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初恋  作者: 明石 みなも
本編
13/21

手紙の内容

 説明ばっかり続きます。すみません。

 ユリウスがズュートへ来て約一ヶ月。

 エレンはやっとアンネに貰った手紙のことを思い出した。

 危ないところだった。ここで思い出さなかったら一生忘れていただろう。呆れた顔のアンネが頭に浮かぶ。


 ユリウスは現在、毎日診察して貰わなくともよくなり、鍛練を始めた。勿論ひとりはエレンが不安なので、リンデンバウムの騎士たちも一緒だ。

 くれぐれも腕立て千回はまだ早いので止めてくれと頼んでおいた。


 ユリウスが鍛練を始めた結果、エレンはひとりになる時間が増えた。

 前まではひとりの時間など当たり前だったのに、今となってはどうしたらいいかわからなくなってしまった。


 そのため手紙のことを思い出せたのだ。

 エレンは慌てて封を、切れなかった。ギチギチすぎてペーパーナイフを入れると手紙まで切れそうだ。

 仕方なく、手で慎重に封筒を解体して手紙を取り出した。


 ギチギチだった理由はすぐにわかった。手紙が三人分入っていたのだ。

 送り主はブランシュとパウルとアンネだ。

 おそらく、あの突然の結婚式について書かれているのだろう。

 エレンは割とそういう情報から遠ざけられがちなので、どこまで教えてくれるかわからないが、何も知らないよりましだ。


 三人の手紙を並べて、まず一番薄いブランシュのものを手に取った。

 まず手紙は、突然のことに戸惑っているだろうエレンを気遣う言葉から始まっている。

 それに続いて、ユリウスの婚約者だったカタリーナ・ナルツィッセが今どうしているかが書かれていた。


 きっかけは春に行われた王太子殿下の結婚式だ。国中の貴族がこぞって参加したが、エレンは行けなかった。

 余談として、ブランシュとパウルの結婚式は再来年に決まったので、そこには是非来てほしいと書かれていた。エレンも二人の結婚式には絶対参加したい。


 王太子殿下の結婚式なので、当然他国からの来賓もたくさん来ており、その中に問題の人物が混ざっていた。


 モンドラゴン帝国の第九皇子、グレゴリオだ。


 アインホルンの西側の、二つ国を越えたところにある大陸最大版図を誇る強国の皇子だ。その彼が、なんとカタリーナに一目惚れをしたのだという。


 結婚式後の舞踏会で衆人環視の中、彼はカタリーナに求婚した。

 隣には勿論ユリウスがいたが、格下の国の侯爵令息など皇子の視界にも入っていなかったのだろう。

 やや強引にカタリーナの手をとってその場で国王に許可を願った。


 その場で返事をできることではない。

 当然、別室で話し合った。しかし、答えなど決まっている。帝国の皇子からの求婚を断る力はカタリーナを庇護する王太后にもなかった。

 二人はその場で婚約の契約を交わし、皇子は式典がすべて終わったと同時に彼女を攫うように連れ去った。


 とんでもない話にしばし呆然としてしまった。

 ユリウスの女性に対する忌避感の原因はカタリーナだろうと予想していたので、彼女に対する心証はよくない。

 でも、これはないと思う。


 モンドラゴン帝国はアインホルンと離れているので、文化も言葉も違う。

 勿論カタリーナは帝国の言葉は話せるだろう。でも、自分の常識が通用しない土地に強制的に連行されたのだ。


 それだけではない。今の皇帝陛下は皇后の他に側室が十人もいる。皇子皇女はグレゴリオを含めて十六人だ。

 必要なければ基本側室を持たないアインホルンとまったく違う。

 当然、人間関係は複雑だろうし、皇子皇女が帝位を争っていたらカタリーナも巻き込まれる。

 とんでもない人に見初められて、流石に同情を禁じ得ない。


 ブランシュの手紙は今年は訳あって祭りには行けない、残念だ、という言葉で締められていた。

 ブランシュが来れないということは今年はパウルとアンネも来れないのだろう。

 カスターニエ家に移ってからアンネもミステル家の馬車に乗って遊びに来るようになっていたのだ。

 

