失意の査察官 残した言葉の謎 (後編)
「司くん、事件が解けたって本当?」
「お嬢様、このような者に事件なんて解けるはずありません。早く、追い出しましょう」
「拙者も誰が犯人か気になるでござる」
事件関係者全員をリビングに集めた、といっても2人だが。2人…… あれ? なんで、飛鳥混ざってるの?
「混ざってみたでござる」
「いや、混ざってみたって……事件の邪魔になるから移動してくれない?」
「そ、そうでごさるか……」
「いや、そんな落ち込まないでよ」
「っていうか、飛鳥はなんで今まで話さなかったの?」
「う……痛いところをついてくるでござるな」
「それでなんで?」
僕は冷や汗をかいている飛鳥に詰め寄り、事情を聞きだした。
「桐原殿が何やら様子がおかしい気がするでござるから話さなかったでござるよ」
「様子がおかしい? 前あった時と何か違うってこと?」
「う〜ん、まあそんな感じでござるかな」
「そ、そうなんだ」
桐原さん、あなたはやっぱり……
「後さ、飛鳥に聞きたいことがあるんだけど、さっき兵藤総理から電話があったんだけど、知り合い?」
「え? 兵藤殿から電話があったんでござるか?」
「うん、そうだよ。で、知り合いなの?」
「知り合いも知り合い、拙者はよく兵藤殿に仕事で共にすることがあるでござるよ」
「え? 仕事で一緒なの?」
「そうでござるよ」
「え……」
マジか……兵藤総理の知り合いがこんなところに………憂鬱だ。
「話が脱線してしまいましたね。では気を取り直して、事件を解いていきます」
「まず、第1の事件ですが、あれは事故に見せかけた事件です。その証拠に長野県警の鑑識の方が撮った遺体の写真を知り合いの法医学者に写メで送ったところ、遺体は骨だけでしたが、うっすらと首を何者かに締められた跡がありました。要するに窒息死していることがわかったのです」
僕が窒息死と皆に伝えた瞬間、リビングが静かになった。
「窒息死か、では犯人は誰なのだ?」
「その前に、なぜ慎二さんは殺されたのかです。彼は人に恨まれることはなかったと朱莉っちに聞きました」
「はい、慎二さんは人に恨まれることはなかったです」
「では、なぜ殺されたのか……そこがこの事件の1番の謎でした」
「………そんな時、1本の電話が僕に掛かって来ました。掛けてきたのは現職の兵藤総理。僕はこの事件、何かもっと大きな闇が関わっている可能性を感じました」
事件現場に重苦しい空気がこの時、立ち込め出した。
「兵藤総理から聞いた話によると、慎二さんは兵藤総理の指示で後藤家を訪れたそうです。その時の指示が後藤家当主に横領疑惑があるというものでした」
「慎二さんは、国税局査察部の査察官ですので、この指示を受け、後藤家の調査に乗り出したそうです。そして長きに渡る調査の末、横領の証拠を発見したそうです」
「しかし、そんな時でした。慎二さんが朱莉っちに一目惚れをしたのです。その当時のことを兵藤総理はこう伝えてくれました。仕事より朱莉っちを選ぶほどベタ惚れだと」
「ここからは仮説ですが、その隙を犯人は見逃さなかった。犯人は横領の証拠を世に出せば、朱莉っちの首に掛けてあるペンダント型プラスチック爆弾を爆発させ、朱莉っちの命は無いぞと脅したと思われます」
「慎二さんは、この脅しに対して一度は証拠を兵藤総理に届けることを断念したと思います。ですが、仕事を全うしようとする意思は止められず、慎二さんは、ガレージに停めてある車に乗り込もうとしました」
あまりの衝撃的な発言に対し、終始朱莉っちは瞳から涙を流しながら、こちらの話を聞いていた。
「しかし、ガレージに待ち構えていた犯人に背後から麻酔を染み込ませた布で口を覆われ、その場で意識を失い、首を紐状の物で締めあげられて絞殺された後、車に乗せられ、車の周りにガソリンを撒かれ、また、事故死を連想させるタバコを現場に置き、火を付け、殺されたということです」
