第二章 三原マホ
思わず引き受けてしまったが、本当にこれで良かったのだろうか。しばらく歩き続けながら、今になってそんなことを考えていた。
今の技術だと、あそこまで高度な人間らしい生き物を創ることができるのか。
後ろを振り向くと、その人工非機械人間の少女が、然らぬ顔で下を向いたまま俺の後をゆっくりとついてきていた。俺はだいぶ速いスピードで歩いていたらしい。しばらくすると、マホは俺が振り返っているのに気付き、こちらを見て首を傾げた。
「どうかしました?」
「あっ、いや、何でもない」
マホが横に来たことを確認すると、今度はゆっくりと歩きだす。
食事も必要そうだし、もっと貯金を効率的に使わないとな。あと、少しバイトを増やしたほうが良いのだろうか。でも、俺一人だと大変だろうから、マホにも少し手伝ってもらうか。傍から見たら、ただの人間の少女にしか見えないから大丈夫だろう。それも良い社会勉強に……ん?
「ねえ、」
「はい。何ですか?」
俺が話しかけると、彼女はすぐに応答した。
「一つ思ったんだけど、君って国籍ある?」
「……何ですか? コクセキって?」
……人一倍の知識って何だろうか?
「国籍は、どこの国に属しているかってやつ」
「じゃあ、多分無いと思います」
なるほど。彼女は法律上「国民」ではないらしい。それもそうか。なにせ彼女は人間ではない。
「あっ、そういえば、星野さんが、『君は法律上存在してはいけない存在だから、あまり目立ってはいけないよ』と言っていました」
つまりは、バイトもできないし、あまり社会に関わってはいけないということか。もし、人工の生物だとバレたら、なにをされるかわからない。
スマホで詳しく調べてみると、「人間のクローン」を創ることは違法になるらしい。それは、遠回しに今の彼女には、基本的人権は保証されていないと言っていることになる。
どうやらとんでもない事に巻き込まれてしまったらしい。まったく、どうしたものか……
「あの……」
俺が唸っていると、今度はマホが質問してきた。
「どうした?」
「……私、大丈夫なんでしょうか?」
その声にはかすかに不安が見えた。そうか、彼女は「人間らしい生物」ではなく、「人間」なんだな。たとえ、俺たちと生まれ方が異なっても、俺たちと同じ「感情」というものがある。
「大丈夫、絶対何とかなるよ。いや、俺が何とかしてやるよ」
思考より、言葉が先に出ていた。声に出してから、少し後悔した。解決策はまだ一つも思いついていない。しかし、不思議と未来が明るくなったような気がした。
いつの間にかマホの歩いている気配がなくなり、後ろを振り向いてみると、彼女は俺のほうをじっと見ていた。そして、
「ありがとうございます」
と、俺の根拠もありはしない根性論に対して笑ってくれた。俺が初めて見る、彼女の笑顔だった。
多分、少し不安そうにしていたのは、俺が唸っていたからだろう。せめてものこと、名字くらいは考えるか。そのほうがなにかと便利だろう。
「じゃあ、君の名前は……三原マホ」
「ミハラ?」
「漢数字の『三』に野原の『原』で『三原』。よろしくね、三原マホさん」
俺がそう言うと、マホは少し間を置き、少し照れたようにに微笑み、
「よろしくお願いします。笠井涼介さん」
と芯のある声で言った。
何故か周りが暖かくなったような気がした。