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パンデモニウムの晩鐘  作者: 他バスコ
一章:魔界事変
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第0話「始まりの神話」

 この小説に目を通してくださった素晴らしい皆様、ごきげんよう。バスコと申します!


 この作品は拙著『魔界事変』を物語の根本、および基本的な展開ならびに登場人物のみを残し、より整合性と質を高めたものとなります。

 よろしければ最後までお付き合い頂きたい所存です! よろしくお願いします!!


作者トゥウィッター: https://twitter.com/Tabasco_IlI

 …遠い昔、遠い国で全てが始まりました。


 その子は奴隷でした。彼がどこで生まれ、どんなふうに育ち、どうして奴隷に身を落としたのかは、今となっては本人にしか…いいえ、彼もそんな事は覚えてもいないでしょう。

 とにかくその子は名も知らない主人の下で来る日も来る日も、ただただ命じられるがままに働きました。


 彼は働き続けました。辛苦こそが自由への鍵だと信じて。やがて時が経ち、彼の住んでいた国はやがて大きな飢饉に見舞われました。

 食べるものが無いのですから、やがて彼の体はボロボロに弱り、やがて重い病気にかかってしまいました。主人は働けなくなった彼を追い出しました。


 「辛苦こそが自由への鍵である」…皮肉なことに、彼が心に持ち続けていた言葉が、最悪の形で実現されてしまったのです。彼はこんな仕打ちを受けるほどの罪を犯したのでしょうか? もはやあの地獄では働けないこと、否、幼い子であることこそが罪だったのです。


 本当の意味で行くあてを無くした彼は、誰に言われるでもなく、体を引きずり、小高い丘にぽつんと立っていた木にもよりかかっていました。

 空を見上げてみると、まるで宝石箱をひっくり返したような星々がきらめいていました。彼にはもう手足を動かす力も残っていません。死は穏やかに、しかし厳粛に彼に寄り添い、あの世へと導こうとしました。

 彼が天に召されるその瞬間、空が「砕け」、光り輝く七色のカケラがまるで雨あられのように降り注いだのです。そして、彼の前にもそのカケラが舞い降りてきて来ました。


 なにかに引かれるように、死を前にした体に鞭打ってそのカケラを手に取ると、突然暖かな光が湧き出し、彼の体を包み込みました。その心地よさに、彼は静かに目を閉じ、いつの間にか深い眠りに落ちていました。


 彼は鮮やかな初夏の陽で目を覚ましました。彼は身を起こして大きくあくびをすると、すっくと立ち上がりました。どういうことでしょうか? 昨夜までが嘘のように身体が軽く、全身から力が溢れてくるのを感じました。まさかと思って服を脱いで自分の体を見てみれば、全身の傷やアザがきれいサッパリ無くなっていたのです。

 彼は大層驚きました。そばの水たまりに顔を映してみると、彼の瞳はあの夜の光をそのまま宿したような銀色になっていたのです。


 彼が足元から飛び立っていく小鳥を見て、翼を持って空を飛びたい、そう願えば背中から大きな翼が生え、彼を空高く、どの生き物の飛べるよりも高くへと誘いました。

 自分の暮らしていた街や働いていた農園、そして鳥や龍の背中を見下ろしながら、彼は気の済むまで空を舞いました。自分を散々な目に合わせた人間たちの事など、もはや彼にとってはどうでもいいことでした。


 空を飛ぶのに飽きると、今度は足で地を蹴り、それに飽きたら今度は海を泳いで渡り、また飽きたら空を飛んで…を繰り返し、これまで目にすることの無かった「あの世界」を見て回りました。魔物や悪人、あるいは災害すらも物ともせず、気ままに旅をしました。

 

 かつての彼のように、信じる神様や生まれ、あるいは育ちが違うだけで虐げられ、良いように利用され、笑いものにされて死にゆく定めにある人たちに出会うにつれ、彼は思うようになったのです。

「自分が得た力を使い、あらゆる人々が差別されず自由に生きられる国を建てられはしないか」、と。


 それからどれほどの時が流れたのかも、やはり彼すらも覚えていないでしょう。とにかく彼は彼の住んでいた街に戻ってきました。しかし、そこにはかつて自分を働かせ、客まで取らせた主人はおろか、街の人々も誰も彼も、そこにはいなかったのです。

