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決闘裁判


 僕は法廷の真ん中に立った。


 決闘を行うため検察官と被告人の席は取り払われて法廷は円形闘技場になっていた。そして真ん中には祭壇が置かれて神官がその前に立っていた。


 これまで弁護士として何度も見てきた慣れた光景だった。ただ違うのは決闘士として円形闘技場の中央に立っていることだ。


「みなさん、起立してください」


 廷吏(ていり)がおごそかに言った。


「全能なる私たちの神よ、今ここに、聖なる決闘裁判において御心をお示しください」


 白いローブに身を包んだ神官が、両腕を天に掲げて唱えた。


 傍聴席の前には白い服を着た一団がいる。田舎ではめったに見る機会がない大教会の聖歌隊だった。


「皆さん祈りましょう、偉大なる私たちの神に。神よ、御心を表わしてください」


 聖歌隊が聖歌を高らかに歌い始めた。そのハーモニーは天界の響きを思わせる神秘的な音色だった。僕は合唱する傍聴人たちを眺めた。誰もが天に向かって顔をあげ、神への感謝の喜びに満ちたような顔で口を大きく開けて歌っていた。村の老人は感動のあまり涙まで流していた。


 聖歌隊の合唱が終わると司祭が手を合わせて厳かに言った。


「決闘士は前に出てきてください」


 僕は祭壇の前に進み出た。


 神官が呪文のような祈りを小さい声で唱え始めた。


 唱え終わると両手を開き、天を仰いだ。


「全能なる神よ、神意を示したまえ」


 まず、訴追側のアレキサンダーの額に手をかざすと「神の御加護を」と唱えた。


 アレキサンダーは深く頭を下げ、「神に栄光あれ」と言った。


 僕にも額に手をかざして「神の御加護を」と唱えた。


「神に栄光あれ」と呟き頭を下げた。


 神官は聴衆の方に向くと、両手を上げて言った。


「神への賛美と感謝を捧げ共に行きましょう。神の義と平和への道へ」


「「「「「神に感謝」」」」」


 全員が唱えた。


 神官が再び祭壇に向かい深々と礼をすると祭礼は終わった。


 神官が奥のテントに引っ込むと、祭壇を職員があわただしく片付けた。


 僕は被告人のところに戻った。


「ひとつ訊いておきたい」


「なに?」


「君の名前は?」


「エスペランザよ」


「そうか、エスペランザ、君の嫌疑を晴らす」


 廷吏(ていり)が来た。


「では、こちらに来てください」


 決闘士が円形闘技場の中央に揃うと、廷吏がボディチェックを始めた。まずは、アレキサンダーから服の中に何か武器を隠していないか、武器になるようなベルトやアクセサリーなどを身に着けていないかを確認した。そして、僕のところにも来て同じことをした。


「確認しました。問題ありません」


 廷吏が裁判長に報告した。


 裁判長は頷いた。


「決着は、戦闘不能と判断されるか、決闘士が戦闘を放棄するかです。いずれも御神意です。戦闘不能の判断ですが、決闘士が闘う意志を示している限りは怪我の有無にかかわらず決闘を続行します」


「分かっています」


「では、所定の位置についてください」


 廷吏に指示された場所は、ちょうど太陽が横から照らす位置だった。どちらか一方が太陽を背にするという有利な状況にならないよう配慮されていた。


 裁判官は廷吏が闘技場の外に出て、僕らだけが残ったのを確認すると、手元の木槌を打ち鳴らした。


「決闘裁判を開始します」


 闘技場は、むき出しの僕に対する敵意に満ちた怒声に包まれた。


「魔女の味方だと、どういうつもりだ」


「死ね」


「アレキサンダー、正義の鉄槌を下してくれ」


 だが僕は冷静だった。


 一度決闘裁判で撲殺されているので恐怖はなかった。普通は過去のトラウマで動けなくなるのかもしれないが、僕の場合は違った。


(問題は、この身体が決闘裁判では最強という神の言葉が本当なのかどうかだ)


 一度死んでいるので、この新しい身体に執着は無かった。もし、神のふりをした邪悪な存在にからかわれて転生したのなら、ここでまた死んでも別に悔いはなかった。

 

 僕は、何もせず闘技場の中央に立っていた。


「どうした? 怖気づいたのか」


 アレキサンダーは馬鹿にしたように言った。


 だが僕は動かないし、返事もしなかった。


「どういうつもりだ」


 アレキサンダーは拳が当たる間合いに入るなり雄叫びを上げて左右の拳を繰り出した。


 僕はわずかに体を引き、少し横に動くだけで、そのすべてのパンチを見切った。


 アレキサンダーの動きがスローモーションのように見えた。


(これが神がギフトとして与えてくれたスキルの力なのか?)


