美少女は、臨死体験をする。
東堂光希は、類稀なる美少女だ。
肩まで伸ばしたさらさらの黒髪に、同じ色の、切長の瞳。それと反対に、きめ細かくて白い肌。
うちの高校は、決して制服のデザインが良いとは言えない。だが、野暮ったいベージュのブレザーも、東堂さんが着ればあら不思議。「どこのブランドですか?」と聞きたくなるくらいに、魅力的になってしまうのである。
東堂さんは、普通に制服を着ているだけで映える。おそらく渋谷あたりに行けば、芸能スカウトの人がわんさかやってきて一大歩行者天国を作ってしまう、そんな美少女だ。
だから、普通の人が経験することのないことも、経験してしまったのだろう。
「東堂さん、本当に大丈夫? 家まで送ってこっか?」
心配する俺に、
「大丈夫だよ。いざとなったら、こうやって」
ひゅんっ。
東堂さんが、俺のこめかみ寸前で足を止めた。風圧で、自分の毛が何本か揺れた気がする。
「通り魔なんか、撃退してやるんだから」
パンツが見えたとか、言いづらい雰囲気。
そう。
東堂光希は、四日前の下校中、通り魔に襲われて、大学病院に緊急搬送された。
その次の朝、妙に暗い顔をした担任が、東堂さんが通り魔にナイフで襲われて、病院に入院していると重々しい声で伝えてきた。
また次の朝、妙に明るい顔をした担任が、東堂さんがICUで目を覚まし、そのままむっくり起き上がって出て行こうとしたことを伝えてきた。
またまた次の朝、逆に顔を青ざめさせた担任が、東堂さんは明日にでも退院できそうだと伝えてきた。
初めは、生死の境を彷徨っている状態だと聞いた。
一匹狼でクールビューティーの東堂さんには、一緒に帰る友達がいなかった。そこを狙ったのかわからないが、通り魔は、東堂さんの体を滅多刺しにし、去って行ったのである。その時の東堂さんは、かろうじて呼吸をしている状態だったらしい。
それなのに、東堂光希は、超回復を果たしたというわけ。あとついでに、クールビューティーをどこかに捨てて、俺に殺害予告めいた告白をしてきたというわけだ。
たぶんだけど、東堂さんは、臨死体験をしたことで、性格が変わってしまったのだと思う。退院してくるなり、俺の席の前に来て告白するのは、ちょっと、常軌を逸してると思う。
新生・東堂さんは、孤高の一匹狼から、魔王へと変化を遂げていた。
「ただいまー」
玄関のドアを開ける。
結局、東堂さんに押し切られて、俺は途中で別れた。というか、「ついてったら殺す」と言われた。最近の美少女は物騒だ。
「あっ、佳ちゃん。おかえり」
俺のことをちゃん付けで呼ぶ兄貴は、のほほんとした笑顔を浮かべていた。兄貴は都心の大学に通っていて、特定の曜日に近くのバーでアルバイトしている。
「大丈夫だった? 通り魔はいなかった?」
若干心配性の兄貴に、「うん」と言って、手洗いとうがいをする。母さんが通りかかって、「ちょっと遅かったわね」と言った。兄貴の心配性は、母さんに由来する。そしてのほほんとしているのは、今会社から帰ってるだろう父さんに由来する。
父さんが帰ってくるのを待ってる間、小腹が空いた俺は、「ちょっとコンビニ行ってくる」と言って、徒歩五分のコンビニに出かけた。
「寄り道しないで帰ってくるんだよ」
「わかってるよ」
空には一番星が光り始めていた。今頃の季節は、ちょっと蒸し暑い。
エコバッグに詰めた母さん所望のコンビニスイーツをひっくり返さないようにしながら、俺は、「そういえば、東堂さんの話、しそびれたな」と呟いた。
いやいや、超回復した美少女に告られて脅されてる話なんてしたら、あの心配性家族がどんな顔するかわからないし。
やっぱり話さなくていいやと思い直して、角を曲がる。声が聞こえてきた。
「まったく、あんたが先走ったから、私が出張る羽目になっちゃったんだからね!」
甲高い子供の声。それにしては、なんだか部下を叱る上司のような言い方だ。
「あんたが東堂光希を襲ったから、私が後始末しなきゃいけなくなったんだから!!」
ぼとっ。
あ、エコバッグ落とした。




