07 おバカの証明 編
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【あらまし】
速水爽香の生活保護開始が決定した。丹沢はお礼を言うために、生活支援課で同期入所の国生保典と食事をすることにした。
ところが話は意外な方向に進み、
丹沢「私は、昔っからバカだったから」
国生「そんなことはないさ。第一、おバカだと言う証拠がない」
丹沢「それが、証拠はあるんだ」
国生「えっ?」
丹沢「証拠は3つある」
丹沢は自分がバカであるという決定的な証拠を話し始めるのだった。
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【主な登場人物】
丹沢純也 30歳男 美浦市役所住民課主事
国生保典 30歳男 美浦市役所生活支援課主任
小暮守正 40歳男 美浦市役所生活支援課主任
法学の教授 丹沢の大学時代の教授
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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【01】 私がバカだった一つ目の証拠
インテイク(初回面談)から一週間後、美浦市役所。
お昼前に、小暮は丹沢に内線電話をした。
小暮「小暮ですけれど、」
丹沢「先日は、お世話になりました」
小暮「速水さんの件、生活保護開始が決定しましたので、丹沢さんにも一応連絡しておきます。本人には、本日午後『保護開始決定通知書』を手渡します」
丹沢「ありがとうございます。こんなに早く決定していただき感謝します」
電話口で頭を下げた。
小暮「急ぎということでしたので、特別に早く処理させていただきました」
小暮は、速水爽香の母親が、生活保護を受けていることについては黙っていた。
小暮(母親が生活保護を受給していたというのが、早く決定できた要因だ。親戚が爽香さんを援助できないという証拠だから。でも、母親の生活保護については個人情報だし、爽香さんに余計な心配をかけてはいけないからな)
丹沢は電話を切るとすぐに同期入所で生活支援課の国生に内線電話した。
丹沢「丹沢ですが」
国生「国生です」
丹沢「お昼、一緒にどう?」
国生「大丈夫です」
丹沢「じゃぁ1階のレストラン『シティフード』で」
国生「了解しました」
電話は8秒で終わった。
市役所の1階には『シティフード』というレストランが入っている。ここは、職員も一般外来者も利用できるようになっていた。
お昼。レストラン『シティフード』。丹沢と国生が一緒に食事をしていた。
国生「久しぶり。こうやって一緒にランチするのも年に一度あるかないか」
丹沢「そうだな。同じ市役所の建物の中に居るのに」
国生「いつもはどこで食べているんだい?」
丹沢「ロッカーでパン1個食べて終わり」
国生「ほんとかよ! どんなパンを食べるの?」
丹沢「コロッケパンとか焼きそばパンが多いな」
国生「食べた後は?」
丹沢「すぐ職場に戻るよ」
国生「じゃぁ、ほとんど休憩なしだな」
丹沢「うん、休憩は10分あるかないか」
国生「住民課って、そんなに忙しいのかい?」
丹沢「昼休みは、職員がいなくなっちゃうから窓口だけで手いっぱいなんだ」
国生「昼休みを利用して、住民票を取りに来るお客さんもいるだろうからな」
丹沢「そうなんだ。そこに電話が鳴ると、もう誰も電話が取れず、鳴りっぱなしになるんだ」
国生「よく見る光景だ」
丹沢「それをうちの課長が知って、職員たちを並べて怒鳴り散らしたんだよ」
国生「どんなふうに?」
丹沢「『お昼に電話が鳴りっぱなしだと市長から怒られた。お前たちが仕事をさぼっておしゃべりばかりしているからこうなるんだ。いいか、今後電話は3コール以内で取ること。それが出来なければ、私は、お前たちに人事評価で最低の点を付ける。いいか、わかったな』って」
国生「ひでぇな。住民課長自身も市民部長から悪い評価点を付けられるからそう言っているのかな?」