 まるでなにかにみんな食べられてしまったかのように、生き物だけが綺麗サッパリ消え、ただあちらこちらに黒い泥のような物がこびついているばかりでした。その街の真ん中に行ってみれば、「ひび割れ」が浮かんでいました。


 その「ひび割れ」からは、彼がこれまでに見たことのない景色が見えました。彼はその隙間を通って別の場所へ行けると分かると、迷わずにその「ひび割れ」の中に入り込みました。

 「ひび割れ」の向こうの世界に入るなり、彼はあまりの驚きに声を漏らしました。見渡す限り荒れ地が広がり、真っ黒な空に青白いぼんやりとした大きな月が浮かんでいる世界でした。周りにはなんの生き物の気配も感じられません。

 とにかく彼は魔物たちを払い除けながらその地をあてもなく進むことにしました。きっと、彼が生まれ育った地など、戻らなくてすむなら戻りたくなかったのでしょう。


 たどり着いたのは、大陸にも見まがうほどの大きな島でした。彼はようやく人の集まる村を見つけました。あらゆる世界を回ってきた彼をしても、彼らの話す言葉はわかりません。しかし村の人々は彼が敵ではないと分かると暖かく迎えました。

 長い時間を共に過ごしていくことでお互いに打ち解け、彼は言葉のわかる村の長に尋ねました。あなた達は誰で、ここはどこなのか、と。長は震える声で答えました。「私たちは死神族であり、ここは棄てられ人の地である」、と。


 長のなべて語るには、彼らの先祖はかつて酷い迫害を受けた末、この不毛の地に追いやられたのだといいます。なぜ誰かを傷つけているわけではないのに、このような仕打ちを受けなければならないのか、嗚咽混じりに口々に言うのが聞こえてきました。


 彼は立ち上がって言いました。自分を受け入れてくれたことの恩を返したい、と。そして彼らに、誰もが自由に生きられる国を作る夢を熱く語りました。

 彼らは言いました。もしも悪さをする巨人を倒してくれるならば、我々はあなたを王と認める、と。その巨人は文字通り山のような大きさの乱暴者なのだといいます。

 彼はすぐその巨人の元へと飛びました。巨人の体は大量の鋼鉄でできており、月の光に照らされてどこにいるのかがすぐにわかったのです。


 地面は割れ、海の水が雨になり、雲は落ち、山は谷に、谷は山になる程の戦いでしたが、それでも勝負は付きません。

 戦いは七日目の夜まで続き、二人もへとへとになっていました。巨人は一瞬の隙を突いて彼を飲み込んでしまいました。しかし、それが運の尽き。飲み込まれたのを逆手に取り、巨人のお腹の中で残された力の限り暴れました。

 巨人は泣きわめき、彼を吐き出すなり自分の負けだ、これからは心を入れ替えてあなたに従うから許してほしい、とひざまずいたのです。彼が「棄てられた地」の王となった瞬間でした。彼はまず強すぎる巨人の力を十二に分け、巨人の体を使ってそれぞれの器を作り、十二柱の守り神を作りました。


 守り神たちはそれぞれ十二の獣の姿を取り、各地へ飛んで根付いた場所に安全な場所を作り、人の住める地としました。


 死神族たちは彼を讃え、王として迎えました。しばらくして、彼はこれから自分の国に住む人々を集めるため、住んでいた世界へと旅立ちました。 

 彼が旅立ってから数ヶ月して、彼はまず十二の荒くれ者を連れてきました。彼らは棄てられた地に住む恐ろしい怪物を倒し、その力を我が物にしました。これが今の貴族の始まりです。 彼らと死神族たちがその国の最初の民になりました。


 生まれも育ちも違う人々が苦難を共にしながら力を合わせ、この国はどの時代にもなかったような素晴らしいものになりました。かつて彼らの周りにいた人々は、彼らは「悪魔」に連れ去られたのだと口々に語りました。

 その話が彼の耳に入ると、自分の事を『魔王』、この国を『悪魔王国』と名付けました。そして魔王は巨人の体から王冠と、五つの穂を持つ槍、そして大きなお城を作り出しました。

 魔王は人間界の東の学者と共にこの国のルールを、西から来た学者の言うように街を作りました。魔物が来れば飛んでいって追い返し、諍いがあろうものなら間に入って取り持ちました。国を作る仕事を終える頃には、十数年の時が経っていました。

