第11話、告白
考えていても分からない。空は薄暗く雲が出てきた。そろそろ春の雨が来そうな匂いだった。
尚王は急足で厨房に向かった。幸い、まだ忙しくない時間だ。料理長に声をかけて、大舟を出してもらう。大舟はおどおどとして厨房の奥から出てくると、尚王を見て顔を引き攣らせた。まるで処刑を待つ罪人が刃を見た時のように。それを見て尚王は気の毒にも思い、しかし聞かねばばらんと心を改めた。
尚王は気楽な表情のまま、大舟に声をかける。脅かすつもりはない。
「大舟」
「は……」
大舟は思い切り平伏した。それはまるで尚王の顔を見るのを恐れているようであった。尚王は一度唾を飲み、何でもないというように話し始める。頭ごなしに責めたいわけではないのだ。まずは本当のことを話してほしい。自分の知らないところで何があったのか。
「ああ、かまわない。顔を上げよ。大舟、元気か。こないだは助けてくれてありがとな」
「それは……」
やっと顔を上げた大舟に、尚王はしゃがみ顔を近づける。耳元に口を寄せ、こそりと聞いた。
「それで、叔父上になんか恨みがあるのか?」
その顔が如実に現していた。投壺の壺に矢が入るが如き当たりだった。それでも大舟は動揺を抑えようと、かすれた声を絞り出した。しかしその声は震えている。
「恨みなど……あるはずが」
「そうか。悪かったな、変なこと言って」
尚王は一旦引いた。それから、別の方向から切り崩すことにする。
「緑の土地では吉金がとれるのだそうだ」
吉金は銅を指した。輝く岩石を炭で熱して息を吹き込み、綺麗な吉金を取り出すのである。それを溶かし、型に入れて器などにするのだが、純粋な吉金は柔らかく脆く、実用に向かない。これに他のものを混ぜてやることで、硬くしっかりした金属になるのだ。
「吉金を溶かすとき、雄黄を入れる。器を丈夫にするためだそうだ。……しかしこの石を焼くと毒が取れる」
大舟はもう顔を白くしていた。尚王の言いたいことを既に察し、唇を引き結んで俯いていた。
「そうだな?」
「……あれから、使ってません」
大舟は喉奥から吐き出すような声を出した。震える唇がぼそりぼそりと言葉を紡ぐ。
「あの時は、多く盛ってしまい……それで天子様を……」
項垂れて、口籠った。そうか、気づかれたのではないかとずっと思い悩んでいたのだ。王や大宰の命を狙ったとあれば死罪は免れない。それでも彼は自白した。やはり狙いを外して尚王を殺しかけたのは堪えたのだろう。根っからの悪人であるというわけではない。
「そうか。父上……緑公清のことだろうか」
「……!」
大舟は目を大きくして尚王を見つめた。なぜ知っているのかと視線で問うていた。
「調べた。何か、知っていることがあれば教えて欲しい」
「父は……都に兵を向けたとして処刑されました」
そこまでは尚王も知っている。
「でも、違うんです。父は都を……王をお助けしようと兵を出したんです」
「どういうことだ」
「あの時、どこかから賊が王を狙っていると情報が入りました。父はそれを防ぐために兵の準備をしていたのです」
「防ぐために……」
尚王は少し考える。緑公に謀反の意図はなかったのか。
「だが、都を攻めると誤解されて処刑された。大宰夜燈によって」
「……はい」
緑公は王の危機をどこから知ったのだろうか。衡大公はどう関わっていると……。
そうか、衡大公は緑公に都が危ないと上手く仄めかし、兵を動かさせた。そして自分の向けた賊にも雇い主は緑公であると欺いていた。そう考えればうまく繋がるではないか。緑公が都に出したであろう使いは握りつぶされたか。
しかし、あの衡大公が何故……。
「それで、おれは男でも女でもないものになった。人として扱われないものになった。十二年前、おれが十のときだった」
刃物でも使えばすぐだろうにと思った。毒だって多量を使えばころりと死んでくれるだろう。……事が終わった後、大舟が逃げるつもりがあったとは思えない。夜燈が気づけば捕まるのはすぐだ。であれば、狙われる理由を夜燈が考えることで、思い知って欲しかったのだろう。自分たちが受けた仕打ちを。
「……そうか、十二年前。俺の母が死んだ時のか」
大舟が息を呑んだ。そして、慌てて言い募る。
「おれはなにも、なにも天子様がたが憎くてやったわけじゃないんです。王妃様が亡くなられたのは……それに父は関わってないと言いたくて……でも、言ったところで……」
「そうか。信じよう」
尚王はあっさりと言った。衡大公が王家簒奪の画を描き、そして失敗した。その罪を緑公になすりつけ、夜燈は衡大公と事を構えるのを恐れ見て見ぬふりをした。証拠はないが、疑うことができる状況になった。
「だって、俺を助けたのは本当だ。とりあえずおまえの言い分を聞こうと思う」
「おれは……ただ、理由を知りたかったんです。父がどうして死んだのか」
「だがな、叔父上は……あー、その、鈍い。そういうやり方だと気づかないと思う」
実際、体調不良を毒のせいだと思っていないようだった。だからこそ大舟が疑われずにいるわけだが。
「おれは、ずっと気づかれないから、少し毒を増やそうとして……それが天子様に……。ですから、殺したかったわけではなくて……いえ、申し訳ありません。全て私の罪です。どんな処罰でも……」
「まあ、それは一度置いておこう。……母上が亡くなった時のことは俺もよく知らないのだ。衡大公と叔父上がなんとかしたという以外な」
知ろうとしないでいた。知ることが怖かったのかもしれない。
「わかった。叔父上と話そうじゃないか」