冤罪
「これで終わりだ」
かつての親友だったアイゼンが僕の上に馬乗りになり拳を振り上げていた。
拳が振り下ろされた。
頭蓋骨が割れて脳が破壊され、僕の意識はブラックアウトした。
無実の罪で裁判にかけられ、決闘裁判で、親友のアイゼンが検察側の決闘士として登場し、法廷で撲殺されたのだ。
罪状は神を冒涜し国家を転覆させようとしたというものだ。僕は弁護士として王都で活躍していたが、そのようなことをした覚えはない。
ふと死んだはずなのになぜ、まだ考え事をしているのだろうと、僕は思った。
おそるおそる目を開いてみる。
白い殺風景な部屋にいた。
(ここは病室か? それとも死体安置所か)
死んだと思われた人が死体安置所で蘇生したという話を聞いたことがある。
「目が覚めたか」
どこからか声が聞こえてきた。
「僕はどうなったんですか」
「決闘裁判で負けて頭蓋骨を砕かれて死んだ」
「そうですか」
「驚いたり、憤ったりしないのか」
「いえ。決闘裁判になった時点で覚悟はしていました」
「なぜ、裁判で殺されたのか分かるか」
「いいえ。いや……まあ」
「心当たりがあるのか」
「弁護士として役人の不正を告発してきました。弱い民の味方でした。そのせいかもしれません」
「その通りだ。君が追及していた村の娘が死体で排水溝で見つかった事件。あれは年老いた王の代行をつとめている第一王子の仕業じゃ。変態的性欲を満足させるために村の女を拐い、玩具にして殺した。それを小役人たちが隠蔽したのだ」
(不自然な事件処理をした役人たちを的にして事件を調査し、裁判をしていたが、あれは第一王子の仕業だったのか)
「君は、神を冒涜し国家を危うくした罪で裁判にかけられたが、神を冒涜していたのは君を訴えた王国側だ」
「そうでしたか……」
そんなことをいまさら言われても遅い。
「もしかして、あなたは神ですか?」
答えなかったので、僕は続けた。
「先王の代に、裁判はそれまでの証拠で判断する証拠裁判主義を廃止して決闘裁判になりました。書類は偽造できるし、証人は偽証するけど、神の名の元に行われる決闘では、神が必ず正しい方を勝たせるという理由からです。でも現実はそうではなかった。そして僕は決闘裁判で無実の罪で殺された」
僕はどこかに隠れている神に怒りをぶつけた。
「神が存在しているのなら、どうして正しき者を助けてくれなかったんですか!」
「人間が勝手に決めたことだからだ」
「はぁっ?!」
「裁判で決闘をしたら神が正しい方を勝たせるだと? 誰がそんなこと言った。ワシはそんな約束はしておらん」
「なんですって?」
「賢王が公正な法制度を完備したせいで権力者も法に縛られることになった。それが後の君主や小役人たちには不都合だった。だから連中が勝手に力が正義の世界に戻しただけだ」
初めて聞く歴史の真実だった。
だが、そう言われると合点した。
証拠もあり法的には理詰めで勝てる裁判がいつも決闘裁判での殴り合いでひっくり返った。裁判はより強い決闘士を雇える方が勝つというシステムになり、弁護士はお飾りになった。
その中で、僕は不正と戦う弁護士として頑張ってきた。
僕が頑張れたのは幼馴染のアイゼンがいたからだ。
アイゼンは武術に秀でていた。そして決闘士になり、僕の相棒として決闘裁判で戦ってくれていた。だから裁判で勝てたのだ。
そのアイゼンに裏切られて、逆に決闘裁判でアイゼンの手により撲殺されたのだ。
「アイゼンはどうして僕を裏切ったのですか」
「金と女だ。第一王子とその取り巻きは、君たちが脅威になると考えてアイゼンを買収した。アイゼンは君が死んで大金を手に入れたら君の婚約者のノエルを自分のものにできると思ったのだ」
「もういいです。それ以上聞きたくありません」
僕は幼馴染のノエルと来月結婚する予定だった。僕ら3人は同じ村で生まれ育ち、いつも一緒だった。15歳になり王都に出てきたのも一緒だ。
僕は高等法律学院に進学して弁護士を目指し、アイゼンは決闘士養成所に入った。ノエルは魔法学院に入り魔道士を目指した。
3人とも優秀な成績で卒業し、僕は弁護士に、アイゼンは決闘士に、ノエルは魔道士になった。
そして、僕はノエルにプロポーズをして彼女はそれを受け入れてくれた。
アイゼンは僕ら2人のことを祝福してくれた。そう思っていた。だが本心は違っていたのだ。
「それで、これからのことだが、君には選択肢を与えよう」
僕は顔を上げた。もちろん正面を見たところで神の姿を見ることはできなかった。
「選択肢?」
「このまま死後の世界に行くか、それとも君が死んだ時点の世界に戻るかだ」
「生き返ることができるんですか?」
「そうだ。ただし、君の元の身体には戻ることは出来ない。別人の身体に今の君の記憶を持ったまま入ることになる。さらに私からの贈り物も付与する」
「別人?」
「今から数時間後に君と同年代の決闘士の若者が転落して事故死する。彼が死ぬのは規定の運命だが、その身体を使い君にもう一度、同じ世界でやりなおしの人生を与えることができる」
「それが贈り物なんですか」
「いや。贈り物は別だ。君の新しい身体にはチートなスキルを与えよう。武器なしの戦いにおいては攻撃を無効化し、君の攻撃は最強となるというスキルだ。素手のみで闘う決闘士としての法廷での闘いなら最強だ」
「なにを目論んでいるんです」
「なあに、いたずら心さ。神の名で不正の温床となる決闘裁判を復活させ、神の名で無実の者を殺し、不正を隠蔽している。ちょっと神を舐めすぎているとは思わないかね」
「それで僕を送り込もうというのですね。あなたの制裁の道具として」
「まあそういうことになるが、別に強制はしない。転生しても好きにしていいんだよ。君たちの認識とは異なり神は基本的に君たちの世界のことには不干渉なんだよ。君たちには自由意志を与えた。自由を与えた以上、その世界で君たちは自由なんだ」
「それでいいんですか」
「もちろんだ。やったことの報いはこちらに帰って来た時にきっちりと精算するからね」
そこで初めて神が笑った。
「ただ、君の最後はあまりに不憫だったから、選択肢を与えることにした。さあ選びたまえ」
迷いは無かった。
「復活を選びます。決闘士の身体を下さい」
(最強のスキル持ちの決闘士として蘇り、アイゼンと第一王子に復讐してやる)
「よかろう」
急に目眩がした。
「うああああああああああああああ」
白い部屋から暗い奈落の底に落ちて行った。
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