将来有望だな。俺と同じだなんて
「……そうか。二階堂鏡子は、私を最初から逃がすつもりだったのか」
朝。ぼろぼろのスーツの格好から打って変わって、母さんのTシャツに着替えた中田原総理は、味噌汁を飲みながら神妙な声で言った。
「三枝君の能力も加味して、計画を立てていたと……」
三枝、というのは、中田原総理に変身して殺された与党議員の名前だ。その名前を口にした時、中田原総理の声には、鎮痛さが加わった。そうだ、二階堂の声には、それが足りなかった。
総理を生かしたのは、二階堂の優しさだと思う。けれど、もう少しやりようがあったんじゃないかと、実質世界1周目の俺は思うのだ。なんにも知らないから、思うことができるだけかもしれないけれど。
ーーみんな、死んだってことにしておいて、実は生きてるとかならないのかな。
そんな甘いことを考えてしまう。
「佳ちゃん?」
兄貴の声ではっとして、俺は朝食を食べるのを再開した。兄貴が卵焼きを箸で摘む。
「でも、その二階堂鏡子さんは、一体何がしたいんだろうね。案外、学生生活を楽しみたいだけだったりして」
「兄貴は優しすぎる。アイツは、絶対なんか裏で考えてるよ」
俺は苦々しく吐き捨てた。俺よりすごい力を持っていて、俺より知識があるのに、選んだのがあの方法だ。人を犠牲にする方法だ。
「そんなこと、絶対に許されるわけない」
「ねえ佳太、大丈夫なの?」
母さんが、そんな俺に、困り顔で言う。
「二階堂……さんがそばにいて。貴方が危ない目に遭わない? 殺されたり、しない?」
俺は味噌汁を啜った。小さく息を吐く。
「大丈夫だよ、二階堂は、俺を殺さない気がするから」
言って、何にも確証がないなと自嘲した。
「二階堂は、前の世界の俺が大好きだったみたいでさ。あんな可愛い子にモテるなんて、俺ってどんな徳を積んだんだろうな」
「佳太さんは、徳を積みすぎたんですよ」
納豆に苦戦しながら、メイネが言う。
「くっ、糸が切れない……私を含めみんなを救って。じゅうぶんすぎる徳を積んだから、モテるのは当然です」
「前の俺は、すごいやつだったんだなぁ」
「それはもう。だけど、前の佳太さんはちょっと危うかったので、今の佳太さんに私は安心しています。そこは、二階堂鏡子と同じかもしれません。あ、切れた」
ちょっと複雑そうに、嬉しそうに言うメイネ。嬉しそうなのは納豆から解放されたからだろうか。
「とにかく、二階堂鏡子が何を言ってこようが、佳太さんは佳太さんのままで良いと思います。今まで通りの、この世界の佳太さんの生き方で」
白永佳太。能力不明。
「うーん」
升宮硝子は唸っていた。自分で鑑定した少年の結果について、少し、思うところがあったからだ。
「鑑定不能、だったんだけど」
他の14人と彼とは、明らかに違う、気がする。升宮の“鑑定”は、正確には“声”の再現だ。対象者が聞いた“声”……異能が人々に降り注いだその日に、人々が聞いた声を再現して聴くのだ。
彼の他の生徒は、“声”がはっきり聞こえた。いや、1人だけ、記憶にない生徒がいる。二階堂鏡子である。
なぜか高校にいて、なぜか検査に参加した二階堂鏡子の“声”を聞いた記憶が、升宮にはない。だが、なぜか升宮の手元には、『服従』と書かれた診断書が残っていた。
彼女は、『神待つ者たち』の教主だから、ぴったりの異能ではあるのだが。
やはり問題は、白永佳太である。
実は、鑑定不能の14人は、“声”に及ばずとも、何かしらの“音”は聴こえていたのである。こもっていたり、重なっていたりして、聴こえないだけで。だが、白永佳太は違う。彼からは、なにも、聞こえなかった。
ーー考えられるのは、無能力。だけど、そんなことをこの異能偏重主義の世の中で言ってしまったら、彼の将来に傷がつくかもしれない。
将来に傷がつくどころじゃない、下手をしたら、彼は……。
升宮が、鎮痛な面持ちで、鑑定書と向き合っていた時だった。
「何を悩んでるんだ?」
「三枝課長」
ドアを叩いて入ってきた上司。升宮は白永佳太の鑑定書を隠した。三枝は、升宮のそばに寄ってきた。
「おっ、この前の異能力鑑定か」
「はい、そうです。みんな、とっても良い能力を持っていて……」
「へえ。鑑定不能とかは?」
「1人いましたけど」
「ふぅん、将来有望だな。俺と同じだなんて」
「あはは、そうですね」
だと、良いんだけど。升宮は、白永佳太の将来が、明るいものでありますようにと、切に願った。