丹沢「そうかも知れない。去年、職員みんなが居る前で、ある職員が課長に『電話メッセージで《ただ今大変混雑しております。しばらく時間をおいてからもう一度おかけ直しください》みたいなテープを流すようにしてくださいよ!』と、言ったんだ」
国生「民間会社の電話では、よくあるパターンだね」
丹沢「そうしたら、その職員は、今年4月の異動で福島にある、市の保養所に異動になっていたよ」
国生「ほぉーっ、随分遠くまで飛ばされたもんだな。その職員、体が軽かったのか?」
丹沢「ははははは。そんな訳ないだろう!」
国生「イマイチなギャグだったけれど、ちゃんと受け止めてくれるんだ」
丹沢「どんなにつまらなくても受け止めるのが流儀だから」
国生「わりぃ、わりぃ。言うんじゃなかった。それで?」
丹沢「課長は、みんなの前で自分のプライドを傷つけられたのが気に入らなかったんだろう」
国生「あの課長、そういう人だったんだ」
丹沢「うん。飛ばされた職員は、妻も子供もいるのに、可哀そうだよ」
国生「ってことは、その旦那さんは単身赴任で、ひとり福島の保養所に寝泊まりだ」
丹沢「そうらしい。もしできるなら、私が代わって福島に行くのにな」
国生「丹沢さんらしいな」
丹沢「だから、お昼は食べたらすぐに職場に戻り、電話を取れるようにしているんだ」
国生「それって、お昼1時間弱、ただ働きじゃないか」
丹沢「まぁ仕方ないさ。それで他の職員が窓口に専念できるんなら」
国生「丹沢さんはいい職員だな」
丹沢「みんなから『ミラー・オブ・公務員』と呼ばれているよ」
国生「なんだ? それ」
丹沢「『公務員のかがみ』だ」
国生「聞くんじゃなかった。聞き流せば良かった」
国生は下を向き、あきれて目を強く閉じた。
丹沢「さっき国生さんに電話したのも8秒で終わっただろう?」
国生「そんなもんだったかな?」
丹沢「私用電話だったので、10秒以内で終わらせたかったんだ」
国生「どうして、そこまで?」
丹沢「ほら、我々公務員は、法律で『職務に専念しなければならない』と定められているだろう。それでだよ」
国生「バカ真面目だなぁ、相変わらず」
丹沢「そうそう、思い出した。公務員法と言えば、お互い市役所に入って新入職員研修で、法学の先生に国生さんが指されて『職務に専念しなければならない』と答えていたのを思い出したよ」
国生「今頃? それがどうした?」
丹沢「その言葉を『職務を千年しなければならない』と勘違いしちゃってさ」
国生「千年って『百年、千年』の千年か?」
丹沢「こいつ、何答えているんだろう。千年も生きられるわけないのに。って」
国生「大学で法学は、取らなかったのか?」
丹沢「取ったよ。うちの大学では必修科目だった」
国生「なら、『職務専念義務』も教授が説明していたかもしれないぞ」
丹沢「私は、昔っからバカだったから」
国生「そんなことはないさ。第一、おバカだと言う証拠がない」
丹沢「それが、証拠はあるんだ」
国生「えっ?」
丹沢「証拠は3つある」
国生「おバカの証拠ってあるんだ?」
丹沢「ある!」
国生「どんな?」
丹沢「まず一つ目は、この市役所に受からなかった」
国生「えーっ、あれっ、お互い大学は別々だけれど、一緒に入ったんじゃなかったっけ?」
丹沢「実は、落ちたんだ」
国生「でも、我々一緒に4月に入ったってことは、……そうか、親父さんが800万円支払って裏口入所した、とかか?」
丹沢「いや、父親はそんなに金を持ってないよ」
国生「そうか」
丹沢「ここの市役所試験が8月に行われ、結果通知が11月1日に来た」
国生「そうだった」
丹沢「結果は、不合格。ただし補欠の一番とかかれてあったんだ」
国生「そんな通知があるんだ」
丹沢「うん、私は、その意味がよくわからず、美浦市役所に電話して、『補欠一番』の意味を聞いたんだ」
国生「ふむふむ。どういう意味だった」
丹沢「合格者の人数は、原則、定年退職者の人数とイコールらしい」
国生「それは、わかる。定員を維持したいから」
丹沢「それで11月から3月の間に、希望退職者とかが出れば、その分だけ補欠として採用する、と」
国生「そう言うことだったんだ。で、その年は、希望退職者が何人いたんだ?」
丹沢「ひとりだ」
国生「良かったな。ひとり居て」
