貴方は、あの人とは違うんだから
『ニッカ』
私を特別な名前で呼ぶ彼が好きだった。
『ニッカは、無理して戦わなくても良いんだよ。あとは、アイツと僕に任せて』
飴玉を転がすような甘い声でもない、こちらとしては少々不本意な、彼特有の平均的な、親愛だけが篭った声だったけれど、それだけでよかった。
『ごめんね』
それだけでよかったから、その声を永遠に失った時、全てがどうでもよくなった。
だから私は、
アイツと一緒に、世界を滅ぼした。
「どういうことか、説明しなさい」
靴音が聞こえた。なんて、いるのはわかっていたのだけれど。
目の前には、赤髪の植物使いと、前の世界の知識を持っているらしいフード男。でも、その知識は完全じゃない。
光希は、こほんと咳をした。口の端から血が流れ出る。あの女、同性だからって、容赦がない。だが、光希は賭けに勝った。こうして、二階堂鏡子がいなくなった後に、少女とフード男を呼び寄せることができた。
「偽物の教主って、どういう意味? 鏡子様は、前の世界でも教主をやってたんじゃないの」
「ん」
「残念だけど、それは私でも切れないわ」
手首を差し出してみるが、赤髪の少女は首を横に振った。嘘をついている様子は無さそうだ。光希は、すっかり赤くなった手首を見つめながら、言った。
「私は、ただの一般人だったから、直接“神待つ者たち”の教主に会ったことはない。だけど、これだけは知ってる。あの世界での“神待つ者たち”の教主は、女じゃなくて男だったって」
「よく来たじゃない、白永佳太」
なぜか、うちの高校の制服を着た二階堂鏡子は、ゆったりと微笑んだ。うちから、ダイヤが乱れに乱れた電車を乗り継いで1時間。なんとか3時までにたどり着いた。
「女神の能力は使わなかったのね。えらいえらい」
「褒めてくれたところ悪いけど、東堂さんは? 無事なんですか?」
「敬語なんて、使わないでよ。私と貴方の仲じゃない」
「俺は貴方のことなんて知らないですけど」
「……それはそうね。失礼したわ」
二階堂鏡子の時間は、一瞬だけ、止まったようだった。けど、それは俺の気のせいだったみたいで、彼女は俺の隣にいるメイネを見た。
「さっさと女神を渡してくれるかしら? そうしたら、貴方の彼女さんとやらを解放してあげる」
「できません。東堂さんを返してください」
「わからず屋なんだから」
二階堂鏡子が、ぱちんと指を鳴ら
「はい、おわり」
す。
気がつけば、俺は地面に倒れていて、メイネは、二階堂鏡子に捕らえられていた。
「メイネ!」
「佳太さんっ……このっ、離してっ」
暴れるメイネを易々と取り押さえて、二階堂鏡子はメイネの羽ごと、縄で縛った。
「私、貴方とは対立したくないのよ。でも、聞いてもらえないんだったら、仕方ないわよね?」
「っ……」
腹が、ずくずくと痛んだ。俺は、片手で腹を押さえて立ち上がった。
「やめときなさい。ひ弱な貴方じゃ、死ぬのがオチよ」
「東堂さんは……」
「そんなもの、口約束に決まってるでしょ」
馬鹿にしたような声。二階堂鏡子は、くすりと笑った。
「女神も、東堂光希も、貴方には必要ない。東堂光希は殺すとして、女神は私たちが有効活用するから安心して」
「がっ!?」
鞭のようにしなる足先が、寸分違わず、痛みのある場所を抉る。俺は、もう一度倒れた。視界が霞む。女の子の蹴りで、やられるなんて。
「だから、何もかも忘れて、貴方はお家に帰りなさい」
「ま、って」
「関わろうとしないで。貴方は主人公じゃなくて、モブでいて。貴方は、あの人とは違うんだから」
不思議な言葉を残して、二階堂鏡子は、メイネと去ってしまった。
「モブなんて」
俺は、地面の草を握りしめた。握る力はあるのに、立ち上がる力はない。
「なんにも、意味がない……」




