10 市長の陰謀 編
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【あらまし】
美浦市長の黒杉十郎は、人口が約9万5千人であることが気に入らなかった。市長として「人口10万人」と言いたかったのだ。
そこで市長は住民課長を呼び出し、数字の上だけでいいから「人口10万人」にしてくれ。と頼むのだった。
課長は係長に、係長は担当者に、順番に『汚れ仕事』を頼んでいく。
さて、美浦市の人口はどうなるのか? 人口の水増しなど、実際に出来るのだろうか?
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【主な登場人物】
黒杉十郎 70歳男 美浦市長
鬼塚厳司 55歳男 美浦市役所住民課住民課長
宇野正文 40歳男 美浦市役所住民課係長
古岡人志 49歳男 美浦市役所住民課主任
丹沢純也 30歳男 美浦市役所住民課主事
戸部考一 40歳男 美浦市役所住民課主任
君本早苗 40歳女 美浦市役所住民課主任
天満稔江 37歳女 美浦市役所住民課主任
明石春菜 34歳女 美浦市役所住民課主任
若石元気 26歳男 美浦市役所住民課主事
自動車ディーラーの事務員
埼玉県庁の統計担当職員
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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【01】 市長の陰謀
後日、人事課鈴木は、『職員の懲戒処分について(伺い)』の起案書を上げた。内容は、『丹沢主事、減給10分の3、3か月。鬼塚住民課長、宇野住民係長、減給10分の3、1か月』となっていた。
人事係長、課長、部長、副市長と承認し、起案書は市長に上がった。
市長、黒杉十郎(くろすぎ・じゅうろう・70歳)が起案書を見て、市長室に住民課長鬼塚を電話で呼び出した。
市長「住民課長、市長室まで来てくれないか?」
住民課長「はい、今すぐ伺います」
住民課長が市長室へと向かった。
住民課長が市長室に着き、ドアをノックした。
「トントン」
市長「入れ」
部屋の中から声がした。
課長「失礼します」
課長がドアを開けて入って行った。
市長「まぁ座ってくれ」
応接用の長いソファを勧めた。そう言って市長は、ひとり用のソファに腰掛けた。
課長「失礼します」
課長が長いソファに腰掛けた。
市長「今、人口は何人だ?」
課長「9万5千人です」
市長「半端だなぁ。10万人にはいつなるんだ?」
課長「毎年500人ずつ増えていますから、このまま行けば10年後ぐらいかと」
市長「君、10年後もこの私が市長をやっていると思うかね?」
課長「はい、もちろんやられていると思います」
市長「そうか、でも10年後のことはわからん。今すぐやって欲しいんだ」
課長「えっ何をですか?」
市長「君はものわかりが悪いな。誰が君を課長にしたか知っているのかね」
課長「はい、市長のおかげです」
市長「だったらわかるだろ」
課長「……」
市長「10万人にして欲しいんだ」
課長「10万人にですか?」
市長「そうだ、私が市長として、市がいつまでも9万5千人というのは格好がつかんだろ」
課長「おっしゃるとおりでございます」
市長「市民だってそう思っていると思うよ。誰かに『美浦市の人口は?』と聞かれたときに、
『9万5千人です』と答えるのと、『10万人です』と答えるのと、どっちが答えやすい?」
