下手な方が割り切れた
異能が宿ったその日、三枝一也は困惑した。
三枝に宿った異能は、出会った人間の、前世の“死に方”がわかるというもの。
まだ皆が“女神”の声を聞く前のことである。三枝は、自分の頭がおかしくなったのだと思った。
『課長?』
まだ、異能力対策課が生まれる前。きょとんとしている部下は、拷問の果てに死んでいた。椅子に縛りつけられて、虚ろな目で血を流した部下の映像と、丸椅子に座り、口元に笑みを浮かべる部下がだぶって見えて、三枝は吐き気を覚えた。
『課長? どうされたんですか? 大丈夫ですか?』
『升宮……お前は、生きてるんだよな?』
『い、生きてますけど……』
とまあ、これは、ショックを与えたが、三枝は「そんなことあるわけない」と思うことができた。なぜなら、ここは日本だからだ。いや、日本だからといって安心できるわけではないが、警察庁の人間を拷問できる人間は限られているし、その彼らとも、それなりに距離は保っている。
『うん、そうだ、そうに違いない』
『どうしたんですか、課長』
『いや、なんでもないよ』
困惑が絶望に変わったのは、異能が自分だけのものではなくなった時だ。
世界が自分と同じになる安堵と共に、馬鹿げたものと片づけていた“死に方”が、現実味を帯びてきた。
異能によって、人々を隔てる壁は、いとも簡単に崩れ落ちた。“殺される”ことは、容易くなってしまった。ありもしない前世は、肌で感じられるほどに間近に迫っていた。
出来の悪い自分を、いつも慕ってくれていた、出来の良い弟が、凶弾に斃れる瞬間も。
これは前世であって、今世のことではない。そうやって心の声が囁くのに、胸騒ぎは治らなかった。
『兄さんは、どんな異能を手に入れたんだ?』
電話越し、当たり障りのない能力を返した。本当は、電話なんてつながってほしくなかった。“確認”なんてしたくなかった。
それでも、訊ねざるを得なかった。安心したいと思った。バツが悪そうな演技で、『お前はどうなんだ?』と言った。すると。
『俺は、“変身”の異能だよ。誰にでも変身できるんだ』
『…………そうか』
嬉しそうに言った弟は、たしか、幼い頃にテレビに出てくるヒーローに憧れていた。だから、弟としては嬉しかったのだろう。
『変身できる国会議員って、すごいと思わない?』
はしゃぐ弟の声は、どこか遠くに聞こえた。三枝は、確信を持ってしまった。弟の“死に方”が、フラッシュバックする。弟は、今世も。
電話をしながら、ぐっと、拳を握った。
『なあ、一寿』
『なに? 兄さん』
『死ぬなよ』
『兄さんこそ。あっ、どさくさ紛れに、話したいことがあるんだけど良いかな? 父さんや母さんに言う前に……』
『俺とお前の仲だろ。良いよ。じゃあ、今度の日曜日……』
その日曜日は、永遠に来なかった。
営業もしてない荒れ果てたファミレスで1人、三枝はタバコをふかしていた。まだ、警察庁の組織が再編成をしている頃だ。仕事があればよかったのに、三枝の頭の中は、弟のことばかり考えていた。
『こんにちは』
背の高い、若い男だった。穏やかそうな顔つきをしているが、こういうのが一番厄介だ。
『弟さんは死にましたよ』
『しってる』
ここに来ないからには、そうなんだろう。
『誰に殺されたか、知りたくありませんか?』
『知りたくない』
復讐なんて面倒なことをするのは御免だった。違う、弟の誇れる兄でいたかった。敵討ちなんてのは、昔話で十分だ。
『弟さんを殺したのは、二階堂鏡子です。テレビでやってましたよね、“神待つ者たち”。弟さんは、総理の代わりに殺された』
『立派な死に方じゃねえか』
国益を考えたら。そう続けようとして、やめた。
『で、お前は何をしにきた?』
『勧誘を。このままでは、“神待つ者たち”は、日本を滅ぼしてしまいます。復讐でなくても良い。弟さんの遺志を継ぐために、俺たちの仲間になりませんか?』
三枝は、口の端を持ち上げた。
『お前、勧誘ド下手だな』
だが、不思議なことに、そのド下手な勧誘こそ、三枝が求めていたものだったのだ。
たとえばこれが、100%善意だとわかる勧誘なら、三枝は断っていただろう。だが、この男の勧誘の仕方は、巻き込んでも、死なせても良いと思えるやり方だった。
『ちょうどいいや、俺の復讐に、お前を利用させてもらうぜ』
『はい。俺たちも、貴方を利用しますから、よろしくお願いします。三枝さん』
『ああ。よろしく頼む、えーと?』
『白永墨斗といいます。貴方と同じ、弟を大切に思う、1人の兄ですよ』




