脳筋と言われがちだが、実は気苦労の多い職、それが騎士
『聖女は不幸な職じゃない』の騎士視点となります。
先にそちらを読んでいただけると、わかり易いかと思います。
運命って奴は、いつだって真っすぐには繋がっていないようだ。
ひょんなことから考えもしないことが起こり、驚くような結果に繋がる。
そうやって、想像もしなかったところに、意外な幸せが見つかることもあるみたいだ。
大陸の西の果て。
歴史上最大と言われるスタンピードが今、まさに起こっていた。
人間は立ち入ることが不可能な境界の向こうには、瘴気が充満した土地があると考えられている。
そこから数百年に一度、濃い瘴気とやっかいな魔獣があふれ出す。
各国は出来る限りの精鋭を送っているはずだ。
と言っておいてなんだが、かく言う俺も派遣隊に選ばれた。
騎士として、それなりな経験を積んだ二十五歳。
上手く事が収まれば、評価されて出世確約のコースだ。
ところで、前線に必要な人員のうち、騎士や魔法使い、傭兵など、戦い慣れている者はいいが、聖女はそうもいかない。
倒すだけなら剣や魔法で戦えばいいのだが、魔獣は瘴気を帯びている。
瘴気は人間に有害で、浴び続ければ動けなくなり、最期は死に至る。
それを浄化できるのが聖女だ。
神殿に見出され、修行を経ていても、ほとんどが現場での経験が不足している。
うら若い女性が多いし、心身ともに気遣ってやらなければ仕事にならない。
前線は待ったなしだから、慣れる暇などない。
見たことも無いようなデカくて強い魔獣がどんどん出てきて、それが目の前で、ぶった切られていくのが現実だ。
気絶する者がいても、仕方ない。
とにかく、そうなりそうな時は早目に回収だ。
前線が無理なら、後方で騎士や傭兵の浴びた瘴気の浄化をしてもらう。
西の果てに近い国から派遣された聖女は、境界の見回りに同行することもあるので多少、現場に慣れている。
申し訳ないが、しばらくは彼女たちに負担をかけることになるだろう。
そんな中、一人の若い聖女に目が留まった。
年のころは十四、五くらい。
それなりにショックを受けているのではないかと思うが、気丈に浄化作業を続けている。
作業の早さも精度も飛びぬけているなと思ったら、他の国の聖女たちと比べて聖力が多いのだという。
しばらく様子を見ていると、さすがに吐いた。
いや、周囲に謝らなくてもいいって。
通過儀礼だから、皆、許してくれる。
と思いつつ見守っていたら、吐いたものをすぐさま浄化で無かったことにし、作業再開。
なかなか骨のある子だ。
翌日は何と、スカートを縫い直したというズボンを履いて現れた。
しかも、昨日の作業で具合の悪くなった他の聖女の分もカバーするという。
ああ、なるほど。
魔法使いの仕事を見て、浄化の効果範囲を広げることにしたというわけか。
っていうか、すごいな。
思いつきもすごいが、仕事をこなすための躊躇の無さが。
だんだん興味が湧いてきたが、世間話をするような場所じゃない。
その機会が訪れたのは、それから一年経った後だった。
スタンピードは一朝一夕で片が付くものではないが、半年対処して少しも終わりが見えないというのは記録にも無かった。
皆、現場に段々と慣れていくので効率は良くなっていく。
しかし、湧き出す魔獣の勢いも衰えない。
これはやり方を変えないと、人間側が疲弊するばかりだ。
頭脳派どもの腕の見せ所である。
最初に提案をしたのは、後方支援の文官だった。
王宮勤めの文官が前線に送られる理由は、たいてい上から煙たがられたせい。
煙たがられる理由はいろいろだろうが幸い、この文官は出来過ぎて追い出されたクチだった。
「冒険者パーティーのように、騎士、魔法使い、聖女などバラバラな職のものをバランスよく組み合わせたチームを作るのはどうでしょう?」
チームを順番に投入し、その場で戦力を調整しながら、しっかりと休憩も取れるように組み立てていければ理想的だろう。
「一回の投入人員を減らせるように、魔獣の出口を狭めることは出来ないか?」
「結界魔法を組み替えて、厚みを出せるように……」
実践を重ねながら、魔法使いや文官たちが作戦を刷新して行く。
肉弾戦部隊と聖女は、アドバイス役に回った。
「遊撃チーム?」
「はい。大方は、なるべく平均的になるように組み合わせるんですが、いざという時のために、少なくとも一チームは最強の組み合わせで温存しようかと」
「温存になるか、使い潰されるか、わからんな」
「そこですね。作戦が計画通りにいけば、温存の方向に進むと思うんですが」
「もちろん、引き受けるよ。最強チームに選ばれるとは光栄だ」
同じチームに選ばれて初めて、彼女と話をするようになった。
「ああ、あの国か」
彼女の出身国は小国ながら、神殿を重んじることが広く知られている。
当然、神官や聖女も疎かにされない。
伯爵家の生まれであることは最初に聞いたが、チームとしてこなれてきた頃、爆弾発言をぶちこまれた。
「は? 王太子殿下の婚約者!?」
「なんか、聖女を保護する一環だそうで」
「いやいや、そんな身で前線に出て来たのか?」
「前線に出ないで、どこへ出るんですか?