課長「『10万人です』です」
市長「そうだろう。誰でもわかることだ。第一『9万5千人です』というのは、答えが長い。
『キリよく10万人です』と答えた方が言いやすいし聞こえがいいだろう」
課長「ごもっともでございます」
市長「だからだ、君にひと肌脱いでもらいたいんだよ」
課長「私にですか?」
市長「そう君にだ。君しかおらんだろう、こんなことができるのは。すぐにでも当美浦市の人口を10万人にして欲しいんだ」
課長「近隣市町村の住民に呼びかけて、美浦市へ引っ越して来るよう呼びかけるってことですか」
市長「そうじゃない。今まで10年も人口が増えなかったものが、そんなことしたって、すぐに増える訳がないだろう」
課長「はい」
市長「だからだ、数字だけ増やすんだよ、数字だけ」
課長「……」
市長「誰も美浦市に住んでいる人間をひとり、ふたり、3人って数える奴はいないだろう」
課長「……」
市長「ましてや、実際に市民全員を並べて、ひとりから10万人まで数えることなんか出来ると思うか?」
課長「いえ、絶対に無理です」
市長「なら絶対にばれないじゃないか、絶対に。単に数字上、5千人増やせば済むだけのことじゃないか」
課長「すぐにですか?」
市長「そう、すぐにだ。遅くとも2カ月以内に頼むよ」
課長「うーん、2カ月以内に5千人ですか?」
市長「そうだ。」
課長「……」
住民課長の返事がなかった。
市長「今、こういう起案書が回って来たんだ」
市長は『職員の懲戒処分について(伺い)』の起案書を住民課長に見せた。
市長「内容は『丹沢主事、減給10分の3、3か月。住民課長、住民係長、10分の3、1か月』と、なっているが、私は、住民課長が減給10分の3、1か月の懲戒処分は必要ないと考えているんだ」
課長「えっ?」
市長「部下のやったことをいちいち責任取っていたら、管理職の給料がなくなっちゃうのと違うかね」
課長「ええ、まぁ……」
住民課長が返事をした。
市長「それよりなにより、懲戒処分を受けると、今後、君の出世が遠のくよ」
課長「はい、残念ではありますが」
市長「ところで、君は課長職が長いんだっけ?」
課長「はい、課長になってもうすぐ4年になります」
市長「そうか、じゃぁそろそろ次長になってもいいんじゃないのかな?」
課長「次長?」
市長「そうだよ、次長にならなければ、その次の部長にはなれないからな」
課長「部長ですか」
住民課長の口元がゆるんだ。
市長「私は、君の能力を高く評価しているんだ」
課長「ありがとうございます」
市長「職員はみんな、出世するために働いているんだろう?」
課長「ええ、まぁ」
市長「だから、こんな懲戒処分なんかで、課長のまま定年を迎えさせたくないんだよ」
課長「課長止まりですか?」
市長「そこでだなぁ、優秀な君だからこそこうやって私が頼むんだ、人口10万人の件、ひとつ頼むよ!」
市長は立ち上がり、住民課長に近づき後押しするように住民課長の背中を叩いた。
課長「わかりました。頑張ります」
市長「そうか、良かった!」
【02】 課長「すべては丹沢が悪いんだ」
それから二日後、住民課。
朝、職員たちがパソコンで、掲示板を見ていた。
春菜「掲示板に懲戒処分が出ているわよ」
戸部「どれどれ」
『丹沢主事、減給10分の3、3か月。宇野係長、減給10分の3、1か月』
稔江「あっ、丹沢さんだ」
早苗「宇野係長も」
若石「課長はないんですね」
戸部「おかしいな。管理職だから、当然懲戒処分の対象なはずだぞ」
早苗「変ね」
春菜「係長の宇野さんは、あるのにね」
