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女子ボートレーサー と市役所職員  作者: 池井 けい
第4章 予想屋、穴吹六郎
31/40

01 ◎窓口の不条理

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【あらまし】(舟券予想にまつわるエピソード。前の章を飛ばして、この章だけ読んでいただいてもお楽しみいただけます)


 市役所の国民年金課。そこは、理不尽な法律の壁に頭を下げる職員と、生活の苦しさに肩を落とす市民が交差する場所。 ある日、窓口に現れたのは、余命数カ月を宣告された一人の男、穴吹六郎(あなぶき・ろくろう・58歳)。職業は、ボートレースの予想屋。


「国民年金を免除してほしい」そんなありふれた相談から始まった会話は、いつしか六郎の『人生を賭けた熱き戦い』の回想へと変わっていく。

 15年前、ひとりの女性が二人の予想屋を好きになった。そして『全12レースで的中を競い合い、勝った方と結婚する』と言い出した。

 予想屋『六さん』と『光太郎』、果たして勝つのはどっちなのか?


 それから15年後、六さんの命の灯火が日々消えゆく中、彼は予想屋最期となる予想をする。大勢の『六さん』ファンが、その予想に乗り舟券を購入した。運命の第9レース、その結果は?

 

 これは、人にやさしく不器用な予想屋が人生の最終コーナーで見せた矜持と、窓口の親身な職員たちが触れた、切なくも温かい「命の配当」の物語である。

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【主な登場人物】

穴吹六郎 58歳男 主人公・余命宣告されたボートレースの予想屋

光太郎       六郎の隣の予想屋。ひとりの女性をめぐって六郎と勝負。

井手五郎 50歳男 国民年金課長。死にゆく者の矜持を深く理解する理解者。

烏丸千歳 42歳女 国民年金課係長。窓口の背後で六さんの物語を聞く。

金塚年昭 40歳男 国民年金課主任。冷静、沈着で誠実な男

吉川美南 27歳女 国民年金課主事。窓口の背後で六さんの物語を聞く

来客女性 52歳女 橋田愛実。穴吹六郎の内縁の妻。

丸橋清子 59歳女 自然博物館館長。知識の提供者。

客A        国民年金保険料免除の申請にやって来た自営業者。

客B        国民年金保険料免除の申請にやって来た会社退職者。

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【前書き】

●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております

●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました

●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです

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【01】 年金保険料の免除申請


 市役所年金課のカウンターには、ふたつの席がある。そこにひとりの男性客がやってきて座った。用件は、国民年金の掛け金を免除してほしいということだった。

 国民年金課職員の金塚年昭(かねつか・としあき・42歳)が対応していた。

金塚「ご職業は?」

客A「商売をやっています。住まいの家賃が7万円です」

金塚「所得と家族の人数を教えていただいてよろしいですか?」

客A「所得は240万円、家族は3人です。妻は病気がちなんです。」

金塚「それですと免除は無理ですね」

客A「そうですか。随分と厳しいんですね」

金塚「すみません」頭を下げた。

一般的に見て、そこから毎月夫婦の年金掛け金3万3千円(2人分)を支払うのはかなり無理とも思われるが、免除には該当しなかった。


 そこにもうひとり客がやってきた。職員吉川美南(よしかわ・みなみ・29歳)の美南が隣の席で対応した。

美南「ご職業は?」

客B「会社員でしたが、つい最近辞めました。今は無職です」

美南「去年の収入と家族の人数を教えていただいてよろしいですか?」

客B「去年は年間で収入1800万円。家族はいないです」

美南「単身ということですね。離職票はお持ちですか?」

客B「はい、持っています」

美南「では、全額免除ですね」

客B「良かった!」


 隣の客Aがその話を聞いていた。

客A「収入1800万円もある人が免除で、所得240万円の私が免除出来ないなんて、おかしくないですか?」

金塚「すみません」頭を下げた。

客A「いったい、どういうことなんですか?」

金塚「『退職している』と免除が出来るんです」

客A「もし、その人が退職後に就職したら?」

金塚「それでも、免除できます」

客A「そんなバカな! なに、それ?」

金塚「すみません」

 不均衡な法律のせいで、金塚はひたすら頭を下げ続けた。


【02】 穴吹六郎あなぶき・ろくろう、余命数カ月の予想屋


 ある日。

余命数カ月と言われた男が窓口にやってきた。 一年前から病気になり国民年金の支払いも滞っていた。病院の費用もバカにならないほど支払っていた。そこに日本年金機構から特別催告状が届き、男は市役所にやって来たのだ。

