05 ■史上最低の卓球大会 編
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【あらまし】(このエピソードは爆笑スポーツコメディです。このエピソードだけ読んでも楽しめます)
近隣4市の保険年金課で卓球混合ダブルスの親睦試合を開催することとなった。国民年金課長の井手五郎は保険課職員姫野祐希と組んで出場する。
井手五郎は「過去に卓球大会で2位、この大会のために練習もして来た」と豪語するのだが、本番はどうも芳しくない……。五郎に秘策はあるのだろうか? 結果はいかに?
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【主な登場人物】
井手五郎 50歳男 美浦市役所国民年金課長、本編の主人公、姑息な作戦を披露
平沼潤平 28歳男 国民健康保険課主事、卓球部の現役選手、アシストに徹する
坂口大輔 28歳男 国民健康保険課主事、卓球部の現役選手、今回は声援に回る
姫野祐希 25歳女 国民健康保険課主事、マスコット「アルクサ姫」の中にも入る
渡辺育美 27歳女 国民健康保険課主事、平沼と組んで卓球大会に出場する
烏丸千歳 42歳女 国民年金課係長、井手の直属の部下、上司の扱いが上手い
蓮見卓矢 45歳男 浦尾市職員、卓球大会の相手
瀬尾マリ 35歳女 浦尾市職員、卓球大会の相手
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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【01】 「保険・年金」の事務研究会
地方行政において、近隣のいくつかの市役所が集まって、お互い情報交換や事務の進め方を研究する会が設けられることがある。ここ埼玉県の一角では、美浦市、よもぎ市、浦尾市、河岸市の4市が近隣市として交流が深かった。
この日、浦尾市の会議室で、美浦市、よもぎ市、浦尾市、河岸市、4市の年金及び保険担当の職員が『事務研究会』と称する会議を行っていた。『事務研究会』は、繁忙期を除く5月から2月までの間に8回開かれ、テーマが『国民年金』と『国民健康保険』を交互に行うとされていた。
会議の議長は、浦尾市の年金課長が行い、会議も終わりに近づいていた。
議長「本日の議題『年金免除について』は、これでよろしいですか? なにかご質問はありますか?」
一同「ありません」
議長「では、『年金免除』の質疑応答について終了いたします。事務局、あとをお願いします」
事務局「はい。例年ですと7月、8月は夏季休暇期間中ということもあり、この『事務研究会』もお休みをいただいております。ですが、今回美浦市さんから、『8月第1週の金曜日、業務終了後、4市の交流をより深めるために卓球大会を開き、その後暑気払いをしてはどうか?』というご提案をいただきました。皆様方のご意見を頂戴したいと思います」
よもぎ市「卓球大会は、どのような形式で行うのですか?」
事務局「美浦市さん、お願いします」
美浦市の国民年金課長、井手五郎が答えた。
美浦市「卓球大会で疲れては、その後の暑気払いに影響しますので、ごく簡単に短い時間で行いたいと思います」
よもぎ市「具体的には?」
美浦市「はい。種目は混合ダブルスだけです。必ず男性と女性がペアとなります。エントリーは、各市2組です。合計8組ですので、いきなり準々決勝となります」
河岸市「いいですね」
よもぎ市「会場はどこですか?」
事務局の浦尾市が答えた。
浦尾市「それは、浦尾市の公民館を借りて行います。夕方5時から7時まで使えます。
冷房も入りますし、卓球台は4台あります」
よもぎ市「冷房が入るのは、ありがたいわ」
美浦市「公民館ですが、私たちが使うことで、一般市民に迷惑は掛からないのですか?」
浦尾市「それは大丈夫です。公民館は50か所ありますので、予約の入ってない所を使います」
美浦市「じゃぁ、安心しました」
浦尾市「お気遣いありがとうございます」
河岸市「卓球は何セット行うのですか?」
美浦市「11本3セットで、2セット取れば勝ちです」
河岸市「だいたい1試合何分ですか?」
美浦市「15分です」
河岸市「すると、準々決勝、準決勝、決勝だから、全部で45分ですか?」
美浦市「おっしゃる通りです」
よもぎ市「それくらいなら、ちょうどいいですね」
美浦市「はい、重点は暑気払いですからね。卓球は酒のつまみとして、話題に使ってもらえれば」
よもぎ市「そうですね、暑気払いでは初対面の職員も居るし、わざわざ話題を探さなくても盛り上がれそうですね」
美浦市「そうなんです。共通の話題があると入りやすいし、上下関係を気にせず話せますからね」