 カタリーナのことをあっさり事実だけ並べたのに対し、祭りに行けない残念な気持ちは一枚にびっしりと書かれている。

 カタリーナに興味がないのか、嫌いなのか。どちらにしてもブランシュからカタリーナへの好感度は低そうだ。


 次は少し迷って、一番分厚いパウルのものを手に取った。

 絶対難しい話が書かれているに違いないので、最後に残したくなかったのだ。


 まず書き出しでカタリーナが王位の簒奪を画策していたと知らされ、目を剥いた。

 王太后もそれに協力していたらしい。


 元々、前王時代に王太后の子供の王女を女王に、という議論がされていた。

 今の国王はそれでいいと思っていたし、臣籍降下を考えていた。

 それが為されなかったのは、王女がそれを望まなかったからだ。


『わたくしは、お母様にはなれないわ』


 彼女はそう言って、ナルツィッセ伯爵家へと降嫁した。何を思ってそう言ったのか。異母弟である国王でもわからない。ただ、王女は凡才ではなかったが、王太后のように非凡でもなかった。

 国王には暖かく優しい姉で、周囲の人々にも心清らかな王女と慕われていたそうだ。


 自分の命と引き換えに産んだカタリーナは、王女とは違ったらしい。彼女はずっと、王太后と共謀して国内を引っ掻き回していたようだ。


 例えば、彼女の父親のナルツィッセ伯爵。彼は別にカタリーナを疎んではいなかった。むしろ、愛した人の忘れ形見をそれはもう大切にしていたようだ。


 しかし、カタリーナがある程度育つと彼女は度々王太后の離宮へ呼び出されるようになった、

 離宮への滞在はだんだん長くなり、とうとう帰ってこなくなったのだ。

 彼は国王に相談し、国王も王太后にカタリーナを家へ帰すよう言った。しかし、何かと理由をつけて躱され、三年経って泣く泣くナルツィッセ伯爵は諦めた。


 その後再婚して新たな家族を得た伯爵にさらに追い討ちをかけたのが、例の噂だ。

 ずっと会っていない娘を疎んでなどいないし、彼はむしろ娘を返してほしくて方々手を尽くしたのだ。

 噂のせいで伯爵は周囲に非難され、新しい家族までカタリーナを虐めたのではないかと疑われた。


 愛する人と死に別れ、忘れ形見の娘は取り上げられ、新たな家族を傷つけられて、彼の心痛はいかばかりだっただろう。

 その時以来、ナルツィッセ伯爵家は領地に籠って出て来なくなってしまった。


 噂を流したのは、カタリーナだそうだ。

 彼女は僅か八歳にして、父親を陥れた。

 王太后は国王が厳しく監視していたので彼女ではない。まだ子供のカタリーナが動いたからこそ後手に回ってしまったのだそうだ。


 彼女は何故そんなことをしたのか。

 カタリーナは王位を手に入れるためにまず王女になりたかったのだ。

 野心がなく、後ろ盾としても弱い父親を使って、自分を家に居場所がない可哀想な子供と演出してみせた。同情を買い、王族に迎え入れられる土台を作りたかったのだ。


 しかし、そううまくはいかず、王太后の元へ正式に引き取られたものの、ことの真相を把握している国王は彼女を受け入れなかった。

 カタリーナは王女に近しい待遇を受けながら、身分は伯爵令嬢という中途半端な立場に収まった。


 それで彼女は次に公爵家に狙いを定めた。女王になるための後ろ盾がほしかったのだ。

 彼女は自分と年齢が釣り合う公爵令息と婚約しようとした。狙われたのはファイゲ公爵令息だ。

 ヴァルヌス公爵家は公爵本人が国王の側近だったので、距離を保っているファイゲ家が狙われた。


 ファイゲ家はカタリーナの味方について政争を起こす気はさらさらなかったので、他国の令嬢を令息の婚約者に据えた。

 国が隔たっていれば、直接的な手出しはできないし、いざとなれば令息をそちらの国に遊学という名目で逃すこともできる。

 何より国が関わった婚約なので、万が一解消となればその国との関係が悪化しかねない。カタリーナに王太后が味方していても手出しできない状態だ。


