悪役令嬢の幼馴染(モブ)に転生しました
「貴様の罪はお見通しだ!裁判を待つまでもない!わが剣で断罪してやる!!」
第二王子が剣を振りかざし、婚約者の悪役令嬢に斬りかかったのを見て最悪の事態に対応すべく俺は剣を持ち前に出た。
会場に響き渡る金属同士をぶつけた音。俺の剣は殿下の剣を見事に受け止めていた。
「な、なんだ貴様!」
殿下は突如現れた俺を見て驚愕している。そして俺の後ろにいる幼馴染の悪役令嬢も、顔は見えないし声も出してないからわからないが内心驚いているだろう。
この世界は乙女ゲーム「花の乙女の恥じらい」通称はなはじの世界。俺はいわゆる転生者ってやつだ。前世ももちろん男。男がなんで乙女ゲームなんかしてるのかってのは、まあ姉や妹がいればやってるゲームの興味を持つのが人間よ。実際前世の妹も俺のギャルゲーやりまくってたし。
で、俺ははなはじの主要キャラに転生かと思ったかもしれないが、かなしいかな悪役令嬢の幼馴染(モブ)に転生しちゃったわけよ。
幼馴染なら主要キャラになってそうと思うだろうが、俺の登場シーンは悪役令嬢が断罪された後に彼女の生い立ちを語るシーンがあって、そこに幼い頃は幼馴染と共に野原を駆けまわってたって一文だけしか出ないのよ。キャラデザなんかシルエットだけよ。
前世の記憶がよみがえったのが5歳の時、まさに悪役令嬢と遊んでいた時に川辺で転んで頭を打って思い出したって感じだ。最初はわけがわからなかったが、幼少期の悪役令嬢を見てこの世界がはなはじの世界だって理解しちゃったんだよね。理解力Sだね。最強だね。
笑い事でもなんでもなく、ぶっちゃけこのゲームだとヒロインより悪役令嬢推しだったもので悪役令嬢に第二王子には近づくなっていろいろと言い聞かせたりもしてたんだけど、強制力が働いてあれよあれよと第二王子の婚約者になって学園に入学して、そして定番の卒業式の日に断罪イベント。もうテンプレだね。
まあ、断罪されるだけなら婚約破棄されてから色々助けるのもやり方としてはありだったんだろうけど、このゲームの面倒なところは、断罪イベントの時に悪役令嬢が第二王子に殺される可能性があるってところ。逆ハールートを狙うとこのイベントが起きやすいという情報しかないからどうしてそうなるのかよくわからんが、断罪時に第二王子が悪役令嬢を殺害。裁判で有罪になった第二王子を助けるか助けないかでまたエンドが変わるらしい。このあたりは攻略サイトで見ただけだから詳細はよくわからなかった。しかし、はなはじの世界に転生してきてしまった以上この殺害だけは阻止しなければならなかった。
俺は翌日から父親に頼んで騎士に稽古をつけてもらうようにした。学園でも騎士科を選んで鍛錬に明け暮れた。乙女ゲームの世界だからなのかはよくわからないがムキムキマッチョにはならずに細マッチョで止まってしまったのが気に食わないが。騎士としてどうなのよ。
そして卒業式の断罪イベントが始まった。俺はヒロインとの接触は無いから噂でしか確認できないし、婚約者のいる令嬢に幼馴染(モブ)とはいえ声をかけるのはなかなか難しかった。だからこの日が来るのを待つしかなかったんだ。
最悪の想定というのはやはり起こってしまうものなんだな。第二王子は悪役令嬢にヒロインをいじめていたという証拠をたたきつけ、そんなことはしていないという悪役令嬢に斬りかかってしまった。俺はすぐさま前に出て彼女をかばった。
「な、なんだ貴様!」
「殿下、こんなところで無抵抗の令嬢を斬り捨てるのはあなたの尊厳にかかわります。おやめください。」
必死に取り繕って無表情で第二王子に物申す俺、かっこいい!