推理を聞き終わった皆は、一様に事件の深刻性を感じ始めた。
「そして犯人についてですが、知り合いの元自衛隊員に聞いたところ、面白いことがわかりました。慎二さんの首を締めたやり方ですが、なんと自衛隊員が体術で使う物でした」
「!?」
「つまり、慎二さんの首を締めた人は自衛隊員か元自衛隊員ということですよ」
「自衛隊員か元自衛隊員か……」
佐藤警部と桐ヶ谷刑事は何やら2人だけで話をし始めた。
「では、この中に犯人はいないということになりますね。だって容疑者が私とお嬢様だけなのですから」
「はい、当初はそう思っていました……ですが、思い出したんですよ。桐原さん、貴方の歩き方がとても特徴的だったことをね」
「私の歩き方ですか? どこか可笑しいですか?」
「ええ、その歩き方は僕が知っている中で知り合いの元自衛隊員がよくする歩き方でしたからね」
「つまり、貴方は元自衛隊員ということになります」
「…………」
桐原さんに真実を突きつけたが彼女は何も話さなかった。
「では、第2の事件に移りましょう」
「第2の事件ですが、これも犯人は桐原さんあなたですね?」
「…………」
「その証拠に、後藤勝さんの遺体の刺し傷がとても特徴的でした。これも知り合いの元自衛隊員に写メを送ったところ、自衛隊員が一月で急所を刺す刺し方だとわかりました」
「じゃあ、なんでお父様は殺されたのですか?」
朱莉っちは僕に対し、縋る様な瞳でこちらに尋ねてきた。
「はい。それについてですが、勝さんは慎二さんの死の真相を探ろうと独自に動いていたと思われます」
「お父様がですか?」
「はい。書斎に慎二さんの死の真相を探ろうとしていた資料がありました」
「ここからは仮説ですが、勝さんは1番信用ができる使用人の桐原さんと共に慎二さんの死の真相を調査したと思われます」
「まさか、桐原さんが犯人がだとも知らずにね」
朱莉っちは絶望感に苛まれたのか膝から崩れ落ちた。
「そして案の定、桐原さんは慎二さんの死の真実がわかりましたと、勝さんを書斎に呼び出し、ダミーの証拠資料を渡し、それに気を取られている隙に胸元をナイフをで突いて殺害したということです」
「違いますか、桐原さん?」
「はい。私が犯人で間違いありません」
「………」
「それじゃあ、署までご同行頂けるかな、桐原さん」
「……待って下さい、佐藤警部。事件はまだ……解けていないかもしれませんよ?」
僕は桐原さんを署まで連行しようとする佐藤警部たちを呼び止めた。
「いやしかし、司くんが桐原さんを犯人だと断定したんだらず?」
「ええ、ですが……単独犯だと僕はこの事件、思わないんですよ」
その答えに対し、佐藤警部、桐ヶ谷刑事は何かしら思うことがあったのか、何かを考え始めた。
「いいえ!! 私が慎二さんと勝さんを1人で殺害しました!!」
「その慌て様、やはり……桐原さん。貴方の独断でこの犯行は成り立っていませんね?」
「どうなんですか、桐原!!」
「落ち着くでござるよ、朱莉っち」
崩れ落ちていた朱莉っちは真相が気になり、桐原さんに声を荒げて詰め寄った。
「……も、申し訳ありませんでした」
「やはり、桐原さん貴方は犯行を指示されて行っただけですね?」
「はいっ」
「そんな……じゃあ、犯人は誰なんですか?」
「その話に入る前に飛鳥、聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
ここで……話を一旦僕は切った。
「うん? なんでござるか?」
「飛鳥が桐原さんの様子がおかしいって言ったの覚えてる?」
「もちろんでござるよ。それがどうかしたでごるか?」
「そのことなんだけどね……桐原さん、多分……お子さんを誘拐されていると思うよ」
「!? いったいどういうことだ!! (ですか?)(でござるか?)」
皆一様に驚いた表情をした後、僕に詰め寄ってきた。
……いつも事件を解く時に思うんだけど、皆んな詰め寄りすぎじゃない?