 それで諦める彼女ではない。

 今度は後ろ盾として有力な高位貴族の令息たちを漁りはじめた。

 ファイゲ公爵家の件でカタリーナの狙いはわかっていたので、国王を始め、王太子やパウルも妨害のため動いていた。

 例えば、ミハエルだ。

 茶会に先んじて彼が王太子の側近に決まっていたのはカタリーナから守るためだったらしい。

 そうやってパウルたちはカタリーナの野望を阻止していた。


 その守りから漏れてしまったのがユリウスだった。

 パウルたちも彼のことは把握していたのだ。ただ、側近として抱え込もうとした時、何故か第三王子のカールがユリウスを敵視し、根も葉もない噂を流し出した。


 彼はカタリーナが動き出してから忙しくなった家族に放置され気味で、苛立ちが溜まっていたのかもしれない。大人しいユリウスが八つ当たりの対象になってしまった。

 すっかり落ち込んでしまったユリウスを刺激しないため、王子たちは距離を取る他なく、その隙にカタリーナはユリウスを押さえた。


 二人の別れの裏ではそんなことが起こっていたのだ。エレンに何も伝えられないわけだ。

 カタリーナは結局騎士団長をしているドゥフトブルーデ家の力がほしかっただけで、一目惚れなんてしていなかったらしい。その彼女が一目惚れをされて連れ去られたのはなんとも皮肉を感じる。


 カタリーナはユリウスをキープする一方で、ファイゲ公爵家を諦めておらず、婚約者の令嬢を病死に見せかけて殺せないものか、と令嬢の国の貴族を抱き込もうとした。

 それと同時進行でカスターニエ家を嗅ぎ回っていたそうだ。素行の悪いカスターニエ家の不正を探り当て、公爵位を奪えないかと思っていたようだ。


 カスターニエ家は評判が悪いし、浪費が激しいが、不正はしていないので無駄足だった。

 そもそも、今は三人も王子がいるのだからカスターニエ家が爵位を失っても素直にカタリーナに与えられるとは思えない。

 それでも公爵位への執着は強く、罪の捏造までしようとしたり、やりたい放題だ。


 彼女がそこまでできるのは王太后の協力があるからだ。

 カタリーナが何をやっても王太后が証拠隠滅をしてしまって、彼女たちを罪に問えない。

 なので、二人を引き離すため、カタリーナを国外へ嫁がせようと動いていた。


 ただ、第九皇子の件はパウルたちが企んだことではないそうだ。

 王太子の結婚式にそんなことを仕掛けたりはしないので、まったく予想外の出来事だ。

 まさかこんな形でカタリーナを排除できるとはと、パウルも驚いている。

 彼女は強かなので、帝国でもうまくやっていけるだろうとのことだ。


 それから、あの突然の結婚式はユリウスの希望だそうだ。

 ユリウスは立場を利用してカタリーナの監視をしていたそうだ。要するに密偵だ。

 カタリーナは彼を信用していなかったので尻尾を掴めなかったが、危険を伴う役目であることから初めになんでもひとつ願いを叶えると約束していたらしい。

 それがエレンとの結婚だったそうだ。そんな場合じゃないのに照れてしまう。


 パウルは王太后がどんな動きをするかわからないので、今年中は王都に来ないようにと忠告して、手紙を締めていた。

 今のユリウスの状態では今年どころか数年王都へ行けないと思う。


 予想通り難しいどころか大変な話すぎてどう反応すればいいのかわからない。

 エレンがズュートでぬくぬく守られている間、ユリウスはそんな場所の真っ只中にいたのだ。

 それに、カタリーナ。

 パウルは主犯をカタリーナと断定しているが、そうなのだろうか。彼女は幼い時に父親と引き離され、王太后に育てられたのだ。

 それは果たして本当に彼女の野望だったのか。


 過剰な情報の供給に頭がパンクしそうだが、あと一通なので、読んでしまおうと手紙を開く。

 アンネのものだし、近況報告だろうと思ったら、最初の一文が「モンドラゴン帝国のグレゴリオ皇子は寝取りフェチ」で、頭が真っ白になった。


 寝取りフェチって何?


