、1m以上の鯉が6号艇のプロペラに巻き込まれてしまったのよ」

金塚「……」

客女「年配選手は、相当大きなものを轢いた、と感じたのでしょうね」

金塚「……」

客女「そのあまりの衝撃の大きさから、転覆した選手でも轢いてしまったのかと思い、慌ててスロットルレバー、つまりアクセルを離したのよ」

金塚「轢いたのか、」

客女「そして自分以外の他の5選手を見渡し転覆してないか目で確認したの」

金塚「なるほど」

客女「だけれど、この6号艇の不審な航走により、6号艇の選手はレースが終わるとすぐに『即日帰郷』となったわ。『即日帰郷』と言っても、もう最終日でしたけれどね。ふふふふふ」


金塚「あまり『即日帰郷』の意味ないじゃないですか」

客女「いえ、大ありよ。選手にとっては減点が付き、勝率に影響するのよ」

金塚「すみません。よくわからなくて」

客女「大丈夫よ。とにかく、モーターボート競走会としては『順位変動をきたす違反』としてとらえたのね」

金塚「規律違反ですね」

客女「ええ。ファンの皆様方から、八百長行為ではないかと思われるのを防ぎ、またこのような不審行為の再発を防止するために、必ず行われる厳重な処分ね」

金塚「しかし選手本人は、不可抗力であり、納得しないのではありませんか?」

客女「その通り! 選手は納得しなかったわ。でも、他に方法がなかったのよ。いつかは選手本人も分かってくれるんじゃないかな」

金塚「そうでしょうか?」

客女「何年かかるか分からないけれど、選手もいつかは笑い話にしてくれるわよ」

金塚「そうだといいですけれど」

客女「六さんだって『鯉が俺の恋を邪魔しやがって、鯉が恋敵とは思わなかったよ。鯉もお前さんを俺に取られるのが嫌だったんだな』って笑っていたわ」

金塚「六さんらしいですね」


客女「ただ、モーターボート競走会としても、ファンの皆様や選手の不審を払拭するために、翌日、ボートレース場職員で、あの広い水面をくまなく探し、大きな魚が浮いていることを発見したのよ」

金塚「本当に魚が原因だったんだ!」

客女「そうよ。まぎれもなくあの鯉だったのよ。お腹にプロペラの傷があったらしいわ」

金塚「動かぬ証拠ですね」


客女「競走会は、すぐにマスコミにその内容を伝えたわ。各新聞が地方版に、死んだ大きな魚の写真を載せ『戸田ボートレース場で1m50センチの魚が発見された』と報じたのよ」

金塚「それだけでは、ボートレース場の来客者全員に、ボートと魚がぶつかった事は、わからないのではないですか?」

客女「ええ、お客様全員が新聞を必ず見ているわけではないし、死んだ魚の写真を見たところで、最終レースの6号艇と魚が死んだ関係はわからないわ」

金塚「それでも良いのですか?」

客女「何もしないよりは良いんじゃない。まずまちがいなく魚とボートとぶつかったとは思うけれど、ぶつかった瞬間の水中の映像があるわけじゃないし、仕方ないでしょう」

金塚「そうでしたか」


客女「群馬県にある桐生ボートレース場は、もともと阿佐見沼という鯉の養殖池だったから、以前は水を抜いて鯉を捕らえていたこともあったのよ。多分、同じような事件が起きていたからでしょうね」

金塚「それにしても鯉とぶつかった選手にとっては、とてもつらいことですね」

客女「そうよね、八百長選手と思われ、大切なファンを失い、それ以後の出走でも罵声を浴びせられたでしょうね」

金塚「まさに冤罪ですよね」

客女「ええ、でも真面目にコツコツと走っていれば、いつか、みんなにわかってもらえる日がくるものよ」

金塚「そんなものですか?」

客女「はい、いつか必ず良いことがあるわよ。例え引退したとしてもね」


金塚「六さんは、6号艇の選手のことを恨んでなかったのですか?」

客女「あの人は、そんな人じゃないわ。恨むどころかすべてをそのまま受け入れる人だったわ。6号艇の選手にしても『引退寸前の割には、よく頑張った』と褒めていたわ。とてつもなく大きな包容力があったわ」

金塚「六さん、やっぱりすごい人だな」

客女「ただ『高い払戻金になるはずの、俺の第1予想がハズレて、お客様に申し訳ないことをした』と悔やんでいました」

金塚「『予想がハズレた』と言っても第2予想はしっかり的中していたわけだし。まさか、鯉とボートがぶつかることまで予想できないですからね」

客女「でもあの人は、予想に対しては、他のどの予想屋さんよりも厳しかったわ。最終レースは確かに当たったけれど、予想合戦の日だけで考えると、トータルではマイナス。だから自分の予想が甘かったと、自分を責めていたのよ」

金塚「そんなにですか?」

客女「ええ。よく『お客様が、一生懸命働いて稼いだ大事な金を自分に託すんだから、こんな名誉なことはねぇし、こんなに信頼してもらえて嬉しいよな。だから俺も当てて恩返しをしないと』って言ってたのよ」

金塚「そうか大切なお金を、予想屋さんの言うとおり買うんですからね」

客女「まぁ予想屋の予想を参考にして、それを少し変えて買う人も沢山いますけれどね」

金塚「まぁそうでしょうけれど」


客女「そして、いつも『ギャンブルに絶対はない!』と言い続けていました」

金塚「へぇー、そんなことを」

客女「はい。お客様に全財産を賭けられても困るし、ハズレて家庭不和になっても困るし。あくまでも余裕のあるお金でやって欲しかったんでしょうよ」

金塚「『ギャンブルに絶対はない』か。まさに鯉を轢いたのがその良い例ですよね。でも、予想としては完璧でしたね。六さんしか考えつかない『4-6』ですよ」

客女「そう言っていただいて、亡くなった六さんは、あの世で喜んでいると思いますよ」

 女性が涙ぐんだ。

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