プロローグ
「ユリウス・ドゥフトブルーデ」
「はい」
荘厳で壮麗な、この国で一番大きく権威ある聖堂を贅沢にも両手で足りる少人数で使っていた。祭壇には白髯の神官が立ち、その前には若い二人の男女がいる。
骨と皮しかないと言われても納得できるほど痩せた神官は、別人が背後にいてかわりに声を出しているのでは、と疑いたくなるほど厚く響く声で男の名を呼ぶ。
「汝、女神ヘラの名の下にエレン・リンデンバウムを妻とし、病める時も健やかなる時も変わらず愛し続けることを誓うか?」
「誓います」
「エレン・リンデンバウム」
「はい」
隣に立つ男の誓いが終わり、自分の名が呼ばれても、エレンは訳がわからないままだった。
これが結婚式だということはわかる。でも何故今新婦としてここにいるのかがわからない。
エレンは十六歳になっているので、結婚できる年齢ではある。でも今日に至るまで婚約者どころか恋人すらいなかった。
畏れ多くも国王陛下から呼び出しの手紙を受け取り、田舎から出て来て謁見に臨んだら、その場で婚約者を紹介された。
そこまではわかる。
何故結婚式を挙げているのか。
今のエレンはラベンダー色のドレス姿だ。国王陛下との謁見が終わったその足で聖堂に来たので、ウェディングドレスな訳がない。婚約者になった相手も似たようなもので礼装ではあるが、婚礼衣装ではない。
だって、決まったのは婚約のはずだった。決して結婚ではない。
「汝、女神ヘラの名の下にユリウス・ドゥフトブルーデを夫とし、病める時も健やかなる時も変わらず愛し続けることを誓うか?」
誓いの言葉を前にして、戸惑いしかない。老神官の横には若い神官が結婚証明書を持って待機している。誓いを立て、証明書にサインすれば、二人は晴れて夫婦だ。
たとえ、その日に婚約したばかりでも。
隣のユリウスを見上げる。
彼女より三つ年上の彼はすらりと背が高く、細身で中性的な整った顔立ちをしている。長い癖のある生成り色の髪を若草色のリボンでくくり、エレンを見返す金木犀色の瞳は不安気に揺れている。
最後に会った時よりずっとずっと大きくなって、男らしくなった。でも、瞳は子供の頃のままだ。
ユリウスは、エレンの初恋の人だ。
その、初恋の人と、突然結婚することになった。
こんなに都合の良いことがあっていいのだろうか。俄には信じがたい現実だ。
でも、夢だろうと詐欺だろうと気にしない。後で誰に何を言われようと知ったことか。このチャンスを逃す訳にはいかない。
「誓います!」