“誰であっても、助けたいからだよ”
「やるじゃん」
二階堂鏡子は、嬉しそうに笑った。俺が突き付けている包丁の刃を握り、自分の首筋に当てる。
「これ、引いてみて。刺しても良いよ」
そんなことしたら、あんたが死んでしまう、とは言えなかった。無能力者の俺が勝つには、殺す気でかからないといけないからだ。
フード男が出会った時に言っていた言葉は、正しかった。これが無いと、安心できない。なるほど確かに。全員が全員、未知の能力を持っているんだ。手ぶらじゃ犬死にするだけだ。
だから俺は、フード男から包丁を借りた。自分が無力だと知っているから。
「どうしたの? 殺しなさいよ」
挑発するような二階堂鏡子の言葉。俺は、包丁を振りかぶってーー遠くに投げた。もう、これはいらないからだ。
「確保、撤退!」
箱根さんの声が聞こえたから。包丁を投げた後は、すぐに起き上がって、後ろに下がる。俺と二階堂鏡子の間に植物の壁が生成されつつあった。
「そう、貴方も囮ってことね」
フード男に抱えられている東堂さんを見て、二階堂鏡子は言った。
「らしいじゃない。佳太」
とびっきりの、甘い声。ぞくりと鳥肌が立つ。
「それで、女神の方はどうするの? 早くしないと、本当の神様になってしまうけど」
「“研究所”にいるんだろ。箱根さんから聞いた」
「箱根さんね。燈って呼んであげないの?」
「名前で呼ぶなと言われた」
なんとなく、答えなくてはいけない気がして答える。そうしてる間にも、二階堂鏡子と俺の間には、分厚い壁が作られた。
「そう……残念だわ」
ドアに飛び込む寸前、本当に残念そうな声が聞こえた。
「……アンタ、無茶するわね!」
ちょっと清々しそうな笑顔で、箱根さんは言った。
「ネットに流れてたでしょ? 銃殺された総理。自分で言うのもなんだけど、私たちって、かなり危ない集団なのよ。それで、危ない集団をまとめてるのが、鏡子様なんだけど……」
最後の方は、ちょっと勢いが削がれたように、小さく言う。
「どうしたんですか?」
「なんでもない。それより、お姫様を起こしてあげたら?」
俺の背中で眠る東堂さんを、ちらりと見る。
「まあ、もう起きてるんでしょうけど」
「バレてた」
突然、背中の重みが消えて、俺は驚いた。地面に立つ東堂さんは、なにごともなかったかのように笑っていた。
「結局、来ちゃったんだ」
「ああ、来ちゃったよ」
「佳太くん、減点だね」
久しぶりの減点だ。俺は、なんだか嬉しくなった。けど、東堂さんは、眉を下げた。彼女にしては、弱気な表情だ。口を真一文字に引き結んで、瞳を潤ませて、これでは、まるで。
「来なければ良かったのに。助けてくれたことにはお礼を言うけど、私は、来てほしくなかった。これ以上関わってほしくなかった」
「俺が死ぬから?」
「……そう」
東堂さんは、「ああ、もういいや」と言って、
「あっ」
「わぁ、情熱的ですね」
「私は、貴方に死んでほしくないの、佳太くん」
俺を、強く抱きしめた。骨が折れそうとか、そんなこと言ってる場合じゃない。東堂さんは、震えていた。
「私は、ひぐっ、もう貴方に死んでほしくないの。貴方は、私よりもすごい人でっ……死んじゃいけない人でっ、誰よりも、大事な人でっ」
俺の胸に顔を埋める東堂さんは、表情を見られまいと、頑なに頭を上げなかった。
「だから、今度は巻き込まないって決めたのに。ダメだった、ごめんね、彼女なんかになって。どこまでも他人でいればよかった。死んじゃいそうだから、わるい人でいてほしいからだなんて嘘。本当は、本当はっ……」
「東堂さん」
慣れないことだった。女の子の頭を撫でるなんて。背中を優しく叩くなんて。
「ありがとう」
「……ひとつだけ聞かせて、佳太くん」
震える声で聞かれる。
「“どうして人助けなんてするの? 放っておいたらいいのに”」
「俺に力がないから」
東堂さんが、顔を上げる。泣いてても、美少女は美少女なんだなぁと、漠然と思った。
「今、メイネを助けに研究所に向かってるんだけど。東堂さんにも、力を貸してほしいと思ってる。だから助けた」
東堂さんは、しばらく無言で。
「わっ!?」
「佳太君」
もう一度、俺を抱きしめ直した。
「ごーかくっ」




