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初恋  作者: 明石 みなも
本編
2/21

初めての王都

 すべては、エレンが六歳の時に届いた招待状から始まった。




「お城のお茶会?」

「そうだよ。王子様のお嫁さん探しのお茶会だからね。伯爵家のエレンにも招待状が届いたんだ」

「一応交流会という建前ですよ、ヨハン」

「すみません、義母上」


 謝りながらも悪びれる様子のない父に片眉を上げる祖母を尻目にエレンは首を傾げた。「王子様のお嫁さん」なんてまるでエレンと縁遠い言葉だったからだ。


 エレンはリンデンバウム伯爵家の一人娘である。

 彼女が生まれ育ったリンデンバウム家の領地、ズュート領はアインホルン王国の南部に位置する。海沿いの丘陵地帯で、ワインの名産地として知られている。

 それ以外に目立つ特産品はないが、一年を通して温暖で、気候も穏やかなので農畜水産が盛んだ。

 ただ、主要街道から外れているので、過疎が進む田舎と言える。実際その通りなので、何も反論できないが、エレンは領地のことが大好きである。


 でも今回は別だ。

 エレンはリンデンバウム家の跡取り娘だ。たとえ領地の過疎化が進もうとも、いつかは旦那様を迎え、父から領地を受け継ぎ、守っていくのだ。王子様のお嫁さんにはなれないし、そもそも王子様はお姫様と結婚するものだ。

 エレンも領民たちに「姫様」と呼ばれているが、ただの田舎貴族である。エレンの出番はない。絵本でさんざん読んだからそこら辺は詳しいのだ。


「わたしには関係ないね?」

「そんなことはありません。先程、交流会と言ったでしょう? 歳の近いご令息もたくさん参加するのです。将来、あなたの旦那様になってくださる方と出会えるかもしれません」


 握り拳を作った祖母にそう言われ、ますます首を傾げる。

 王子様のお嫁さんを探す茶会でエレンの旦那様を探してもいいのだろうか。怒られたりしないのか。いつも礼儀作法に厳しい祖母が言うなら問題ないのかもしれない。


 でもエレンはまだ六歳なので、旦那様と言われてもさっぱりわからない。

 うんうん悩むエレンの頭を父がポンポンと軽く叩いて笑った。


「新しい友達を作りに行くぐらいの軽い気持ちで参加したらいいよ」

「お友達? できるかなぁ」

「きっとできるとも」


 そう言われるとワクワクしてくる。

 エレンはまだ一度も領地を出たことがなく、友達というと近所の子供たちだ。彼らと遊ぶのは勿論楽しい。だが、茶会には国中から子供が集まって来るはずだ。きっとエレンには何もかも新鮮だろう。

 隣で父が祖母に「そんな呑気なことを言って!」と怒られていたが、遠い王都に思いを馳せるエレンには何も聞こえていなかった。




 ズュート領から王都までは馬車でも三日はかかる。そのため準備も大変で、特に今回はエレンも行くため、ついて行く使用人も増えるし、荷物も増える。邸は急に慌ただしくなった。

 特に父は仕事を片付けなくてはならないのでほとんど会えなくなった。

 でも、朝食の時は別だ。どんなに忙しくても朝食だけはできる限り家族全員で摂る。家訓で決まっている訳ではないが、エレンが生まれた時にはそうなっていた。


「お祖父様、お母様、おはようございます」


 食堂に入るとまず並んで飾られた肖像画に挨拶をする。右が祖父で、左が母のものだ。二人共、揃いの栗色の髪とラベンダー色の瞳をしている。顔立ちもよく似ていて、おっとりとした柔和な雰囲気が滲み出ている。

 エレンは二人にそっくりらしいが、瞳は父譲りの若草色だ。


「お祖母様、お父様、おはようございます」


 先に来ていた二人に朝の挨拶をすると、それぞれ返ってくる。

 黒髪でエレンと同じ若草色の瞳の父は精悍で男らしい。白髪混じりの金髪で藍色の瞳の祖母はつり目なせいでとても厳しそうに見える。

 二人は全然似ていない。血の繋がりがないから当然だ。


 リンデンバウム家の血筋はこの中だとエレンしかいない。前伯爵の祖父とエレンと同じく一人娘だった母は流行り病にかかり相次いで亡くなってしまった。

 その時エレンはまだ二歳だったので、亡くなった二人のことは何も覚えていない。祖母と父がいるし、たくさんの使用人もいるから寂しくはないが、肖像画を見るたびに「どんな人だったのだろう」と思うことはある。


 食卓に着くと朝食が運ばれてくる。今日の恵を神に感謝してから食べ始める。

 リンデンバウム家の朝食のメニューは大体決まっている。

 焼き立てのふわふわ白パンに、朝採れ新鮮な野菜のサラダ、出来立てのフレッシュチーズにスクランブルエッグとカリカリベーコン。スープはポタージュだったり、ポトフだったり毎日変わる。デザートは季節のフルーツの盛り合わせだ。