課長が係長宇野正文(うの・まさふみ40歳を呼びつけると、二人は、相談室へと向かった。
相談室に入ると、
課長「掲示板を見たかね?」
係長「はい」
課長「私はね、君を高く評価していて、つい先日まで君を課長補佐に推薦しよう思っていたんだよ」
係長「ありがとうございます」
課長「ところが、今日、君のことが掲示板に載ってしまっただろう、だから、推薦が非常に難しくなってしまった」
係長「はい、」
課長「だいたい君は、何も悪いことはしてないんだよ。すべては丹沢が悪いんだ。そう思わないかい?」
係長「確かに」
課長「私としては、君がここでつまずいて、このまま何年も、係長でいることが残念でならないんだ」
係長「ありがとうございます」
課長「そこでなんだが、私は市長に、今回のこの事件について、君には責任がまったくないこと。そして、君が、課長補佐に推薦するに値すること。このふたつを先日市長に呼ばれたときに頼んできたんだよ」
課長のまったくの嘘だった。
係長「ありがとうございます」
課長「ついては、君にひとつ頼みたいことがあるんだが」
係長「なんでしょうか?」
課長は、係長の宇野に、市長から自分が言われたのと同じように、二か月で人口を10万人にするよう頼んだ。
係長「わかりました。やってみます」
課長「そうか、やってくれるか。君に頼んで良かったよ。二か月後の結果次第で、君の昇進も現実のものとなるだろう」
その日の帰り、係長宇野が主任職員の古岡人志(ふるおか・ひとし49歳)を誘い、飲みに行った。
居酒屋で。
宇野は、古岡の好きな有名地酒を注文した。
宇野「君は、もうとっくに係長になっても良い年齢だよな」
古岡「ええ、まぁ。でも、」
古岡は、毎年20日間の有給休暇を消化し、残業は一切しなかった。その勤務スタイルが、所属長の人事評価を下げていた。
宇野「お子さんの学費もかかるんだろう?」
古岡主任の娘は薬学を学んでいた。
古岡「ええ、まぁ、」
宇野「それに、奥さんもご近所の手前、いつまでも平職員という訳にもいかんだろう?」
古岡「ええ、まぁ、」
宇野「まぁ、飲んで、飲んで」
宇野が古岡のグラスに有名地酒を注いだ。
宇野「私は君を係長にするよう課長に言おうと思っているんだが」
古岡「本当ですか?」
宇野「二カ月間だけで良いのだが、人口を2千5百人ずつ増やしてくれないかなぁ」
古岡「月に2千5百人もですか? それは、無理でしょう」
宇野「まぁ、飲んで、飲んで」
また、宇野が古岡のグラスに有名地酒を注いだ。
宇野「今人口は、何人ずつ増えているんだっけ?」
古岡「年に約5百人ずつです」
宇野「10万人になるのは、10年後?」
古岡「はい、そうです」
宇野「それが、10年早くなるだけだよ。早いか遅いかの問題だけじゃないか」
古岡「まぁ……」
宇野「まぁ、飲んで、飲んで」
また、宇野が古岡のグラスに有名地酒を注いだ。
宇野「それで、市長も市民も喜ぶのなら、これは、良いことなんだよ。いいか、誰かがやらなければならないことなんだ。それを君ができるってことは光栄な事じゃないか。来年は係長になり、そのあと、課長補佐になり、収入も大幅アップだ。良いこと尽くめじゃないか」
古岡「まぁ……」
宇野「まぁ、飲んで、飲んで」
また、宇野が古岡のグラスに有名地酒を注いだ。
宇野「これは、誰もが喜ぶ良い仕事なんだよ。君が良い仕事をすることを期待しているよ」
古岡「はい、良い仕事をさせていただきます」
古岡がグイッと酒を飲んだ。
【03】 古岡さんが残業するなんて珍しい?