浦尾市「さすが、井手課長。気遣いの人だとは聞いていましたが」
美浦市「いやいや、とんでもございません」
よもぎ市「企画は気に入りましたが、ウチの課には卓球の上手な職員が居ないんです」
美浦市「もちろん、もちろん。卓球の上手い人が出られては困るんですよ。お互い職員同士の交流が目的で、卓球は、あくまでもお遊びですからね」
そう言って井手課長がにこっと笑った。
よもぎ市「初心者でもいいんですね?」
美浦市「大歓迎です。初心者がいいんですよ。あまり勝負にこだわる人は、逆にダメです。交流と親睦が目的ですから」
よもぎ市「井手課長さんは、卓球の経験がおありなんですか?」
美浦市「あります、あります。温泉に行った時に必ずやります。『温泉卓球』ってヤツです」
よもぎ市「学生時代にクラブでやったとか?」
美浦市「それはないです」
よもぎ市「井手課長さんは出場しないのですか?」
美浦市「私ですか?」
よもぎ市「ええ、」
美浦市「そうか、考えていませんでしたが。そうですね、私みたいな素人が出た方が、みなさんもエントリーしやすいですよね」
よもぎ市「はい」
美浦市「わかりました。出ます、私が出ます」
よもぎ市「良かった、約束ですよ」
美浦市「わかりました、約束です。でも、」
井手の言葉が詰まった。
よもぎ市「『でも、』なんですか?」
美浦市「いや、ね。ウチの課で、私と組んでくれる女子職員が居るのかな? って。私、女子職員から結構嫌われているような気がするんですよ」
浦尾市「いやいや、井手課長さんは職場ですごく人気があると聞いてますよ」
美浦市「それならいいんですが。まぁ、なんとかします」
事務局「では後日、開催要領を連絡いたしますのでよろしくお願いいたします」
以上で『事務研究会』は閉会した。
【02】 誰か組んでくれる人、いる?
この卓球大会が決まった時、井手と組む女子職員が誰も居なかった。
井手「誰か、私と組んでくれる職員は居ないのかなぁ?」
直属部下の烏丸千歳係長が
千歳「別に課長が嫌いと言う訳では決してないんですよ。ただ、みなさん『人前で卓球するのが恥ずかしい』と」
井手「そうか、それは無理ないな」
千歳「もうひと組は、保険課の平沼潤平(ひらぬま・じゅんぺい・28歳)さんと渡辺育美(わたなべ・いくみ・27歳)さんが、出てくれるそうです」
井手「渡辺さんは、卓球が上手なのか?」
千歳「学生の頃『ラウンドテン』とかいうアミューズメント施設で2回ほどやった経験がある、と言ってました」
井手「そうか。でも、平沼さんは、卓球のプロなんだろ? 確か今もやってるよな」
千歳「はい、現役でやってます」
井手「あまり上手いのはどうかな。目的が親睦だからなぁ。相手にもある程度花を持たせないと」
千歳「でも今回は、完全に渡辺さんのアシスタントに回り、スマッシュは絶対に打たないで、ひたすら拾いまくって繋いでくれるそうです」
井手「そうか。やっぱりあいつはいい奴だな。私は、あいつと組みたかったな」
千歳「それなら、平沼さんに女装させましょうか?」
井手「いや、それには及ばん」
千歳「はい、わかりました」
国民年金課と国民健康保険課の全職員にお願いした結果、主事の姫野祐希(ひめの・ゆき・25歳)が出場してくれる、と言うことで話がまとまった。
国民年金課係長の烏丸千歳が国民健康保険課の姫野祐希に近寄り、
千歳「姫野さん、本当にいいの?」
祐希「はい大丈夫です」
千歳「組む相手が課長だけれど大丈夫?」
祐希「全然。私、何も考えていませんから。アルクサ姫のマスコット人形に入っている時と同じです」
千歳「そうか、それよね。職場では何も考えないことが大事なのかもね」
祐希「はい。変に構えたりしませんから」
千歳「じゃぁ、今度の卓球大会もアルクサ姫のマスコット人形に入って出場する?」
祐希「ムリムリ! だいたいラケットが持てないでしょう?」
千歳「ふふふふふ、そうよね」
そこに井手課長が加わり、
井手「渡辺さんは器量良しだからマスコット人形に入るのがもったいないよ」
祐希「ありがとうございます」
千歳「課長(井手)は、マスコット人形に入ったことありますか?」
井手「ムリムリ!」
千歳「えっ、どうしてですか?」
井手「私はしょっちゅうオナラするだろう。しかも、肉食系プラスにんにく系プラスキムチ系男子だから、臭いのなんのって、」
祐希「ははははは」
千歳「ふふふふふ」
祐希「課長(井手)は、卓球大会に出たことあるんですか?」
井手「30年も前の話だが、これでも卓球のダブルス大会で2位になったことがあるんだぞ。そう聞いてあまりビックリしないでくれよ」
千歳と祐希はまったくビックリしなかった。
井手(なんだ、ビックリしないのか?)
