エピローグ
滞りなく式は終わり、二人並んで神殿の扉を潜る。
眩しい初夏の晴天の下、たくさんの人が集まっていた。
親しい人だけではなく、円形広場にごった返す民も祝いの言葉を二人に投げかける。
ぴゅーい、ぴゅーいと何度も指笛の音が青空を貫きそうなほど鋭く響く。振る舞いのワインでできあがった大人たちが楽器を持ち出し演奏を始め、それに合わせて大人も子供も歌いだす。
エレンはブーケを投げたが、その行方は追えなかった。
踊りたい者たちが、主役がまず踊れと急かしたからだ。
今日は舞台がないので広場の真ん中にユリウスと二人押し出される。
ダンスと言っても舞踏会で踊る洗練されたものではなく、誰もが踊れる簡単なものだ。
酔っ払いたちの曲に合わせ、戸惑っているユリウスと手を取り合って踊り出す。
ステップを踏みくるくる回れば、二人を取り巻くものがすべて見える。
リンデンバウムからの振る舞いだけではなく、地元の店主たちが屋台をやっているので、まるで祭りのような賑わいだ。
大人も子供もハレの日だから新しい服を下ろし、好きなものを食べ、好きな楽器を弾き、好きな歌を歌い、好きな人と笑い合う。満ち足りた、幸せの光景だ。
楽しげな人々の様子に、エレンは笑っていた。ユリウスも珍しく声を上げて笑っている。
なんて素敵な日だろう。
エレンは世界一の美人ではないが、今世界一楽しい場所はここだと断言できる。
エレンの大好きな人たちもその中でそれぞれ好きなように過ごしている。
アンネは伯母やブランシュと再会を喜んでいる。
その横で、父は死んだ魚の目をして扱いがわからない皇帝陛下にワインを勧めている。
祖母はまた大伯父と喧嘩をしているようだ。
その横で号泣するドゥフトブルーデ侯爵を夫人が宥めている。
ヘルマンとグイードは仲良く屋台を見て回っているらしい。
お忍びで来ていたパウルは場違いな威厳たっぷりな彼を三度見して、正体に気づいたのか、顔色が悪い。
一部は緊張しているようだが、大丈夫だ。
こんな日には誰とだって仲良くなれる。
ダンスの終わりに高く持ち上げられて、エレンはくるくると回り、そのまま横抱きにされた。
力強いパフォーマンスに歓声が上がり、ユリウスは上機嫌だ。エレンはちょっと目が回ってしまった。
周りに人がいるのにこれは恥ずかしかったが、今日は大目に見ることにする。
また指笛がやたら鳴って囃し立てられるが、余裕の笑みで手を振る。
エレンだって成長するのだ。これしきのことではもう赤面しない。
踊りたい人々のため場所を譲り、さらに人の輪の外へ、エレンを抱いたままユリウスは歩いて行く。
そろそろ下ろしてほしいと肩を叩くと、笑顔のまま、ドバッというくらいの勢いで涙が溢れる。
「だ、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
まだ抱き上げられたままでハンカチが出せず、拭われない涙は流れるままにいくつもの筋を作っていく。
ぐちゃぐちゃの顔で、それでもユリウスは笑っていた。
「しあわせなんだ」
ずっと聞きたかった一言に、喉に迫り上がる熱いもののせいで声が出ない。
わたしもしあわせだよ。
その言葉のかわりに、エレンは一粒涙を零した。
これで完結となります。
こんな趣味に走った小説を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。