第4章: 「レンの力」
—氷結の淵—
山道を登るにつれ、冷たい風はさらに強くなっていった。マヤの足取りは確かだったが、突風が地面を揺らすたびに、彼女の肩に力が入るのが分かった。
「ドラゴンはもう遠くないぞ!」彼女は風の轟音を掻き消すように叫んだ。「あの翼の傷じゃ、洞窟に潜んでるに違いない!」
私は頷いた。しかし、そんなに単純な話だろうか? もう一つ気がかりなことがあった。村の老人が言っていた赤髪の少女……彼女は誰だ? 本当に一人でドラゴンを追ったのか?
遠くで咆哮が山々に響いた。
マヤがピタリと止まる。
「あそこだ!」
「氷結の淵」は単なる詩的な名前ではなかった。
目の前に広がるのは氷に覆われた断崖。そしてその中心に――いた。
ドラゴンだ。
鱗は暗い青、ほとんど黒に近く、瞳は黄色く光っていた。左翼には大きな傷。間違いない、これがあのドラゴンだ。
圧倒的な存在感。荒い息のたびに吐き出される冷気が周囲の空気を凍らせた。この瞬間、私は本当に異世界に来たのだと実感した。
「レン!」マヤが剣を抜く。「構えろ!」
ドラゴンはこちらに気付くと、突進してきた。
マヤのような動きは見たことがない。
彼女は不可能なほど軽やかにピルエットを決め、ドラゴンの一撃を回避すると、獣が反応するより早く、剣に炎を灯した。
炎は刃から迸り、彼女を包み込むように燃え上がり、雪原を照らす。
「ヒヤァーッ!!」
斬撃はドラゴンの脇腹を焦がした。獣は痛みで咆哮し、のたうち回るが、マヤは追撃を許さない。跳び、空中で回転し、今度は前脚へと斬り込む。
凄まじい……これがSランクか?
逆上したドラゴンは尾をムチのように振り上げ、地面に叩きつけた。マヤは剣で防ぐが、衝撃で数メートル吹き飛ばされる。
「マヤ!」
「近づくな!」彼女は必死に立ち上がりながら叫んだ。「こいつは普通の魔物じゃない!」
ドラゴンは首を振り向け、私を見た。細めた瞳は、何か――興味を引かれるものを見つけたかのようだった。
そして、口を開く。
冷気のブレスが直撃しようとした。
私は呆然と立ち尽くす。
「レン!!」
マヤが寸前で遮った。炎の剣が冷気を両断し、背後にある岩を瞬時に凍らせたが、彼女は震えていた。
「何やってるのよ!?」視線をドラゴンから離さずに怒鳴る。「あなたはSランクでしょ! それ相応に動いて!」
「動きたくないわけじゃない! 戦い方が分からないんだ!」
「は!?」
議論している暇などなかった。ドラゴンは再び突進し、今度はマヤは避けきれない。爪が彼女の脇腹を捉え、氷壁へと叩きつけた。
「マヤ!」
最悪だ。私はSランクのはずなのに、特別な力など感じない。剣も握れず、マヤを傷つけてしまった。
無力感が内側から燃え上がる。
「レン!」プリンの声が頭に響く。いつもの戯れた調子ではなく、切迫していた。「聞いて! あなたならできる……自分を信じて!」
「分からないよ!」
「信じるの!」
ドラゴンが前脚を上げ、私を潰そうとする。
その時――
全てがスローモーションになった。
攻撃の軌道が見える。
足が勝手に動き、難なく回避。ドラゴンの一撃は、私がいた場所を砕いたが、もうそこにはいない。
跳んだのだ。
獣が反応するより早く――
「パン!」
今まで感じたことのない力が拳に込もり、ドラゴンの顎を打ち上げた。
ドラゴンはよろめき、呆然と後退する。
背後で、マヤの息を呑んだ声がした。
「……レン?」