翌日、午後5時50分。住民課。
春菜「お先に失礼します」
稔江「お先に」
勤務時間は午後5時15分までだが、窓口の客が途切れず、この時間になることはよくあった。
古岡が、帰る様子もなく、仕事を続けていた。
丹沢「古岡さん、今日は残業ですか?」
古岡「うん、ちょっときりが悪くて、残っていくから、みんなは先に帰ってください」
丹沢「超過勤務伝票は、出したのですか?」
古岡「そこまで遅くならないし、どうせ超過勤務伝票を出したところで、課長のハンコはもらえないから」
丹沢「確かに」
戸部「すみません、お先に」
丹沢「では、失礼します」
古岡「ああ、お疲れ様」
戸部と丹沢が一緒にロッカーへと向かった。
丹沢「古岡さんが残るなんて珍しいですね」
戸部「うん。昔からよく言われている言葉に『休まず、遅れず、働かず』というのがあるが、あの人の場合『休んで、遅れて、働かず』だからなぁ」
丹沢「なにか、あったんですかねぇ?」
戸部「わからない」
古岡は、職員が全員帰るのを待っていた。そして、住民課の職員全員が帰ると、統計資料に記載された過去の人口数を改ざんし始めた。
古岡「いくら10万人にしろ、と言われても、そんなに一気に増やしたらあやしまれるからなぁ」
古岡は、自分の職員番号でパソコンからアクセスし、過去一年間の人口データを少しずつ増やし始めた。
古岡「まず、過去の人数データを増やしておかないと」
古岡は、『男女別』『年齢別』『町丁名別』などすべてのデータを改ざんした。次に、課内をぐるっと見回した。
古岡「あの『人口ファイル』の中身を変えないと」
古岡は、人口データをプリントアウトし、課内にある『人口ファイル』に入っている紙データをすり替えた。
古岡「あとは、と……」
古岡がロビーを見つめた。市役所ロビーにある人口表示板は、先月末の人口を翌月一日に公表している。表示板の数字が「95,086人」となっていた。それを古岡は「98,973人」に直した。
古岡「これで、すべて直したぞ。完璧だ」
古岡は満足した。後片付けをして、住民課を後にした。しばらくの間、このことは誰にも気づかれなかった。
【04】 いよいよ人口が10万人!?
数週間後。
月初めの月曜日。残業で人口を改ざんした古岡はロビーに行くと、人口表示板の数字を「99,631人」に更新して表示した。
この日、住民課に良く来る自動車ディーラーの事務員(女性)が、住民票申請窓口で、
事務員「美浦市もいよいよ人口が10万人になるのねぇ」
市職員「えっ、そうですか?」
事務員「職員さんが知らなかったの? 今日は一日で、ロビーの数字が変わっていたわよ」
市職員「そうでしたか?」
事務員「いよいよ、美浦市も10万人ね」
市職員「10万人ねぇー」
事務員「ここにきて、なにか一気に人口が増えた気がするわね。この勢いで車も売れるといいんだけれど、ふふふふ」
市職員「そうですね、売れるといいですね」
自動車ディーラーの事務員が帰ると同時に職員がロビーに行き、人口表示板を見た。
「99,631人」となっていた。
このことはすぐに、住民課職員の間で話題になった。
新入職員の新川直道が、係長の古岡人志に聞いた。
新川「もうすぐ人口が10万人になるんですね?」
古岡「うん、そうだよ」
古岡は何気ない顔で返答した。
新川「先月前までは、9万5千人ぐらいだったのが、一気に増えましたね」
古岡「そうだったっけ?」
新川「そうですよ。いやぁすごいですね。でも、そんなに転入者で窓口は混んだ印象が無いですけれどね」
古岡「なら良かったじゃないか」
新川「まぁ」
