彼女は俺を、犯罪者にしようとしているのではないだろうか。
「あーっ、喉渇いたなぁーっ!!」
高校からの帰り道。わざわざ声を張り上げて、俺は口渇感をアピールした。
「なんと、あんなところに自販機があるじゃないかー!! 光希、金貸して?」
「はい、どうぞ」
嫌な顔一つせずに、俺の後ろからついてきていた東堂光希は、可愛らしさなどない、機能性重視な財布から、千円札を出した。俺は、礼も言わずに、光希の手から千円札をひったくり、自販機に入れた。
「何飲もうかなーっ! やっぱり炭酸と、か、はやめて、お茶にしようかなーっ! 今は夕方だし、カフェイン摂って夜眠れなくなっちゃうなー!? 今夜は夜更かしだなぁ!? げほっげほっ」
叫びすぎて、本当に水分が欲しくなってきた。俺は、ペットボトルの蓋を開けて、中身を飲んだ。よし!
「さっ帰ろうぜ光希ぃ、お前の分はないけど良いよなぁ? あと、お釣りも俺のにするけどいいよなぁ!?」
「うんっ、いいよ!」
クールビューティーの名をほしいままにしている我が校のアイドルは、頬を染めて、勢いよく頷いたのであった。
俺は、道路を歩きながら、お茶をごきゅごきゅ飲んだ。正直腹にきてるが、これも自分の身を守るためである。
できるだけ、人目のつかないところで。
「ゴミ箱に入れるとかやってられんわ。持ち帰るのもかったりーし」
俺は、ペットボトルをポイ捨てした。こんっ、と軽快な音を立ててアスファルトに落ちるペットボトル。
それを拾い上げて、ご満悦な笑みの光希は、ペットボトルを、さっきの自販機の横に備え付けてあるゴミ箱に捨てて、ここに戻ってきた。と、思う。なにせ、ここからはさっきの自販機は見えないし。
じゃあなんでそれを俺がわかるかといえば、
「佳太くん」
「は、はい」
「他には?」
「え、えーと、えーと!」
「さっきのじゃ、足りなかった?」
そこらへんの草でもぶちっと抜くみたいに、光希……ていうか、東堂さんは標識を道路から引っこ抜いた。そう、今まで知らなかったのだが、我が校のアイドルは、人間の域を超えていたのである。
だからこんなに美人なんだね!
なんて、現実逃避をする俺に、東堂さんは優しく微笑んだ。
「もっと悪いことしないと、殺しちゃうよ?」
みしみし、めりめり。標識が悲鳴を上げている。なぜなら東堂さんによってぐんにゃり曲げられているからだ。動画投稿アプリに投稿したらバズりそう。あと通報されそう。
かくなる上は!
「もっ、もう思いつきません、さーせん、だから命だけは、命だけはァ……!」
「あはは、みっともないっ」
東堂さんは、切長な瞳を歪めて、ずむっと、標識を地面に刺しなおした。土下座している俺のことを、愉悦感たっぷりの表情で見下ろしてくる。
「でも、これじゃあ証明にならないよ? 佳太くんは、違うってところを見せないとぉ。ね? 私の彼氏なんだから」
退院してきたばかりで、俺の彼女になったばかりの東堂さんは、くすくす笑っている。
くそっ、あの時の可憐な東堂さんはどこに行ってしまったんだ!
俺は、東堂さんに告白された時のことを思い出した。
『白永佳太くん、ずっと好きでした。私と付き合ってください……!』
ほらほらこんな感じの、
『付き合わなければ殺す』
ーーうん。
5月の地面の匂いを嗅ぎながら、俺は死んだ目になっていた。告白の時からそんなんだったわ。殺害予告されてたわ。
悪いことをするか、殺されるか。俺にはその二択しかないわけである。
たぶん、東堂さんは俺を、犯罪者にしようとしているのではないだろうか。




