あのロールケーキのゴミ、どこに捨てたっけ。
「はぁ? 私がこんなんで引くと思うわけ? たかが美味しいお菓子出したくらいで?」
赤髪の少女こと、箱根さんは御立腹だったが、俺は「はい」と頷いた。
「だって、初めて会った時、俺の落としたエコバックに目が釘づけでしたもんね。あれもロールケーキだったし」
「……!」
「そうなんですか、燈さん。燈さん?」
「……帰る」
急に椅子から立ち上がった箱根さんは、すたすたと玄関まで歩いて行った。
「うーん、どうしようかなー」
そんな背中を見ながら、フード男は、俺の方に顔を向けた。
「君も案外、侮れませんねぇ。燈さんの弱点を突くとは」
よく見ると、フード男の顔は、見えるところだけでも傷だらけだった。
「本当なら、油断し切った君を攫うなり何なりする予定だったのですが……まさか、好意のおもてなしを受けるとは思っていませんでした」
「……東堂さんを滅多刺しにした人に、好意なんて向けてませんよ。あれは、賄賂です」
「そういえば、君は、東堂光希の彼氏でしたもんね」
フード男が小さく笑った。
「ですが、私は謝りませんよ。東堂光希は、この世界の汚点です。我々“神待つ者たち”の計画を台無しにしてしまう邪魔者です」
「だから、滅多刺しにした?」
「ええ。私達の方が、殺されてしまう前にね。それが、教主様の思し召しです」
よく考えたら、“神待つ者たち”って、あのテレビでやってたやばい集団じゃね? と、俺が遅い戦慄をしていた頃だった。
「ただいまー」
がちゃりと音がして、兄貴が帰ってきた。
「あれ、兄貴。大学は?」
「教授が来れないから、3限以降休みになったんだ。アルバイトまでまだ時間があるから、家に帰ってきたんだよ」
兄貴は靴を脱ぎ、洗面所の方に向かった。
「どうしたの、佳ちゃん?」
「あ、いや……」
そういえば、兄貴に口酸っぱく「扉を開けるな」って言われてたんだっけ。今更そんなことを思いだして、ひやっとする。
あのロールケーキのゴミ、どこに捨てたっけ。あ、そうだリビングのゴミ箱だ。回収しとかないと……。
「佳ちゃん」
「な、なに?」
「誰か来てた?」
「え、っと……」
何で分かったんだろう。俺は、どう答えるべきか迷った。
「トイレを借りにきたんですよ」
迷う俺に、メイネが助け舟を出してくれた。
「家のトイレが壊れたから、貸してくれって。白永家は、お兄さんの能力のおかげで、なんとか機能してますからね」
「ああ、そうなんだ。良いことをしたんだね」
メイネが小声で、「袋は回収しましたから」と言ってくれる。俺はホッとした。
「でも佳ちゃん、迂闊にドアを開けたらいけないよ。いくらメイネさんがいるとはいえ」
兄貴はメイネを信用しているようで、だからこそ、無能力者の俺に、学校に行かせたり、留守番することを許している。
「メイネさんが家に来てくれてよかった」とも言っていた。
「今度から気をつけるよ」
「うん、そうした方がいい。メイネさん、今後とも佳ちゃんを、よろしく頼むよ」
「はい、わかりました!」
「ふぅー、なんとか誤魔化せたな!」
「佳太さんのことを心配してくれるなんて、素敵なお兄さんですよね。なんだか格好いいし」
「まあ、ちょっと心配性なところがあるんだけどな……」
俺は、遠い目をしてしまった。母さんによると、俺が生まれた頃から、兄貴は過保護だったらしい。
物腰が柔らかくて、だけどキメるところはばちっとキメる兄貴は、俺の憧れだ。
性格こそ、父と母から受け継いでいるが、兄貴はうちの家族の突然変異と言ってもいい。なにせ、顔立ちが整っている。たぶん、どっかの代の美女だかイケメンだかの血が遺伝しているのだろう。
「俺もその遺伝子もらいたかったな〜」
「あ、あはは。佳太さんは、佳太さんのままで良いと思いますよ……だから私が、見つけられたわけですし」




