優しかったら、関わらないでしょ。
潮風の匂いがした。
「君、大丈夫かい?」
いつのまにか、気絶していたらしい。体を起こすと、警察の人が、心配そうに俺を見てきた。
「どうしてこんなところに? もう夕方だよ。家に帰りなさい」
「はい……」
「本当に大丈夫? 送ってこうか?」
「いえ、大丈夫です」
なんとか復旧したゆりかもめには、車掌が乗っていた。なんでも、磁気を操る能力を手に入れた鉄道関係者が乗っているのだとか。
能力が自分の職業に合わなくて、仕事を辞めた人もいる中で、こういう人もいる。自分の能力を人のために使える人がいるのだ。
なんの力も持ってない俺は、メイネを容易く奪われた俺は、東堂さんの彼氏として失格なんじゃないか。窓の外に映る、真っ赤に染まった東京湾。
降りた駅には、夕日と同じくらい真っ赤な髪の女の子。
「……どうして」
「どうしてでしょうね。私にもわからないわ」
箱根さんは、自分の左隣の椅子を、ぺしぺしと叩いた。
「ちょうどいいんじゃない?」
箱根さんは、そう言った。隣に座る俺と視線を合わせようとはせずに、固く閉まっているホームドアを、じっと見ていた。
「凡人のアンタには、扱いきれないことだったでしょ。鏡子様が取り除いてくれて、良かったじゃない」
「東堂さんは、殺されるかもしれないんだぞ……メイネだって、無事じゃ済まないかもしれない」
「だから何? アンタには、関係ないでしょ」
「でも」
「これ以上、被害者になる必要はない」
「ひがいしゃ?」
「そう」
だってそうでしょ、と箱根さんは呟いた。
「何にもわからない状態で、勝手に期待をかけられて。挙句、死にそうになるなんて」
これはたぶん、箱根さんの話だ。箱根さんは、足をぶらぶらと揺らしていた。
「……アンタって、結構家族に恵まれてる方だと思う。だから、アンタが死んだら、皆悲しむわよ。今怪我してるのだって、悲しむと思う」
「結構優しいんですね、箱根さんって」
「一般論を言ってるだけ。東堂光希もそう、彼氏のアンタが死んだら、悲しむわよ」
「東堂さんは、優しいからなぁ」
「……」
箱根さんが、俯いたまま、無言になった。ホームドアはずっと、固く閉じられたまま。
「優しかったら、関わらないでしょ。凡人のアンタを、こんなところまで連れて来ない。アンタに、余計な選択肢を与えた時点で、あの女は優しくない」
「うまく言えないんですけど、東堂さんは、俺のために関わってくれたんです。俺を死なせないようにって」
「…………る」
「メイネもそう。俺なんかを助けてくれた。2人とも、とっても優しいんですよ」
「そんなの、もうとっくに知ってんのよ!!」
箱根さんが顔を上げて、俺の襟を掴んだ。
「なんでアンタ、優しいで済まそうとするの!? どうして後悔したって言わないの!? あんな女達に関わるんじゃなかったって言わないの!? ……どうして原因を作った私となんか、話してるのよ」
そんなの、待っていてくれたからにすぎない。
そう言うと、「当たってほしくなかった」と、そっぽを向かれた。同時に、襟を掴む手も離された。
「アンタは、この駅で降りるだろうからって、あの女が」
「あの女って……」
「東堂光希ですよ」
箱根さんの右隣に座って、ずっと黙っていたフード男が、口を開いた。
「君を止めてくれと、彼女に言われたんです。青桐の所に行こうとしているんでしょう。テレビ局には、この駅が近いですからね」
「……」
俺は、急いで立ち上がった。
「座りなさい」
のに、植物が邪魔をして、俺を強制的に椅子に座らせる。
「これ、どけてください。東堂さんの頼みでもそれは聞けない」
「落ち着けって言ってんのよ。青桐に会ったところで、アイツが口を割るわけないでしょ」
「それより、もっと良い方法があります」
ちょうど、次の電車が来た。ホームドアが開く。箱根さんとフード男は、にんまりと笑った。
「総本山を、叩きに行くわよ!」
「……へ?」




