警察は呼べなかったけど、別のものは喚べた。
ーー警察。
警察に連絡しなきゃ。
エコバッグの中に入っていたコンビニスイーツは、ぐちゃぐちゃになっていた。
「はあ? 何よあんた?」
さっきから聞こえていた声のイメージとぴったりの、赤い髪の女の子がこっちを向いた。勝気そうな女の子だ。その女の子のそばにいるのは、あからさまにヤバい奴。
フードをかぶっていて、男か女かもわからない。だけど、包丁を握っている手は、男っぽいかもしれない。
ーー包丁!
どくんと、心臓が音を立てた。東堂さんを襲った通り魔は、まだ見つかっていない。さっき聞こえた会話からして、たぶん、こいつが犯人だ。
ーー逃げなきゃ、逃げなきゃ逃げなきゃ。
「あっ、こらっ!」
俺は、エコバッグもそのままに、方向転換。ポケットに入っているスマホの、緊急通報ボタンを押そうとして、転んでしまった。いや違う、これは、転ばされたのだ。
「なんだよコレッ……」
アスファルトから、突然にょっきりと生えてきた植物。たぶん、ツタの種類だ。それに足首をとられて、俺は転んでしまった。
スマホが小気味良い音を立てて、飛んでいく。それを拾った女の子は、「へぇ……」と悪そうな笑みを浮かべた。
「通報しようとしたんだぁ?」
シュルシュルと、蔦が体に巻きついていって、俺は女の子の前に正座させられた。今日はなにかと地面に縁が多い日だ。
女の子は後ろを振り向いた。
「まったく、あんたの見た目が怪しすぎるせいなんだからね。そんな物騒なもの、しまいなさいよ」
「そう言われましても……私には、これが無いと、安心できません」
怪しいフード男はやっぱり男の声で、意外にも、気弱な声だった。女の子は、ふんっと鼻を鳴らして、俺を見下ろした。
「それで? アンタのブックだと、この男には利用価値があるの?」
「ありません。この男は、重要人物ではありませんから」
「じゃ、モブってところか……殺しても、問題は無いわよね?」
女の子がにたりと嫌な笑みを浮かべる。俺の首周りに、蔦が巻きつこうとしている。
理解が追いつかない。地面から植物を生やす見た目小学生に、俺は殺されようとしているのだ。
やばい。
やばい、やばい。やばい。
「くそっ」
「力なき者は、この先を生き残れない。先に死ねて良かったじゃない」
「なにがこの先だ、このイカれ小学生が。っていうか、お前!」
「……私ですか」
「そうだ」
俺は、きょとんとしている様子のフード男を指さした。
「お前が、東堂さんを襲ったのか?」
「はい。我々の障害になりそうでしたので。貴方は、東堂光希の知り合いですか?」
「俺は、彼氏だ!」
「はて、そんな情報、ブックには……」
「これから死ぬからって、頭おかしくなっちゃったんじゃない?」
肩をすくめる女の子。俺は、巻きついてくる蔦に抵抗しながら言った。
「よくも、東堂さんを傷つけたな。地獄に落ちろ」
「はあ……あんたがするべきは命乞いじゃないのかしら?」
そう言って、女の子は指を鳴らした。
「ぐ、ぅっ」
苦しい苦しい苦しい。身体中から、何かが出てきそうになる。くそ、警察に通報したいのに、誰か、誰か通りかかってくれれば……。
おんぼろ街灯が、ちかちかと明滅した。薄れていく視界に、舞い散る羽が見えた、気がした。
「うそ……どうして、まだ出現時期じゃないはず……」
それは、気のせいじゃなかったらしい。薄桃色の緩くうねった長い髪に、優しげな金の瞳。薄手のレース生地を纏った彼女は、背中から、羽根を生やしていた。
「どうして、女神が……」
「いいえ、私は女神ではありません。ね、佳太さん?」
ぱちん、と彼女がウインクする。気付けば、俺の拘束は解けていた。
「私は、神ではなく天使です。そこのところ、お忘れなきよう。では、さようなら?」




