08 ◎完納という名の遺言
【09】 六さん、年金を全部納付?
ある日の美浦市役所国民年金課。
美南「あれっ、全部納付してある!」
金塚「そんなバカな! 間違いじゃないのか」
穴吹六郎の滞納分がすべて納められていた。
そこに井手課長が来て、
課長「せっかく納付してくれているのに、年金担当職員がなんてことを言うんだね」
井手が笑いながら言った。
金塚「だって、本人は『払うの、辞めた』と日本年金機構に言ったようですし、私が『お金は、生きるために使ってください!』って申し上げましたから」
課長「そうか」
千歳「ねえ、ねえ、ねえ、大変よ!!!」
課長「どうしたんだね、そんなに慌てて」
千歳「あの予想屋さん、亡くなっている!」
千歳が(オンラインの)端末機を見ながら言った。
金塚「ウソでしょう!!!」
美南「だって、3人で見に行った時、あんなに元気だったじゃない」
課長「ほーっ、3人でボートレース場に行ったんだ?」
金塚「はい、行きました」
千歳「あの時はすごく元気に見えたけれど、その9日後に亡くなるなんて」
金塚「そんなに早く。だから医者も『余命があと何か月』とか言わなかったのか?」
美南「ひょっとしたら、余命がもう過ぎていたのかもね」
課長「6年前、有名な男性俳優さんも撮影終了後一週間で亡くなったという話を聞いたことがあるが、その予想屋さんもギリギリまで仕事していたんだなぁ」
千歳「でも、人って亡くなる寸前に、国民年金(保険料)を納めるかしら?」
それから数日後。
ひとりのある女性が国民年金課窓口にやって来た。
客女「年金手帳って、本人が亡くなったら返さないといけないんでしたっけ?」
金塚「ええ、まぁ」
その女性はバッグからオレンジ色の年金手帳を取り出し、金塚に返すとすぐに帰ろうと向きを変えた。
金塚「あのう、」
金塚が女性の背中に向かって言った。
客女「はい」
女性が振り返った。
金塚「ちょっと、待っていただいても大丈夫ですか?」
客女「はい」
金塚「この年金手帳の方が亡くなられたんですか?」
客女「はい」
金塚「ちょっと、年金の状態だけ確認しておきたいのですが、」
客女「はい」
金塚がカウンターにある端末機に年金番号を入力しようと年金手帳を開いた。
金塚「うむ!」
金塚の顔が変わった。その年金手帳の持ち主は、先日亡くなったばかりの穴吹六郎のものだった。金塚が年金番号を端末に入力すると、画面に家族構成が表示され、ひとり世帯であることが判明した。
金塚「うん?」
客女「どうかしましたか?」
金塚「はい」
客女「何か、ありました?」
金塚「お客様が、どうしてこれを?」
客女「知り合いでした」
金塚「知り合いですか? 親戚ではなく?」
客女「はい」
金塚「この方、ボートレースの予想屋さんですよね?」
その瞬間、事務をしていた烏丸千歳と吉川美南が聞き耳を立て始めた。
客女「はい、ご存知でしたか?」
金塚「はい、先日穴吹様がここに見えて、いろいろとお話を伺いました」
客女「そうでしたか。あなたも、ボートレースをやるんですか?」
金塚「いえ、やりませんし、ボートレースのことは良く知らないのです」
客女「そう、」
金塚「ところで、大変失礼な質問で恐縮ですが、亡くなった予想屋さんとは、どこで知り合われたのですか?」
客女「あの当たらない予想屋のいちファンだったんです。ふふふふふ」
金塚「『当たらない予想屋』さんだったんですか?」
客女「ええ。あたしから見ればね。ふふふふふ」
金塚「私恥ずかしい話ですが、ボートレース場に行ったのは、後にも先にも1回だけなんです。しかもつい最近」
客女「あら、こんなに近くにあるのに」
金塚「そのとき、『予想屋六さん』の前を通ったのですが、すごい人だかりで、びっくりしました」
客女「そのときだけ、友達を呼んだんじゃないですか? ふふふふふ」
金塚「ははははは」
金塚は、その会話でこの女性と穴吹六郎との仲が良いと推察した。
金塚(まさか、この人が隣の予想屋さんと取り合った女性? そんなはずはない)
金塚(予想勝負に負けて、そのときの女性は、隣の予想屋さんと結婚したはず)
自分で疑念を持ち、自分で打ち消した。
金塚(では、なぜ、この女性が、六さんの年金手帳を持っているんだろう?)