丹沢「うん。お陰で、今こうして国生さんと話をすることが出来ている」
国生「わかった。一つ目のおバカの証拠は、市役所入所試験に落ちたから、ね」
【02】 二つ目の証拠
丹沢「うん、その通り。市役所に関しての出来事。二つ目は、大学でのことだ」
国生「大学でも?」
丹沢「さっき、国生さんに、『大学で法学は、取らなかったのか?』と聞かれたけれど、まさにその法学が出来なかったんだ」
国生「単位を落としたとか?」
丹沢「うん。必修科目にも拘わらず、1年、2年、3年と、3回合格点である60点が取れなかったんだ」
国生「よっぽど難しい問題が出るんだな?」
丹沢「いや、簡単だったみたいよ、他の学生に聞いたところでは」
国生「じゃぁ、なんで3年間も落としたんだ?」
丹沢「まったく勉強しなかったから」
国生「いったい何をやっていたんだ?」
丹沢「アルバイトと、クラブ活動と、麻雀と、パチンコと、合コンと、夜遊びと、朝帰りと、昼寝と、」
国生「わかった、わかった。もういい」
丹沢「それで、いよいよ大学も4年生となり、法学は必修だから、ここで落とすと卒業ができなくなるよ言う所まで来たんだ」
国生「まさに瀬戸際、崖っぷちだな」
丹沢「うん。そして卒業の年の一月、卒業を賭けた法学の期末試験を受けた」
国生「また勉強しなかったのか?」
丹沢「いや、さすがの私も、これはビビったな」
国生「『ビビった』とは?」
丹沢「これに落ちたら、5年生だろう?」
国生「そうだな。その大学は何年まで居られるの?」
丹沢「8年生まで」
国生「じゃぁ、8年まで居るつもりで、」
丹沢「いやいやいやいや。まず、金がない。毎年毎年、授業料を捻出するのが大変だったんだから」
国生「それで、さっきアルバイトをやっている、と言っていたんだ」
丹沢「それだけじゃない。麻雀の勝ち分も授業料にした」
国生「賭けマージャンか?」
丹沢「ここだけの話だ。捕まるからな。ここで聞いたことは墓場まで持って行ってくれ」
国生「もう8年も経っている。とっくに時効だろう」
賭博罪の時効は3年である。
丹沢「なら良いが。墓場へ行く途中で道端に捨ててくれ」
国生「時効があることは常識だ。それも知らないくらいだから、3回も単位を落としたんだな」
丹沢「面目ない」
国生「で、最後の法学試験は、勉強したのか?」
丹沢「うん、した。さすがにやったよ」
国生「何時間?」
丹沢「1時間」
国生「1時間? そんなんで受かるのか?」
丹沢「法学の試験が終わってから一週間後、教授の居る部屋に呼び出された」
国生「ほら見ろ! やっぱり」
丹沢「ひとりさみしく教授の部屋まで、とぼとぼ歩いて行った」
国生「わかるよ、その気持ち。情景が浮かぶな」
丹沢「教授の部屋に入ると、回転する大きな椅子に教授が座っていて、右手で両目を覆うように額にあて、唸っていたんだ『う~ん』って」
国生「いやな予感がするなぁ」
丹沢「そうだろう。誰でもそう思うよな。これは、絶対赤点だって」
国生「まぁ、少なくとも腹が痛くて唸っているとは思えないな」
丹沢「そりゃそうだ。腹が痛くて私を呼び出す訳がない」
国生「それなら、保健師を呼ぶだろう」
丹沢「うん。予感は的中した!」
国生「ガーン、だな」
丹沢「教授が黙っているから、腹を決めてこっちから聞いたんだ。『何点でしたか?』って」
国生「こっちから聞いたんだ、勇気があるなぁ」
丹沢「聞くしかないだろう。自分に、『あきらめ』をつけるために」
国生「つらいなぁ」
丹沢「『もう一年アルバイトをすればいいや』と思ったよ」
国生「で、テストの得点は?」
丹沢「テストの得点はだな、……」
丹沢が沈黙した。
国生「そんなに、引っ張らないでくれ。消化に悪い」
丹沢「テストの得点は、」
国生「テストの得点は?」
丹沢「59点!!!」
国生「なんだ、それ!」
丹沢「教授が、机の上に裏返しで置いてあった私の答案を片手で持ち上げ、『採点したら59点だった』と言ったんだ」
国生「あと1点かよ」
丹沢「そう、あと1点のせいで、数十万円もの学費をもう一年払わなければならなくなったんだ」
国生「そりゃぁ、教授も目を覆うな。『なんでもう少し勉強しないんだよ』と思ったんじゃないか?」
