どうか、選別に耐えられますよう。
「あれ? おかしいですね」
天使は、羽を畳んで、キョロキョロと辺りを見回す。
「私の記憶では、確か、ここだった気がするんですけど」
「売地って書いてあるな」
空き地のど真ん中に、看板が挿してある。この空き地は、住宅と住宅の間にあって、どうやら、どこかの家を取り壊した跡のようだ。
「というか、記憶?」
「あぁ〜、何でもないです! はい!」
そう言って、天使は俺を再び抱えた。
「重くないか?」
天使は、華奢な女の子だ。羽が生えているとはいえ、人一人、それも、高校生の男を運ぶのは、疲れてしまわないだろうか。だが俺の心配とは裏腹に、天使は首を横に振った。
「私は天使ですよ? 佳太さん」
そう言って、彼女は頬擦りしてきた。
「それに、今はこの重みが、とっても嬉しいんです!」
「そういうものなのか?」
「そういうものです! さっ、今度こそお家に帰りましょう。案内していただいて良いですか?」
「佳ちゃん!!」
さすがに家の真ん前は怪しまれるので、ちょっと離れたところで降ろしてもらってから帰宅した。
玄関に立っていた兄貴は、俺に駆け寄ってきた。
「帰りが遅いと思って心配してたんだ。電話にも出ないし……大丈夫だった?」
「あー、大丈夫だったよ。どっかにスマホを落としちゃって、探してたんだ」
「やっぱり」
やっぱり? 俺は首を傾げた。
「まったく、佳ちゃんはそそっかしいんだから。ほら」
兄貴が取り出したのは、赤い髪の女の子に没収されたはずの、俺のスマホだった。
「あと、これも落ちてたよ」
ついでに、コンビニで買った物が入っているエコバッグ。無いと思ってたけど、兄貴が拾ってたんだな。
それにしても、エコバッグはともかく、スマホが戻ってくるとは思っていなかった。
「あ、ありがと。これ、どこで?」
「道端に落ちてたよ」
「よ、良かったぁ〜」
スマホのロックを外す。確かに、数分前に兄貴からの着信が入っていた。ソシャゲのデータも無事で、ほっとした。
「ところで佳ちゃん、あちらの方は知り合い?」
「へ?」
兄貴の視線は、俺の背後へと向いていた。俺が振り向くと、電柱の陰に、天使が隠れていた。羽を畳んだ状態だから、可愛い外国の女の子にしか見えない。
天使は、意を決したように頷いて、こちらに近づいてきた。俺の隣に立ち、兄貴にぺこりと頭を下げる。
「お願いします、私、行くところがないんです。居候させてください!」
数分前までは、「私のことはお気になさらず」と儚いことを言っていたのが嘘みたいだ。
「うぅ〜っ、この唐揚げ美味しすぎます! ほくほく、ジューシーっ!!」
ほっぺたを抑えて、できたて唐揚げの旨さに打ち震える天使。それを微笑みながら見守る俺の家族。
順応力高すぎないか? 外国の、しかもピンク髪の女の子だぞ? 今は見えないけど羽も生えてるし。ていうか、唐揚げ食べてる天使って何?
「いっぱい食べてね、メイネちゃん」
「良い食べっぷりだ」
「メイネさん、サラダもどう?」
「いただきますっ!!」
ちなみに、天使は名前を聞かれた時、メイネ・クライスと名乗った。ちゃんと名前があって良かったが、「二人きりの時は、天使と呼んでくださいね」と言われてしまった。
彼女は、俺に天使と呼ばれることにこだわっている。
なんでなんだろ。
なんとなく見たダイニングのテレビでは、お笑い番組が映し出されていた。家族は、時折それを見ては笑っている。と。
ポーン、ポーン。
どこか不安になるような音ともに、テレビ画面の上に字幕が表示される。それは一瞬で、すぐにテレビ局のスタジオらしき映像に切り替わった。
『えー番組の途中ですが、ニュースをお伝えします』
落ち着き払った様子のアナウンサーが、
『先程、首相官邸では記者会見が行われ、“国家非常事態宣言”が発令されました。国民の皆様は』
にやりと、嗤った。
『どうか、選別に耐えられますよう』




