課長、責任取ってブヒ
「常識があって明るささえあれば、顔はどんなブサイクでもいい!」
これが多くの企業の求人担当の本音ではないだろうか。
世間では容姿の整った人間に羨望の眼差しが向けられるが、容姿が業務に関係ない業界の採用にとってはそんなことはどうでもいい。それに今はマスク社会でもあるしな。
例え見た目が学年一のブサイクだったとか、それこそ養豚場の豚と遜色ないような醜い豚顔をしていたとしても、常識があって明るければ採用!
そして指導していき戦力へ!
といった流れだろう。
経理担当の事務職2名のうち1名が急に退職することになり、募集を始めて2週間近く。
「なかなか応募が来ないな〜。」
ハローワークなどに出して応募を待っているだけの採用方法には数年前から限界が見られている。もちろんそういった媒体も引き続き用いるが、最近は多少の利用料を払ってでも求職者に向けてスカウトメッセージを送るようなサイトも利用せざるを得ない。
とはいえ、そんなサイトを使ってもなかなか応募には結び付かないがな。現代の人手不足というのを如実に感じる。
「課長、まだ応募来ないんですか。もう大変ですよ。」
声の主はハルカさん。ハルカさんはそれこそ経理担当の事務職員だ。大卒後、新卒でうちの会社にずっと勤めている。30歳女性。独身で、恋人がいるという話も聞かない。
「これから決算期に向かって、経理も繁忙期になるんですから何とか1人、頼みますよ!」
「もちろん分かってるよ、何とかな。」
そうは言ってもなかなか応募は来ない。
昼休みに県内ニュースを見ると、隣町の養豚場の不幸が報道されていた。
「豚インフルエンザの流行により、○○町の養豚場の豚が全頭、殺処分となります。」
「全頭、殺処分か。隣町の養豚場も経営が大変だろうな。それに比べたら人が来ないなんて大したことないんだろうけれども・・・・・・いや、それとこれとは別だな(^_^;)大したことあるよ。何とかしないとな。」
そんな時に、メッセージの通知に気づく。クリックすると、経理担当の事務を希望とのこと。
メッセージのやり取りを何往復かして、面接日を決定する。通常であれば応募が来たー!と、ハイテンションになるのだが、その応募者には条件があった。
「都合で2か月しか働けないんですけど、それでもよろしいでしょうか」とメッセージ。
ハルカさんに共有する。
「2か月? 確かに2か月でも戦力として働いてもらえば経理の繁忙期は乗り切れますけど、ちょっと不安ですよね。2か月なら即戦力でなければ採用する意味はないでしょう。私もその面接に同席してもいいですか? パソコン操作してもらって、戦力になるか判断したいので。」
「あぁ、いいよ。もちろんだ。」
面接当日。
会議室には私とハルカさん、そして目の前にいる女性は「なつき」と名乗った。
履歴書に貼り付けられた顔写真を見て私は驚く。
(ぶ、豚じゃないか!)
証明写真とはいえ、普通の女性ならもう少し角度とか気にしたりするよね!?って思えるぐらい、目が細くて、めっちゃ豚鼻な真顔の女性の顔写真が貼り付けてあった。どれぐらい豚鼻かというと、普通の人が鼻フックつけてやっとそうなるレベルの豚鼻。鼻の穴が上向きでかつ大きい。今はマスクをつけて対面しているが、マスクの中はめっちゃ豚鼻なのだろう。
私は顔が豚そのものであることが気になっていたが、
ハルカさんは顔のことには目もくれず業務に必要なスキルについて質問していた。
「それじゃあ、エクセルでこれをやってみて。」
「分かりました。」
その瞬間、なつきさんの手元が素早く動く。ハルカさんが合格基準に考えていた時間の半分で終えていた。
「こ、これなら大丈夫ね。なつきさん。2か月という短い期間ですが、ぜひよろしくお願いします。」
ハルカさんのその言葉を聞いて、私も納得し、採用の手続きをし始めようとする。
「ありがとうございます。でも私、1つ問題というか欠点があるのですが良いでしょうか。」
「何でしょう?」
「私ちょっとした病気で、その、オナラが我慢できないんですよ。自分では分からないんですが、においも強烈というか。医師には健康上の問題はないと言われていますけど。」
何を言われるかと思ったがそんなことか。ハルカさんの方をチラリと見て確認するが、そんなことは意に介さない様子だった。
「大丈夫ですよ。よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。あ! 言っているそばから出ちゃいました。」
その瞬間
「くっ、くっさー」
私とハルカさんはその場でうずくまった。
マスクをしていても余裕で貫通する臭い。鼻孔から入った臭さが脳や心臓まで伝わる感じ。ナゼか目も開けづらくなる。数分間うずくまり、2人とも起き上がった。
「ご、ごめんなさい」
「いやいや、別にいいですよ。病気なら仕方ないし。それに嗅覚というのはそのうち慣れるでしょうから。仕事は明日から大丈夫なんでしたっけ? 明日からよろしくお願いします。」