丹沢「そうか、そう言う見方もあるのか」
国生「丹沢さんは、そのときどう思ったの?」
丹沢「単に『(教授は)やっぱり腹痛ではなかったんだ』と」
国生「膝から崩れ落ちそうだよ」
国生があきれ顔で言った。
丹沢「そして、教授が私にこう聞くんだ」
国生「えっ、なになに?」
丹沢「『君は、就職は決まっているのかね?』と」
国生「ふむふむ」
丹沢「その時私は、美浦市役所で希望退職者が出るのを待っている状態だった」
国生「法学のテストは、一月に行われたんだったな?」
丹沢「うん」
国生「すると、その時点では、まだ就職できるかどうかわからない訳だ」
丹沢「うん。依然、『補欠』の状態だった」
国生「でも、でもだよ。教授には、『美浦市役所に就職が決まっています』と答えておけばいいんじゃないのかな?」
丹沢「そう思うかい?」
国生「『まったくのウソ』、ではないだろう?」
丹沢「そうだよね」
国生「そう答えれば、ひょっとして教授が、丹沢さんに、どこか答えを書き直すよう命じて60点にしてくれるんじゃないか?」
丹沢「それって、不正行為?」
国生「そのために教授は、そう言う質問をしたんじゃないのかい? その部屋には、二人しか居なかったんだろう?」
丹沢「うん。二人以外、誰もいなかった」
国生「なら、いいじゃないか。丹沢さんの将来と授業料数十万円の財産を守るためにも」
丹沢「でも『僕、補欠です』と答えてしまったんだ」
国生「えーっ、なんだよ。人がこんなに心配して言ってあげているのに」
丹沢「私がもう一年、大学に居た方が大学の財政も潤うだろうし、教授の手を汚させてはいけないと思ったんだ」
国生「『教授の手を汚させては』と言ったって、3回も落とされているんだろう?」
丹沢「それは、私のせいで、教授にはまったく責任がない」
国生「そうか、確かに。本当に正直者なんだな、丹沢さんは」
丹沢「バカだから」
国生「『バカ正直』と言いたいのかい?」
丹沢「うん」
国生「あきれて、聞いているこっちが興奮してきたよ」
丹沢「それだけ親身になってくれているんだ」
国生「もちろんだ。仲間だから。でも待てよ?」
丹沢「なにか?」
国生「話にのめり込みすぎて、忘れていたけれど」
丹沢「なにか?」
国生「さっきの話で、美浦市役所に希望退職者が一名出て、丹沢さんは、4月に市役所に入れたんですよねぇ」
丹沢「そうだよ。それがなにか?」
国生「変でしょ。赤点で卒業できないのに、市役所に入れるわけがない」
丹沢「まだ、話が終わってないんだ」
国生「えっ?」
丹沢「話は、これから始まるんだ」
国生「えっ? 今までの長い話は?」
丹沢「前置き」
国生「えっ? こんなに長いのが前置き?」
丹沢「じゃぁ本題を話すね」
丹沢が顔色ひとつ変えずに話し始めた。
丹沢「教授が、答案用紙の一部分を指さしたんだ」
国生「ふむふむ」
丹沢「教授が、『ここの問題なんだが、覚えてる?』って聞くんだ」
国生「ふむふむ」
丹沢「『覚えています』と答えると、教授は、今度は問題用紙を手にしたんだ」
国生「ふむふむ」
丹沢「そして、教授が答案用紙の一部分を指さしたんだ」
国生「ふむふむ」
丹沢「指さしたところの設問が、」
国生「どんな問題だったんだ?」
丹沢「穴埋め問題で、『国家とは( )と( )と( )の三つの要素で成り立っている』という問題だ」
国生「よく出る問題だな」
丹沢「教授の書いた本が、授業での教科書だったんだが、そこからそのまま出題したらしい」
国生「そうそう、よく教授の書いた高い本を買わされたっけ」
丹沢「こんな難しい問題、わかるわけないだろう?」
国生「いや、わかるよ『国民』『領土』『統治』だろう」
丹沢「正解! やっぱりすごいなぁ~」
国生「丹沢さんは、なんて書いたの?」
丹沢「国家とは『こ』と『っ』と『か』って」
国生「おバカだわ~」
丹沢「やっとバカと認めてくれたねぇ」
国生「いや、まだまだ」
丹沢「すると教授がね、『ここは1点ずつ合計3点なんだが、国語的には間違いじゃないから、合計で1点にしておくね』と」
国生「すごい、いい教授! 聞いていて涙が出てきた。丹沢さんも、泣いただろう?」