 よく見ると、その特別催告状の文章には『差し押さえをします』の文言も入っていた。このまま払わない場合には差し押さえをする場合もあるということらしい。


 その男の名前は、穴吹六郎(あなぶき・ろくろう・58歳)。職業は、ボートレースの予想屋である。窓口にやってくるとカウンターで金塚に話し始めた。

 特別催告状を見せながら、

六郎「こんなもんが家に届いたけれども、国民年金の支払いを免除できないだろうか?」

金塚「ちょっとお待ち下さいね。免除申請ができるかどうか穴吹様の、去年一年間の収入や家族構成を調べますのでそのままお待ちください」

金塚は、席を外して他の場所でパソコンを使い穴吹六郎の収入や家族構成を調べ始めた。

金塚「ひとり暮らしで、結構収入があるなぁ、免除は難しいかもしれない」と、つぶやいた。


 金塚はカウンターに戻った。

金塚「お客様のご職業は?」

六郎「なんだと思う、予想してみて?」

金塚「予想ですか、何かヒントをもらわないと難しいですね」

六郎「予想だよ、予想。こう言っちゃなんだが、人生において、予想って言うのは大事だよ」

金塚「予想と言われましても全然思いつきません。ヒントをください」

六郎「ははははは。偉そうにしてゴメンな。ヒントねぇ、ヒントならもう出しているけれど、」

金塚「えっ、いつですか?」

六郎「答えは、予想屋だよ、予想屋」

金塚「えっ? 予想屋なんて、そんな商売があるんですか?」

六郎「うん、いっぱいあるよ。いろいろあるんじゃないの。大学入試問題の予想屋、運転免許取得試験の予想屋、競馬の予想屋、その中でも俺はボートレースの予想屋だけれども」

金塚「ボートレースの予想屋ですか?」

六郎「うん、見たこと無いのかい?」

金塚「ボートレースは知ってますが、予想屋と言うのは知りませんでした。今、初めて聞いた職業です」

六郎「そうかい。いつか死ぬまでに一度ぐらい見ておいてもいいと思うよ」

金塚「はい、ぜひ見たいですね」

六郎「嬉しいね。ところで肝心な話なんだが、俺の命は、もう残り少ないんだ」

金塚「えっ! どういうことですか?」

六郎「病気で手遅れらしい」

金塚「お医者様から余命宣告をされたということですか?」

六郎「うん、そう言うことだ」

金塚「余命宣告って、あとどれくらいなんですか?」

六郎「医者は、正確には言わなかった。言わなかったが、俺が思うにあと1か月じゃないかな」

金塚「そんなに! そんなに短いのですか?」

六郎「多分な」

金塚「そうでしたか」気を落とした。

 六郎が見ても驚くほど金塚が落胆した。

六郎「それでも、国民年金は納めないといけないのかい?」

金塚「まぁ年金も税金と同じ扱いですので、ルール上、納める義務がありますが……」

六郎「『病気』を理由に、免除にならないのかい?」

金塚「大変申し訳ないのですが、免除に該当する理由の中に『病気』は入ってないのです」

六郎「そうなんだ。随分なんだね」

金塚「すみません」頭を下げた。

六郎「絶対貰えないと分かっているのに納めるのかい? 俺、死んじゃうんだよ?」

 六郎が金塚に疑問をぶつけた。

六郎「年金って、65歳を過ぎてもらうために掛けるんじゃないのかい?」

金塚「もし本人がもらえないとしても、ご遺族様がもらえる場合もあります。奥様はいらっしゃらないのですか?」

六郎「奥様か?」

金塚「はい」

六郎「遠い昔の話しなんだがな、」

金塚「はい」

六郎「ひとりの女性を男性二人が好きになったんだ」

金塚「はぁ~、そんな話があったんですね」

六郎「ああ、ずうっと忘れていたが、今、思い出したよ」

金塚「その女性を好きになった男性の内のひとりがあなたなんですね?」

六郎「そうだ」

金塚「それで?」

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