 読み進めると他人の恋人を奪うことに喜びを感じる人々だそうだ。ちょっと理解できない。

 何故アンネがそんなことを知っているかというと、噂で回って来たんだそうだ。

 噂の元はマグダレーナ・ヴァルヌス。今の王太子妃だ。


 実は彼女の叔母が帝国の伯爵家に嫁いでいるそうだ。その叔母がグレゴリオ皇子が祖国に行くと知って、手紙を寄越した。

 なんでも、皇子の趣味は帝国では有名で、何人もの令嬢が寝取られた末に捨てられているんだそうだ。最低だ。


 叔母の手紙を読んで、マグダレーナは結婚式の準備で忙しいのにも関わらず、動いた。

 と言っても、友人たちに話を広めてくれるように頼んだだけだ。

 それでも結婚式当日までにほとんどの令嬢に噂は広まり、婚約者がいる令嬢は自衛の方法を話し合った。


 大抵のカップルが悩んだ末にお互いに事務的な態度をとるという自衛をする中、カタリーナはいつも通りにしていて皇子の目に止まった。

 彼女は噂を知らなかったのだ。


 理由は単純で、表面上は差し障りのない関係のカタリーナとマグダレーナは、水面下では王位を狙う者と王太子の婚約者。実質敵対関係だ。

 必然的に二人の交友関係は被らないし、それぞれの友人たちも親しくない。マグダレーナ発信の情報はカタリーナまで届かなかったのだ。


 何と言っていいかわからない。

 一国の皇子が、格下とはいえ他国の王族の結婚式でそんな趣味に走った真似をしていいのか。

 手紙はまだ続いている。この調子で最後まで読み切れるだろうか。


 手紙の内容は皇子のことからユリウスについてに変わった。

 なので、ホッと……できなかった。


 アンネ曰く、社交界においてのユリウスの評判はとても酷いのだという。女性にだらしないと噂されているそうだ。

 女性が近づくだけであんな発作を起こすユリウスにどうしてそんな噂があるのか。

 それもやはりカタリーナが原因だった。


 ユリウスはカタリーナにとってあくまでキープであったのは、パウルの手紙で知っていた。

 彼女にとって一番いいのはファイゲ公爵令息で、もし彼の婚約者の座が空くならすぐさまそこに収まりたい。

 だからいつでも婚約破棄できるようにユリウスの評判を落とす。なおかつ、自分の評判は上げるため人目に触れる場では献身的で、慎ましく振る舞っていた。


 よくユリウスはひとりで放置された。そんな彼に噂を信じ、遊び相手として言い寄られるのを人に目撃させて同情を買う、ということを繰り返していたようだ。


 本当に、カタリーナにとってユリウスは盤上の駒のひとつでしかなかったのだと思った。

 ユリウスは彼女のせいで酷い心の傷を負ったのに、そんなことはどうでもいいのだろう。


 何より、ユリウスがそんな目に遭っている時にエレンはただ守られていたのが悔しい。

 できるのなら、人の非難の視線に晒されていたユリウスをズュートへ連れ去りたかった。


 呆然としたり、驚いたり、照れたり、悔しくなったり、忙しい手紙だった。

 でも、ユリウス本人に訊かずに様々な事情を知れて助かった。

 本人が話したくないことを聞き出したくない。かと言って、何も知らないとユリウスが辛いことから遠ざけられない。


 起こってしまったことはもうなくならない。

 エレンがずっとユリウスに何もできなかったことは覆らない。

 なら、これからユリウスのためにできることをなんでもやるだけだ。




 鍛練から戻ったユリウスがエレンの顔を見て、「すごく疲れた顔をしているけど、仕事でもしてた? ぼくにできることならなんでも手伝うよ」と言ってくれた。

 色んな感情が沸き上がって抱きつくと、驚き、赤面してから抱き返してきた。

 いつも抱き合って寝ているのに、そこで照れるのは反則ではないだろうか。

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[良い点] エレン、素直可愛い パパん、天然可愛い アンネ、溌剌可愛い ユリウス、健気可愛い……からの脳筋不憫 [一言] 毎日20時を楽しみにしています みんな幸せになるといいな
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