丹沢「いや、『2点は無理ですか?』と言ったんだ」
国生「おバカだわ~」
丹沢「あの人間味のある教授が冷ややかな顔で、感情も無く『ムリ』と言ったよ」
国生「当たり前だ! 2点の意味がわからない」
丹沢「野球とかだと『もう1点』とか、思うじゃん」
国生「もういいよ、せっかくのいい話が台無しだ。泣いて損した。それで、証拠の3つ目は?」
【03】 3つ目の証拠
丹沢「証拠の3つ目は、さかのぼって中学時代の話なんだ」
国生「中学生か」
丹沢「私の中学時代は、中間テスト、期末テストで、学年200人中、毎回199位だったんだ」
国生「ブービー賞だな、いいじゃないか。下にひとりいるんだから」
丹沢「ところがその200位の生徒は、登校拒否でほとんど学校に来ていなかったんだよ。だから試験も受けていなかった」
国生「じゃぁ、テストを受けたのは199人」
丹沢「そう言うこと。実質、私がダントツの最下位!」
国生「まぁいいじゃないか。テストは、参加することに意義があるんだから」
丹沢「それはオリンピックの話だろう?」
国生「よくご存じで」
丹沢「そのくらいはな。いつから教養があるか聞いてくれる?」
国生「それ、なにかのおまじない?」
丹沢「うん」
国生「いつから教養があるの?」
丹沢「今日よう」
国生「くだらねぇ~」
丹沢「ははははは」
国生「それで……?」
丹沢「高校時代も、学年900人中810位、やっとの成績だった」
国生「でも大学に入れたんだろう?」
丹沢「ああ、まぐれでね。ただ、高一のときから、英語、国語、地理だけは少し勉強した。他の科目はいっさい勉強しなかったけれど。それが大学に受かった理由かも」
国生「私立大学文系の受験科目だ」
丹沢「自分が私立大学の文系を志望しているのに、高校で、なんで数学だの化学だの勉強しなければならないのか理解できなかった。だから、勉強しなかった」
国生「それはわかる。高校で勉強しても、社会に出て、一度も使わない科目がいっぱいあるよ。漢文とか、古文とか」
丹沢「英語、国語、地理以外は勉強しなかったから、毎回すべて赤点。補習を受けたよ」
国生「補習で進級できるのなら恵まれているかも」
丹沢「大学に入って入学式の時、中学時代の自分を知っている同級生が居たんだ」
国生「良かったじゃないか」
丹沢「ところが、そいつが『万年199位だったお前がどうしてここに居るんだ』と言うんだ」
国生「合格証でも見せてやれば良かったのに?」
丹沢「実は見せたんだ」
国生「見せたんだ。じゃぁ相手も納得しただろう」
丹沢「『お前の父親が800万円払って裏口入学したんだろう』と言われたよ」
国生「ひどいな」
丹沢「仕方ないさ。200人中、毎回199位だったからな」
国生「それで?」
丹沢「嫌いな奴だったので、入学してからずうっと無視していた」
国生「無視か、」
丹沢「戦うのもいいけれど、戦うとこっちも疲れるし、傷つくし、時間を割かれるから、
無視した方が得策かと思って」
国生「そうそう、相手にしないのも大事だよ。オレオレ詐欺からかかってきた電話もそうじゃないか」
丹沢「そうしたら、知らぬ間に『父親が800万円払って裏口入学した』というのが拡散されていた」
国生「へぇ~、そうなるんだ。じゃぁ、いよいよその相手に宣戦布告か?」
丹沢「そう思ったけれどやめた」
国生「思いとどまったんだ」
丹沢「うん。うちの父親は、私に800円の小遣いさえくれたことがないよ、そう言う性格だった。しかも800万円なんて、父親にそんな預金もない。我が家を知っている人は、何が真実か、すぐわかるさ」
国生「でも、知らない人は信じちゃうだろう」
丹沢「同じクラスで信じる者もいた。でもそう言う人とは、それ以後、最低限の接し方をするようにしたんだ」
国生「ふむふむ」
丹沢「つまり、そのデマによって、私がそのクラスメイトを信じて良い友達なのか、上辺だけ付き合えば良い友達なのか、振り分けることが出来たんだ」
国生「なるほど」
丹沢「こんな便利で有効なデマはないと思った」
国生「デマで、いい人と悪い人が見分けられるからな。マイナスをプラスとして受け止めたんだ」