金塚「再度、失礼なことを申し上げるようで、大変恐縮なんですが、」
客女「はい、」
金塚「この年金手帳は、どのように入手されたんですか?」
客女「遺品を整理していて」
金塚「誰か穴吹様の、ご家族、ご親戚の方とかは、いらっしゃらなかったんですか?」
客女「年の離れた父親を亡くしてからは、天涯孤独だったみたい」
金塚「それで、あなた様が、」
客女「ええ、まぁ」
金塚「それはお疲れ様でした」
金塚が女性に向かって深々と頭を下げた。
金塚「遺品を整理するのも大変ですからね」
客女「ええ、参りましたわ」
金塚「ついでに、聞いて申し訳ありませんが、六郎さんがしばらくの間国民年金を滞納していたのはご存知でしたか?」
金塚は六さんが完納した理由(謎)を紐解きたく、あえて聞いてみた。
客女「えっ、あたしが払いましたが、」
金塚「えっ!」
金塚(六さんが払ったんじゃないんだ?)
後ろで、
美南「えっ! どういうこと?」
千歳「……?」
客女「まだ、未納になってます?」
金塚「いえ、つい最近と言いますか、亡くなる寸前に、納められています」
客女「ああ、良かった。もう、あなたびっくりさせるんだから」
金塚「でも、変ですよねぇ」
客女「なにが?」
金塚「普通、亡くなる寸前に国民年金を納めるでしょうか? もらえないとわかっているのに?」
客女「本人が言うにはね、あたしはその人が誰だか知らないけれども、誰かに『払う必要はない』って言われたんだって」
金塚「はい、」
客女「だけど『俺が払わないと、誰かがもらえなくなるんだろうなぁ』って言ってたわ」
金塚「まぁ『相互扶助』って言うんですかね。払う人と、もらう人が居て釣り合いが取れている訳です」
客女「そこんところは、あたしはわからないけれど。それでね、」
金塚「はい、」
客女「たまたまでしょうけれど、人生最後のレースで」
金塚「はい、」
客女「本当に、本当に偶然当たったのよ」
金塚「やりましたね!」
客女「まぐれよ」
金塚「いやいや、実力ですよ」
客女「それで、270万円になったらしいのよ」
金塚「すごい!」
客女「国民年金保険料って、月15000円でしょう?」
金塚「まぁ、そのぐらいです」
客女「で、六郎さんが病床から『滞納していた2年分、36万円を払って来てくれ』と、六さんに頼まれてあたしが銀行で納めたわけよ」
金塚「……」
客女「あたしは『そんなのもったいない』って言ったのよ。そうしたらあたしにもお金をくれてね、」
金塚「ちなみに、どのくらい?」
客女「帯封付きで」
金塚「百万!」
客女「『うなぎでも食えよ』って言うから、『こんなに食べたら、川からうなぎがいなくなっちゃうわよ』って言ったのよ。そうしたら笑っていましたっけ」
そう言いながら、その女性客は突然天井を向いた。見る見るうちに女性の目に涙が溜まり目尻から流れ出した。
金塚「お客様は、六さんと仲が良かったんですね」
客女「ぐすん。自分はもううなぎも食べられないほど弱っていたのに、あたしには『うなぎでも食えよ』って。……人にやさしい人でした」
金塚「変なことを伺いますが、」
客女「ぐすん」
金塚「六さんが結婚する女性を巡って、予想勝負をしたって話、聞いたことあります?」
客女「えっ! どうしてそれを?」
金塚「六さんが最後に、私にだけ話してくれました。お客様がご存知ってことは、ひょっとして?」
客女「それ、あたしです」