 手の込んだものではないが、馴れ親しんだ地元のものばかりだ。友達は野菜が苦手な子が多いが、エレンは好きだ。嫌いな食べ物は今のところないので、エレンは一度も食事を残したことがない。

 父や祖母が言うには、王都に行くとこういう朝食は食べられなくなってしまうらしい。王都は楽しみだが、それはちょっと残念だ。


「最近実家からしつこく手紙が来るんですよね……。兄が甥たちとエレンを会わせたいみたいで」

「あからさまだこと。申し訳ないけれど、あなたの甥の誰かとエレンを婚約させるつもりはなくてよ」

「僕だってそんなつもりはありませんよ。ただ、一応一番近い親戚ではあるので……」

「……そうね」


 朝から二人は大人の話をしているので、エレンは食べることに集中する。

 大好物の真っ白でつるんとしたチーズはそのまま食べてもむちむちした食感でおいしいが、加熱するとトロトロになる。どの食べ方も大好きなのだが、王都では食べられないらしい。今のうちによく味わっておく。


「エレン」

「なーに?」


 前触れもなく名前を呼ばれて驚き、チーズを飲み込んでしまった。味わう前だったから、しょんぼりしてしまう。


「王都にエレンの親戚がいるんだけど、会ってみたい?」

「わたしの親戚は皆外国に逃げちゃったんじゃないの?」

「リンデンバウム家の血筋ではありません。ヨハンの兄弟です。……わたくしの実家もあるから、親戚がいないわけではないのよ」

「そうなんだ」


 びっくりしてエレンはチーズを飲み込んでしまったことを忘れた。

 リンデンバウム家は現在、直系のエレンしか血を受け継ぐ者がいない。以前は傍系の貴族がいたが、全員国外逃亡してしまって、行方がわからない。


 祖母が嫁いで来る時、さる高貴な方との縁談を蹴ってしまったことと、母がその方が整えた見合いの場に馬で乗り込んで縁談相手を気絶させたことが原因だ。

 母は大人しそうな顔をして祖母が匙を投げるレベルのじゃじゃ馬なのだ。

 幸いその高貴な方は母を面白がって父を紹介してくれたし、父は母の見た目と中身のギャップに一目惚れして丸く収まった。


 でも親戚たちは高貴な方が怒って罰を与えると思ったんだろう。気がついたらいなくなっていたそうだ。

 なのでエレンは今まで親戚というものに会ったことがない。使用人や友達の話では祝い事や、何もなくても集まって楽しく過ごすらしい。実際どんなものかエレンにはよくわからなかった。


「うーん、よくわからないけど、会ってみようかなぁ」

「そう。じゃあ王都に行ったら訪ねてみようか。

 嫌だと思ったらすぐ言うんだよ。我慢なんてしなくていいからね。くれぐれも嫌なことがあったらすぐ言うんだよ」

「はぁい」


 何故だか父に二回も同じことを言い聞かされた。祖母も微妙な顔をしている。父の兄弟はそんなに変な人なのか。

 そこのところを詳しく訊こうと思ったが、執事が「チーズのおかわりはいかがですか」と言ったのでどうでもよくなってしまった。




 準備が整い、ついに王都へ向けて旅立った。

 季節はまだ冬なので、王都に近づくごとに寒くなっていく。


 暖かい領地とはまるで違う気候に、くしゃみを連発したエレンは祖母によって丸くなるほど着込まされた。

 普段薄着なので、動きづらいことこの上なかったが、父はよちよち歩くエレンがかわいいとにこにこしていた。

 そんな父は歩きにくそうなエレンを心配してすぐ抱き上げては祖母に甘やかすなと怒られている。エレンは楽なので、父の抱っこは大歓迎だ。


 それにしても、これだけ寒ければ絵本でしか見たことのない雪が見られるかもしれない。父に訊くと、こんなに寒いのに王都では偶にしか雪は降らないし、積もらないらしい。

 それにそろそろ冬は終わるからもう雪は降らないと言われた。絵本に出てきた雪遊びはできないみたいで残念だ。

 

 初めて旅をするエレンを慮り、道中はのんびりと進み、それでも四日で王都に着いた。

 馬車の窓から見えるのは初めて見るものばかりで、エレンは興奮と衝撃のあまり言葉もなく窓に張りつき続けた。そんなエレンのため、馬車は街中をゆっくり進んで夕方に王都の邸に着いた。


 王都の邸は領地のものに比べるとこじんまりしていて庭も狭かった。会ったことのない使用人ばかりで、エレンは思わず父の後ろに隠れてしまった。

 でも、これからしばらく世話になるので仲良くしたい。


 邸に着いたらすぐに旅の汚れを落とすため湯を使って、そしたら温かくなったせいか、疲れが出たのか、夕食の席に着いたら眠たくなっていた。

 なので、どんな食事が出たのか、そもそも食べたのか記憶がない。


 そんな風に王都での生活は始まった。


 


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