丹沢「私は(工具の)ドライバーか!」
国生「ははははは」
丹沢「だから、デマを流した中学時代の同級生には感謝している」
国生「丹沢さんは人間ができているなぁ。ケースワーカー(相談援助業務に就く職員)に向いているから生活支援課に来ないか?」
丹沢「いやだ!」
国生「即答かよ」
丹沢「うちの住民課と一緒で、労働環境が悪すぎる」
国生「どうして、それがわかる?」
丹沢「今、ケースワーカーは、ひとり何世帯ぐらい受け持っているんだい?」
国生「120世帯だ」
丹沢「理想は何世帯ぐらいなんだ?」
国生「厚生労働省では『生活保護担当職員ひとりに対して80世帯を標準数』だとしている」
丹沢「それじゃぁ、ウチの役所はひどいな。1.5倍の労働をさせられている。やっぱり完全なブラック企業だ」
国生「どこの役所も同様だと思うよ。年々生活保護世帯は増えているからな」
丹沢「まぁ、ほどほどに。過労死しても役所は責任を取らないし、代わりの職員さえよこさないからな」
国生「まったくその通りだ」
丹沢「お陰さんで、速水爽香さんの生活保護が決定したよ」
国生「そりゃぁ、良かったじゃないか」
丹沢「ありがとう、本当に感謝している」
国生「いいんだよ、そんなこと。お互い様さ」
丹沢「さすが小暮さんだな。国生さんの言う通り、あの人仕事が早くて助かったよ」
国生「良かった。いい人を紹介出来て。とにかくすごい人だよ、小暮主任は」
丹沢「どんなふうに」
国生「もう、生活支援課に10年以上居るから経験も豊富だし、判断も早くて的確だし、さまざまなケースに柔軟に対応している。トラブルにも強いし」
丹沢「ほう、いいことづくめだな。生活支援課にもまともで優秀な人材が居るんだな」
国生「あの人こそ真の『ミラー・オブ・公務員(公務員のかがみ)』だな」
丹沢「おっ、早速使ってくれたね、そのフレーズを。でも、待てよ。すると私は『真のミラー・オブ・公務員』では無い訳だ。だとすると、」
国生「『エッジ(端)・オブ・公務員)』だね」
丹沢「なんだ、それ?」
国生「『公務員のはじ(恥)』
丹沢「ははははは。当たり!」
国生「小暮主任を見習わなくちゃとは思うけれど、私には無理だな」
丹沢「話は戻るが、速水爽香さんもこれでボートレーサーに安心して打ち込めるな」
国生「ほーっ、彼女はボートレーサーなんだ」
丹沢は、速水爽香のこれまでの経緯を国生に説明した。
国生「そうか、速水さん、母子家庭で随分苦労したんだろうな」
丹沢「うん。母も子もたいへんだったと思うよ」
国生「実は、小暮先輩も母子家庭で育ったんだ」
丹沢「えっ!!! そうなんだ。そんなことインテイクでは一言も言ってなかったけど、」
国生「誰にも言ってないと思うよ。それに言うようなことじゃないし」
丹沢「そうか。じゃぁ、私も内緒にするよ」
国生「小暮先輩、生活費はもちろん、学費でも相当苦労したらしい。学生時代は、ありとあらゆるバイトをしたと言ってたよ。だから、小暮先輩はひとの気持ちが良くわかるんだと思う」
丹沢「私とは大違いだな。私はひとの気持ちが読めなくて、みんなから非難されている。この前なんか、餃子をぶつけられたよ」
国生「ははははは」
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【後書き】
たくさんの作品の中から本編をお読みいただきありがとうございました。m(__)m
まだまだ未熟ではありますが、皆様に愛される作品となりますよう努力を重ねていく所存です。m(__)m
読んでくださった方々には「感謝、感謝」です。「本当にありがとうございました」m(__)m
私は過去に、ボートレースまたはボートレーサーの皆さんに、楽しませていただきましたし、励まして頂きましたし、癒されて頂きました。
これからは、ボートレース関係者の方々に楽しんでいただこうと思い、この作品を書き始め、そして今後も書き続けてまいります。
皆様方に少しでも恩返しが出来たら幸いです。m(__)m
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