「アレキサンダー、何をやっている!」


「格下相手に空振りか」


 傍聴人からヤジが飛んだ。


 アレキサンダーは怒りで顔を赤く染めた。


「ウオオオオオオオ」


 吠えながらその巨体を僕に浴びせようとした。


 奴は身体がデカかった。おそらく100キロ以上はあるだろう。至近距離から体当たりされたらひとたまりもない。


 だが僕はよけなかった。


 ドスンという地面に米俵を馬車から投げ下ろしたような音が響いた。


 倒れていたのはアレキサンダーだった。どこかを激しく地面に打ち付けたようで、苦悶の表情を浮かべて地べたを転がっている。


「な、なんだよ。今の」


「分からねぇ。俺にも分からねぇよ」


「なんでアレキサンダーが飛ばされるんだ」


 傍聴人が動揺していた。


 僕はアレキサンダーの身体が当たる瞬間少しだけ身体をひねり、彼を軽く突き放しただけだ。


 僕はゆっくりとした足取りでアレキサンダーのそばに寄った。


「戦闘を放棄するか」


「笑止。まだまだだ!」


 アレキサンダーが立ち上がった。


 僕は表情を変えずに構えた。


「アレキサンダー、だらしないぞ」


「さっきの勢いはどうした」


「あせるな、慎重にゆけ」


 検事が声をかけた。


「いいか、お前の体格を活かしてつかみ合いから寝技にもってゆけ」


 検事の指示にアレキサンダーは頷いた。


 両手を伸ばして、ゆっくりと近づいてきた。


 アレキサンダーの手が僕の腕をつかんだ。


 その瞬間、アレキサンダーはまるで焼けた鉄串でもつかんだかのように反り返った。そしてそのまま後ろに吹っ飛ぶように倒れた。


 不思議そうに顔を振った。


 自分が何をされて倒されたのか分からない様子だった。


 ゆっくりと警戒するように立ち上がった。


 だが、目に怯えのようなものが走っていた。


「なにをしている。闘え!」


 検事が怒りの声を上げた。


 アレキサンダーは検事の方を向くと頷き、両手で自分の頬と叩き気合を入れた。再び野獣のような獰猛な力が目に宿った。100キロの巨体とは思えない素早さで迫ってくると、体重を十分に乗せた右ストレートを放った。


 僕は両腕を同時に前に真っすぐ突き出した。


 突き出した左腕がアレキサンダーの右ストレートをはじき、同時に右拳が相手の腹に食い込んだ。


 そのまま普通に歩くように一歩踏み出した。


 二人の身体がクロスする。


 その瞬間、僕はアレキサンダーを倒した。


 投げ技ではない。太ももを密着させて、ただ足を踏み降ろすようにして、相手のバランスを崩しただけだ。


 大きな音を立ててアレキサンダーが倒れた。


 地面に倒れているアレキサンダーに右足を踏み下ろした。


 大きな地響きがした。


 アレキサンダーは地面を転がるようにして悶え苦しんでいる。


 僕はスタートのポジションを示すラインに戻った。


「立て! 立て!」


 検事が顔を真っ赤にして叫んだ。


 だが、アレキサンダーは倒れたままだった。


 ただ時間だけが過ぎてゆく。


「裁判長、検察側の決闘士は戦闘不能だ」


 僕は淡々と言った。


 裁判長は困ったような顔をした。


「アレキサンダー、これで立てなかったら終わりだ。分かっているのか!」


 検事が鬼のような形相で怒鳴った。


 アレキサンダーが首を起こした。


 そして、必死に膝を立て、よろけながら立ち上がった。


 僕は裁判長を見た。そして、小さく首を振った。もう決着はついているので終わらせるべきだった。


 だが、裁判長はそれを無視した。


 アレキサンダーが苦しそうにファイティングポーズを取った。

 

 僕は静かにアレキサンダーのところに歩いて行った。


 あまりにも穏やかに近づいてきたので、僕が平手を彼の顔のあたりにあてがうまで何も反応することができなかった。


 僕は鋭い気合を発すると腰を震わし、顔にあてた掌に力を伝えた。


 糸が切れたマリオネットのようにアレキサンダーが崩壊した。


 そして全く動かなくなった。


 法廷は、静寂に包まれた。


「なにが起きたんだ……」


「いったいあれは……」


 一度沈黙が破られると一斉にみんながしゃべり始めた。


「静粛に!」


 裁判長が木槌を何度も叩いたが、傍聴席の興奮したおしゃべりは止まなかった。


 廷吏が、裁判長のところに駆けて行った。


 裁判長から何か指示をされて廷吏がアレキサンダーのところに行き様子を見た。皆が勝手にしゃべり誰が何を言っているのかも聞き取れない。


 戻ってきた廷吏は裁判長になにか耳打ちした。


 裁判官が木槌を打ち鳴らした。


「検察の決闘士の戦闘不能を認定する」


 法廷がどよめいた。


「魔女が裁判で勝った」


 そんな声が僕の耳に届いた。

 




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