「あ、あなた…」
お、やっと悪役令嬢が俺に気が付いたみたいだ。まあ、学園に入学してからまともに会話してないからな。なかなか気が付かなかったのはしょうがない。
「で、殿下…さすがにこの場で斬るのは駄目です。お願いします。」
ヒロインが第二王子に縋り付いて懇願している。彼女も転生者だったりするのかな。悪役令嬢殺そうとしてるんだから逆ハールートになってるんだし、転生者じゃなくてもビッチなのは確定だな。桃色髪はビッチの法則が確定したな。
「ち、そうだな。この場で斬るのはやめてやる。だがお前とは婚約破棄だ!お前のようなものの顔など見たくもない!二度と俺の前に姿を現すな!!」
そう言って第二王子はヒロインと取り巻きを連れて会場から出て行った。
それを見て俺はへたり込んでしまった。こ、こわかった~…この世界に転生して13年くらいたつけど、やっぱり本物の剣は怖いよ…
「…ねえ、なんで助けてくれたの?」
うしろから声をかけられた。振り返ると悪役令嬢が俺を見下ろしている。
「なんでって、幼馴染(モブ)なんだから当然だろ。こんなところで斬り捨てられるのは公爵家の名誉にもかかわるし。」
そう、彼女は公爵令嬢だ。この世界では王家の次にえらい貴族だね。
「婚約破棄されてしまったら同じよ。それならあの場で斬り捨てられた方がまだ家の名誉が保たれたわ。」
不服そうな表情を見せる悪役令嬢。それを見て俺は立ち上がり、彼女の頬をつまんだ。
「何言ってんだバ~カ。お前があの子をいじめてるわけないだろ。俺がさんざん忠告してやってたんだから。死ななければ名誉の回復も出来るだろうよ。」
悪役令嬢は俺の手を払いのける。
「人前でこんなことしないで。婚約や結婚もしていない異性に簡単に触れるのは望ましくないわ。」
「ああ、確かにね。ごめん。」
貴族社会というのはお堅くてどうも好かないんだよね。まあ、さすがに何年も勉強すれば基本的なことは出来るけどちょっとした事で素が出るのは父親にまた怒鳴られるかもしれないな。
「でも、ありがとう助けてくれて。あなたが小さい頃から言っていた事、話半分だけど一応聞いていてよかったわ。一応は自衛できたし。」
話半分かよ。
「これからどうするんだ?」
「とりあえずお父様に報告して…どうなるのかしら…」
悪役令嬢の表情が曇る。
「まあ、お前が何もしていない以上、きちんと調べれば向こうの証拠は捏造されたものだってわかるだろ。相手が王家なのが面倒なところなんだけどな。」
俺は乾いた笑いを出す。
「はぁ…やっぱりあのまま斬られてた方が面倒が少なかったかもしれないわね…」
「お前なぁ…」
「…ねえ、もしここで私と逃げてって言ったら…一緒に逃げてくれる?」
不安そうな瞳を俺に向けてくる。俺はそれを見てもう一度頬をつまんでやる。
「ああ、別に構わないぞ。隣の国でも辺境の地でもどこまでもついて行ってやる。」
「え…あ…」
今度は俺の手を払いのけるの事もなく顔を赤らめていく。
「な、なんで…幼馴染だからって同情してるの?」
「なんでって、お前の事が好きだから。だから死んでほしくなくて小さい頃から訓練してたんだよ。」
悪役令嬢の顔が完全に赤くなった。普段澄ました表情しか見せないから可愛いのなんのって。
「…ばか…」
俺の手を払いのけて悪役令嬢は行ってしまった。残された俺は周囲の目に耐え切れずにそそくさと家路についた。
それからはゲームのシナリオにないストーリー。悪役令嬢と俺の家の二つの公爵家を相手取ったヒロインへの嫌がらせの嘘を暴く王家との話し合い。俺と悪役令嬢が婚約するにあたって他の公爵家とのパワーバランスが崩れることを危惧したものの暗躍。そして暴かれるヒロインの意外な真実。
俺は悪役令嬢の幼馴染(モブ)だけど、彼女の幸せのために奔走する日々を送るのだった。