その会話を周りの職員が聞いていた。
戸部「変だなぁー、人口ってそんなに増えるものか?」
丹沢「そうですよね」
稔江「いつもの私みたく、数字を間違えたとか?」
春菜「もし、そうだとしたら大変なことになるわ」
戸部「この話はもう終わりにしよう」
戸部は、何か、場の雰囲気を感じ、課長に聞かれる前に話を終わらせた。
そして昼休み、職員が席を立ち始めると、
戸部「丹沢さん、情報統計課の茂木さんとは仲が良かったよね」
丹沢「はい」
戸部「後で、誰にも気づかれないように、茂木さんに昨日の美浦市の人口を聞いてくれないかなぁ」
丹沢「わかりました」
戸部「住民票上でのトータル人数(市の人口)は、コンピュータ集計なら間違いないからな。どうも人口の推移に異変を感じるんだ」
丹沢「実は、私もそう思っていたところです」
戸部「くれぐれも周りに気づかれないようにね」
丹沢「承知しております」
丹沢はその日の内に茂木に連絡をし、返事を待った。
茂木から電話があったのは、業務時間を終えてからだった。
茂木「返事が遅れてすみませんでした。念のため、もう一回集計したのですが、昨日の人口は、95,313人です。間違いありません」
丹沢「いや、この時間の方が、職員が少ないから良かったよ。そうか、ありがとう」
丹沢(やっぱり、月に50人程度しか増えていない)
鬼塚課長、宇野係長、古岡主任が居ないのを確認して、丹沢は戸部に報告した。
丹沢「茂木さんから報告がありまして、人口は95,313人で間違いないそうです」
戸部「そうか。ふーっ」ため息をついた。
戸部「とにかく、ありがとう。悪かったね、変なことを頼んで」
丹沢「いいえ、とんでもありません」
戸部「何かあるな」
丹沢「そうですね」
戸部「4千人の水増しか」
丹沢「そうなりますね」
翌朝、戸部たちが居る職場。
稔江「人口がもうすぐ10万人なんですって」
その声は、課長にも聞こえるような大きさだった。
戸部(課長にも聞こえたはず。でもピクリともせずパソコンを見ている)
丹沢(課長にも聞こえたはず。本来ならみんなに何か言うか、自慢しそうなのに。変だ)
若石「そうなんだ。すごいですね」
稔江「ちょっと、びっくりしたわ」
若石「いきなりでしたね」
稔江「そう」
春菜「これで税収が増えて、私たちの給料も増えるといいんだけれど」
若石「それは無いですね。給料は、給料表で決められているから」
春菜「じゃぁ仕事が増えるだけね」
若石「そう言うことです」
稔江「がっかりだわ」
戸部(課長は、聞こえぬフリか?)
数日後。住民課。
電話が鳴った。
稔江「はい、住民課、天満です」
県庁「こちら県庁の、統計担当です。いつもお世話になっています」
稔江「こちらこそお世話になっております」
県庁「先日送信してもらった、エクセルでの人口移動表の件なのですが」
稔江「人口移動表の件ですね?」
近くに座っていた古岡が、慌てたように
古岡「私だ、私が送った件だ。その電話、こっちに回して」
稔江「わかりました。お回しします」
古岡「電話代わりました。統計担当の古岡です」
県庁「いつもお世話になっています。先日送信していただいた人口移動表の件なのですが」
古岡「はい、なにかありました?」
県庁「貴市の人口が急に増えていましたので、入力間違いかどうか、確認の電話です」
古岡「間違いではないです。先月は大きなマンションがふたつほど建ちまして、その関係で増えています」
近くで、丹沢、早苗、戸部がその言葉に耳が反応した。
丹沢(大きなマンションが建った?)耳を疑った。
早苗(しかもふたつも?)