祐希「『大会』って、まさかオリンピックじゃないですよね?」
祐希が冗談交じりに言った。
井手「もうちょっと下の大会だな」
祐希「アジア大会?」
井手「もうちょっと下」
その会話が耳に入り、今度は坂口大輔と平沼潤平がやって来た。二人は美浦市役所の卓球部でダブルスを組んでいる。
祐希「全日本?」
井手「もうちょっと下」
祐希「関東大会?」
井手「もうちょっと下」
祐希「県の大会?」
井手「もうちょっと下」
祐希「市の大会?」
井手「もうちょっと下」
祐希「その下ってあるの?」
坂口「知らないな」
平沼「うん、知らない」
千歳「ひょっとして、市の下の町名での大会?」
井手「そう、当たり! 町会での大会!」
平沼「これ以上ないほど低いレベルの大会ですね」
坂口「確かに、それ以上レベルの低い大会を探す方が難しい」
祐希「そこで2位ですか?」
井手「下からな」
千歳「それって『ブービー賞』ってこと?」
井手「そんなことを言われた記憶がある」
平沼「ははははは」
坂口「……」
坂口は呆れて言葉が出なかった。
千歳「全部で何組出場していたんですか?」
井手「8組」
千歳「でも最下位じゃなかったんですね」
井手「くじ引きでペアを組むんだんだけれど、私のペアは優勝候補だったらしい」
坂口「その優勝候補の方、残念がってたでしょうね」
平沼「課長、良くその大会に出ましたね」
井手「若気の至りと言うか、魔が差したんだな。今度は、それ以来の卓球だ、頑張るぞ!」
祐希「……」
祐希の顔が引きつっていた。
【03】 いよいよ試合開始!
8月の第1週金曜日、午後6時。浦尾市南公民館。
近隣4市の市役所から出場選手及び観戦者が普段着のまま公民館に集合していた。
事務局「ただいまより『事務研究会親睦卓球大会』を始めます」
壁にトーナメント表が張り出されてあった。全部で8チームのトーナメント戦である。
祐希「課長、対戦相手は浦尾市です。コートは第4コートです」
美浦市役所で隣の保険課の姫野祐希が井手年金課長を呼びに来た。
井手「そうか」
卓球大会1回戦。第4コート。美浦市「井手・姫野組」対浦尾市「蓮見・瀬尾組」。
相手は蓮見卓矢(はすみ・たくや・45歳)と瀬尾マリ(せお・まり・35歳)のペアだった。
井手と祐希がラケットを手にして、一番奥の卓球台へ向かった。歩きながら、
井手「昨日、これでも15分ぐらい練習したんだよ」
祐希「えっ、そうなんですか」
井手「一応な。いいかっこ見せたいから」
祐希「また、見栄張っちゃって」
井手「私のプレイを見たら、姫野さんもだけれど、ここに居る女性全員が私に惚れるだろうな」
祐希「だと、いいですね」
井手「私の好きな言葉は『練習は嘘つかない』だ。姫野さんは、何かある?」
姫野「私は『練習しないでうまくなろう!』です」
井手「私と真逆だな」
姫野「はい。ここで、うまくなります」
両チームがコートに着いた。最初の試合の前だけ、1分間の練習が行われた。
卓球台の周りでは、美浦市と浦尾市の職員が観戦している。
練習を見て、美浦市の職員が
職員「浦尾市、うまっ!」
誰がどう見ても浦尾市ペアーは上手だった。それに比べ、井手たちのペアは、明らかに下手だった。
審判「では始めます。プレイボール!」
いよいよ試合が始まった。
井手「こりゃどうやっても勝てる相手じゃないな」
祐希「ええ」
井手「くじ運が悪かったな」
祐希「ええ」
第1セット。
試合経過
井手・姫野『0-0』蓮見・瀬尾
↓
井手・姫野『0-2』蓮見・瀬尾
↓
井手・姫野『0-4』蓮見・瀬尾
↓
井手・姫野『0-6』蓮見・瀬尾
↓
井手・姫野『0-8』蓮見・瀬尾
↓
井手・姫野『0-10』蓮見・瀬尾
審判「0対10、セットポイント」
祐希「あと1本取られたら、完全試合ですね」
井手「うむ」