オナラが突発的で臭すぎるという欠点はあったが、スキルが即戦力だったため気にせずに迎え入れる。
翌日以降、勤務し、次々と経理事務をこなしていく。課長としてたまに様子を見に行くが、とてもスムーズだ。その最中にも何度か、なつきさんのオナラの臭さにうずくまっていたが、それを除けばとても優秀な事務員(期間限定)だ。しかし何を食べていたら、そんな臭いオナラが出るのかな。まるで養豚場のような臭さである。
ある朝、部屋で鏡を見ると、自分の顔の変化に気づく。
「俺ってこんな鼻だったっけ?」
鏡には鼻の穴が少し上向きな自分がうつっていた。なつきさんほどの豚鼻ではないが、明らかに鼻の穴が上向いている。
「前は普通の鼻だった気がするんだけどな・・・。ま、いいか。これはマスクを手放せないな。マスク社会だからちょうどいいけど」
多少気にはなりながらも、私はその後も普通に出勤した。
そして、なつきさんの最終出勤日を迎える。
「なつきさんから効率の良いやり方も学べたし、もっと一緒に働きたいところですけど、本当にありがとうございました。」
わずか2か月の勤務だったが、私達は仕事がとても充実してできていた。今日で終わりなのが何とも寂しいな。
「ありがとうございます。最後にマスクとって挨拶したいです。感染対策からは外れてしまいますけど。」
と、なつきさんはマスクを外す。
マスクを外した顔は、やはり豚だった。
細い目、鼻の穴が大きな豚鼻。
豚が何かの間違いで人間になってしまったレベルである。
とはいえ別れの瞬間だ、私もマスクを外す。
「あれ、課長ってそんな鼻だったっけ! マスク社会が長引くと元の鼻を忘れちゃいますね。それでは私も恥ずかしいけど、マスクをとります。」
そうしてマスクをとったハルカさんの鼻も、
鼻の穴が上向きだった!
「ハルカさんもそんな上向きの鼻だったっけ?」
マスク社会になる前の、数年前の記憶ではハルカさんはどちらかといえば団子鼻で、上向きではなかった気がするのだが。
「私も何か、最近気がついたらこの鼻になってました。」
「やったー!嬉しい!!!!!」
「えっ、何が?」
急になつきさんがハイテンションになった。そして、次になつきさんの口から発せられた言葉は衝撃的だった。
「私、実は隣町の養豚場の豚だったんです。2か月前に全頭、殺処分となった養豚場の。人間に食べられるならまだ本望だろうと思って生きてきましたが、食べられる直前で豚インフルエンザが蔓延。そして、全頭殺処分と。そんな豚達の心残りの集まりが私だったのです。」
「????????」
「豚達の心残りが強くて何とか2か月間はこの地にとどまることができるようになりました。せっかくなら少しでも人間にバレずに私達の痕跡を残したいなと。そこで豚化成分の入った臭いオナラを嗅がせて少しずつ豚化していくことを試みました。それが今まさに鼻が上向きになっているあなた達です。」
「!??????!」
「でも完全に豚化させることができるオナラの量はせいぜい1人分でした。2人に嗅がせるため濃度を分散したので、あなた達は完全な豚にはなりません。せいぜい豚みたいな顔した人間で終わりです。でも、それで私達は満足です。私達の豚顔が後世まで続いていくのであれば。」
目の前にいるのは、豚顔のなつきさんではなく、もはや豚そのものだった。しかも透き通り始めている。今の話の通り、豚達の心残りの幽霊だったということか。
「2人ともありがとうございました。最後にとびきりのオナラをプレゼントします。これで立派な豚顔になって下さいね。」
「ぶーーーーー!」
「くっ、くっさー!」
そして私達は気絶した。
どれぐらい時間が経ったのだろう。
豚のような鼻を鳴らしたイビキに目を覚ます。
イビキの主は、ハルカさんだった。いや、ハルカさんと思われるというべきか。
なぜなら、先程までの鼻の穴が上向きというレベルを完全に超えている。鼻フックで引っ張られているわけでもないのに、ナチュラルに大きすぎる鼻の穴をしていて上向き、突き出ている。かつ目も細い。そして顔に肉もついている。
まさに豚顔だ。性別的に雌豚と表現してもいいだろう。
服装や髪型から、おそらくハルカさんだったのだろうとは思うが自信がないレベルだ。
(イメージしづらい読者の方は、養豚場の豚で画像検索して下さい。顔が豚そのもので、髪が生えていて服も着ているイメージ。豚がおしゃれしてカツラや服を着ているイメージ。)
私は気絶前の、なつきさんの言葉を思い出し、鏡を見る。
「うっ、まじか。」
鏡にはこれまた豚顔の男がうつっていた。
ホント、雄豚という表現がピッタリのような顔である。
こんな豚顔なのにスーツを着てると間抜けだな(^_^;)
豚が頑張ってコスプレしているみたいだ。
言葉は日本語を喋れるし、二足歩行のままだしということで完全な豚ではなく、豚みたいな人間ということなのだろうが、なかなかこれは精神的にクルなぁ。
