“神待つ者たち”
「それで」
少女は冷めた声で言った。
「東堂光希は殺せなかったのね。ああ、別に、殺さなきゃいけないということはないけれど」
あの子達が暴走しただけだし、と言って、窓の方を見る。この車にはスモークガラスが使われているから、外の景色など見えない。ということは、意図的に青桐から視線を逸らしていることになる。
「あの女、性格、変わってたんだって?」
「ええ。私は教主様と違い、元の性格がどのようなものなのか存じ上げていませんが。かなり強気な性格だったと」
「泣き虫が、成長したじゃない」
笑った気配がした。残念、普通のガラスだったら少女の表情がわかったというのに。
外の混沌など意にも介さぬように、車は進む。この車の運転手は、青桐同様、少女が直々にスカウトした人物である。
やがて、車は、とある建物の前で立ち止まった。中央に塔が立っており、両翼が議事場になっているそこは、日本の政治の総本山である。
青桐と少女は、「御武運を」と敬礼する運転手を残し、易々と、中央玄関から建物の中へと入った。
「ごきげんよう、中田原総理」
ごま塩頭の首相は、組織の人間に囲まれながら、額に脂汗を流していた。が、少女を見るなり、皮肉げな笑みを浮かべる。
「まさか、テロ組織のリーダーが、こんなに可愛らしい少女だとは、思いもよらなかったよ」
「ありがとうございます。ですが、テロ組織とは心外ですね。この世界でまだ、“テロ”という概念があるとお思いですか?」
少女もまた、侮蔑的な笑みを浮かべた。
「世界は再構築されるんですよ、総理。あなた方が積み上げてきた、“秩序ある人間社会の中での実績”は、無に帰すんです」
「世界が、人が、そんなに簡単に変わるわけがない。異能とやらを手に入れた世界でも、政治は必要だ。私のノウハウはこの世界でも通ずる」
「ええ、その通りです。政治は必要です。ですが、貴方のノウハウは不要です」
少女が合図をする。
「今の時代に必要なのは」
手渡されたそれの照準を、迷いなく総理に合わせる。乾いた音がした。
「誰もをひれ伏せさせる能力」
中田原総理だったものが、床に崩れ落ちた。
「青桐、中継」
「承知しました」
青桐は、いつもの癖でピンマイクを取り出して、しまった。そうだ。もう、これは必要ないんだった。
青桐雅晴の異能は、“伝達力”である。
他の放送局が停波をしている中で、青桐だけがテレビに映ることができるのは、この能力のおかげに他ならない。
ただし、特定の周波数でしか機能しないので、昨夜の電波ジャックは、組織の他の人間に手伝ってもらった。青桐同様、異能の力を持つ人間に。
中継を終え、青桐は息を吐いた。
アナウンサー人生で、こんなにも近くで死体を見たことはなかった。
吐き気を催すかと思えば、そうでもない。これは、必要なことである。それよりも気になるのは。
「硝煙の匂いとは言いますが、あまり匂いはしませんね」
「そういうものだよ」
中田原総理の遺体をこんこんと足で小突き、少女は言った。
「この総理の能力は何だったんだろう」
「さあ……使おうという素振りすら見せませんでしたね。ハズレだったんでしょうか」
「だとしたら、可哀想なことをしたなぁ」
そんなことを言う少女は、組織の人間に遺体を片付けるように指示し、
「衆議院と、参議院、どっちが良いと思う?」
「衆議院が良いかと」
「じゃあ、そっちにしよう」
「翻訳の能力者が欲しいよね。どうせ国連もNATOも解散するんだけど」
議長席に座り、少女は「中継」と言った。今日はよく使われる日である。
これまた組織の人間の能力で、全国のお茶の間のテレビに映っていることを確認してから、少女は。
「そういうわけで、これから日本国民の皆様におかれましては、我々“神待つ者たち”に従っていただくことになります」
二階堂鏡子は、よそ行きの笑みを浮かべて宣言した。
これにて、一章おしまいです。引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。