相手がピンポン玉をネット越しに井手に渡した。次は井手のサーブ。
祐希「テレビで卓球選手が「投げ上げサーブ(ハイトスサービス)」をやってたのを見たことがあります。あれをやってみませんか?
井手「やったことはないが、やってみるか」
祐希「1本取りましょう!」
井手「わかった!」
井手が左手のひらに乗せたボールを可能な限り高く投げ上げた。白球が高く舞い上がった。
観戦者「おーお!!!」
周囲からどよめきが起こった。
井手が空中に浮いている球を見た。
井手「まぶしい!」
天井の蛍光灯があまりにもまぶしかった。井手は光の中に消えたボールを完全に見失った。それでも井手は勘を頼りにボールの落下点を予測してフルスイング。
そこにボールが井手の頭の上にポトンと落ちた。
観衆が一瞬の静寂からどっと笑いに変わった。
観衆「ははははは、ははははは、ははははは」
館内中に笑い声が響き渡った。他の台でプレーしている選手たちも振り返った。
笑いが収まったところで、
審判「天井は高いのに、レベルが低い」
ぼそっとつぶやいた。
試合は3分もかからずに終わった。
観戦者「カップ麺を待つより早く終わったな」
井手「あのバカども手を抜くってことを知らない」
スコアは『0-11』だった。
祐希「ええ、ホント」
井手「まったく礼儀を知らない奴らだ!」
祐希「1、2本くれてもねぇ」
井手「わざとでも、7本ぐらいはくれるだろう」
祐希「ちょっと恥ずかしいですよね。同じ市民のために働く公務員として」
井手「なら、こっちも考えがあるさ。見てろ2セット目」
第2セット。
審判「第2セット、プレイボール」
コートが変わって、第2セットが始まった。サーブは井手。井手の手には、自分の汗がびっしょり付いていた。
井手(秘策がある。背中の汗を手にこすり付け、その手でボールに塗り付ける。『エイッ!』と、サーブをする。相手がレシーブをする。レシーブした瞬間、ボールは水滴で真下に落ちる。こっちのコートに戻ってこない。こういう作戦よ。名付けて『汗だくスリップ・サーブ』だ!)
井手「エイッ!」
声を上げてサーブをした。
相手がレシーブした。
水滴のせいで、ボールがラバー(ゴム)の上で滑り、真下に落ちた。
井手・祐希組が、初めて得点した。
観衆「わぁー」
たった1点を取っただけなのに、周囲から声援とも取れるどよめきが起こった。
坂口「おおー」
観戦していた坂口大輔もこの得点に驚いた。
井手(しめしめ)
井手が慌てて相手コートまで行って、台の上のボールを拾い上げた。
井手(反則がばれないうちに、拾わないとな)
井手は、自分の背中に手を回し、シャツの内側に手を入れ、再度汗をぬぐった。
シャツの一部が、ズボンからはみ出しているが井手は気にしない。井手は、汗の付いた手でボールを握りしめた。
2度目のサーブ。
井手がボールを上に投げ、サーブをした。ボールが自分のコートでワンバウンドし、ツーバウンド目が相手コートに入った。
その瞬間、審判が
審判「フォルト!」
井手「えっ、ばれた?」
審判が井手の方を見ている。
井手「あれっ、もしかしてばれた?」
審判「……」
井手「汗が付いているのに、気付きました?」
審判「はっ? 相手コートの左半分に入りませんでしたよ」
卓球ダブルスのサーブは、自分の台の右半分から相手コートの左半分へ斜めに入れないといけない。それがわずかに入らなかったのだった。
井手「あっ、そうでしたか。気合が入りすぎて、少しハズレたか」
井手は勘違いした上に、みずから自分の反則をばらしてしまった。
「汚ねぇーぞ」相手チームの応援側からヤジが飛んだ。
その声で、井手は観衆に目をやった。
井手「あれっ?」
井手の知らぬ間に、上司である部長が来ていた。よく考えたら、
井手(今のヤジの声は部長の声だ!)