そのための聖女ですよ。
まあ、任務中に死んだら二階級特進するかも。
一階級で王太子妃だから、二階級なら王妃かな?」
なんという冗談を言うのだろう。
「だって、もう三年以上経ってるし。
ここから五年で終息したとしても、婚約者をクビになってますって」
「そんな簡単なものじゃないだろう」
「でも、王太子殿下も年齢的に後継問題をせっつかれるでしょうし」
「辛い立場だな」
「いいえ、全然。聖女の仕事はやりがいを感じますけど、婚約者はあくまで義務的なものだから」
「そんなものか」
「婚約解消は間違いないと思いますけど、一応、他の人には言わないでくださいね」
「俺はいいのか?」
「はい、なんとなく」
なぜか彼女は、チームの中でも俺にだけそのことを教えた。
確かに、彼女とは雑談が盛り上がってしまいがちだったけれども。
おかげで俺には、彼女を守らねばという義務感のようなものが強くなった気がする。
もちろん、身近な聖女を守るのは当たり前なのだが、だいぶ重さが増した。
「護身術は使えるのか?」
「あんまり」
前線は人が多く、不心得者もゼロとはいかない。
「じゃ、まずは護身術。その後は乗馬だ」
「お世話になります」
教える時に真剣になりすぎて睨まれることもあったが、彼女は一生懸命ついてきた。
浄化のエリアを広げるため、初日から魔法使いに教えを請うたのだ。
とにかく、何に対しても真面目な姿勢を見せる。
そして教えた護身術は、残念なことにすぐに役立った。
「……蹴り上げたのか」
「それが一番早そうだったので」
「ま、まあ、いい判断だった」
立ち上がれない傭兵の痛みを想像すると、同性としては同情の念がわく。
蹴られどころが悪く、よくいえば大当たりで、まったく立ち上がれないのだ。
そしてもちろん、それとは別に厳罰に処される。
この事件は目立ってしまい、聖女たちが怯えるのではないかと思ったがさにあらず。
今まで、言い出しづらかったようだが、これを機に彼女らもはっきり言葉にするようになった。更には護身術を習いたいという声まで出た。
怪我の功名というか、薬作りが得意な魔法使いが、不心得者の罰のついでに、使い物にならなくなる薬の実験をしたいと申し出てきた。
しかし、さすがにこれを許せるほどの決定権を持つものはここにいない。
適当にお茶を濁していたら、そのうち噂になり、心当たりのある者は肝を冷やしたらしい。結果、かなりの抑制効果を発揮したのだった。
溢れ出た魔獣を退治することから始めて十年後。
計画通り、魔獣の放出量をコントロール出来るようになり、前線に詰める人数も、かなり減らすことが出来た。
研究職と監督役を除き、ほとんどの人員は交代した。
そして十五年目には、万一に備えて殿部隊となっていた我々、遊撃チームも解散することになった。
「お世話になりました」
「こちらこそ」
何の約束も無く、彼女と別れる。
国から任された仕事は一応、成功という形で終わった。
しかしそれよりも、彼女が無事で国に帰っていくことが、俺個人の誇りであった。
二十五歳で前線に赴いた俺は、すでに四十歳。
国に帰れば英雄のような扱いを受けたが、どうも慣れない。
傭兵寄りの戦い方が身に付いてしまったし、出世を受け入れれば、つまらない社交で世辞の一つも言わねばならんのが億劫だ。
しばらく見習い騎士の指導などもしてみたが、どうも、西の果てが気になって仕方がない。
もちろん、遠い国に帰った彼女のことも。
他国の一聖女の消息など、簡単に調べられるわけもないが、たまたま雑談を交わした行商人から話が聞けた。
「あの国の国王陛下は先日、正妃様をお迎えになられましたよ」
やはり。そう思ったが違っていた。
「いえ、長年、側妃として尽くされてきた方が正式に唯一の妃となられたのです」
「……聖女の婚約者がいたのでは?」
行商人は声を潜めた。
「ここだけの話ですが、陛下は十五年待ち続けた聖女様に振られたそうで」
その夜は、思わず祝杯を挙げてしまったが、朝になって気付く。
俺は彼女より十歳も上のオッサンで、ライバルは王太子殿下だけではないはず。
とりあえず、手紙を書いた。
悔やむくらいなら恥をかけと自分を鼓舞し、彼女を西の果てに誘った。
『是非行きたい』と二つ返事をもらい、迎えに行った。
しばらく落ち着いた暮らしをしたせいか、彼女はどこかしっとりとして……別れた時より、いい女になっている。
「俺はまだ独身だから」
やっと告げた一言。
返って来た言葉は肯定だろう、と思う。
「どれくらい、向こうにいられそうだ?」
「家族はわたしがいなくても問題ないし、他に待つ人もいないし」
「帰らないつもりか?」
「わたしには守護神がいるから、どこに行っても大丈夫。……ね?」
そう言って俺の視線を捉える。
「……ああ、うん」
どっちが年上だろう。俺は不甲斐なくしどろもどろ。
してやったりな彼女の笑顔は真っすぐ、俺の心の急所を貫いた。