「………桐原さん、お子さんを誘拐されていますね?」
「……はい」
「桐原さん、貴方は周囲の人に誘拐を気取られないようにいつも通りに仕事をしていたと思いますが、飛鳥がわかった通りに周囲からは人が変わった様な切羽詰まった感じがしたみたいですよ?」
「そ、そうですか……」
あれ? そんなに……思ってないのかな?
「桐原さん、お子さんを誘拐した上で貴方に慎二さんと勝さんの殺害を命じたのは誰ですか?」
「………」
「では質問を変えましょう。……桐原さん、複数犯の指揮をしている人は………朱莉っちの母親、後藤茉莉さんですね?」
「………はい」
「うそ………お母様がそんなこと、するわけが……」
「後藤茉莉さんが犯人だという証拠は、朱莉っちが身につけている腕時計に隠していたUSBメモリから見つかりました」
「中には、後藤茉莉さんがごく最近に株で失敗したことが分かるデータとその失敗した時に必要だったお金を会社のお金から補填したデータの2点を確認することができました」
後藤茉莉さんが犯人だという決定的な証拠が次々と出てくるね……
「でも……それは横領しただけで、犯人だとは違うでしょ!!」
「朱莉っち、落ち着くでござる」
「私は、落ち着いています!!」
「よく考えてください、朱莉っち。慎二さんは何のためにこの後藤家に来たんですか?」
「それは………!! お、横領のことで、です」
朱莉っち、残念だけど……気づいた様だね。
「そう、横領の件で慎二さんはこちらに来ました」
「後藤茉莉さんも彼がきた時は正直、驚いたと思います。だって、査察官ですから。でも、証拠なんて見つかるはずがないと何かしらの自信でたかを括っていたと思います」
「でも……さすが査察官です。確たる証拠を彼は見つけたのです」
「それからですよ。証拠のことで最初に話した通りに後藤茉莉さんから脅されたと思います」
「ですが、色んな葛藤をした上で証拠を兵藤総理に届けようとした」
朱莉っちは無念で亡くなった慎二さんのことを思ったのか、握り拳に力が入った。
「それを後藤茉莉さんは良しとしなかった。つまり……殺害の指示が出た。そうですよね? 桐原さん」
「はい……」
「勝さんの時も同様に、証拠を見つけられる訳にはいかなかったが故にですね?」
「ええ、そうです」
桐原さんはすんなりと最後は答えた。
「では、行きやしょか? 桐原さん」
「ですが、大賀がまだ……」
「それなら大丈夫ですよ。桐原さん」
「え?」
「僕は貴方のお子さんが誘拐されたことがわかった時、速やかに有明島内外特別広域救助部隊を犯人が潜伏している場所に送りました」
「そして、無事に桐原大賀くんを救助した上で、犯人たちを取り押さえました」
「桐原大賀くんは怪我こそありませんでしたが、かなり衰弱した状態だったため、今は病院で安静のために入院しています」
「ありがとうございます。………大賀を助けていただき本当に、ありがとうございます」
桐原さんは周りを気にせずに泣き崩れながら僕に縋り、お礼を何度も繰り返し伝えてきた。
「でもね。………桐原さん、子供と離れ離れになるのは辛いと思いますが……罪は償わないといけないですよ?」
「……」
「桐原さん、署までご同行願うか?」
「はい………」
桐原さんは後藤勝さん、古都慎二さんの殺人容疑で連行されて行った。
後に、母親の後藤茉莉さんは殺人教唆容疑で男たち2人は誘拐容疑で逮捕された。
これにより、後藤家一家横領殺人事件は犯人逮捕で幕を閉じたのだった。
お金が全てではないと思うのだが。
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