井手(まずい! 部長に見られた)
井手(ヤジもヤジだけど、部長はなんで相手側に居るんだ?)
井手(部長は味方だと思っていたのに、敵だったのか?)
井手は軽いショックを受けた。
井手(まぁいいさ。部長より今の敵は、相手チームだからな)
サーブは2本交代なので、相手のサーブとなった。レシーブは祐希。
井手が祐希に耳打ちした。
井手「次の作戦だ。全部の球を入らなくてもいいから思いっきりスマッシュして、遠くへ飛ばして、球拾いで相手を疲れさせよう」
祐希「はい」
祐希が頷いた。
【04】 卓球でサイン?
相手のサーブが来た。祐希は思いっきりスマッシュし、とんでもないほど高い球で返球した。もちろん得点にはならなかったが、相手は球拾いに行った。それを2本繰り返した。
祐希が井手に話しかけた。
祐希「スマッシュして、こっちが疲れました」
井手「そうか。お疲れさん」
祐希「どういたしまして」
井手「この作戦も裏目か?」
今度は、祐希のサーブだ。
祐希がサーブの構えに入ると井手が卓球台の下で、突然指を使いサインを出した。
祐希「それ、なんですか?」
井手「サイン」
祐希「どんなサイン?」
井手「意味はない」
祐希「……」
祐希が呆れていた。
井手「なんか、上手く見えるだろう?」
祐希「今更ですか?」
井手「うん、そうだ。これで相手はプレッシャーを感じるはずだ」
祐希「ムリムリ。絶対に上手く見られてないから」
井手「……」
祐希「どんなサーブを出したって打たれちゃうんだから」
審判「プレイ」
審判がプレイをするよう促した。
祐希が仕方なくサーブした。相手が容赦なく打ち返してきた。井手は、その球をラケットに当てることすらできなかった。
井手と祐希が一緒に球拾いに行きながら、
井手「まったくおとなげのない奴らだ!」
祐希「KY(空気を読めない)ですよね」
井手「それ、相手のイニシャルか?」
祐希は、その言葉を無視して、
祐希「もう一本ぐらい取りたいですよね」
井手「そうだ。このままでは終われないぞ!」
次の祐希のサーブも打ち込まれ、スコアは『1-5』。得点は、最初の汗を付けた反則ボールによるものだけだった。
今度は相手のサーブで、井手がレシーブ。2本とも、井手が返球できず、スコアは『1-7』。
サーブ交代で、井手のサーブとなった。
井手「何をやってもダメだな」
祐希「課長、サインは出さないんですか?」
井手「サインだな、」
祐希「サインは?」
井手「サインは、」
そう言った瞬間、井手が無音のオナラをした。「スーッ」、井手のズボンの生地を通って悪臭が放出された。
井手「サーブでくさい所を突くからな」
祐希「くさい!!!」
井手「今、オナラした」
祐希「ウソでしょう?」
井手「くさっ!」
自分で言った。
祐希「おえっ!」
祐希が卓球台の下で苦しんでいた。
審判「プレイ」
審判がプレイをするよう促した。これで2度目の注意である。
井手「はい、すみません」
井手が審判に対してお辞儀している隙に、祐希が卓球台の下で悪臭を相手コートまで行くよう必死でラケットを扇いだ。オナラのにおいは卓球台の下を、まるでトンネルの中をくぐるように相手コートに達した。
審判に促され、井手がサーブをした。そのときだった!
