今は、別にピンチじゃない。
「えっぐ」
箱根さんが、そうやって呟く。たしかに。味方ながら、東堂さんは引くほど強かった。そして強かだった。
ここの研究所の警備をしていた女の子をわずか30秒で戦闘不能にし、捕まえないでわざと泳がせ、この人のところまで案内させたのだ。
「東堂さん、この人知り合い?」
「うん。私の担当医だった天地先生」
担当医っていうと、以前、東堂さんがフード男に刺された時の? そんな人がなぜ、“神待つ者たち”に加担しているのだろうか。
「能力に人生を狂わされた人もいるってことかもね」
そう言って、東堂さんは、天地先生に、何事かをつぶやいた。
「悪魔め……!」
「なんとでも」
天地先生は、メイネの眠っている水槽の前に行く。その後ろには、東堂さんがぴったりとくっついていた。
「余計なことしないでくださいね」
「……わかってる。“解除”」
天地先生がそう言う。メイネは目覚めない。
「水、抜いて」
「……」
天地先生が頷き、機械のボタンを押す。少しずつ引いていく水、メイネの羽はびしょびしょだ。水に浮いていたメイネの体は、徐々に水槽の底に落ちていき、ぱちり。メイネが金色の目を見開く。
「メイネ!」
「待って、佳太君」
駆け寄ろうとすると、東堂さんに制止された。
「様子がおかしい」
ぴし、ぴしと、なにかの音が聞こえる。いや違う、これは、ガラスの割れる音だ。
「どうやら洗脳は成功してたようだな! ふははははっ、どれ女神よ、俺の言うことを聞け、ぎゃんっ」
「兄様ーッ! ぷぷっ、大丈夫ですか、ふふっ」
どうやら、天地先生の兄妹事情は複雑らしい。気絶した天地先生を、たぶん妹である駒子(そう呼ばれていた)さんが、つんつん突いている。さっきとは大きい違いだ。
天地先生を濡れた羽で叩いたメイネは、感情の抜け落ちた目で、俺たちを見た。
「メイネ……」
「私に名前はありません」
澄んだ声で、メイネはそう言った。
「中途半端に洗脳が完了してしまってます、これ?」
フード男がそう言う。
「天地先生、地味に有能ですよねぇ」
「言ってる場合か! おいで」
箱根さんが植物を出し、先程天地先生を攻撃してきた羽から俺たちを守ってくれる。ちらっと後ろを見て、
「なにちゃっかり隠れてんのよ東堂光希! 戦えるなら戦いなさいよ!」
「佳太君、私疲れたからなでなでして」
「いちゃいちゃすんな! それで、アンタも撫でるな!」
そうは言われても、東堂さんが要求してくるし。俺に撫でられてご満悦な東堂さんは、上目遣いで俺を見た。
「だって、こんな状況、佳太君がいればすぐに解決できるし」
洗脳されたからといって、姿形が変わったわけじゃない。唐揚げなんて頬張りそうもない女の子になっただけ。
「メイネ」
「……」
近づいていく。鞭のようにしなる羽を、同じく、箱根さんの植物が、東堂さんの拳が撃退していく。
「本当に、うまく行くんでしょうね」
わからない。だけど、これで上手くいくと、東堂さんが言ってくれたから。
羽は柔らかそうなのに、掠ったら痛い。なぜかそれは、二階堂鏡子に腹を蹴られた時よりも重く感じた。
「メイネ」
あと一歩。メイネは、相変わらず笑ってくれない。だから俺が代わりに笑った。
手を伸ばして、羽ごと抱きしめる。
「君は、女神じゃなくて天使だ……だから」
血が沸騰する。心臓が異常な速度で鼓動を刻む。東堂さんの言った通りだ。
「俺に、力を返して」