戸部(だいたいマンションの入居というのは、子供の学校の関係などで、3月の春休み、8月の夏休み、12月の冬休みがほとんどなのだ。それが6月、大規模マンション二棟に入居なんてありえない)
3人とも違和感を覚えたが、いっさい顔には出さなかった。
古岡が、何か焦っているように、手のひらで額の汗をぬぐっていた。
県庁「なら良いのですが、念のためと思いまして、電話いたしました」
古岡「それは、どうも」
県庁「それでは、失礼いたします」
古岡「失礼いたします」
電話は切れた。
戸部、早苗、丹沢は、疑惑をおくびにも出さず素知らぬふりをした。
昼休み、近くのレストラン。 戸部、早苗、丹沢の3人が集まっていた。
早苗「美浦市の人口が急に増えたわね」
丹沢「うん、4千人水増しされている」
早苗「誰がなんのために、やっているの?」
戸部「直接数字を変えたのは、古岡さんで間違いないだろうな」
早苗「人口の担当だし、今日も、電話であせっていたものね」
丹沢「うん、それに大きなマンションなんて建ってないですよ」
戸部「県庁から、いきなり『人口が増えている』と言われ、とっさに思いつきで言ったんだろう」
早苗「ファイリングされている人口ファイルの中身も改ざんされていたわ。過去の数字が変わっていた」
丹沢「そこまで、調べたんだ」
早苗「まぁね」
丹沢「この改ざんされていることって、言うべきですか?」
戸部「誰に?」
丹沢「課長に?」
戸部「いや、かえって丹沢さんが命取りになるかも?」
丹沢「えっ? それってどういうこと?」
戸部「課長もグルだと思うよ」
丹沢「えっ!」
戸部「グルどころか、課長の指示かもしれないな?」
早苗「あり得そうね。古岡さんが自分だけで、そんな危ない橋を渡らないでしょう?」
戸部「あぁ、その通り。あの人は『休まず、遅れず、働かず』ではなくて『休んで、遅れて、働かず』。そして『無気力、無関心、無責任』の三無主義を地で行っている典型的な職員だからね。そんな人が、何か事を起こすわけがない。」
早苗「それだから、ずうっと平職員なのよ」
早苗「ひと昔前のタイプね」
丹沢「数字を改ざんしたのは、絶対にあの日ですね」
戸部「うん、だろうな」
早苗「えっ、わかるの? 改ざんした日?」
丹沢「ひとりで居残りした日ですよ。タイミングもピッタリだし、あの人が訳もなく居残りしたのは、あの日だけですからね」
早苗「よく見てるのね」
戸部「とにかく、何かあるな。しかも黒幕は課長か、それとももっと上か?」
丹沢「『もっと上』って、部長?」
早苗「その上よ」
戸部「うん」
丹沢「まさか!」
戸部「うん」
丹沢「そうなると、私たちは不正を暴けない。何もできないってことですか?」
戸部「うん」
丹沢「コンピュータで住民票を数えた、と言ってもですか?」
戸部「情報統計課を脅かして口封じをするだろうな」
丹沢「そんなバカな!」
早苗「絶対にやるわよ、簡単なことよ。人事権があるんだもの」
丹沢「組織って恐ろしいですね」
戸部「うん」
丹沢「じゃぁ、何も出来ないってことですね」
戸部「……」
早苗「大丈夫、奥の手があるわ」
丹沢「えっ、本当ですか?」
戸部「……」
戸部は黙っていた。
早苗「古岡さんはすべてを改ざんしたつもりかもしれないけれど、ひとつだけ数字を直せなかったものがあるわ」
丹沢「えっ!!!」
早苗「そして、それは、今後も直すことは出来ないわ」
丹沢「そんなのあるんですか?」
早苗「市報に載せた数字よ。」
丹沢「あっ、そうか。あれは全世帯に配られてますからね」
早苗「市報の中で誰も見ないような所に、毎月の『人口』と『世帯数』が小さく載ってるのよ」
丹沢「過去の数字は変えられないし、動かぬ証拠ですね」
早苗は、市報の最後のページに、前月一日現在の人口が載っているのをメモして来ていた。
早苗「1月1日95,003人、
2月1日95,032人、
3月1日94,994人、
4月1日95,182人、
5月1日95,255人、
6月1日95,286人、よ」
丹沢「そこまで調べたんですか?」
早苗「うん。そして7月1日の人口が、ロビーの表示板に発表された。それが、99,631人。いきなり増えてるのよ」
戸部「さすが君本さんだな」
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【後書き】
たくさん素晴らしい作品がある中、本編をお読みいただきありがとうございました。m(__)m
まだまだ未熟ではありますが、皆様に愛される作品となりますよう努力を重ねていく所存です。m(__)m
重ね重ね御礼申し上げます。本当にありがとうございました。m(__)m
あきらかな内容の間違い、誤字、脱字、コンプライアンス違反などありましたら、なんでも結構ですのでお申し付けくださいませ。m(__)m
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