第14話、おさめる
「兄上! ご無事でいらっしゃいますか!?」
仲燿が尚王を呼ぶ。その言葉は流暢で、いつもの仲燿からは想像できない。長剣を持た仲燿が兵を率いてきたようだ。仲燿はしっかりと背を伸ばし、兄の顔を見てほっとしたように頭を下げた。ずっと琴をひいていた柔らかい手が剣を握っていることを、尚王はまだ信じられない。
「燿!? どうした……いや、怪我はなかったか」
仲燿ははっきりと答える。
「賊は大殿に侵入し、すでに兵に囲まれています。叔父上が備えていましたので、上手く誘導したようです」
「叔父上が? 叔父上は賊が来ることを知っていたのか」
「……それが、その叔父上が、この賊らと通じていたと言い出して」
「はあ?」
「その直後に倒れ、とりあえず、今は休むように……」
夜燈は知っていたのか。何故、何のために。「賊と通じていた」とわざわざ言ったのはどうしてだ。まるで最初からそうするつもりだったような。いや、おそらくそうなのだろう。賊と通じることで襲撃を予測し、一網打尽にしようとしていた。
では、賊の裏にいるのは誰か。……衡大公が浮かんだ。そうであれば、彼はこの事態に何をするだろう。
「衡大公は今、どこにいる」
「城下の屋敷にいるはずですが……」
「燿、叔父上が余計なことを言わないように見張っていろ。大舟、耀を頼む」
「何を……」
仲燿が頷いた。兵をまとめて大殿へと戻る。大舟は何のことかわかっていないようだったが、それについて行った。尚王は璃珠に向き直り、鋭い口調で命じる。大殿の賊は仲燿と大舟、兵に任せておいてよい。
「璃珠、行くぞ」
「はい」
衡大公の屋敷には兵が集まっていた。緊張した雰囲気だが、兵は武器を手にしてはいない。しかし、武具が整然と並んでいるわけでもなかった。一度手に取り、慌てて元に戻したような。
夜燈は賊が来るのを知っていた。とすれば、その背後にいる者にも目星がついていたことになる。ひょっとしたら、今度こそ衡大公を引きずり出すつもりだったのかもしれない。そうだとすれば、俺がここでやろうとしていることは、それに反することだ。それでも、俺はそれをしなくてはならない。
「おお、天子様。ご無事でしたか」
衡大公はいつも通りのにこやかな顔で尚王を迎えた。張り詰めた空気の中にあって、それは妙に浮いて見えた。
「太師、この兵たちは?」
「ええ、王城に賊が出たと聞きましてね」
「正規の知らせは出ていないはずだが」
「私の耳はあちこちにあるものでして」
尚王も知っている。衡大公はその目と耳で祖父と父を助け、皓華を倒した。皓華に弑虐された一族の恨みをはらすために。彼の耳は千里先も聞き、彼の目は千里先も見る。情報こそ、この老公の持つ力なのだ。
「要請がないにも関わらず、みだりに兵を動かすことはならぬ」
「お言葉ながら、それを咎めれば王の危機に兵を動かすものはいなくなりましょう」
「その通りだ。だから予は咎めぬ。だが国を乱すことは許さぬ。……兵を納めよ」
もっとも、言う前に兵は武器を置いている。どうせ襲撃が失敗したことを悟り、何事もなかったようにするつもりだったのだろう。王が死んだ後、賊を倒すという名目で王宮に入り実権を得る計画だ。
「は」
衡大公は慇懃に頭を下げて見せた。
「予をあなどるな」
「はい」
皺を寄せて老人は笑う。ちらりと尚王の後ろにいる璃珠を見、また視線を戻す。
「……どうした」
「王に叱られるとはこのおいぼれ、恥ずかしく思います。……尚王様は祖父君の若い時に似ていますな。もちろん父君にも」
「そうか。俺は知らないが……」
彼は目元を柔らかくして尚王を見た。
「私は嬉しいのですよ。立派な王になりました」
そうか。この男は十二年前、幼い王が頼りなく、このままでは国が乱れると思ったのだ。長い戦乱になり、国が疲弊すると考えた。そうなるくらいなら、自分が天下を取って治めようとしたのだ。正面からひっくり返せばやはり戦になる。策を巡らせ、犠牲を少なく自らが平穏な国を作ろうとした。そのためには孫の王妃さえ切り捨てた。
それは夜燈によって防がれたわけだが、衡大公は彼のことを信頼していたわけではなかった。王を利用する姦臣とみていたのかもしれない。此度は王を利用する大宰と、利用される愚王を合わせて潰そうとしたのだろう。
であれば俺のできる解決はただひとつ、俺が強い王であればいい。
「叔父上は予のことを考えていると思う。おまえが口を出すことではない」
大公に釘を刺した。釘を刺すだけにした。夜燈は、衡大公の賊と与することで、自分もろとも衡大公を捕えようとしたのだろう。どちらも処されることを期待して。衡大公には思うところあるが、今、夜燈を失うわけにはいかない。それは夜燈の計略を潰すことになるし、大舟の望むところでもあるまい。
それでも、尚王は夜燈と衡大公を生かしたままにする道を選んだ。国のためだ。
「太師、安心して仕えるといい。王は王としてあると、予が知らしめてやる」