ほどなくして、ハルカさんも目を覚ます。鏡を見て、そして私を見て状況を理解したようだ。何回か、夢じゃないかと頬をつねっていたが。
「課長、マスクして。飲みに行くよ!」
珍しくハルカさんから誘われ飲みに行くことに。
新型コロナウイルス感染症によるマスク社会は好きではなかったのだが、こんな豚顔になってしまったらマスクは便利である。豚顔度合い、特に豚鼻を隠せるからね。私もハルカさんもマスクをしていれば目が細いだけで、マスクの下は整っているかもしれないと錯覚できる。実際は大きな鼻の穴した豚鼻だが。
個室居酒屋に入る。
「さぁさ、課長どんどん飲んで。」
「どうしたのさ急に。」
「いやいやこの状況、飲まなきゃやってられないでしょ。課長は確かワインが好きだったよね。グラスワイン3つ頼むわ。酔いましょう。」
それに対してハルカさんが頼んでいたのはアルコール度数の低いものばかりだったのが気になったが、まーいい。久し振りに酔っ払うか。
個室居酒屋で2時間過ごし、マスクをつけて店を出る。
「タクシー乗るよ。」
家まで送ってくれるのか、タクシー代は後で渡さないとなとか思いながら着いた先は・・・・・ラブホテルのようなところだった。
「え? ここは」
「いいからいいから」
フロントを通り、勢いよく流されるがままに入室した。
「じゃあシャワー浴びてくるからね。服を脱いでてね。」
状況が分からないが・・・何せ酔っ払っている。とりあえず服を脱ぐか。そして私は全裸になった。鏡にうつるは醜い二足歩行の豚顔人間だったが、酔っていると気にしなくなってくる。
ハルカさん
「お待たせ(•ө•)♡」
シャワーを浴び終えたハルカさんがやってきては密着してきた。タオルを巻いているが裸であるし、醜い豚顔である。
次の瞬間、ハルカさんは目を閉じ、唇を重ねてきた。醜い豚顔がキスを迫ってきたので、本能的に避けてしまったが、
「逃げるなよ。あんたも同じ顔なんだからさ。醜い豚顔どうし仲良くしましょうよ。」
そして醜い豚顔の男女は唇を重ね合わせていた。お互いの鼻息を感じる。
「ハルカさん、どうしたのさ?」
「いや私も30歳で彼氏もいなくてさ、美人じゃないことも自覚してたけどそれなりに身なりに気をつかって、いつ素敵な人と巡り会えるのかとやっていたのよ。でも今はどうしようもない醜い豚顔じゃない。特にこんな大きな鼻の穴した豚鼻をしていては、初対面で恋愛関係を構築していくのってかなりハードル高いわ。そこで思ったのよね。同じような顔というか経緯も分かっている課長と一緒になるしかないよねと。」
「俺に選択権は?」
「ないよ。だって課長も独身で彼女もいないんでしょ。だったら責任とって下さいね。」
「責任って。」
「私も面接に同席してプッシュしたけど、最終的にあの豚の採用を決めたのは課長だから。」
私は頭の中で状況を整理しようとしていた。
ハルカさんと一緒になる、ということは結婚するってことか。状況的に分からなくもないのだが、それまでちょっと恋愛においては面食い気味だった私には想像しがたいものだった。仕事終わって家で癒されようとしても、そこでは醜い豚顔したハルカさんが待っているってことだよね。そんな結婚生活が続くだろうか。
「もう何、躊躇してんのよ。雄豚らしくないなー。それ!」
そうするとハルカさんは私の下半身に手を添えた。
「な、何を。」
「決まってるじゃない、結婚する2人がする行為よ。」
私は抵抗しようとしたが、なまじ酔っ払っていて抵抗しきれない。気づけば、ハルカのリードならびに雰囲気で、子どもができるかもしれない行為を複数回やっていた。そして疲労困憊となり眠りにつく。
気づくと、朝になっていた。
昨日のことは現実だったのだろうか?
寝ぼけ眼で隣を見ると、そこには可愛い寝顔をしたハルカがいた。もちろん鼻の穴が大きく突き出た豚鼻であることに変わりはないのだが、昨日の行為を思い返しながら私にはとても可愛く思えた。
何でこんな可愛い顔を醜いと思っていたのだろう。この豚鼻がキュートじゃん。ずっとハルカの寝顔を見つめていたら、ハルカが目を開けた。ハルカは恥ずかしそうな素振りを一瞬見せたものの、すぐに私と鼻息荒く唇を重ね合わせる。
「結婚しような、ハルカ。」
「はい」
すぐに婚姻届を提出し、受理されて私とハルカは正式な夫婦となった。
帰り道では、人目をはばからずにマスクを外して醜い豚顔どうしで鼻息荒くキスをしていた。
通り過ぎる人々からは醜い豚顔どうしのお似合いブサイク夫婦と思われていたかもしれないが、私達にとってはそんなことはどうでもよかった。
「ハルカと結婚できて幸せだよ!」
数ヶ月後に妊娠が判明し、ハルカにそっくりな可愛い豚顔の女の子が産まれたりしたが、それ以降の幸せストーリーは読者様に任せます。
醜い豚顔どうし、愛し合う。
やっぱそれが理想なんだよな。
ブサイクどうしの恋愛、好き!