レシーバー「くさっ!」
相手の瀬尾マリがレシーブミスした。
マリ「ムリムリ! このにおい」
マリがムリと言った。
井手「やったー!」
井手が空いている左腕でガッツポーズを作り天井へと伸ばした。
井手はネットにかかったボールを取りに行き、すぐさまサインも出さずにサーブした。
今度はものの見事に打ち返されてしまった。
井手「うん? においに慣れたのか?」
祐希「そんなバカな?」
井手と祐希が卓球台の下を覗いてみると、相手の蓮見が卓球台の下で、ラケットで扇いでいた。においを井手・祐希ペアの方へ戻していた。
祐希も負けずに卓球台の下で扇ぎ返していた。
審判「君たち、何をやっているんだね?」
審判が呆れていると、
審判「くさっ!」
【05】 相手チームが棄権?
マリがスマッシュしたボールを井手と祐希が後方へ拾いに行った。戻ってくると、相手の蓮見が左手で右手首を押さえ苦悶の表情を浮かべていた。
祐希「あらっ! どうしたのかしら?」
痛がっている相手蓮見の所へ、審判が近寄って来た。
審判「どうしたんですか?」
蓮見「(悪臭をはらうため)ラケットを振っていたら、卓球台に当たってしまい、手首を痛めたようです」
それを聞いていた井手が、
井手(やったー、ざまぁみろ! 負傷による棄権か?)
祐希「これって、どうなるの?」
スコアは『2-8』だった。
ペアを組んでいる瀬尾マリが蓮見卓矢に声を掛けた。
マリ「骨折してない?」
それを聞いた井手が相手に聞こえないように小声で、
井手「しめしめ、天は我々に味方した。1セット目、あんな勝ち方をするからバチが当たったんだ。バカ野郎めが!」
祐希「ひょっとして勝ったかも? ふふふふふ」
相手コートで、
マリ「痛そうね。私はやめてもいいのよ」
マリが卓矢に言った。
井手(あんたはエライ! いい女房になれるよ)
マリの会話を聞きながらほくそ笑んだ。
井手が審判と相手チームに声を掛けた。
井手「無理しない方がいいんじゃないですか?」
祐希も加勢した。
祐希「これに勝っても、決勝まであと2試合あるんですよ」
井手「うん、姫野さんエライ! いいことを言うねぇ」
審判が相手チームに対して、
審判「どうします? ここで棄権しますか?」
蓮見「いえ、続けます!」
井手が衝撃を受けた。
審判「本当に大丈夫ですか? 右手使えないでしょう?」
蓮見「大丈夫! 左手でやりますから。左手でも勝てるでしょう。あと3本ですから」
祐希「ウソでしょー」
井手(なんだとぉー! こいつケンカ売ってんのか!)
井手は頭に来た。言葉には出してないが、態度に出ていた。
祐希「課長、まぁまぁまぁ」
祐希が井手を後ろから羽交い絞めした。
井手「胸が当たっているぞ」
祐希の胸が井手の背中に当たり、井手が気持ちよさそうな顔をした。
審判「では、再開します。プレイ!」
試合が続けられた。
そして、相手チームの蓮見が言う通り、続けて3ポイントを取られ『2-11』でゲームセットとなった。
それでも井手と祐希は、笑みを作りながら相手に、
井手「ありがとうございました」
祐希「ありがとうございました」
相手チーム二人と握手を交わした。
【06】 試合が終わり……
井手と祐希は、周りに居る美浦市役所の仲間の所へ行った。
坂口「お疲れ様でした。二人とも残念でしたね」
千歳「課長、卓球は『温泉に行ったら必ずやります』とか言ってましたけれど、実力は出ませんでしたか?」
井手「温泉に行ったのは、20年前と10年前だったからな」
千歳「たった2回ですか?」
井手「うん。卓球のラケットはどうも苦手で、あの持ち方が良くわからんのだよ。やっぱり、スリッパで打たないと調子が出ないな」
平沼「ははははは」
祐希「やる前は、あんなに強気だったのに」
井手「うん。練習は嘘つかないな」
祐希「なんでですか?」
井手「我々は練習をしてなかったから負けちゃったよ」
祐希「えっ!!! 課長、さっきそんなこと言ってましたっけ?」
井手「私、さっきなんか言ったっけ?」
祐希「『練習してきたから大丈夫』みたいなことを、おっしゃっていましたけれど」
井手「やっぱり15分だけスリッパで素振りしても無理だったな。ははははは」
祐希「スリッパ? 嘘でしょう?」
井手「ははははは」
祐希「しかも『私のプレイを見たら姫野さんもだけれど、ここに居る女性全員が私に惚れるだろうな』っておっしゃってましたが」