 お城の一番高いところからかつての島を見下ろしてみると、家々の明かりがまるで地面に浮かぶ星空のようでした。いろいろな姿かたちをした子供たちが笑いながら遊ぶ声が聞こえ、大人たちも忙しく働きながらも活き活きとしています。

 肌の色も、信じる神様も、見た目も何も関係ない。ただこの王国の民である、その繋がりは人々を一つにするに足るものでした。これこそが魔王のずっと見たかったものだったのです。その時、ようやくあの島の名前が決まりました。

 かつて彼の住んでいた国の言葉で「混沌」あるいは「大騒ぎ」という意味である「パンデモニウム」と名付けたのです。あらゆる種族が入り混じり賑わうこの国の都に相応しい名でした。


 疲れ果てた魔王は、きびすを返して床に入るなり、ぐっすりと眠りました。その顔は心底安らかで、嬉しそうなものだったと言われています。

 その次の朝、魔王は人々の呼ぶ声で目を覚ましました。 外に出てみるなり、人々は大いに湧き上がり、彼は「王の中の王」、「帝王」の名に相応しい、と叫びました。


 あっけにとられていると、この国に残った東の学者もうんうんと頷きました。魔王は図らずも「王」から「皇帝」になり、そして国は「魔界帝国」と名を改めたのですが、魔王は自分のことは今までと同じように呼ぶべしとのお触れを出しました。どうしても「帝王」と言うものが嫌で、彼は最後まで自分は王である、と言い続けたといいます。


 魔王はその後、かねてより仲の良かった死神族の娘と結婚し、たくさんの子宝にも恵まれました。可愛らしい孫たちの世話をしていると、魔王はあることに気づきました。たくさんいる自分の子孫の一人だけ、自分と同じ銀色の目をしていたのです。

 察しの通り、その子は魔王の力を引き継いでいました。


 その子が一人前になる頃、彼は突然「王位を譲る」とだけ言い、姿を消してしまいました。彼が空から力を得てからちょうど百年ほどのことだったと言われています。


 彼は去り際、こう言い残しました。

「人はいつかは死ぬ。だからこそまだ見ぬ子らに己の全てを託すことで人はヒトという種族として、より良い存在へと成長できる。王たる者も同じ。故に死なぬ朕はやがて化石のような遺物に成り果てるだろう。いつかはさらねばならぬ。そして今日がその時だ」と。


 そう、どれほどの時が経っても、彼は力を得たときから老いることは無く、幼い子供の姿のままだったのです。

 人々が子を成し、老いて死に、その子がまた子を成し…その大いなる循環を見守り続けた末に、永遠に生きる定めを持った王が出した結論でした。


 その後の彼の行方を知るものはいません。そして私達がそれを知ることを彼も望みはしないでしょう。それでも、彼が残してくれた街や素晴らしいルールは、今でも私達とともにあるのです。

 そして今もきっと彼は、今もこの国のどこかで私達を見守ってくれているのでしょう。

Tips0: Tips

 後書きを使ってこの作品の世界観に関連する用語を一話ごとに三、四つほど紹介いたします。


Tips1:砕空降神

 突然空が割れ、そこからあらゆる色の光のカケラが降り注いだ現象。初代魔王になった少年は銀色の光を手に入れ、神の如き力を手に入れた。


Tips2:魔界王国

 初代魔王が建てた国。後に魔界帝国と国体を変えるが初代魔王の方針により君主は「魔王」、その子孫は「王子」、と皇帝に関連した名称で呼ぶことはない。


Tips3:巨人と魔界帝国の守り神たち

 それぞれネズミ、ウシ、トラ、ウサギ、ドラゴン、ヘビ、ウマ、ヒツジ、サル、トリ、オオカミ、そしてイノシシの形をした鉄の器に、巨人が持っていた力を分散して誕生した。魔物を退け、担当する地方を守護する任を負っている。 パンデモニウムには巨大なドラゴンの神が存在する。


Tips4:死神族

 初代魔王が辿り着く前に闇の世界に住んでいた住民。独自の言語と文化を持ち、紫色の髪と瞳、そしてエルフのような尖った耳が特徴。初代魔王を仲間として迎え、最後には王として認めた。

 

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