井手「姫野さん、惚れただろう?」
祐希「とんでもない。臭くて臭くて、惚れる以前の問題です!!!」
井手「ははははは」
平沼「一瞬、臭かったんですが、あれ、課長のオナラですか?」
井手「まぁな」
平沼「姫野さん、あんな近くでよく耐えられましたね」
祐希「耐えられなかったわよ! だから息を止めましたもん。吐きそうだったわ」
井手「ははははは」
平沼「ははははは」
千歳「ふふふふふ」
坂口「ははははは」
祐希「笑えないわ。環境対策課に訴えてやる!」
井手「ははははは」
平沼「ははははは」
千歳「ふふふふふ」
坂口「ははははは」
井手「すまん、すまん」
坂口「今まで私が見た中で、史上最低の試合でしたね」
平沼「ははははは」
千歳「ふふふふふ」
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【後書き】
本作をお読みいただき、誠にありがとうございました。
日々、窓口やデスクで「国民年金」や「国民健康保険」という、お世辞にも華やかとは言えない(しかし市民の生活には不可欠な)制度と格闘している職員たち。そんな彼らが、もしも業務の延長線上で「親睦」という名の不慣れなスポーツに投じられたら……。そんな想像から生まれたのが、この『「保険・年金」の事務研究会』です。
物語の舞台となる「事務研究会」は、実在の自治体間でも行われている真面目な情報交換の場です。しかし、そこに井手課長という「自称・実力者(実態はスリッパ素振り)」が加わることで、会議室の空気は一変します。
本作のハイライトである卓球大会のシーンでは、スポーツ小説のような爽快なラリーは一切ありません。あるのは「天井より低いレベル」の攻防と、井手課長が放つ禁じ手の「汗だくスリップ・サーブ」、そして物理的な攻撃(?)とも言える「無音のオナラ」です。
本来、市役所の職員は「公平・公正」を旨とし、ミスなく事務を遂行することが求められます。しかし、コートの上に立てば、彼らも一人の不器用な人間です。完璧ではない大人たちが、大真面目に(あるいは呆れながら)ドタバタ劇を演じる姿に、どこか親しみを感じていただければ幸いです。
特に、井手課長のパートナーを務めた姫野祐希の**「職場では何も考えないことが大事」**という悟りにも似た境地は、現代社会を生き抜くすべての人への、私なりのエール(あるいは皮肉)でもあります。
それにしても、本編の主人公井手課長には、作者である私からも一言申し上げたい。「練習は嘘をつかない」と言いながらスリッパでの素振りは、もはや練習以前の問題です!
本作のハイライトである「オナラによる悪臭攻撃」は、執筆中も「これはさすがに品がなさすぎるか?」と悩みましたが、井手課長ならやりかねないと思って書きました。
井手課長、勝負には負けたけれど、笑いでは圧勝です!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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【ポイント評価で応援のお願い】
最後までお読みいただきありがとうございました!
井手課長の渾身の「汗だくスリップ・サーブ」と「オナラ攻撃」、いかがでしたでしょうか(笑)。
環境対策課に訴えられそうな課長ですが、そんな彼を「ちょっとだけ応援してやってもいいかな」と思ってくださった方は、ぜひ下にある**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、ポイント評価で応援**していただけると嬉しいです!
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【笑わせる人って……】
「ひとを笑わせる人ってすごいな」と常に思っています。この作品で言えば、井手年金課長です。お笑いタレントさんは勿論のこと、私の周りでも笑わせてくれる人が居ます。
私はそういう人をリスペクトしていますし貴重な存在だと認識しています。自分も少しでもそういう方々に近づけたらと思うのですが、とてもとても足元にも及びません。
ひとを笑わせる人って、本当にすごいですよね……
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